(5 / 27) 軍人時代 (05)

雪乃は差し出されたそれを目を瞬かせながら見つめた。


「…これは…?」


この間も体に傷を負いあの変態の治療を受け次の日には軍事訓練を受けた。
そして今日も包帯を巻きながらも訓練を受けた後、雪乃は上官である義兄に呼ばれ、義兄の部屋を訪れた。
そして、何も言わず義兄はソレを雪乃に差し出した。


「なんだ、目が悪くなったのか?これは花だ」

「いや、それは分かっているんだけど…なぜ?」


雪乃の手元にあるのは数株の花だった。
なぜこんな戦地に花が?と雪乃は怪訝そうに義兄を見た。
義兄はニコニコと笑いながら机に頬杖をつき一株雪乃に差し出す。


「南側に花壇があっただろう?その花壇でこの花達を育てなさい」


南側にある花壇、と言われすぐには思い出せなかったが、確かに花壇はあった。
戦場にいるため花を育てる人間なんて当然いない。
農務作業があるのだから野菜は育てるが、それは食べるためだ。
花はせいぜい目を楽しませるしか役に立たず、生死を分けた戦いをしているのだから癒しは必要かと思うがそんな余裕誰もがあるわけではない。
何の為に花壇を作ったかは分からないが、誰一人その花壇を活用するものはいなかった。
それがなぜこのような命令が下されたのか雪乃には理解が出来ない。
今だって雪乃の身体には包帯が多く巻かれている。
雪乃も雪乃で今この瞬間を生きるのに精いっぱいなのだ。


「花を育てる余裕があるとは思いますか…」

「花を見ていると思い出さないか?」

「何をです」

「彼との甘い想い出さ」

「……………」


この言葉で雪乃はやっと理解する。
この男は雪乃に弱音を吐かせたいのだ。
この前の勇作の時といい、今回の事といい、今も雪乃を好き勝手使っているのに妻にし更に好き勝手したいらしい。
当然義兄も雪乃と鯉登との甘酸っぱい両片想いの逢引は知っている。
鯉登と過ごした時間を思い出させさっさと弱音を吐かせとっとと雪乃を妻に貰い存分にいたぶりたいのだろう。
義兄の欲の強さにはもはや恐れ入る。


「…相変わらず…良いご趣味をお持ちで」


雪乃は上官ではあるが、義兄の趣味の悪さに顔を顰めた。
口の悪い部下に義兄はただ目を細め笑い、『ちなみに』と零す。


「その花は母に送ってもらったものだ」


その言葉に雪乃は退路を絶たれた。

―――それが数か月前のやり取りである。
母から送られた花と言われれば雪乃が断れるわけもなく、結局こうして毎日水やりや手入れをしていた。
母から教えられた事を思い出しながら、母の見よう見まねでやってみたがやはり素人である。
出来栄えは母のように綺麗とは言えないが、しかし生か死かしかないこの場での土いじりは案外楽しかった。
ただ、雪乃は一等卒である。
前線には勿論駆り出され、毎回の如く重傷を負って病院送りである。
今回は死にかかったらしく入院は長引きやっとあの変態から解放…ではなく、退院となった。
病院での扱いは特別だった。
吉平は中尉だが、それ以上のコネを持っているのかたかが一等卒の雪乃に毎回個室を用意してくれる。
お陰で男装を解く事ができ、雪乃が唯一女に戻れる瞬間である。
普段は豊満な胸を隠すためにサラシを巻いており、慣れたとはいえ苦しい日々だった。
しかし入院中は男装する必要がないためその苦しさやいつバレるか分からないストレスから解放される時である。
だが、その代償としてあの変態医者から(無自覚に)精神的に追い詰められ、義兄に肉体的(性的)に追い詰められ、男装から解放されるが毎回早く退院したいと心の底から願う。
今思えばこの驚異的な回復力はあの二人のおかげかもしれないと思うが、全く感謝の欠片もない。
雪乃はやっと日々の地獄から逃れ最近癒しタイムとなっている花の世話を久々にしようと思い花壇に向かった。
今日は病み上がりだが不死身だから平気だろうと言われ訓練に出ており、少しどころか物凄く疲れている。
重い足で愛しの花達で癒してもらおうとしたが、雪乃は予想していた状況に息を吐いた。


(…またか)


