(7 / 27) 軍人時代 (07)

雪乃は戦場で大怪我を負い、長い入院を余儀なくされていた。
その間花は勇作が世話をしてくれて、帰って来た雪乃を花達は元気に出迎えてくれた。
丁度勇作が花に水をあげていた時に訪れ、勇作は包帯を巻く雪乃を見てぎょっと驚いたあとアワアワと慌てふためく姿を見せた。
その姿が少し面白いなと勇作と別れた後花を見ながら雪乃は思う。
ぼうっとしていると片目しか映らない視界にヌッと手が現れる。


「!?―――尾形上等兵殿!」


驚いている隙にその手に軍帽を取られ、雪乃は振り返る。
そこにいたのは尾形だった。
雪乃は上官に慌てて敬礼をする。
尾形は訓練から帰って来たのか、それとも行く途中なのか、銃を肩に掛けていた。
尾形は雪乃の軍帽をひらひらと揺らしながら露わになった雪乃を見て愉快そうに目を細めて笑った。
雪乃は今怪我を負いその整った顔には半分、包帯が巻かれていた。
今回は体だけではなく、左顔に大きな切り傷を受けてしまった。
顔にまた一つ大きな傷が増えてしまったが、目までは切られなかっただけいいと思う事にした。
尾形も雪乃が多くの傷を負いながらも何度も復帰しているのは知っている。
だがこうして出会ってから見える範囲で包帯を巻くほどの大きな怪我は初めて見る。
だから尾形はわざわざ雪乃を訪れたのだろう。


「お前が顔に怪我を負ったと聞いて来てみれば…随分と男前が上がったじゃないか」

「…ドーモアリガトウゴザイマス」


目の前の男は人が怪我をするとこうして嬉しそうににやけた顔を見せる。
最初こそ吉平と同じ趣味の持ち主かと警戒していたが、しかし雪乃に女側を命じるわけもなくただ弄るだけ弄って満足して帰っていくのを繰り返せば警戒心はいつの間にか解かれていた。
とは言え弄られるのも面白くはない。
今だって雪乃が女顔だと揶揄っているのだ。
誰に聞いたのかとか興味がないわけではないが、面倒臭いのが勝っていた。
半目と棒読みの雪乃に尾形は更に愉快そうに笑う。
吉平とは違う趣向であるが、人の怪我を楽しむその顔は吉平と重なって見え雪乃は不貞腐れたように装い尾形に顔を逸らす。


「訓練の帰りですか?」


にやけ顔をそのままに雪乃の包帯だらけの顔を興味深そうにジロジロと見つめていた。
その視線から逃れたくて雪乃は話しを逸らすように問う。
その問いに目線をそのままに尾形は首を振る。


「逆だ…これから行く」

「なら私なんかに構っている暇はありませんでしょう」

「あんなお遊びみたいな訓練つまらんだけだからな…杉元一等卒、つまらん訓練しなきゃならん俺を慰めろ」

「ガンバレ〜オガタジョウトウヘイドノ〜ガンバレ〜」


『お前は殿様か』と雪乃は思いつつ棒読みの応援を送る。
全く心の籠ってない応援に尾形は怒るでもなくクツクツと笑いをこらえ、口元を雪乃の軍帽で隠す。
笑われて癪に障るが、まあご機嫌なのはいい事だと流す。
内心面倒臭い人に捕まったなぁと思っていると軍帽の天井で顎を引っかけられ、雪乃は顔を尾形の方へ向けさせられた。
目が合う尾形の目には相変わらず無感情であったが、どこか楽し気に見えた。
『何だ』とデカデカと張られ顔半分包帯で埋まっている雪乃を尾形は細めて見つめる。


「お前も来るか?ちょっとは銃の腕が上がるかもしれん」

「有り難いお誘いですが、遠慮させていただきます」

「遠慮などいらんぞ?お前ならば俺がもう一度手取り足取り教えてやらんこともない」

「いーえ!もう結構です!!」


尾形は銃を得意としており、目と耳がいい。
雪乃は白兵戦…すなわち物理で戦うのが得意で銃は不得意だった。
まだ軍人になりたての初年兵の方が上手いだろう。
雪乃の腕前は吉平が警戒している尾形に頼むのを許したほどである。
勿論その案を持ち出したのは、鶴見だ。
鶴見は不死身と名付けられた雪乃に興味があったのもあり何かと気にかけてくれるが、それら全て吉平が叩き落としているので雪乃は知らない。
しかし雪乃の銃の腕前は吉平も頭を悩ませていたのか、渋ったものの結局尾形に雪乃を預けた。
花壇以外で顔を合わすのは初めてで、少し違和感があったが、それが慣れるよりも前に尾形のスパルタと辛辣さに雪乃は根を上げそうになった。
尾形の教えはキツイ…しかし、尾形の顔はとても輝き楽しそうに見え、雪乃は『これは吉平の策略なのでは…?』と思う程だった。
その事から尾形の何がしたいのか分からない上官という印象が、サディスティックが強すぎる上官という印象に上書きされた。
しかし今もこうして雪乃の反応を楽しんでいるのだからその印象は間違ってはいないのだろう。
結局結果はちょっと銃の扱いを覚えたくらいしか成果が出なかったのはまだ雪乃の中では納得できない事である。
『まあそう言うな、可愛い教え子よ』と二ヤついた顔で言う上官にグヌヌと唸っていると後ろから尾形を呼ぶ声がした。
そちらへ目をやれば彫が深く顔からも分かる毛深さの男や、同じ顔の男達がいた。
彼らは尾形に対し敬語を使っていたので、雪乃と同じ一等卒なのだろうということだけは伺えた。
彼らに声をかけられた尾形は雪乃にしか聞こえないよう舌打ちを打つ。


「邪魔が入ったな」


そう呟く尾形の顔は先ほどまで雪乃を弄りイキイキしていたのとは反対にいつもの無感情な表情を浮かべていた。
『じゃあな』と言い雪乃に帽子を被せて返し去っていく後姿を見送りながら雪乃は『人を弄ってやっと表情筋が仕事するって…人としてどうよ』と思う。
しかし厄介な相手から解放されたとホッと息を吐いたその時―――


「雪乃?」


雪乃はその名に息を呑んだ。
その名は決して誰も呼ぶことがない名前なのだ。
雪乃はその名に弾かれたように振り返る。
そこにいたのは―――…


「寅次…」


村で幼馴染だった寅次がいた。

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