(268 / 274) 原作沿い (268)

水城達は今、船に乗っていた。
理由は、陸路が雪解けでぬかるんでいるため体力と時間を無駄に消費しないためである。
まあ、いわば楽がしたいのだ。
今下っている石狩川を通って水城達は江別へと向かっており、予定通りなら昼前に着くことになっている。
アイヌの船以外ではアシリパは二度目の経験だが、樺太から北海道へ向かう船とは別の種類の船だった。
水城達が乗っているのは外輪式蒸気船と呼ばれるもので、両側についている水車で水面を掻いて進むもので、浅い川には適任の船である。


「初めて乗るな、水城!」

「そうだね…私も初めて」


お嬢さま育ちである水城も流石に外輪式蒸気船は初めてなのか、アシリパと同じく興味津々に船や船からの景色を見ていた。
外の景色を見ていたアシリパは後ろに繋がれている小舟へと視線を向ける。


「ズキンちゃん、こっちに乗らなくて良かったのか?」


アシリパの言葉に、水城も後ろに繋がれている小舟に乗るロシア人を見る。
白石も同じく小舟にいるヴァシリを見て「馬と一緒がいいみたいだ」と言ったが、水城は違うように見えた。


「ああやって私達から距離を置いて尾形がアシリパさんの前に現れるのを待ってるんでしょ?アシリパさんを釣り餌とでも思ってるんじゃない?」


まだヴァシリとは心の距離も物理的な距離も遠い。
しかし、最近は最初に比べて水城達と一緒の部屋や小屋などにも入って食事も共にすることから、水城達とヴァシリの距離は近くなったと言えよう。
それでもまだ水城達と一緒ではなく、遠くにいる事の方が多い。
少し情もわいてきているが、彼がアシリパをダシに使っている以上簡単に心を許すわけにはいかない。
水城の優先順位はアシリパと息子が最優先なのだ。


「さあ、体冷えちゃうし中に入って体を休めておこっか」


歩くのに慣れているとはいえ、休める時は休ませたくて水城はアシリパの背中を押して船内へと移る。
船内には休憩できる大部屋のような場所があり、ゴザがいくつか敷かれていた。
そのゴザの上に客が何人か寝ていたり座っていたり休憩していた。
空いている場所を探してそこに座る。
アシリパは自分の荷物を枕に横になり、その周りを水城達の荷物を置く。
それはまるで荷物を囲いアシリパを守るかのようだった。


「水城」


組んだ手を頭の上に持ち上げ、背伸びしてぐっと硬くなった筋肉を伸ばす。
平気そうに見えて案外水城も疲れていたようで、硬くなっていた筋肉が背伸びで伸ばされ、気持ちよかった。
んー、と後ろへ背中を反らしているとアシリパに名前を呼ばれ、水城は振り返る。
仰向けになり毛皮を毛布として上から被るアシリパは隣を叩く。


「水城も腕が治ったばかりなんだ…この時くらいは体を休ませてやれ」


『一緒に寝るぞ』とキリッとした表情で言うイケメンなアシリパに、水城は『ア…アシリパさん…っ』と胸キュンさせた。
トントンと隣に横になれと叩くアシリパに、水城は『じゃあ、一緒に寝かせてもらおうかな』とアシリパの隣に移動し横になる。
他にも客がおり、大きい船というわけでもないので、アシリパを腕に抱えるように丸くなって上着を毛布代わりに掛けて横になる。
服越しではあるが水城の体温を肌で感じ、寒さは感じなかった。


「アシリパさん、寒くない?」

「ふふ、水城とくっついているから暖かいぞ…水城はぷにぷにしているからいい布団だ」

「んもぉ〜アシリパさんひどぉい!」


同姓とはいえ、プニプニと言われ水城はぷんすこ怒る。
本気ではないのは勿論分かっており、アシリパは『ふふ』と笑い、笑うアシリパに釣られて水城も頬が緩む。
アシリパの言うプニプニというのは、太っているという意味ではない。
確かにアシリパと行動を共にしてから体重は増えたが、元々貧しい生活で痩せていたので太っても平均的な体重と見た目である。
水城は軍人として鍛えられているのに関わらず、筋肉は付いておらず、女性特有の柔らかい肌を持っている。
いや、一般の成人女性に比べて水城の肌は柔らかい。
あの女狂いの牛山や尾形でさえ水城の肌を賞賛していたほどだ。
その肌を堪能できるのはこの世界でも三人くらいだろうか。
一人目は恋人の鯉登。
二人目はアシリパ。
そして三人目は息子の静秋だ。
以前なら鯉登の席に尾形が座っていたが、今は敵対しているし、鯉登と和解しているため尾形がその席に座ることはないだろう。
椅子取りゲームのごとく横取りしなければ…の話ではあるが。
少なくとも無条件に触れることができるのは静秋とアシリパだけだろう。
アシリパはそこに優越感を感じている。
水城は傷痕からぱっと見、容姿の良さには気づかれないが、元々顔が整っているのもあり同性から見ても良い女だ。
だが、如何せん水城は色々と鈍感で無頓着だ。
『全く…仕方ない奴だ…私が守ってやらなければな』と彼氏面するアシリパは自分を抱き着き丸くなって眠る水城にすり寄る。
そういうとこが鯉登と同類だというのはアシリパどころか鯉登にも言ってはいけない言葉である。
だが、一つ、不満な点があった。
水城は、お互いカイロとして抱き着きながら眠ろうと目を瞑っていたが、アシリパがさわさわと胸の辺りを触れているのに気づき目を開ける。


