綺麗に回し蹴りがヒットし、激痛に白石は悶えた。
「なんで!!??なんで今俺蹴ったのお前ェ!!??」
「あんたがゴリラとか言うからだろうが!!前々から思ってたけどあんた私をなんだと思ってるわけ!?」
「なにって…ゴリラ」
「だからゴリラじゃないって言ってるでしょうが!!!」
何だかんだ非戦闘員を名乗りつつも白石も丈夫な体を持っているため、気絶寸前ではあるが、意識はあった。
首を押さえて痛みに顔を顰める白石が声を上げるが、水城も負けじと声を張り上げる。
自分をゴリラだなんだと言いながらも、水城はいままでそれほど突っ込むことはなかった。
事実、水城はその辺の男より強い。
ゴリラは霊長類最強とも言われているので、言い当て妙ではあるが…乙女としてもっと可愛い動物にしてほしいのが本音だ。
今度は加減をし坊主頭を叩く水城に、白石は『だからァ!そういうとこがゴリラって言ってんじゃん!!!!????』と頭を押さえながら反論する。
前までは人を簡単に殺せる水城に対して恐々としていたが、今ではすっかり慣れてしまった。
そんなコントを繰り広げる二人に、傍観者と関していた房太郎はクツクツとした笑いを零す。
その笑い声に二人はコントをやめ、房太郎へと視線をやる。
「相変わらず騒がしいなぁ、シライシ」
白石とは親しいと言っても仲が良いわけではない。
楽しくわいわいとおしゃべりする仲ではないが、決して不仲ではない。
相変わらず明るくお調子者の白石に懐かしくて笑い声が零れてしまった。
房太郎の言葉は決して褒められていないのを察している白石は『フン』と鼻を鳴らした。
「シライシ…お前みたいなヤツは今頃祇園でブラブラしてると思ってたよ…グズグズと北海道で何やってんだ?」
白石は脱獄王として多くの監獄を脱獄してきた経歴を持つ。
だが、戦闘力はそれほどない。
どちらかと言えば厄介な事になれば逃げだすタイプの人間だ。
それに白石は女の為に脱獄し続けたくらいの女好きである。
だから北海道で再会するとは思っておらず、今頃好き勝手生きていると思っていた。
「…………」
水城は白石とコントをしていたが、船員を全て川に落とし、標的を残していた房太郎に戻す。
軍人を目の前にしても堂々としているところを見ると、房太郎は肝が据わっているのだろう。
まだ小心者の男の方がやりやすい。
アシリパがせっかくスヤスヤと寝て体を休めているのに、これ以上騒動を大きくさせ、アシリパを起こすなど水城は嫌だったし、アシリパに危険が及ぶかもしれない要素は出来るだけ早急に遠ざけたい。
そう思い水城は腰にある剣に手を伸ばす。
それを見て白石は水城に手を差し出して待ったをかけた。
(ちょっと待て杉元!!まだ殺すなッ!!殺す前に何か情報ないか探るからッ!!!)
水城の瞳から光が消え、殺意しか込められない薄暗い目に、白石はゾッとさせる。
水城を怖がらなくなったとはいえ、やはりスイッチの切り替えが早い水城のギャップに恐ろしく感じるのは変わらなかった。
水城なら房太郎を殺すことができるのだろう。
だが、それはまだ早いと白石は判断した。
平太の遺品の中にあった砂金のサンプルに、房太郎の名前が書かれていた。
と、いうことは、白石の憶測ではあるが房太郎はここまでアイヌの村を回っているのではないかと考える。
房太郎も入れ墨を彫っているため、金塊の事は当然知っている。
のっぺら坊であるウイルクがアイヌだとも知っているため、金塊を探すのにアイヌの村を訪れない理由がない。
白石は意味は全く異なるが、文字通り前門の虎後門の狼のごとく厄介な奴らに挟まれていた。
そんな白石の苦労など気にもせず、水城は腰に差している剣を手に触れたままいつでも襲い掛かれる体制で待機していた。
(うひぃ〜〜ッ!やだぁ!杉元が殺したがってるぅぅ〜〜ウズウズしてるぅぅ〜〜〜〜〜)
体を揺らし、真っ直ぐ殺意を隠しもしない目で房太郎を見ている水城に、白石は冷や汗をかきながら今にでも飛び出そうとする猛獣に待てをさせる。
