(15 / 27) 軍人時代 (15)

雪乃が倒れてすぐに病院へ連れていかれた。
千景に診てもらうためだ。
雪乃が軍に入り不死身と呼ばれるようになるまでに千景は雪乃の専門家と認識されるようになり、雪乃が怪我を負ったり不調を訴えれば誰もが千景に雪乃を診せるために運ぶ。
それは全て吉平のおかげであった。
そして雪乃はその千景に言われる。


「お前、妊娠してるぞ」


――と。
雪乃は目が覚めた途端の言葉に『あ、そうですか』と思わず返した。
あっけらかんと軽く言う千景も千景だが、雪乃も雪乃で案外懐妊宣告されても取り乱す事はなかった。


「吉平の子?それとも浮気相手の子?」

「…あいつと恋仲になったわけではないので浮気相手というのは可笑しいと思います」

「そこ突っ込んじゃうんだ」


千景の言葉に『やっぱり知ってたか』と冷静に思う。
恐らく吉平が千景に愚痴ったのだろう。
お前は私の彼女かよ、と思いながら雪乃は千景を見上げる。


「あいつには…」

「まだ言っていない…浮気相手は誰だか分からないから報告できないけどな」

「だから浮気相手じゃないです」

「じゃあ本命?」

「本命でもないです」

「うそぉ…やだぁ…お前って意外と淫乱だったの?超燃えるわぁ」


『俺寝取られ好きなんだよね』と続ける千景と言う名の変態に雪乃は眉を潜めた。
千景の言う寝取られとは一般の吉平のような寝取られではない。
恋人のいる遺体を犯す事が彼の言う寝取られである。
寝取られという言葉を調べて理解してから使えと雪乃は思ったが口にしなかった。
変態の相手は面倒臭いのだ。


「どうしたい?」


何を、と雪乃は思う。
千景を見れば顔は笑っているが目は真剣だった。
変態で腐ってはいるが医者なのだろう。
雪乃は千景が何が言いたいのか理解したうえで考える。


「あいつには言わないでください」

「…それは流すという解釈でいいのかな?」

「……それはまだ…少し、考えさせてください…」


千景は中絶するか産むかと問いてきていた。
だが雪乃はあえてそこは触れなかった。
まだ冷静な判断は出来ないと自分でも分かっていたからだ。
言葉を詰まらせる雪乃に千景もそれを察したのか、溜息をついた後カルテを書き始める。
流石に男が妊娠したなど書けるわけがなく、カルテには適当な病名を記入しているのだろう。


「産むにせよ流すにせよ、早く決めてくれよ?こっちにも準備があるんだ」

「準備?」

「あれ、吉平から聞いてない?俺の妹、産婆なんだよ…吉平は俺の妹に子供を取り上げさせるつもりだったわけ…俺の妹は訳ありの妊婦の支援もしてるから秘密が漏れる心配もないし」

「じゃあ堕ろしたらあいつにバレるんじゃ…」

「まあ、ね……でも産みたくないんだろう?」

「……………」


千景に妹がいた事に驚けばいいのか、それともその妹は兄に似ず善人で安心すればいいのか…
とりあえず雪乃は意外そうに千景を見る。


「あんた、あいつの友人…なんだよね…?」


千景は吉平の協力者であり、友人だ。
その友人を千景は今、裏切るであろう行動をしているわけで、簡単に裏切るような千景の軽い言葉に信じられないと言わんばかりの目で見た。
それを察した千景は肩をすくめる。


「これでも一応医者だしね…でもはっきり言わせてもらうが俺は相談に乗らんからな…俺は医師として中立だからお前の肩を持っているんじゃない…俺は正直この騒動に興味はないんだ…ましてや俺は死体を愛しているが小児性愛者じゃない…子供の死体なんて興味もないから俺の医師としてのアドバイスなんて期待すんなよ?」


変態はどう足掻いても変態だった。
『むしろお前の死体にしか興味ないし』と続ける千景に雪乃は医師として尊敬しかけたが、その言葉で木っ端みじんになった。


「とにかく吉平にも浮気相手にも言わないでおいてやるけど…今2ヶ月目だから決断するなら早めにな…妹曰く流すにしても母体の負担はあるらしいから…隠すのなら3ヶ月が限度だろうし」


吉平にも尾形にも隠すつもりなら、お腹が目立たない時期に中絶した方が何かといいだろう。
千景の言葉に雪乃もまだ中絶するかは決めていないがそれは賛同した。


「決心がつくまで面会謝絶にしてやる…その間じっくり考えな」


千景はカルテを書き終えクリップボードを軽く振る。
じっくりと言うものの、千景の言葉からしてそう時間はないのだろう。
雪乃は千景から天井へ視線を向け今後を考え始めた。
伝えたい事も言ったと千景は病室を出ようと背を向けた。
しかし伝え忘れた事があるともう一度水城に体を向ける。


「そういえば妹から伝言だ」

「伝言?」


伝え忘れとは妹からの伝言だった。
しかし雪乃は千景の妹とは顔さえ合わせた事もなく、先ほど妹の存在を知っただけの赤の他人だ。
その他人になんの伝言があるのだろうかと怪訝そうにしながらも千景の言葉を待つ。


「『私は貴女の味方です。貴女は一人ではありません。どんな道を選ぶかは貴女次第ですがそれを責めることが出来る人はいません。貴女が思う道を歩んでください』だとよ」


千景の言葉に雪乃は目を瞬かせた。
まるで責められない事が信じられないと言わんばかりだった。
そんな雪乃の顔を見て千景は愉快そうに笑い、『じゃあ伝えたからな』と去っていった。
雪乃は千景の妹の言葉を何度も頭で繰り返しながら静まり返る病室の中でゆっくりと瞼を閉じた。

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