(12 / 27) 軍人時代 (12)

序盤にちょっと色っぽい要素注意


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ギッギッ、と軋む音と共に水音や嬌声がその一室に響き渡る。
寝台には男が女に覆いかぶさり組み敷いていた。
女の股の間に入り込み無我夢中で腰を振る。
男が腰を押し付ける度に女からは嬌声が上がる。
次第に男の動きは早くなっていき――


「―――っ」


男は女の中で果てた。
お互い荒い息を繰り返す中、会話は一切ない。
女は襲って来た快楽の絶頂に浸っていると頬に男の手が伸びてきて触れられる。
瞑っていた目を開け男を見上げると、彼は口づけをしようとしているのか、顔を寄せてきていた。
女はそれを拒むように顔を逸らし、そんな女の拒絶に目を細め仕方ないと言わんばかりに口ではなく逸らされ露わになっている頬へ唇を落とした。


「あっ―――、っ」


しばしの休憩が終わった。
そう男は言っているように止めていた腰を動かし、女はその快楽に声を抑えながらも喜ぶように艶めかしい声を響かせた。



◇◇◇◇◇◇◇



「大丈夫か?」


雪乃はその声にはっとさせる。
声の方へ顔をむければそこには幼馴染の寅次がいた。
あの後寅次はすぐに解放され、病院に送られた。
雪乃は子供を産むことを承諾したのだ。
いや、承諾せざるを得なかった。
自分の感情を取るか、寅次を取るか…雪乃に与えられた選択肢は一つ、『子供を産む』しかなかった。
自分の感情だけで梅子と息子から夫と父親を奪えるはずがない。
寅次には話していない。
自分のせいで雪乃が子供を産むことになったと知れば、きっと寅次は自分を責めてしまうだろう。
それに元凶の吉平に手を出しかねない。
下手をすれば殺しかけない。
だから寅次には吉平の子供を産むことを前提に解放した、とは言えなかった。
せっかく幼馴染と再会できたのだ…彼だけは守り切りたかった。
雪乃はぼうっとしていたようで声を掛けられるまで心ここにあらずだったらしい。
声をかけられ現実に戻ればそれまで遮断されていた音が一気に耳に届く。
とは言えここは戦場のど真ん中であり、今は開戦前であり、一番静まり返り殺気立っていた。


「体調が悪いなら引かせてもらえ…水城なら休ませてもらえるだろう」


寅次の言葉に雪乃は首を振る。
雪乃だからこそ、不死身の杉元だからこそ、体調不良などで引かせるわけにはいかないだろう。
一番手っ取り早いのは戦闘が出来ないほどの大怪我だが、雪乃は驚異的な回復力を持っているだけであって、別に痛みに快楽を得ているわけではない。
雪乃は子を産むことを決めてから毎晩体の中に子種を注がれている。
子種を注がれるようになって数か月経っているがまだ妊娠した兆候は見られない。
毎日怯えて暮らす中、生理がきたときだけはホッと安堵する事が出来る。
男には朝立ちというのもがあり、それを吐き出すために朝から行為を行いまだ雪乃の中には吉平の子種が仕込まれたままだった。
中にある子種が気持ち悪く最初は集中できなかったが、もう慣れたものだ。
妊娠するための行為は雪乃に強いストレスを与えていた。
だから雪乃もあまり眠れておらず、時々先程のようにぼうっとすることが多い。
大丈夫だという幼馴染に寅次はそれでも心配していたが―――


「突撃!!前へーーーッ!!」


上官のその言葉と同時に、兵達は敵陣へと進む。
雪乃も軍人として職務を全うするため、男達と共に塹壕から飛び出した。
すぐに銃弾が飛び交い、雪乃の傍にいた男達を倒していく。
寅次の傍で彼を守りたい思いはあるが、開戦してしまえばもうそんな余裕雪乃にはない。
銃だけならまだしも、手りゅう弾やら砲弾やらが敵味方からもあちこちに飛んでくるのだ。


