まずは戦争帰りという事で汚れを落とすため風呂に入るよう言われた。
久々の風呂に雪乃は素直に喜ぶ。
それも洗髪剤なども充実しており、髪を剃っているとはいえ垢が溜まらないわけではなく久々に気持ちのいい風呂に満足げだった。
出る時には雪乃の身体は清潔になり、戦争で慣れたとはいえ血や埃や垢の匂いではない清潔な匂いやさっぱり感が雪乃の気分を上げる。
軍服は雪乃が捨てたくないと言うので洗う事になり、それほど寒くない時期だったため雪乃はすぐに着替えるからと襦袢の上から着物を羽織る。
「………」
「………」
春子は案内中、雪乃が気になっているのか、それとも警戒しているのか、チラチラ雪乃を見ていた。
雪乃は春子の様子に気づいてはいたがあえて何も言わず、春子の後に続く。
案内されたのは隅にある静かな部屋だった。
「この部屋を使ってね…両隣は今はいないけど入る事あるから…その時は事前に伝えるし、もし誰かがいるのが嫌だったら言ってね…ちゃんと配慮するから」
案内され中を見てみると着物を入れる箪笥と壁に沿って置いてある小さな机、布団を入れているであろう押入れ、障子が張られている窓が一つあるだけの質素な部屋だった。
お嬢様時代の部屋と比べると小さいが、生活するには支障はないだろう。
春子曰く両隣はまだ人はいないらしく、隅にある部屋というのもあって人気はあまりない。
恐らくチヨが軍人だった雪乃に配慮してくれたのと、この見た目で恐れる他の妊婦への配慮なのだろう。
今の雪乃には正直にありがたく思う。
「えっと…着物、着れる?」
ちらっと雪乃を見る春子の言葉に雪乃は目を瞬かせた。
しかし何が言いたいのかすぐに察する。
男に扮して軍人に志願するくらいだから着物も男性ものが好きなのだろうと思われていた。
それに雪乃は苦笑を浮かべる。
「大丈夫、着られるわ」
「そ、そう…えっとね、杉元さんは妊娠した時軍人さんだったんだよね?だったら加減を覚えるために最初に私が着付けをするんだけど…大丈夫?」
「ええ、お願い」
姉と話していた時は淡々としていたが、案外普段は女性っぽい話し方をするのだと思った。
どんな理由があったかは分からないが男装までしているのだからもっと男っぽいと思っていたらしく、春子は戸惑いを見せる。
戸惑いながらも春子は着物を取り出し、その間に雪乃は持ち歩いていた銃を壁に掛ける。
それを春子はちらっと見つめ、気まずげにしつつも気になったのだろうポツリと小さな声で呟いた。
「あの…その銃って本物?」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、雪乃は頷いて返した。
銃に興味があるのだろうかと思い雪乃は『触ってみる?』と銃を差し出す。
銃を簡単に差し出す雪乃に春子はぎょっとさせて首を思いっきり振った。
「さ、触らないです!!大丈夫です!間に合ってます!」
ちょっと良く分からない事を叫びながら首を振る春子に雪乃は苦笑いを浮かべ、置いた場所に戻す。
しかし、これが普通の反応なのだろう。
春子は兄が軍医として戦場に行っているため他の子よりも戦場に近いが、雪乃のように実際行っていない。
女性は話にだけしか聞いたことのない場所に雪乃は行ったのだ。
同じ女性でこうも違うのかと思う。
(っ―――う、わぁ…す、すごい傷…)
春子は雪乃が入浴中外で待っていた。
あまり長い入浴なら心配して中に入るが、基本ここでは過度な接触は避けるようにしている。
精神的不安定な人に限り一緒に入る事にしているが、この家では無理に他人と関わらせる事はしない。
軍人というのは見て分かったためあまり視線があるのは嫌かなと思い着替えの時も外で待っていた。
しかし初めての妊娠、それも望まず、殺そうとまで思った雪乃が帯の加減を考えるとは思えず着替えを手伝う事にした。
春子も女学生でありながら姉の仕事を手伝っている身で、いつか姉の仕事を継ぎたいと思っていたため、中絶に否定的ではない。
だが中絶すると決まったとしても処置を行うまでは普通の妊婦と同じく安静にしてもらいたいのだ。
元軍人の女性に興味がないわけではなく、先ほどまで風呂に入っていたのもあり襦袢からも見える傷に春子は息を呑んだ。
よくここまで傷を負って生きていられたなと思わず感心してしまうほど傷だらけで、同じ女として少し憐れに思い、つい痛々しい傷を慰めるように背を向ける雪乃の肌に残る傷痕に触れる。
雪乃は背中に触れる春子に気付き振り返る。
「あの…?」
「え?――――あっ!ご、ごめんなさい!!あの、あなたのその傷跡が痛そうで…つい…」
傷を労わってくれたらしい春子に雪乃はその優しさに笑みを浮かべ『謝らなくていいですよ』と頭を撫でる。
何となく、年下の少女に雪乃は弱かった。
一瞬使用人の少女を思い浮かんだが、雪乃は胸が苦しくなり考えるのをやめた。
春子は止めていた手を動かし、さあ着物を着せるぞと振り返った時ある物を見て固まった。
それは―――
(でっか…え…デカ…)
――雪乃の胸である。
傷に気を取られ過ぎて胸のデカさに今気づいた。
今まで雪乃は胸がそれほどないのだと思った。
軍服の上からも胸があるようには見れなかったからだ。
そりゃ男装なのだからサラシで胸を潰しているとは思っていたが…予想外のサイズに春子は思わず目を丸くし凝視してしまう。
そしてつい、自分の胸を見てしまう。
春子も胸が大きいというわけではないが小さいというわけでもない。
丁度いい大きさだと自負しており、春子が知る中で胸が大きいと思った女性は姉のチヨだけだった。
チヨも胸が大きく羨ましいと思ったが、雪乃はそれをはるかに超えていた。
『これが格差社会…』と遠い目をする春子に雪乃は首を傾げた。
「どうしました?」
「あっ!ご、ごめんなさい…風邪をひいてしまうといけないので着替えましょう」
遠い目をして動かなくなった春子を不思議に思い声を掛ける。
春子は『胸を見てました』とは言えず、誤魔化して止めていた着替えを再開する。
数年ほど軍服を主に着用し、休日は男性物の着物を着ていたため、女物の着物は久々だった。
しかし、姿見に映るその姿は女装した坊主頭の男にしか見えなかった。
(に、似合わない…)
坊主頭に可愛らしい女性物の着物を目にしながら雪乃は心底似合わなさに顔を引きつらせる。
姿見に映る春子の顔も微妙そうに見つめていた。
「…カツラありますけど…どうします?」
気を使ってくれたのだろう。
ポツリと呟かれたその言葉に雪乃は俯きながら…
「お願いします」
と答えた。
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