アシリパにしか懐かない猛獣なため、自分の指示を聞いてくれるか分からず、賭けではあった。
だが、一応は自分も群れの一員と数えられているのか、ウズウズしながらも聞き入れて大人しくしてくれる水城に安堵し、房太郎と向かい合う。
「俺達は金塊が最初にアイヌによって隠された場所…そこを知ってる奴がどこかにいるはずだと思って探してる」
戦いが避ける事が出来るのならそれに越したことはない。
特に房太郎は頭の可笑しい囚人達に比べて話が分かる男だと白石は思っている。
勿論、気の抜けない男だとも。
白石の言葉に房太郎は目を丸くさせ、『お前もか』と零した。
「じゃあシライシもどこかで聞いたのか?俺らの入れ墨の暗号はもう解けないって噂…」
今度は水城達が目を丸くする番となる。
水城も白石も…そして鶴見と土方でさえ、暗号の為に命を張っている。
それが、新勢力とは言え、暗号はもう解けないと考える人間が現れるとは思いもしなかった。
その理由を聞く前に、一階のデッキにいる男が房太郎に向かって声を張り上げた。
「海賊さん!!向こうから厄介な船が来ますぜ!!」
その男は房太郎の手下のようだった。
そこで水城は房太郎の手下の存在に気づく。
厄介な船がくる、と報告があり、房太郎は操舵室の陰から手下の言っていた船を覗き見る。
それに習うように水城と白石も顔を覗かせる。
手下の言葉通り、向かいから船が一隻向かってきていた。
しかも、その乗客は軍人だった。
「鶴見中尉の部下達か?」
「分かんねえけどどっちにしろ第七師団に見つかるのはまずいぜ」
鶴見が率いる第七師団と金塊を取り合っているのもあり、軍人を見るとつい第七師団の鶴見の部下かと疑ってしまう。
とは言え、遠目で分かるほど、白石も水城も第七師団の軍人達と顔見知りというわけでも詳しいわけでもない。
ぱっと見て敵対している軍人だと分かるのは、鶴見と月島と鯉登の三名ほどだろう。
尾形もいた師団なので、もっと癖の強い部下がいそうだ。
「船を出せ」
房太郎は焦る水城達をよそに、操舵室で船を動かしている船長に銃を向けた。
軍人に助けを求めないよう脅すつもりだった。
船員はすでにおらず、自分一人で海賊3人(の内2人は冤罪)を相手に出来るかと問われれば、勿論NOだろう。
下のデッキには海賊の手下たちがまだいるようで、下手に動けば客の命が危ない。
船長は仕方なくそのまま前に進むしか選択はなかった。
軍人を乗せた船と、絶賛海賊に襲われている船がすれ違おうとしていた。
房太郎の手下たちは手を振る軍人達に笑顔で手を振ってこたえた。
強面ではあるが、変な行動しなければ、ただの強面な一般人で通る。
「おかしなマネすんなよ」
船長はチラリと軍人達を見るも、カチャリと高い音がし、ゴクリと喉を鳴らす。
戦争が終わったばかりではあるが、それでも一般人からしたら拳銃をそうそう拝める事はなく、その一発で人の命を簡単に奪えるものだと思うと恐ろしく感じる。
しかもその拳銃を握っているのは、軍人や警察ではなく、人の命を命とも思わない犯罪者なのだからその恐怖は計り知れない。
「早く行け…早く行け…」
ブツブツと祈るように呟く白石と共に水城も影に隠れ、船が過ぎるのをやり過ごす。
すると一発の銃声が辺りに響いた。
「…!!」
誰もがハッとさせ、弾かれたようにその音の方へと振り返る。
その銃声と共に房太郎の手下が一人、絶命した。
銃を撃ったのは大部屋にいた郵便配達人だった。
この時代、郵便配達人は襲われる事も多かったためか、拳銃で武装するのを許されていた。
外にいる強面の男の手に銃を見た客達が、強盗だと騒ぎ、配達人が持っていた銃で房太郎の手下を撃ったのだ。
―――だが、実際、配達人の銃弾は外れていた。
房太郎の手下を見事仕留めたのは、小舟に乗っているヴァシリだった。
しかし、それを知らない客達は配達人が撃った弾が強盗に当たったのだと勘違いし、そして撃った本人もそう思った。
更に言っちゃえば、配達人は配達歴35年、これが初めての発砲であった。
「アシリパさん…!!」
水城は考えるよりも体が動く。