雪乃はジョウロを地面に置き、しゃがんで花を見る。
花びらには小さく透明の水滴があちこちに散りばめられていた。
最近、稀にあるのだ。
数日入院した後はいつも。
誰かが雪乃の代わりに世話をしてくれているらしく、花は一度も枯れることはない。
感謝はしているが、誰がしたのかもその理由も分からない気持ち悪さはある。
友人…と言いたいところだが、中尉である吉平に贔屓にされているため周りの軍人達は遠巻きで見る事が多く友人という友人はいない。
一人脳裏に浮かぶ人物はいるが、あの人が雪乃がいないからと花の世話をするとは思えない。
肥料はもう与え変えたし、そのお陰で元気がなかった花はもうすっかり輝かしいばかりに咲き誇んでいる。
あとは毎日の日課の水を撒けば終わりのはずなのに、それさえすでに済んでおり雪乃はどうしようかと思いつつ、こんな戦地でも綺麗に咲く花たちを見て癒していると…


「あ…」


誰かの声に雪乃は花達を見て逃避していた現実へと引き戻される。
そちらへ目をやれば雪乃と相手は暫く見つめ合った。
しかし我に返った雪乃が慌てて立ち上がり姿勢をを正し敬礼する。


「は、花沢少尉殿!失礼しました!!」


相手とは、花沢勇作だった。
一等卒として上官に失礼な態度を取ったと謝る雪乃に、勇作も我に返り雪乃のように慌てて敬礼を止めさせる。
とりあえず怒っていないと知り雪乃はホッと安堵しながらも、少し訝し気に勇作を見た。


「あの…なぜ花沢少尉殿がこちらに?」


この場所は第一師団に近い場所ではあるが、勇作が所属する第七師団とは少し離れた場所である。
人影は多くはないがゼロではなく、雪乃が花の世話をしている間も人はそれなりに通る。
だからここに人がいる事も、第七師団の人間がいることも不思議ではないが、少尉の地位に立つ勇作がなぜここにいるのか雪乃は分からず思わず質問を投げかけた。
その問いに勇作は『えっと』と戸惑いながら手に持っていたモノを持ち上げて雪乃に見せる。


「花に水をあげていたのですが水が切れたので汲んできたのです」


その言葉に雪乃は先ほどの疑問が全て解決した。
どうやら雪乃の代わりに花達の面倒を見てくれていたのは勇作だったらしい。
それを聞いてボケっとしていられるわけもなく、上官の手を煩わせたと雪乃は顔を青ざめる。


「花沢少尉殿が代わりに世話をしてくださったのですね!お手数をおかけしてしまい申し訳ありません!」

「そんなに畏まらなくてもいいですよ…実は私もこの花達には心を癒された口でして…そのお礼をしているだけですから」


自分が勝手に気にして所有者の許可なく勝手な事をしてしまったため、謝るのは自分の方だと勇作が謝り雪乃は更に慌てる。
所属している団は違えど相手は少尉である。
勇作が勝手にしていたとはいえ上官に花の世話をさせていたと一等卒が知って移す行動は誰だって同じだろう。
謝る雪乃に勇作も謝る――という無限ループにはまり、勇作が『も、もうこれくらいにしておきましょう』と言うまで暫く二人は謝り合戦をしていた。
そして、現在…なぜか勇作と並んで花を観賞していた。


(あれ…なんで私花沢少尉と花見てるの…?)


雪乃は上官と並んでただ無言で花を見ていた。
もう何十分か経った頃だった。
ふと雪乃は今の現状に気付き、そして既視感をも感じた。
脳裏に何を考えているか分からない上官を思い出しながらチラリと勇作を盗み見する。
横顔でも分かるほど勇作は顔が整っていた。
髭など生えないようなきめ細かな肌や仕草が育ちの良さを見せ、雪乃は嫌でも愛しい人を思い出してしまう。


「しかし…驚きました」


鯉登の事を考えないようにと何か会話をしようとして雪乃はぽつりと呟く。
この時間帯はひと通りも少なく滅多に通らず、静かだ。
だから雪乃の呟きも当然勇作の耳に届く。
勇作は『何がですか?』と雪乃に顔を向け小首をかしげる。
年上か年下か同い年か分からないが、どこかその仕草が幼くて可愛く見えた。
しかし砕けた態度を咎められないとはいえ上官は上官。
可愛いとは流石に言えないし、相手は自分を男と思っているため、それはそれで気持ちが悪いだろう。
可愛いなという言葉は飲み込み、雪乃は言葉を繋げた。


