(266 / 274) 原作沿い (266)

水城達は平太が残した砂金のサンプルの包みに書かれていた一つである『空知川』へと向かっている途中、休憩をとっていた。
その途中、水城とアシリパ達がはぐれてしまうというハプニンが起きたものの、幸運にも水城はすぐにアシリパ達と再会を果たすことが出来た。
…しかし、水城の心に傷を負ってしまう。
水城は逸れてしまった時、北海道にだけ生息する野鳥『シマエナガ』という鳥と一緒に避難していたのだが……まあ、色々あって食料にしてしまった。
その後すぐアシリパと合流し、水城は心に深い傷を負ってしまい、『うっうっ』と座り込みすでに腕が治り両手で顔を覆って泣く。
そんな水城をアシリパは慰めていた。


「そう悲しむな水城…そんなに泣いてしまっては瞳の色が溶けてなくなってしまうぞ?」

「でもぉ…あと少し我慢すればアシリパさん達と合流出来てあの子を食べずにすんだとおもうと…うぅ…ごめんなさいぃぃ」


事情を聞いて白石はまずドン引きした。
だが、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。
アシリパ達が近くにいたとしても、雪山の遭難では気づかないものだ。
空腹だったのだ。
空腹は人を惨めにさせる。
三大欲求の一つである食欲には流石に不死身でも勝てないだろう。
とは言え、可哀想な事をしてしまったと罪悪感が強く残ってしまう。
ほろほろと泣く水城にアシリパは背中を擦って慰めてやる。
泣き止んでほしいと本気で思っていた。
アシリパも水城の美しい琥珀色の瞳が好きだから。
涙を流し続けたら綺麗な琥珀色が涙に交じって消えそうな気がした。


「でもヒンナだったんだろう?」

「………うん…ヒンナだった…」

「だったら悲しんでやるな水城…弔いはきちんとした…状況が状況だったんだ…ウパシチリ(シマエナガ)はその身で水城の命を救った…だからきっとウパシチリも水城を恨んではいまい」


アイヌの教えとは少し違うが、水城が泣き止むなら何でもよかった。
涙で濡れる瞳も美しいと思うが、やはりいつも自分を見つめてくれる優しく暖かい瞳の方が好きだった。
『ほんとぉ?』と首を傾げ不安そうに見つめる水城の愛らしさに、アシリパの感情は空気を読まず萌えた。
『ん゙ぐぅ』とハートの矢に心臓を撃ち抜かれたアシリパは胸を押さえながら『本当だ』と頷いた。


「元気を出せ、水城…元気を出してまたウパシチリを食べよう…今度はもっと美味しく料理して食べてやろうな」

「………」


アシリパなりの慰めである。
アシリパ的には美味しい物を食べて元気になれ、と言いたいのだが、それがいけなかった。


「うぅ…アシリパさんのばかぁぁ…」

「なっ…なぜだ!?」


アシリパの慰めは慰めにはならなかった。
ぶわっと涙が溢れる水城にアシリパははわはわと焦る。
逆に蒸し返してしまい、水城はジワリと涙が溢れ顔を手で覆ってしまう。
愛らしい顔を見せてくれない水城にアシリパは漫画のように『ガーン』と背景に文字を浮かばせショックを受けた。


「シ、シライシ!!白石!!水城が泣いてしまった!!」


泣き止みそうだったのに泣き出してしまった水城に、アシリパはてんぱる。
顔を手で覆って顔を見せてくれない水城に声をかけるが、殻に籠って出てきてくれなかった。
アシリパは藁にも縋る思いで白石に振り返った。
しかし、白石は二人のやり取りを『うふふ』と微笑ましく見つめるだけだった。
しかし、水城達と距離を置いていたヴァシリが泣いている水城の前に屈んだ。
自分の前に移動したヴァシリに水城は涙で瞳を濡らしながら見上げ首を傾げる。


「頭巾ちゃん?どう…」


――したの?、と問うとした時、何故かヴァシリの手に両頬を挟まれてしまう。
むぎゅっと両頬を挟まれた水城は目を瞬かせヴァシリを見上げる。
目を瞬かす度に溜まった涙がポロポロと零れ、ヴァシリの手を濡らす。


「……にゃに…?」


日本語が分からないと分かりつつも問うが、頬を挟まれてしまっているので日本語が日本語ではなくなっていた。
水城が問うと傍から『ン゙ン゙ッッ』と声が聞こえたが、今は触れないでおく。


「ちゅきんちゃん???」


そろそろ日本語が怪しくなってきているので話してほしい。
そう思っているとなぜか近づいてきた。


(えっ…えっ???まって…え???ちかい…ちかいんだけど????)