銃声がし、大部屋にいた房太郎の手下の男が頭を撃たれて死んだ。
水城は休憩室である大部屋にはアシリパがいると慌てて大部屋へと向かう。
しかし、大部屋から調子に乗った配達人が銃弾をバンバン撃っていたため、水城は走りながら姿勢を低くし避ける。
「俺は地獄の配達人だぜ!!ふぉ〜〜〜〜!!」
「なんなのアイツ!!アイツが一番ヤバイわよ!!」
水城の影を強盗だと勘違いしたのか、拳銃の弾が切れ、落ちていた水城の歩兵銃を拾い、配達人は叫びながらどんどんと撃っていく。
ハイテンションの配達人に水城はしゃがみ込んで射程から自身を外す。
完全にテンションがおかしな方向へ言っている配達人に水城は思わず叫んだ。
が、その叫びは彼に届くことはなかった。
彼は今、初めての発砲と、自身の知られざる射撃の才能(ただし撃ったのはヴァシリ)に、感情が高ぶっていた。
「あと一発しかないッ!!予備の弾は!?」
水城が所有している歩兵銃の装弾数は5発。
5発撃ち終わった配達人は弾がないかと伏せる客達を見渡す。
「その銃を持ってた兵隊さんの背嚢がそこにあります!!」
客達は軍人姿の水城を覚えていた。
まあ、軍人姿は目立つので仕方ないかもしれない。
自分達の命の危機である。
普段なら探るなど不躾な事はしないが、自分達の命が掛かっているため、客達は水城の荷物に手を伸ばす。
「やめろッ!!その中には無い!!」
水城の荷物を勝手に探る客達に、騒動で起きたアシリパが止めようとした。
しかし…
「アシリパさん!!伏せて!!」
「…!」
水城の声がし、アシリパは立っていた配達人に向かってタックルするように庇う。
その瞬間、上から錨が窓を突き破って入ってきた。
客達から悲鳴が聞こえる。
錨はそのまますぐに外へ戻り…房太郎の手元に戻る。
錨は房太郎が操っていた。
手下…自分の『家臣』達を三人も殺され頭にきているのだろう。
房太郎は殺気立っていた。
「もう一丁」
銃声のせいで軍人に気づかれた。
船で体当たりして追われないようにしたとは言え、隠れる理由もなくなった。
房太郎は大部屋を破壊し、金品を奪おうと思い、錨を引っ張り出した。
しかし、それがいけなかった。
「!」
もう一度錨で大部屋を突き破ろうとしていた。
乱暴なやり方をすることで、客の恐怖心を仰ぐのだ。
紐を引っ張り、勢いをつけようと頭上で錨を回す。
だが、突き破る前に邪魔者が入ってきた。
房太郎は人影を視界の端に収め、意識をそちらに向ける。
そこには…水城がいた。
水城はアシリパの安全を確認し、安堵した。
しかし、アシリパの安否の確認をして安心したらフツフツと怒りがこみ上げてきた。
アシリパに怪我はなかったが、一歩間違えれば怪我をするところだった。
そう思うと水城は怒りを抑えられずにいた。
一階のデッキから上がり、水城は腰に差していた剣を抜きながら房太郎の前に現れる。
隠しもしない殺意や、険しい表情に房太郎は目を細めた。
先ほども自分の事を敵として見ていた女。
だが、白石の制止に溢れんばかりの殺意は一時仕舞い込まれていた。
だが、今、目の前にいるのは自分を殺すどころでは足りないと言わんばかりの恐ろしい表情を浮かべる女だった。
房太郎は恐ろしい殺気を放つ女に殺されるかもしれないというのに、恐ろしくもなかった。
殺されない自信も確かにある。
だが、それだけではない。
とは言え、房太郎も黙って殺されるほど酔狂ではなく、振り回していた錨を水城に向けて投げた。
その錨は水城の顔にヒットした。
錨は鉄製で作られており、当然、当てられたら普通は怯むか吹き飛び、衝撃や痛みに気を失う事もある。
だが、水城は体がぐらつく事もなく、鼻から血を流しながらすぐに反撃をする。
水城は拳を握り締め、房太郎の腹に一発重い拳を食らわした。
「危ないだろうがッ!!!アシリパさんがッ!!!」
カッと目を見開き、水城は怒りと共に声を張り上げた。
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