「私が入院中誰かが花の世話をしていたのは気づいていたのですが…まさかそれが花沢少尉殿だったとは思ってもみませんでした…」


もっと上官に向ける丁寧語でも良かったが、悲しそうに眉を下げる勇作を何度も見てしまえば母性本能という捨てたはずの本能が擽られてしまい、もう諦めた。
勇作は雪乃の言葉に少し照れたように頬を掻く。


「実は…この花を育てているのが貴方だと知っていたのです」


雪乃はその言葉に目を瞬かせ勇作を見る。
雪乃の視線に気づいている勇作は照れくさくて雪乃を見ることができず、花を見つめ続けた。


「貴方が花を植えていたところを見た事がありまして…何度か貴方が花に水をやっているのも…」


勇作からしたら恥ずかしい、または気まずいのだろう。
言葉も少し弱弱しかった。
雪乃が義兄に花を育てるよう命じられてから暫くして勇作はこの辺りを通った事がある。
いや、用事で何度も通る事があるので一度ではないが、その時に偶然雪乃が花を弄る時間に鉢合い、遠目ではあったがこの花壇の花は雪乃が世話をしている事を知った。


「それからこの花壇を見に来ていたのです…その、なんとなく…気になったというか…花を見ていると心が癒されるので…」


勇作の言葉に雪乃は『分かります』と賛同した。
しかし勇作は何故か苦笑のような笑みだけを返し、雪乃から花へと再び視線を向け直す。


「貴方が入院している間、花を枯らしては可哀想かと思いその間は私が水を与えていました……あの、今まで貴方に許可なく勝手をしてしまい申し訳ありません」


そう言って勇作はしゃがんだままだが頭を下げ、その姿に雪乃は慌てふためく。
勇作は腰が低いとは言え、こんな誰が見ているか分からない場所でやすやすと上官が部下に頭を下げる姿は決して自分は勿論他の人間に見せていいものではない。
慌てて顔を上げさせ、雪乃は感謝を込めて笑顔を向けた。


「花沢少尉殿が頭を下げる事は何一つありません…どちらかといえば私こそお手数をお掛けしてしまった謝罪をしなければなりませんね…」

「い、いえ!私はただ水を上げていただけで何も…!」


つい数十分前にその話は解決したのだが、謝り始めると再び無限ループの出来上がりである。
結局また上官である勇作がループを止めるまで永遠と続き、雪乃は納得しつつ、しかしこれだけは言いたかった。


「花沢少尉殿…私が入院している間、花の世話をしていただきありがとうございました…なんてお礼を言っていいのか分かりませんが…本当に感謝しています」


この花達は母から送られた物だから枯らしたくなかった。
だから傷を負っても傷だらけの身体に鞭を打ってまで花の世話をしていた。
数日入院を余儀なくされるほどの重傷を負った時はずっと花の事ばかり考えていたから、勇作が代わりに世話をしてくれていた事には本当に感謝しかない。
世話をしていた人が分かれば言おうと思っていた言葉を告げ、雪乃は笑顔を勇作に向けた。
勇作はほんのりと頬を赤らめ、何故か慌てた様子で雪乃から花達へと視線を向ける。


「い、いえ…感謝されるほどの事はしていません…ただ私も疲労をこの花達で癒されていたのでそのお礼をしたいと思っていたところだったのです…こんなに綺麗な花をまさか戦地でも見れるとは思っていなかったものですから…」


変態な義兄と違って勇作は素直でいい人だ。
初対面の時も屈折のない笑顔に雪乃の目には彼が輝いていたように思えた。
恐らく常日頃から変態共を視線に入れているからだろう。
そして彼のその言葉に雪乃はますます彼が輝いて見えた。
こんな接していて穏やかな気分になったのは、杉元水城となってからは初めてだった。
だからだろう。
つい、ぽろっと世間話のように言葉を落としてしまうのは。


「この花は母が送ってくれた物なのです」


この戦地では秘密を持つ雪乃は孤独だった。
精神的にも肉体的にも敵味方から追い詰められ雪乃は花によってなんとか精神を繋いでいると自分ではそう思っている。
だから普段誰も見向きもしないこの花を褒めてくれるのは嬉しかった。
だからこそついぽろっと零した。
しかし雪乃はすぐに自分が今何を言ったのか気づき、勇作を見る。
勇作は雪乃の言葉に『そうなのですね』と笑みを深めていたが、雪乃は慌てて否定した。


