ヴァシリVSアシリパの大岡裁きも引き分けに終わり、水城は歌志内に訪れていた。
空知流域にあるアイヌの集落で聞き込みをした際、歌志内にある炭鉱の町で入れ墨の男がいるという情報を得た。
その男は町で飴を売っているという。
「海賊房太郎って男って前科多数の強盗殺人犯でしょ?そんな奴が物売りなんかするものなの?」
水城達はつい先ほど歌志内に到着したばかり。
人の賑わいはまだ多いかは分からないが、炭鉱の町というのもあって栄えているようには見える。
この中で海賊房太郎という男を知っている白石に問えば首を振られた。
「しないと思うぜ、そんな面倒な事」
返ってきた答えに水城は別段がっかりはしていない。
何となく海賊房太郎とアイヌから得た男の情報と噛み合わないと思っていたのだ。
「やっぱり別の刺青の脱獄囚か…あんた心当たり無いの?元飴売りの囚人とか…」
「無いね…顔も知らねえ囚人は沢山いたからな…俺は監獄じゃわりと有名人だったけどさ」
まあ、そうだろうね、と水城は思う。
前にも白石も言っていたが、同じ脱獄犯だからと全員が顔見知りというわけではないのだろう。
水城達は運のいい事に白石が顔を知っている囚人ばかりと出会うことができただけだ。
「じゃあ、しょうがない…地道に聞いて回るか…」
地味ではあるが、情報が少ない分足で稼ぐしかないだろう。
水城達は人の集まる場所へと向かい、聞き込みを始めた。
飴売りということで子供が多い場所を選ぶと、多くの物売りがいた。
甘酒やパンなどを商売にしている中で、飴売りもいた。
タコの模型を操り軽やかな歌を歌って子供達を集めていた。
その飴売りの男へと水城は向かい、声をかける。
「タコの飴売りさん、飴買うからちょっと服脱いでくれる?」
子供達が散ったのを確認し、水城は鯉登が激怒しそうなお願いを飴売りに直球にした。
…いや、お願いと言うよりは強制に近い。
「なんでだよ」
「なんでって見たいからさ…どんな乳首してるのかなって思って」
当然二つ返事に服を脱ぐ奴はいない。
水城は軍人で顔に派手な傷痕を残している怪しい男にしか見えないのだから余計に警戒されるだろう。
飴売りの男は『はあ』と呆れたように溜息をつき、首を振る。
「俺は飴を渡してあんたはその対価に金を出す…でも俺の乳首はタダで見せろってか」
「じゃあ飴はいらないから乳首だけ見せてよ」
「俺の乳首はそんなに安かねえよ!!」
飴一つで乳首を見せろとカツアゲをする水城に男が怒鳴り声を上げる。
しかし怒り所はズレていた。
乳首を見せろというのならもっと金を寄越せ、俺はそんな安い男じゃない…そう言っていた。
そんな男にアシリパは何とも言えない表情を浮かべながら男を見上げていた。
「つめたいっ!」
水城と男のやり取りの最中、後ろから悲鳴が聞こえた。
後ろへと振り向けば白石が別の飴売りの男に水をかけているところが見えた。
ずぶ濡れになった男に白石は慌てた様子で服を掴む。
「スマンスマン!!脱いで着替えた方がいい!!」
白石は服を濡らして脱がそうという作戦にしたらしい。
水城も水城だが、白石も白石である。
アシリパは『触んなコラ!』と男の肘打ちが白石の顎にヒットしたのをまた何とも言えない表情で見つめていた。
「こいつら怪しいぞ!!商売敵が嫌がらせに来たんだッ!!」
「ボコボコにしてやれッ!!」
水城達の摩訶不思議な行動を商売敵の仕業だと思った飴売りの男達は激怒し、水城達をボコボコにするため追いかける。
怒らせてしまった(当然の結果だが)水城と鼻血を垂らす白石は二人の飴売りから脱兎の子ごとく逃げる。
「…………」
その後ろ姿をなんとも言えない表情のアシリパと、水城達が何をしたいのか全く分からない無表情のヴァシリが見送った。
◇◇◇◇◇◇◇
不死身と祭り上げられた女&脱獄王と名高い白石と、ただの飴売りの男達との鬼ごっこは水城達の勝利に収まった。
元々女だてらに軍人として鍛えられてきた水城と脱獄で逃げ足を鍛えられてきた白石に、ただの飴売りが勝てるわけがなかったのだ。
無理矢理入れ墨の有無を確認するのは無理だと諦め、地道に聞き込みに変更した。
その際『もっと早くに気づけよ』とアシリパの顏にデカデカと書かれていた事は水城も白石も知らない。
地道に聞き込みを行った結果、白石が有力な情報を持ってきた。