「アシリパさん?どうしたの?お腹減ったの?」


お腹減って弄っているのかと思い声を掛けたが、アシリパは何故か眉間にしわを寄せて水城を見上げる。
今までのどこに機嫌を損ねる要素があったのか…水城は考える。
だが、アシリパは別に機嫌が悪いわけではなかった。


「水城、硬いぞ…水城、硬い」

「え、硬い??何が???」


硬い、と言われ水城は首を傾げる。
硬いと言われても何が硬いのかが水城には分からない。
アシリパは首を傾げる水城の胸を触りながら…


トカプ(おっぱい)が硬い…」


むぅ、と不満そうに唇を尖らせ呟くアシリパに水城は目を瞬かせ固まった。
トカプ、というアイヌ語の意味を脳内で探していた水城は、その意味を理解すると『えっと…』とアシリパに声をかける。


「枕欲しいの?」


そこで水城は白石命名の天然記念物さを発揮する。
アシリパはいつもは自分の荷物を枕にしていたが、たまには柔らかい枕が欲しいのかと思った。
しかし、そうではないのだ。
そうではなく、アシリパは水城の魅惑のお胸様に心を奪われているだけである。
樺太で再会した時抱きしめ合った際、アシリパは初めて水城のお胸様に触れた。
北海道へ戻る際に泊まらせてもらった樺太アイヌのチセで、アシリパは一度水城のお胸様を枕にして寝たが、生憎とアシリパは酔っぱらっていてそのことは覚えていない。
実質、これが水城のお胸様と初めての触れ合いである。
アシリパはあまりの柔らかさと程よい弾力に魅了された。
違う、お前のトカプに包まれて寝たいんだ…とは言わず、無言で頷いた。
アシリパを溺愛している水城は頷いた彼女に疑問も思わず聞き入れる。


「ちょっと待っててね」


水城はアシリパ厨なので断るという選択はない。
とはいえ元々この船は大型船ではないし、そもそも客船ではない。
長期の船旅を見越して設計しているわけではないので、休憩できる場所は一箇所、しかも大部屋のみだ。
その大部屋には当然水城達以外の客は大勢いる。
個室ではないので堂々と脱ぐと水城がわいせつ罪で捕まる。
いくら水城が美女であっても、美男子であっても、世の法律は見逃してくれない。
そもそも、水城は露出狂ではない。
その為、水城は他の客に気づかれないように寝転んだまま前を少し緩ませてシャツのボタンも外す。
そしてサラシを下にずらせばトカプ抱き枕の出来上がりである。


「はい、いいよ〜」


『おいで』、と水城はアシリパを歓迎する。
アシリパは水城に抱き着くようにくっつき、水城の胸に顔を埋める。
ボタンを外して肌蹴ているため、アシリパの顔は直接水城の胸に埋められている。
そのため水城の肌の柔らかさをいつもよりも堪能することができる。
胸のむにっとした柔らかさが何とも言えず気持ちがいい。
水城の匂いもアシリパは好きだった。
これこそ夢心地というものである。
この光景を鯉登が見れば鬼どころかこの世の物ではない形相で軍刀を抜いて大暴れし、尾形がいれば無言で銃口を向けるだろう。
しかしお生憎様、片方は水城とは離れ離れになり敵同士に戻り、片方は完全に敵認識されている。
今やこのたわわなお胸様を堪能し好き勝手出来るのは実質、アシリパしかいない。
頬ずりをするように頭を軽く振れば、水城のくすぐったそうな声が聞こえ、アシリパは更に機嫌を良くする。
勿論、どこぞの男達のように卑猥な手で触れていない。
純粋…と言っていいのか分からないが、アシリパは柔らかい枕を堪能しているだけである。
それのどこが純粋なのかは不明であるが、純粋と言えばそれはもう純粋になるのだ。


(あ…アシリパさん寝ちゃった…)


お胸様に頬ずりをしていたアシリパだったが、暫くすると大人しくなった。
水城もアシリパのセクハラ行為をただの同性同士のスキンシップだと思っているためか、好き勝手させていた。
しかし大人しくなったアシリパに気づき、視線を落とせば、アシリパはいつの間にか眠ってしまっていた。
目を閉じくぅくぅと寝る可愛い寝顔に水城はふと頬が緩む。
アシリパと引き裂かれてから、水城はアシリパが隣にいるのもこの腕の中にいるのも奇跡にしか思えなかった。
もしも自分を見つけて保護したのが第七師団ではなかったら。
もしも鯉登が先遣隊として選ばれず、歩くのが嫌だからと犬橇を選ばなかったら。
きっと水城がアシリパと再会できたのはもっと先だったろう。
そう思うと腕の中にいる少女が愛おしくてたまらなかった。
引き裂かれる前も懐いてくれるアシリパが可愛いと思っていたが、引き裂かれ常に一緒にいられるわけではないと実感させられると更に愛おしさが増した。
アシリパが風邪を引かないように毛皮の上から自分のコートも被せてやり、アシリパを抱き寄せる。
子供体温からか、水城もウトウトとしはじめ瞼を閉じた。

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