「あっ、そ、そうじゃなくって…その…この花は川畑中尉殿の母上様から送られた物でして…私はお忙しい中尉殿の代わりにお世話を命じられているのです」


勇作と吉平が旧知の仲だというのは初対面で知った。
先ほどの反応からして勇作は吉平から何も聞いていない様子ではあるが、勇作から吉平が先ほどの言葉を聞きどんな反応や行動を起こすかは雪乃には分からない。
だから必死に先ほどの発言を否定した。
その言葉に勇作は目を瞬かせた後、何故か頬を赤らめ雪乃から顔を逸らすように花を見下ろす。


「そ、そうなのですね…」


雪乃はなぜ勇作が頬を赤らめ、照れたような様子を見せるのか分からなかった。
首を傾げていると勇作が『あの』と気まずげに問いかけてくる。


「その…あの…貴方は吉平さん…川畑中尉殿と親しい間柄だとお聞きしました…」

「そうですね…ありがたい事に目を掛けてくださっております」


親しい間柄、と言われぞっとさせる。
軍服の下では鳥肌が出ているであろう雪乃は何とか笑顔を浮かべる事に成功し頷く。
しかしそれは勇作の欲した答えではなかったようだ。
勇作は『その』やら『あの』やらと何か言いたげだが言えずじまいの素振りを見せ雪乃は首を傾げる。


「え、っと……そう、ではなく……あの方と貴方は…親密な関係、なのでしょうか…」


親しい間柄から、親密な関係にランクアップした。
雪乃はまずそう思った。
だが、その『親密』という意味が、そのままの意味ではないのを雪乃は勇作の真っ赤な耳で気づく。
顔を逸らしても丸見えな耳まで真っ赤に染まるまで赤くなっている勇作に雪乃は見ていないのをいい事に顔を引きつらせる。
次に思ったのは『なんで知ってるの!?』である。
答えが帰ってこない事を不思議に思ったのか、恥ずかしさに顔を逸らしていた勇作はチラリと雪乃を見る。
雪乃は唖然としておりその顔は青く、勇作が予想していた真っ赤な顔とは正反対の反応を見せていた。
それに勇作は胸を撫で下ろした。


「……ど、どこでそのような話を…お、お聞きに…?」

「吉平さんから…共寝をしていると…」


本当は違うが、まあ意味は一緒だろう。
ただ恥ずかしくてそうとしか言えず、雪乃は唖然とした表情から勢いを落としたように大人しくなる。
内心『あんの変態が!』と純粋の塊のような勇作に懇ろの関係だと話した事に憤怒した。
しかしここにはあの変態はおらず、いるのは共寝をしているというだけで顔を真っ赤にする純粋な男のみ。
雪乃は怒りを抑え、誤魔化すか、正直に話すか悩む。
だが、吉平が話してしまったのなら誤魔化すのは得策ではないだろう。
雪乃の首に首輪を嵌めリードを持っているのは吉平なのだ。
雪乃全ての決定権・主導権は吉平にある。
雪乃は渋々頷き、ゆっくりと頷く雪乃に勇作は息を呑む。


「あの…もし、無理矢理されているのなら…私から吉平さんに言いましょうか…吉平さんも悪い方ではないので分かってくださると思いますし…」


勇作は吉平の話は嘘だと、揶揄っているだけだと思いたかった。
しかしそれは勇作が同性愛を否定しているわけではない。
女がいないこの状況だが、生死が隣り合わせのこの場ではどうしても人間の本能で性欲が湧き上がってくる者が多い。
多くは同性で発散させる。
抜き合いはまだいい方だ。
しかし上官がお気に入りの部下と寝ることもこの状況下に置かれれば普通だった。
勿論部下に拒否権はない。
吉平を昔から兄として慕っていた勇作は、ショックを受けていた。


(ああ…この人は本当に心が清らかな人だわ…)


雪乃は勇作の言葉に胸が詰まった。
吉平に好き勝手され身も心もボロボロになりながらも雪乃は弱音を吐かないよう我慢した。
ただの性欲処理だと、ただのお遊びなんだと、そう思う事で好きでもない男とほぼ毎日行われる一方的な性行為に耐えてきた。
だけど本当は大声で弱音を吐きたかったし泣きたかった。
どれほどその言葉を望み、誰かに助けを求めたかったか。
しかし、駄目なのだ。