まるでキスをされるかのように近くなっていくヴァシリに水城は目を泳がせた。
目の前の男が鯉登ならば喜んで受け入れよう。
目もつぶりキスしやすいように首も傾げよう。
だが、目の前には婚約者ではなく名も知らない外国人である。
恋人と和解し結婚の約束もしているため、ここで不義はまずい。
ここに鯉登がいないとしても罪悪感が残るだけである。
しかし、ヴァシリはキスをしようとしているのではなく…瞳を見つめていたかっただけだった。
じっとヴァシリは水城の瞳を見つめる。
初対面の時からこの瞳を見つめていたいと思っていた。
尾形を狙って水城達に着いて来てから気づいたが、この琥珀色の瞳は感情によって色がコロコロと変わる。
笑っている時は色が濃くなり、泣いている時はまるで光に照らされキラキラと輝く水の中にある宝石のようだった。
だが、ヴァシリが一番好きなのは敵意が込められた瞳だ。
初対面に見たあの瞳が忘れられない。
ギラギラと強く輝きまるで捕食者のようにこちらを睨みつける。
その瞳を始めて見て、ヴァシリは場違いながらもゾクゾクした。
恐怖もあった。
だが、何より自分を獲物として捕らえ息の根を止めるまで殺意を止めない勢いの軍人に強く惹かれた。
更にはその軍人は訳ありなのか、女性だったのだ。
あんな美しいものを見て心奪われない男などいない。
そう言い切ってしまうほどヴァシリは水城に心奪われていた。
無言で見つめて来るヴァシリが意味が分からなくて顔を背けようとする水城に、ヴァシリは逃さないと言わんばかりにグッと力を入れる。
痛い、と水城は言うが生憎ヴァシリは日本語は分からない。
それにもっと水城の瞳を見ていたいという欲もあった。
しかし、ヴァシリだけの幸せの時間はすぐに終わった。
水城の後ろから小さな手がぬっと現れ水城の目を覆い、後ろへと引っ張られた。


「いだだだだ!!痛い!痛いから!!この小さな可愛いおててはアシリパさんでしょ!!?痛いから放して!!」

「ふぬぬぬぬ…!!やっと鯉登ニシパから離れられたと思ったら次は頭巾ちゃんか!!!私は許さんぞ水城!!私は外国住まいなぞ許さんからなッッ!!!」

「外国住まい!?アシリパさん一体なんの事言ってるの!?―――いだだだっ!!何でもいいからアシリパさんも頭巾ちゃんも手を放してってば!!!」

「確かに頭巾ちゃんは良い男だろう!!銃の腕もいいし無口だ!!!だが一緒になるなら話は別だ!!いつでも会える鯉登ニシパにしろ!!!っていうかもう白石と結婚しろ!!白石をヒモとして飼ってもいい!!そして私と一緒にコタンで暮らそう!!一生幸せにするぞ水城!!!」

「アシリパちゃんこっちに振るのやめてくれる!?っていうかそれ俺ペット扱いじゃん!!!???」


前方のヴァシリには頬を掴まれ、後方のアシリパには目を覆われ、お互い手を放さない。
ヴァシリも意地になっているのか子供相手でも容赦なく譲らない。
そのおかげで前後から強い力で引っ張られ水城は痛みに声を上げた。
トバッチリを受ける白石は『それ絶対に鯉登ちゃんの前では言わないでね!!??絶対だからね!!???』とフリのような言葉を叫んだ。
この世界一どうでもいい小さな日露戦争は水城が力づくで脱出するまで止まることはなかった。

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