雪乃は今日も今日とて怪我を負い、怪我をし過ぎてもはやちょっとやそっとじゃ入院とならなくなったその身で日課の花の水やりをするため花壇へ向かった。
そして、
「げ」
思わず"その姿"を見た雪乃は顔を顰めた。
その声に相手はチラリと雪乃を見るや否やニヤリと笑う。
「上官を前にしてその態度とは…流石不死身の杉元様だな」
「……申し訳ありません、尾形上等兵殿…」
相手…尾形の言葉に雪乃はグッと文句という言いたい言葉を飲み込みなんとか敬礼することに成功する。
しかし、その顔は顰めたまま変わらない。
だが、それはあちらも同じようで、尾形の顔は笑っているがその目は冷たく凍る様に無感情だった。
雪乃はこの上官と知り合ってからその無感情な目が苦手だった。
敬意も感じられない渋々さを見せる敬礼に尾形は怒るでもなく鼻で笑って終わらせ視線を雪乃から花に向け直す。
しかしその目は相変わらず無感情だった。
(なんでこの人いつも花壇にいるんだろう…花なんて興味ないくせに…)
雪乃がそう愚痴るのも無理はない。
尾形との出会いはそう長くはないが、短くもなく、親しいわけでもない。
ただ尾形は気紛れに現れ花を見ていくだけの奇行を出会ってからずっと繰り返している。
一つ上とはいえ上官は上官。
それも上等兵は全員が自動的に一等卒になれる階級とは違い、『上等兵候補者特別教育』を受け選抜されて適任と認められた者だけが進級できるのだ。
成りあがる気がある者にとって第一歩の階級である。
上官全てに言えるが、面倒臭い相手である。
決して口には出来ないその愚痴を零しながら雪乃は内心溜息をつく。
(一体何しに来てるんだろう……まさか本当に花に癒されているとか?)
水をやりながら尾形の奇行を考える。
尾形は勇作と出会う前からの顔見知りで、何故か猫のように気紛れに現れてはこうして花を黙って見続ける。
いつも来るのは尾形の方が先だが、去るのは雪乃の方が先だった。
だから彼が本当に何がしたいのか全く理解不能だった。
勇作のように表情に出してくれたら多少は理解できるだろうが、彼は仮面を被るのが本当に上手い。
彼には彼なりの何かがあるのだろうが、心を全く誰にも覗かせる事のない尾形に雪乃は『流石は変態(吉平)も警戒するだけある』と褒めているのかいないのか分からない事を思う。
考えていると水やりは終わり、ジョウロを置いた後尾形の隣に腰を落とす。
本当はとっとと気まずい空気から脱出したかったのだが、何故か水やりや世話を終わった後尾形が『杉元一等卒』と呼びながらトントンと自分の隣を叩くのだ。
それはすなわち『自分の隣に来い』という意味であり、それは雪乃にも通じたが、あまりにも意味の分からない行動に上官相手に『は?』と返してしまったのは仕方ないだろう。
しかしそれが続けば尾形の隣に座る事が一通りの流れとなっていた。
勇作との空気の違いを感じていると、ふと雪乃は思いだす。
(そういえば…花沢少尉ともこうして花を見てるなぁ…)
あの日から勇作も時々ここに来て雪乃と並んで花を見ている。
尾形との違いは穏やかな空気と、楽しいお喋りだろうか。
彼は勘違いではあるが雪乃と吉平が恋仲と知っても差別なく接してくれる。
雪乃的には勘違いだと言いたいが、勇作を前に流石にセフレですとは言えなかった。
結局彼の中では雪乃と吉平は恋人同士ということになっている。
(っていうか…何してるんだろう、私…)
雪乃はふと遠い目で花を尾形と共に見つめる。
何が楽しくて気難しい上官と無言で花を観賞していなければならないんだと我に返る。
しかしこの上官にそれを言えば嫌味が一つ二つ平気で飛んでくるので、それを受け止め投げ返すほどの技術は今の雪乃にはない。
「………」
「………」
勇作とは違い、尾形とは会話という会話はない。
ただお互い隣に座り無言で花を見るだけの関係だ。
変態医師の千景と変態中尉の吉平に比べれば意味の分からない空間でもまだマシだと思えるから不思議である。
チラリと尾形を盗み見れば彼は一切雪乃には目もくれず花を見ていた。
その横顔は相変わらず無感情で、顔の表情筋ですら使わられていない。
何が楽しいのか全く分からないが、雪乃は案外この面倒臭い上官と二人きりのこの空間は嫌いではなかった。
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