養母とカナ、更には婚約者までもが世話になっていたアイヌの村に訪れ、最愛の息子と会っているとは思いもしない水城は、死んだ平太の皮を剥ぎ終えた後、乾かしていた。
「この漢字は『ロ』でいいのか?」
パチパチと燃える焚火に当てて乾かしている人間の皮を見ていたアシリパはふと、気になったのか読み方を水城に聞く。
指さす方へと視線をやれば、水城は頷いて見せる。
「そう、『ロ』だよ…それで、こっちは『チ』、訓読みだと『お』だね」
和人の言葉に興味があるのかと思い、水城は傍にあった文字もついでに教える。
水城が指さす文字をアシリパは神妙な顔つきで見つめていた。
「それにしても…まさか平太師匠が囚人だったとは…」
「本当にね…でもまあ、こうやって新たな刺青人皮を手に入れたおかげで本来の目的に立ち直れたもの…私達はもっと大きい埋蔵金を探すんだって目的にね」
「そうだな…そこへ辿り着けばアイヌを殺して砂金を奪った事件の真相も明らかになるかもしれない」
熊を狩って10日余り…
水城達は確かに目的を見失っていた。
それを平太師匠が身をもって軌道修正してくれたのだ。
「危ない危ない…『ハク』の話に我を忘れてしまった…チマチマと砂白金を集める暇は俺らにねえぜ!」
「そうそう!先へ進まないとね!」
頭の中は完全に金の事しか考えていなかった。
それを二人は自覚し、反省をする。
反省をするならば、とアシリパは何も言わないでくれたのだが…
「平太の煙草入れ…」
平太の遺品の中から煙草入れを発見した。
その煙草入れは平太が仲良くなったアイヌから貰ったものと言っていた物で、熊の彫りが施されていた。
ただ、熊そのものの形を掘った物はアイヌの中でも珍しく、アシリパの目に留まった。
熊の全身まで掘られた物は、魂を持って悪さをすると言われているため、アイヌ達は熊をモチーフに掘っても全身まで掘る物は珍しい品物となる。
見ようと手を伸ばし触れると、その煙草入れはズシリと重かった。
「なんか重いぞ」
その重さは煙草とは思えないほど重さがあった。
蓋を開けてみると、ポロリと煙草入れの中から何かが落ちてきた。
それは平太が言っていた砂白金だった。
「うしゃしゃあああッ!!!」
「じゃじゃあああ!!」
紙に包まれた砂白金が地面に落ちた瞬間、反省したはずの白石と水城が一斉にその砂白金に向かって手を伸ばした。
手に取ったのは数秒差で白石がゲットした。
しかしその手首を水城がガシリと掴み奪おうとする。
水城が平太との戦いで片腕を折られていなかったのなら、白石はとっくに水城に奪われていただろう。
それでもゴリラと散々呼ばれてきた力があれば片手でも白石程度の男なら倒せるだろうが、如何せん、白石も金に目が眩んでおり火事場の馬鹿力並みに水城に抵抗している。
二人は無様にも地面を転がるように争いだす。
「…………」
そんな先ほどの反省など無にする汚い大人達をアシリパはゴミを見るような目で見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇
場所を変え、水城達はいつもの小屋を建てて獲ったばかりの白鳥を料理していた。
「レタッチリは食べた後、頭を
木弊で包んで『また生まれ変わって戻っておいで』と言って川に流してあげる」
レタッチリ、とは白鳥の事を指す。
白鳥は光に目が眩み近づいてくる習性を利用して、アシリパは水辺に焚火をし白鳥を待ち構える。
その間に白石と白鳥のコントもあったが、無事食糧となる白鳥を捕らえることができ、水城はズイッと白鳥の…――頭を差し出される。
「だから綺麗に食べてやれ水城…舌やクチバシの皮も全部食べられる」
そう言って羽根を毟り料理された頭部をアシリパはスプーンに乗せて水城に振舞った。
動物を食べるためだけではなく、食べれることを感謝し全てをいただこうとするアイヌの考えは和人の水城にとって素晴らしいとも言えるだろう。
言えるのだろうが…白鳥の白く濁った目と目が合い、水城は『うふふ』と微笑んだ。
口を開けて濁った白い目で差し出される白鳥を水城は頑張って食べようとはした。
だが、いつぞやのカワウソのように水城は何度食べようと試すが、度胸が全く追いついてくれない。
いや、美味しそうなのだ。
美味しそうなのだが……何度も言う…白く濁った目と自分の目がバッチリ合ってしまうのだ。
仕舞いには『早く食え』と急かされてしまう。