子供が変な入れ墨をした飴売りを見たというのだ。
その目撃した場所に向かうと、炭鉱の場所だった。
炭鉱を運ぶためのトロッコの路線の上を一人の男が歩いていた。
「飴ちょうだいな」
白石が男の背中に声を掛けると、飴売りの男は振り返る。
男はニット帽をかぶり、ドレッドのように小さい三つ編みで髪をいくつも編み込み、目以外の顔全体を紙で隠していた。
異様な姿ではあるが、売り子と思えばもっと奇抜な恰好をしている者もいるので気にならない。
飴売りの男は首に掛けていた箱の上に丁半で使用する壺振りのような小さなカゴを置く。
「さあさあ!ご注目!『飴こ』が出てくるよ!」
「ええ?ウソウソ〜」
そう言って飴子は箱に置いていたカゴをパッと退ける。
するとそこには人形の首が出てきた。
首掛け芝居と言う傀儡子の芝居だった。
「ねえ飴売りさん、さっき聞いたんだけど…変わった入れ墨を彫ってるんだって?」
「へえ…見て見たいもんだね」
白石の問いに男は黙り込む。
その様子に傍にいた水城も白石に助け舟を出す。
男は白石と水城を見た後―――
「ちろり」
顔を隠していた紙をめくりあげ、顔を露にして水城達に見せる。
水城達は男の顔を見て息を呑んだ。
飴売りの顏には全体に渡って様々な入れ墨が彫られていたのだ。
額には犬と悪の文字、鼻筋や頬や顎にまで様々な模様が描かれた入れ墨があった。
金塊を示した入れ墨ではないものの、入れ墨の多さに圧巻される。
「その顔…全部入れ墨?」
これまでヤクザ者の紋紋や、白石達の入れ墨を多く見て来たが、ここまでびっしりと顔に入れ墨が彫られている男は初めて見る。
だからこそ驚いたのだが、更に驚くべきことがあった。
水城の問いに男は頷き続ける。
「うん、いいでしょ?全部自分で彫った」
「ほえ〜〜…全部自分で?」
その顔の入れ墨は全て自身の手で彫ったのだというではないか。
自分で入れ墨を彫る者もいるが、ここまで顔にデカデカと彫るのは珍しい部類に入るだろう。
入れ墨は入れ墨だった。
しかし、自分達が望んだ人物ではなく、水城はがっかりとした。
「なんだぁ…変な入れ墨ってこのことかぁ…無駄骨だったなぁ…」
はあ、と深い溜息をつき、肩を落とす水城の表情を飴売りの男は見つめ…なぜか笑い出した。
口を押え笑い、『いい顔』と零す男に水城はカチンと来た。
勝手に期待したのは自分達だが、人の落ち込む顔を見て笑う男に腹が立った。
とはいえ、入れ墨を入れているとはいえ相手は一般人だ。
本気で怒り殴るのも大人気ないとその場を去ることにする。
「徳富川も全く手掛かりがなかったし…次は南下して沙流川か…」
ここを訪れる前に徳富川にもよっており、結果は勿論手掛かりなく終わった。
次にここから近い川へと向かう予定を考えるが、水城には一つ気がかりもあった。
「札幌の殺人事件も気になるわね…」
「先にそっちへ行くって選択もあるな…」
気になる事とは、新聞でもデカデカと書かれていた殺人鬼の話だ。
札幌で起こった娼婦だけを狙った連続殺人事件である。
囚人を追っているのもあってついついそういう血生臭い事件は頭に入れてしまう。
白石も気になっていたのか、先にそちらに行くのも手だと提案する。アシリパは二人の話し合いを後ろから続いて黙って聞いていた。
しかし…
「若山の親分のがっかりした顔もいい顔だったなぁ〜」
アシリパは後ろから聞き慣れた名前に足を止めた。
その名前とは、あの赤毛の熊三頭と戦った際に出会ったヤクザの親分の名だった。
小太りの男で体に倶利伽羅紋紋を彫っていたせいか、下半身に入れ墨を入れた囚人の一人だ。
アシリパはその名前を憶えていた。
…というよりは忘れられないだろう、あんな色濃い男達は。
アシリパは振り返ったが、そこに男の姿はなかった。
「金塊は絶対に見つけられないよ〜〜」
「―――!」
炭鉱のトロッコが傍を通り過ぎ、アシリパは飴売りの男を見失ってしまった。
「水城!!今の飴売りを探せッ!!」
アシリパの言葉に水城達は何が何だか分からないが、飴売りの男を探す。
しかし、飴売りの男のはどれだけ探してもその姿を見つけることはできなかった。
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