「お気遣いありがとうございます…ですが、川畑中尉殿とはお互い納得しての事なので…」


雪乃に選択肢などあるわけがない。
もしここで雪乃が感情を取って頷き一つでもすれば、勇作は雪乃を助けようと動いてくれるだろう。
しかし、それはすなわち、雪乃が弱音を吐いたということになる。
根を上げたとされ、雪乃は一生吉平の人形として生きなければならなくなる。
それが嫌だから雪乃は愛する人達と別れ今ここにいるのだ。
名前と戸籍と過去を偽り、胸を潰して、髪も剃り、男さえ泣きわめく戦地に身を投じているのだ。
勇作の言葉は雪乃が最も望んだものではあるが、それは絶対に許されない。
雪乃は出来るだけ気づかれないよう笑みを浮かべて平然を装う。
その偽りの言葉と表情を読めなかった勇作は、一瞬何か言いかけたが口を閉じた。


「そ、そう…ですか…」


言いたい言葉を飲み込み、勇作はただそう言うしか出来なかった。
はっきり言って、勇作はショックを受けてた。
あの日、あの時…雪乃と初めて会った時から勇作は心を躍らせた。
目の前にあの不死身と呼ばれ誰もが興味を寄せる人物が目の前にいると。
不死身の杉元の噂は勇作の耳にも届いており、自分とは真逆のその一等卒を内心羨んだ。
父に大切にされていると分かってはいる。
旗手の役目も大事だというのも知っている。
だが、やはり男として生まれ、軍人として働くのならば杉元水城のように戦地で暴れ敵をなぎ倒したいと思うのは普通の事だ。
それが軍人の血を引き継いでいるのならなおの事。
だから勇作も杉元水城という男を軍人らしく大男だと思っていた。
しかし実際会ってみれば噂とは真逆の優男だった事に驚いた。
自分もこの軍の中では筋肉もそれほどなくどちらかと言えば優男の部類にははいるが、杉元水城はそんな自分以上に華奢な体をしていた。
握手をしたときもあまりの細く薄い手に驚いたくらいだ。
これでよく戦地で暴れられるなと嫌味なしにそう思う程杉元水城は華奢だった。
容姿も男性には見えないほど女性的に整っており、甘味を食べる姿など女性そのものだと思った。
だが流石に失礼だと口にはしなかった。


(確かに吉平さんも見初めるほどの容姿は彼にある…そして…)


―――自分も。
勇作はそう思いハッとさせた。
無意識だったのか、そこで雪乃をどう思っているのか気づく。


(いや…ありえないだろう…相手は女性のようだと言っても立派な日本男児…それも傷だらけで…不死身と呼ばれる男性だ…)


しかし、そうは言うが吉平が雪乃と懇ろだと言ったとき、勇作は慣れない色事に気恥ずかしさはあったがどこかモヤモヤとした何かも感じていた。
それは旗手としてそういう体験をしていないため慣れていない事への戸惑いと羞恥だと思っていたのだが…
勇作はチラリと雪乃を見る。
雪乃は笑みを浮かべ小首をかしげていた。
その仕草が可愛く見えて勇作はまた視線を雪乃から花へと向ける。


(ああ…もう……一目惚れって本当にあるんだな…)


思えば初めて会った時から雪乃が気になっていたのだろう。
憧れもあったが、それと同時に雪乃の姿に見惚れていたのだろう。
軍隊にいる以上そういう趣向の人間がいるのは理解している。
自分は旗手としての験担ぎと、背景に父がいるため、誘われた事はないが、雪乃はただの一等卒だ。
過去にそのような事件があったと吉平から聞いており、吉平がいなければ彼は無理矢理されていたはず。
吉平も雪乃と共寝をしているという矛盾はあるものの、吉平を恐れて下っ端の軍人は雪乃に下手に手を出さないという意味では成功していると言えるだろう。
自身の想いに気付いたのと同時に認めた勇作は少し…どころかすごく複雑に思う。
しかし、彼はその恋心を一生雪乃に伝える気はなかった。
勇作は雪乃を男と思っており、自分は花沢家の跡取りとして育てられた。
それ相応の家柄の娘を妻に迎え入れる事が花沢家に生まれた者の役割である。
それに、嫁やら妻やらうんぬん以前に杉元水城という人間の性別は勇作と同性であり、そして愛人というものは彼の性格上囲えるわけがない。
それに自分も彼も明日をも知れぬ身なのだ…結ばれぬ身だと夢見るくらいは許される気がした。

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