形そのまま残っている彼らを食す度胸がない不死身は、笑みをそのままに胸に手を当ててアシリパを見る。
「アシリパさん…私ね、なんだか胸がいっぱいで食欲がないの」
「胸がいっぱい?」
「そう…キロランケとクッッッソ尾形にアシリパさんと引き裂かれてずっと心配してた…」
「その割には鯉登ニシパといちゃついてたな?」
「…………」
胸が一杯で食欲がない、という水城にアシリパは怪訝とした顔を見せる。
その間も白鳥と水城はお互い顔を向かい合っていた。
キロランケの事はまだ許せない。
だが、キロランケはもういない。
水城の殺意は尾形に向けられている。
以前までクソ尾形だったのが、今はクソという部分に力が入る。
心配していたという言葉にアシリパは一瞬胸が熱くなった。
嬉しいとも思ったのだが、脳裏にバカップルな鯉登と水城の姿が思い浮かび、気持ちが一気に冷めていく。
アシリパの鋭い言葉に水城は無言でニコッと笑って返し、そのまま続けた。
「アシリパさんと再会してから私の目には風景が色づいて見えたの…隣にアシリパさんがいる…それは普通の事なんだけど、その普通の事が嬉しいの…嬉しくて、楽しくて…胸がいっぱいで食欲がなくなるほど嬉しいの…」
『だからアシリパさんが食べていいんだよ?』とそっと白鳥の頭をアシリパに押し返す。
食欲がない?
ないわけがない。
至って健康体である。
だが、不死身と祭り上げられたほどの女は目の前の動物の頭を食べる度胸などなかった。
感動に持ち込めば回避できるかと思ったのだが…
「それは大変だ!食欲がないからこそ栄養のある物を口にしなければだめだ!さあ!水城!食べるんだ!レタッチリも栄養が沢山あってヒンナだぞ!!」
「………あ…うん………ありがとう…」
水城は大根だった。
ここで名役者だったのならもっとうまく立ち回れたのだろうが、水城は大根であった。(二回目)
結局努力は実らず、水城は先ほどからずっと目と目が合う白鳥の頭部を食べることになった。
そんなコントなどよそに、白石は煙草入れに入れてあった砂金を見ていた。
何か気になる事があったのか、もごもごと死んだ目で白鳥の頭を食べる水城と、『ヒンナだな?水城、ヒンナだな??』とヒンナのカツアゲをするアシリパに声をかける。
「おい、見ろよこれ…平太師匠の持ってた砂金…」
声を掛けられたので白石の方を見れば、煙草入れから落ちた砂金を包んでいた包みを開けて何かを手に持っていた。
それを見れ見れば数個小さく包まれた砂金だった。
「几帳面に採れた川ごとに砂金の標本を集めていたみたいだ…」
白石の手にある小さな包みには『夕張川』と書かれており、他には歴舟川、頓別川、知内川などの文字も見えた。
それを見て、水城は生前平太が言っていた言葉を思い出す。
「砂金にはそれぞれ『顔』がある…って、平太師匠も言っていたわね…」
ポツリと呟かれた水城の言葉に白石は静かに頷いた。
平太は水城と白石に砂金の採り方を教えてくれた。
家族をわざと熊に食わせた罪や憑りつかれた後の罪はどうであれ、根は優しい青年だったのだろう。
平太曰く、砂金にはそれぞれ顔があるのだという。
粒状、鱗状、板状、丸みのあるもの、尖ったもの…採れた場所によって砂金の形はそれぞれ違いがある…それが平太曰く、『顔』なのだという。
その『顔』を見れば熟練の砂金掘りはどこの川で採れたのか特定できるのだとか。
『平太師匠…』と仲良く金の欲にまみれた二人は夜空を見上げながら、他人なのに色々砂金の採り方や砂金の事を教えてくれた平太を思い出して懐かしんでいた。
「大昔…アイヌによって採られた砂金は一箇所に集められて隠されたんだろ?」
アイヌは川を汚さず生きてきた。
それを大昔、アイヌの手で川にある砂金を採り、川を汚した。
更にはそれを巡ってアイヌ同士の殺し合いが始まったのだ。
その生き残りがキロランケとのっぺら坊ことアシリパの父であるウイルクだ。
当初はウイルクが犯人として捕まったが、水城は自分の耳ではっきりとウイルク本人から『私は殺していない』と聞いた。
だから犯人は他にもいるのだろう。
その犯人が誰かなどは分からない。
生き残ったのは水城達が知っている中でもウイルクとキロランケのみ…しかし犯人とされたウイルクは殺していない…
そうなるとキロランケしか残っていない。
だが、それを聞く前にキロランケは死んでしまい、ウイルクも尾形に殺され、真実は再び闇の中となってしまった。
