水城は大きな揺れで横向きから仰向けになる。
その衝撃に水城は目を覚ました。
ハッとさせ瞑っていた瞼を開け、目覚めた水城は呆気に取られたように呆然としていた。
「……夢…」
目の前に見慣れない天井が見えた事が心から安堵した。
ホッと息を吐きながら水城は首に触れる。
触れたって鏡がないから痕があるかは分からないが、まだ吉平の手が首を絞めつけているように感じた。
とてもリアルすぎる夢だった。
いや、夢ではないのだろう。
頭を撃たれ入院していた時のように、水城の首には吉平が締めた手の跡が残っているのだろう。
水城はまた船が揺れ、意識を現実に戻す。
「なに…?」
外から騒がしい音が聞こえた。
人の声や水しぶきの音、何かがぶつかった音も聞こえる。
先ほどから小さく揺れたり、方向転換しているように大きく揺れたりとしている様子から、何か異常事態が起こったらしい事は分かった。
チラリとアシリパを見ると、アシリパは完全に寝入ってしまっているようで乗客が不安そうにガヤガヤと煩いのに、ぐうぐう寝ていた。
アシリパの姿を見ていると、夢で吉平と会い凍り付いてしまった心が、まるで春が訪れたように溶けていき、暖かくなるのを感じる。
騒めく中、呑気に寝息を立てて間抜けな寝顔を見せるアシリパに、水城はふと笑みがこぼれる。
まだ事故か事件か分からないので、アシリパは起こさず、揺れでずれたらしい毛皮を掛け直してやる。
まだ外は寒いので、風邪を引かないよう自分のコートもかけてやり、水城は船内の外に出る。
すると外にいた白石と合流した。
「白石!何があったの?」
「分からん!なんか小舟とぶつかったみたいだが…」
梯子を降りていた白石と合流し、水城は銃を肩に掛けながら白石を先頭に騒動の元へと向かう。
上へと続く階段を上がると、一人の男がいた。
その男は船長らしき男性に拳銃を向けていた。
水城は拳銃を見て男を睨むように見る。
男は女性のように髪を伸ばしており、鯉登のように特徴のある眉とヒゲを生やしていた。
その容姿は女性を口説けば簡単に落とせるほど整っていた。
水城は見覚えのない男。
しかし、白石には見覚えがある男であった。
「海賊…!」
その呟きに水城はスイッチを切り替える。
海賊は海賊なのだろう。
ただ、海賊でも、白石の反応からして、目の前の男が水城達が探していた海賊房太郎なのだろう。
スイッチを入れた瞬間、水城の視線は鋭く光り、肩に掛けていた銃のを負い革を握り締める。
そんな水城の殺意に気づいていないのか、それとも気づいていても無視しているのか…海賊と呼ばれた男は白石を認識すると嬉しそうに笑った。
「おお〜〜!シライシじゃねえか!」
白石と房太郎は、顔見知りなのだから親しさを見せても可笑しくはない。
房太郎は同じ脱獄囚であり有名人でもある白石と思わぬ再会に、白石ばかり意識していたが、ふとその後ろにいる存在に気づく。
格好から一瞬軍人かと思い警戒したが、すぐに強い警戒心を少し解く。
軍人かと思ったが、軍人ではないのに気づいたからだ。
水城は華奢な女の体を、重ね着をし、サラシで胸を潰して隠していた。
だが、今は眠る前のアシリパのお願いでサラシを外しており、分厚いコートは今アシリパの体を温めるという役目を実行中だ。
吉平の夢を見て気分が沈んでいたため、服を整える余裕はなかった。
そのため、胸元は開いており豊満な胸と谷間が隠し切れず房太郎の視界に収まっていた。
房太郎は女っ気ない生活から、つい胸元に目がいったが、首元に視線が固定される。
その首元には男の手とも思える手の跡がくっきりと残っていた。
顔に傷、軍人の姿をしている男装女性…というだけでも印象的なのに、首を絞められたばかりのような手の跡に房太郎は目を細め小さく笑みを浮かべた。
「気をつけろ!!その二人も仲間だッ!!」
「は!?いやいや!!違うぞ!関係ねえ!!」
目を細め水城を食い入るように見つめていた房太郎と、その海賊に親し気に話しかけられた一組の男女。
船員が勘違いするのも無理はない。
海賊に襲われている最中、その海賊が親しくする人間。
確かに傍から見れば仲間に思われても仕方がない。
ただ、それは事実ではない。
海賊房太郎の名は知っているし、事実、白石は房太郎と顔見知りだ。
だが、水城達と房太郎がこの場で会ったのも偶然なのだ。
しかし、そんな事、船員達が知るわけもないし、こちらは自分達の命どころか客の命や金品も守らなければならない。
ちょっとの事でも見逃せないし、判断を見誤る事とはすなわち客の命が失われる可能性があり、そして会社の信用も失うことに直結する。