「――っ」


お互いの雄たけびと銃弾や砲弾の音だけが鳴り響く中、雪乃は敵を倒す事しか頭に残っておらず敵の弾が雪乃の肩を貫いた。
一瞬その衝撃で倒れそうになった雪乃だったが、ダン、と雪が積もる地面に縫い付ける様に浮き上がった足を叩きつけ、男にも負けない雄たけびを上げ一歩また一歩と前に進んだ。
時には前方にいる仲間が撃たれて死に、時には弾が雪乃を通り過ぎ後ろの仲間を殺し、時には雪乃の身体を貫くが雪乃は目の前の敵のみ倒す事に集中した。
露西亜兵は人間ではない。
彼らは悪人で、善人ではないから殺す。
彼らは悪人だから苦しまずに死ねる、死なせてやれる。
そう思い込む事で崩壊しそうな精神を保つことが出来た。
仲間以外は皆敵であり、同じ人間ではない。
だからこそ殺さなければならない。
だからこそ死なせてやらなければならない。
敵の塹壕めがけて飛び込み、雪乃は見渡す事無くその場にいた敵兵を片っ端から殺していった。
血で銃を持つ手が滑るのなら銃剣を捨て素手で的確に殺し、時には敵の武器を奪い、転がる仲間の武器さえも利用した。
もうどれくらい敵兵を殺したのかも、時間がどれほど経っているのかも分からなくなった頃…やっとその日の戦いが終了した。
敵兵に背を向ける時が一番恐ろしく、怖かった。
何とか味方の塹壕に辿りついた頃には雪乃は半分気絶しているようだった。
激痛と血の流しすぎで意識がもうろうとし、片足は敵に腿を刺され感覚がなく引きずりながら歩く。
肩と横腹に一発、いたるところに切り傷や擦り傷、殴傷などがあり、塹壕の壁に手をやりながらなんとか歩いている状況である。
だが、これはまだいい方だ。
一人で歩ける体力があるのならいい方だろう。
死んでいないなら今日は良い日となる。


「ぅ…ッ」


しかし塹壕の凸凹な地面に足を取られてしまい、それまで張られていた気が散っていく。
ガクリと膝をつき雪乃はその場にうつ伏せに倒れた。
呼吸をするとき土の匂いがするはずなのに、火薬と血生臭い匂いが鼻にこびり付いてどんなに呼吸しても異なる匂いを嗅ぎ分けることは出来なかった。
意識が少しずつ薄らいでいくのを感じる。
眠くなり、寝てはいけないと思っていても瞼は重く閉じていく。


(このまま…死んだら…あいつは…どんな…顔を…するの、だろう…)


これは所謂今際の際というものではないだろうか。
でもこの感覚は何度も味わって来た。
その時走馬燈のようなものが見えるが、全て幼い頃のいい思い出ばかりだった。
寅次と梅子、死んだ家族、父と母、叔父と叔母、トメやカナ、そして鯉登。
全て雪乃が大好きな人達だった。
だけど今は違った。
思うのは義兄である吉平だけ。
他の女に目も向けず必死に子種を仕込んでいる女が死んだと分かったらあの男はどんな顔をするのか…少し見て見たいと思った。


(い、やだ…いやだ…いやだ…いやだ……あんな、男の子供を…宿す、なんて……音之進以外の、男の、子供、なんて…産みたくない…育てたくない…見たくもない…いやだ…ぜったい、いや…だ…)


子供を産むことは承諾した。
しかしそれは寅次を助けるために承諾しただけであって、その出来るであろう子供に対して愛情も憎しみも感じない。
ただ、産みたくないという感情だけだ。
産むことは承諾した、しかし本音は産みたくはなかった。
寅次が解放されたのだから逃げればいいと思うだろう。
子供を産むなんて取り引きには入っておらず、それは雪乃が負けた後の話だったはずなのだ。
負けたのなら、弱音を吐いたのなら、諦めがついた。
それは自分に負けた事になり、自分の弱さ故だ。
だが、雪乃はまだ戦場に立っているのだ。
男として、男顔負けの働きをしてきているはずなのだ。
なのになぜ子供を産まなければならないのか…
このまま事切れても雪乃は悔いはなかった。


「杉元!!」


今回ばかりは死ぬかもしれない…そう思うと気持ちが軽くなった気がした。
しかし遠くなりつつあった雪乃の耳に自分を呼ぶ声がした。
気付けば誰かが自分に駆け寄り抱き起していた。


「おい!意識はあるか!」


その声かけに薄っすらを目を開けば、視界はぼやけて誰か分からなかった。
ぼうっとしているが目を明け顔をこちらに向けた雪乃をまだ意識があるのだと気づいた相手はその間も声を掛けてきた。
その声に導かれるように雪乃のぼやけていた視界がはっきりし始め、その相手の顔も認識できるようになった。


「お、がた…じょ、とう、へ…い……」


ゆっくり、途切れ途切れに相手の名を呼ぶ。
尾形は偶然倒れている雪乃を見つけたのだろう。
倒れている雪乃に駆け寄り抱き寄せれば目を瞑ったままピクリとも動かない。
尾形は死んだかと肝を冷やしたが、まだ体に暖かさがあり刺激を与えれば反応するところから生きていると安堵した。
やっと何度目かの声かけに答えた雪乃に尾形は『大丈夫か』と問うが、雪乃は頭がぼうっとして聞き取れなかった。
ただ視界に写る尾形の口がパクパク動いているので何か話しかけているなという認識しかなかった。