「他にも隠した場所を知ってる奴がどこかにいる可能性はあるわけだよな?」
「だからのっぺら坊はそこから更に移動させたんでしょ?」
「ああ…でも一人で…だぜ?一人で大量の金塊を移動させるのは難しい……かなり近くにしか移せなかったんじゃないかと俺は考えている」
白石の考えを水城は黙って聞く。
『元の隠していた場所を知っているアイヌ』を探し出すにはどうするか。
砂金の採れた川の近くに今も住んでいる可能性が高いと白石は考えた。
そこから更に絞り込むには埋蔵金を鑑別し、どこの川で採れたか産地を割り出せばいい…そう白石は考えた。
それを聞いて水城は怪訝な顔を作る。
「埋蔵金は隠されてるのにそれをどうやって鑑別するわけ?」
「バカだなぁ、白石は」
「おいおい、谷垣の話を忘れたか?」
水城は白石に怪訝な顔を見せながら、チマチマ食べていた白鳥の頭を問答無用でアシリパの口に詰め込んだ。
むぐっとアシリパから声が零れたが、文句もなくモグモグと食べ続けたので、内心ほっと安堵する。
しかし手に取ろうとしないので水城が支えてやる。
そんなイチャイチャを目の前で繰り広げられつつ、話を続ける。
「のっぺら坊は砂金の一部を持って逃げたが舟は転覆…その砂金も沈んだと…」
「!――支笏湖!」
以前谷垣が言っていた言葉を思い出した。
ハッとさせたが、次にアシリパが白石に怪訝な顔を見せる。
「その砂金を探しに行こうっていうのか?いまさら刺青人皮とは全く関係ない別の方法で埋蔵金を見つけようってことなのか?」
「どうしても刺青人皮が手に入らない場合に一発逆転を狙うにはその手もあるって話だよ」
その場所に金塊が確実にあるという証拠はない。
今まで散々危険に身を晒しておきながら今更入れ墨を探さず楽をしようとしているのだとアシリパには聞こえた。
だが、そうではなく、白石はもしもの場合の話をしていた。
「え、ちょっと待って…えっと…」
白石の話を聞いて水城は頭の中で整理する。
まず、支笏湖に沈んでいる砂金を見つける。
そして、熟練の砂金掘りを探し鑑別させ産地を特定。
そのあと、砂金産地の周辺で昔の埋蔵金の隠し場所を知っているアイヌを探して聞き出す。
その後、その場所へ行きのっぺら坊が移動させた隠し場所を探し当てる。
――――ということだ。
それを整理し、水城は首を振る。
「めちゃくちゃ見込み低いでしょ、それ…探す方法として一個一個の課題が難しすぎるわ」
「一歩目でまずつまずくぞ…支笏湖は北海道で一番深いんだ…潜って砂金を見つけるのは絶対に不可能だ」
北海道の事はアシリパが一番よく知っている。
そんなアシリパが無理だというのならそうなのだろう。
ただ、白石も無理な事を思い付きで言うほど馬鹿ではない。
「そうでもねえぜ…見ろよこれ」
平太が持っていた砂金の一つの包みを白石は雪乃達に見せる。
その紙に書かれている文字を見て二人は目を丸くした。
そこには支笏湖と書かれていた。
「すでに見つけられていたのか!」
「でも『海賊さん』って…誰だ?」
しかし、支笏湖と書かれた隣には『海賊さん』と書かれており、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
文字通りなら、海の賊と捉えられるが、その下に『さん』と敬称が続くため少なくとも一人の存在を意味しているのだろう。
首を傾げる水城とアシリパに、白石が教えてくれた。
「『海賊房太郎』と呼ばれる男だ…網走脱獄囚24人の一人…こいつは特に気合が入った強靭な男だぜ」
白石も海賊という男の事は知っていた。
流石に24人全員知らないが、特に接触した中で色濃い個性を持つ人間は嫌でも憶えてしまう。
その中に海賊房太郎もいた。
「勿論俺達はこんな見込みの低い方法で埋蔵金を探す必要はない…今まで通り刺青人皮を集める方法で進めばいい!」
調べるべき川はすでに平太の鑑別が済んでいる。
その証拠を水城に渡すと水城は徳富川、沙流川、空知川、知内川と書かれた包みを静かに見下ろす。
「なるほど…つまり、この川へ行けば海賊を捕まえれるってことね」
薄暗かった先が、少し明るみを帯びた気がした。
不透明だった水城達の目的が定まった瞬間である。
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