最近海賊が出ると噂になっていたのもあり、血の気の多い船員達は水城と白石を仲間と認識した。
白石が必死に首を振るも信じない船員に、流石にスイッチの入っていた水城も殺意を船員達に向けることもできず戸惑う。
襲われる前に、先手を打つ。
一人の船員が水城の肩に掛けている銃を手に伸ばして取り上げようとし、それに気づいた水城は慌てて避ける。
「やめろ馬鹿!!お前撃たれるぞッ!!」
水城はいつものように男装していると思っている。
そこまで吉平の夢を見て余裕をなくしていた。
船員も水城を女だと認識してはいるが、水城は軍人の恰好をしており、肩に銃だってかけている。
女でも犯罪を犯す輩は腐るほどおり、水城は危険視された。
まあ、銃を持っているのだから危険視されるのは当たり前だが、房太郎の仲間だと思われるのは非常に不愉快である。
とはいえ、船員たちが襲ってくるのは自分と白石を海賊だと思っているからであり、自身と客の安全のためである。
金塊を狙う男達と同じだったら考えるよりも手を出せばいい。
今すぐにでも首をへし折ったっていい。
しかし、今自分達を襲っているのは金塊とは無関係で、警察でもなければ軍人でもなくヤクザでもない一般人だ。
下手に手を出せば怪我をさせてしまうため、水城は手が出せなかった。
しかし、水城の視界に、水城を捕まえようとしている船員に向かって房太郎が拳銃を向けるのが見えた。
(仕方ない…!!)
水城はこちらに向かって手を伸ばし捕まえようとしている船員の腕を取り、背負い投げをして船から落とし、船員は川に落ちた。
ずぶ濡れになってしまうが、そのおかげで船員が房太郎に撃たれず、怪我もさせずにすみ、邪魔もなくなる。
しかし、次の船員が襲い掛かってきた。
「だから!!やめろって言ってんだろッ!!!」
船員達は強面の容姿を持ってはいるが、彼らは素人。
一世一代のごとく雄たけびを上げて勢いに任せて襲い掛かってくる。
そんな彼らを水城は怪我をさせないよう次から次へと川に投げ捨てていく。
その際、銃が船の一階に落ちてしまった。
「おいシライシ!お前の女は随分と頼もしいじゃねえか!!いいねぇ!!」
「は!?俺の女!?」
水城と白石の関係は房太郎には分からない。
一応仲間なのだろうとは分かってはいるが、それにしては白石は水城を壁にするようにそして邪魔しないように逃げ、水城もさりげなく白石を庇うのを見て、ただの協力者、ただの仲間というよりは、もっと親しい間柄に見えた。
その結果、水城と出会った短い間に考え付いたのが、白石の女というものだった。
まあ、男と女に友情は成立するのか…という永遠のテーマもあるように、男と女が揃えばそう思う人間もいる。
房太郎の知る女達とは全く異なるタイプの女を目の前に、房太郎は上機嫌に笑った。
勝手に水城を自分の女として認識しはじめる房太郎に、白石は脳裏にあの嫉妬の鬼である薩摩の男と、静かに強い執着を水城に向ける上等兵の姿を浮かべた。
『白石由竹貴様ァ!!やはり貴様も私の雪乃を狙っていたのだな!!!今度こそ首を掻っ切ってやる!!!』と耳に煩い男の声と、『………』と正反対に静かではあるがその無言の一言に色々な感情を乗せてくる男の声も再生され、白石は襲い掛かってくる船員達から逃げながら青い顔で叫ぶ。
「やめてくれない!?流石にさ!俺はさ!素人童貞だけどもさ!!俺だって選ぶ権利くらいあると思うんだよね!!!俺は霊長類に発情するほど男も人間も捨ててねえ!!!」
水城は容姿も身体も完璧だと、白石も思っている。
だが、ゴリラなのだ。
相手はゴリラだ。
そして天然記念物のマリモだ。
どんなに外見がドストライクでも、白石はゴリラに惚れるほど切羽詰まっていない。
いや、恋人は欲しいし、素人童貞を卒業出来ることならしたい。
だが、ゴリラなのだ。
霊長類最強と謳われているのだ。
それでなくても、白石は気づいたら首と体が『さようなら』したくないし、額に風通しのいい風穴を開けたくない。
そして、皮を剥がされヒゲが素敵なダンディなオジ様の服にもなりたくないし、幕末の生き残りに切り刻まれたくはない。
由竹、まだまだ生きたい。
その思いのたけを心の底から吐き出す。
「誰がゴリラだ!!!」
最後の一人を川に投げ捨てた水城は、白石の叫びに、そのままの勢いで白石に回し蹴りの突っ込みを入れた。
水城の回し蹴りは、見ていた房太郎が思わず拍手を水城に送るほど綺麗に決まった。
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