(このまま…死んだら…尾形、上等兵殿、の腕で、死ぬって、事だよね……それを、知った…あいつ、が、どう…思う、んだろう、か…寅、次、みたい、に…営倉、に、おく、るの、かな…)


もしかしたら死ぬかもしれないというのに雪乃は呑気にも思う。
もしも死ぬのなら吉平が最も嫌い警戒している鶴見の腕でもいいかもしれない、とも思い、雪乃はふと考えてしまう。


(もう…ほん、と、に……こ、のまま…死ん、で、やろ、うか……死にたい…こん、な…あいつ、の、子供を…産む、くらい、なら…………いい、え…違う、わ…殺され、たい、の…誰かの、手で…あいつ、が…悔し、がる、相手に……誰か…誰か…私を…―――――殺して」


ポツリと呟いた。
吉平は鶴見が嫌いだが、尾形も嫌いなのを雪乃は知っている。
ならばこの男でも吉平への嫌がらせには十分だろう。
意識が朦朧としている中でもそれだけはしっかりと考える事ができ…雪乃は呟いた。
それは無意識だったのだろう。
思っていた事をつい口にしてしまったのだろう。
銃声も砲弾の音も止まないその場に雪乃の小さな呟きは聞こえないはずだった。
だが、視界に写る尾形の口が雪乃が呟いた瞬間、真一文字に口を結び、無感情だったその猫のような目は驚きで見開いていた。
雪乃は縋る様に尾形の軍服を震える手で掴む。


「お、ねがい…ころ、して……あん、な…やつ、の…子供、なんて…うみ、たくない…こど、もが…できる、前に…殺して…」


尾形に縋る雪乃の頬に涙が零れた。
その涙か、それともその言葉か…雪乃を抱き起す尾形の手の力が強まった。
尾形は雪乃を目を丸くし見つめていた。
硬直し、言葉を失ったように口を閉ざし雪乃を見つめていた。
そんな尾形に気付かず雪乃はそのまま力尽きたように気を失い、尾形の軍服を握りしめていた手がポトリと地面に落ちた。


「……子供だと?」


尾形は唖然と呟く。
その呟きは砲弾の音にかき消されてしまう。
尾形は視線を水城の顔から地面に落ちた手へと向けた。
肩を抱いていない方の手でその地面に落ちた水城の手を触れようとした時…


「水城!!」


第三者の声で尾形はハッと我に返る。
声の方へ目をやれば、そこにはよく水城とつるんでいる男が駆けつけてきていた。


「水城!!おい!!水城!!」

「…気を失っているだけだ…死んでいない」


男は水城に比べて怪我は軽いようだが、しかし軽傷とも言えなかった。
男…寅次は駆け付け身動き一つしない水城に尾形がしたように何度も声をかけていた。
しかし水城はつい先ほど気を失い眠りについた。
そう簡単に目は覚まさないだろう。
それを伝えれば寅次は心底ホッとしたような表情と息を吐く。


「上等兵殿、後は俺がこいつを運びます…お手数をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」


こんな時だが相手が上官だと気づいた寅次はそう言って尾形の返事を待たず、尾形から水城を奪うように抱き上げ医療班の元へ向かうため歩き出す。
同じ男だというのに寅次は重さを感じないように水城を抱き上げた。
それは体格差からか、それとも―――


「―――女か」

「…ッ!」


尾形は去っていく寅次の背にそう言葉を投げかけた。
聞こえなかったのならそれでもいい。
だが、寅次には聞こえたのか寅次は尾形がそう呟いた瞬間立ち止まった。
しかし振り返る事はない。
それが、答えなのだ。
尾形は立ち尽くすような寅次に『ハハ』と笑い声を零し、彼の広い背を軽く叩く。
その瞬間、寅次の肩が大げさなほど揺れ息を呑んだ気配を感じたが、どうでもよかった。


「なんてな…どうだ、気持ちが和らいだか?杉元一等卒は重傷だ…お前が焦れば更に傷を負いかねんぞ…気を付けて運んでやれ」

「は…はい…お気遣い、ありがとうございます…」


寅次は尾形の冗談にホッと安堵し、気遣ってくれた上官にお礼を言って水城を医療班の元へと運んでいった。
尾形は視界から消えていく寅次を見送りながら手で口元を隠す。


(そうか…なるほどな…―――不死身の杉元は女だったか…)


手で隠している口元の口角は上がっていた。
尾形は今、気持ちが高ぶっていた。
戦場で味わうものとは別の何かに、尾形は笑いが止まらなくなった。

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