男はふと変な話を聞いた。
アイヌの少女と軍人の男が何やら入れ墨の事を聞き回っていると言う話だ。
それを聞いて男はこっそりとその二人組を探そうとした。
人が多い場所でも二人を見つけるのにそう時間は掛からなかった。
何せアイヌと軍人の組み合わせは目立つ。
男はすぐに二人組を見つけ、後をつけている。
「アシリパさん、今日はここまでにして明日また来よう」
軍人の男がそう言うと、アイヌの少女は異論はないのか頷いた。
2人が去っていったのを確認した後、男も軍人とアイヌが聞き込みを行っていた者に近づく。
何を聞いたのか聞けばやはり入れ墨の事を聞いてきたらしい。
どうして軍人とアイヌという珍しい組み合わせが入れ墨を探しているのか分からないが、放置はでいないと森に入る二人組を追いかけた。
(どこまで行く気だ?寝床を突き止めようと思ったが…)
アイヌならまだしも軍人に目を付けられれば男でも流石に黙っていられなくなる。
せっかくツキが付いてきたというのに、せっかく自由の身になれたというのにここで邪魔されたくはなかった。
男は懐から拳銃を取り出し、もしもの時は殺そうと思いながら二人が川を渡って暫くたった後男も川を渡ろうとと太い木の上に乗る。
何故か二人はその脇にある石を踏んで通っていたが、男は雪で滑りやすくなっている石の上よりも安定した木を選んだ。
だが、それがいけなかった。
「ぁぐ――――ッ!」
まるで暖簾のように垂れるサルオガセを潜り屈んだ体を起こしたその時―――突然細い紐のようなものが首を絞め、あっという間に上に持ち上げられた。
重力に従って体重が下へと落ち、その分首を圧迫し呼吸を遮る。
首を絞められ苦しさに男はもがき、その動きで着物が乱れた。
「掛かった!まずは一匹目!」
それを少し離れた場所から確認した軍人――水城は嬉しそうに声を弾ませた。
◇◇◇◇◇◇◇
男はふと意識を浮上させ目を開ける。
どうやら首を絞められ気絶したようで、気づけば雪が積もる冷たい地面にうつ伏せで寝かされており、拘束されていた。
「起きたか」
その声と、カチャカチャという聞き慣れた音に男はそちら方へ目を向ける。
そこには倒れた木を椅子代わりにして座っている軍人がいたが、アイヌの姿はなかった。
だが男にとって重要なのは少女であるアイヌではなく、殺し慣れているであろう軍人の方だ。
そこでようやく男は軍人とアイヌの罠にかかったのだと気づく。
「他の囚人はどこにいる?」
男の悔しそうな顔をよそにそう問う水城だが、男は鼻を鳴らすだけだった。
水城は手に持っている男から奪った拳銃を触りながら続ける。
「その入れ墨は全員で一つの暗号になっていると聞いたぞ…一緒にいなきゃ意味がねえ」
「…俺もそう思ってたさ…最初はな…」
「何ではぐれた?」
水城の言葉に男は観念したのか重い口を開く。
水城の問いに男は応えた。
男達囚人は逸れたのではなく…―――殺し合いが始まったのだと言う。
突然何の前触れもなく囚人同士が殺し合い、この男は怖くなり逃げ出した。
囚人で脱獄囚で、同じ秘密を抱える囚人でさえ信用できず男はずっと一人で身を潜めていた。
だが、その入れ墨を探しに聞き回っていると言う情報が入り、このざまだ。
男の言葉に水城はすぐに察した。
「ああ、なるほど…囚人の中に気付いた奴がいたわけか…」
ぽつりと呟かれたその言葉に男は怪訝とした。
その反応に水城はこの男が何も知らない事を察する。
だから教えた。
――囚人に彫られた入れ墨は暗号だ。
それも皮を剥ぐことを前提として入れられており、それに気づいたのは狩りをしているアシリパだった。
金塊を隠した男は囚人を殺す事を前提として入れ墨を彫ったのだ。
それを知らなかった男は面白いほどみるみる顔を青ざめる。
しかし突然笑い出し、水城は男を見下ろす。
「くっくっ…惨い真似しやがる…それで?俺達囚人を一人ずつ狩ろうってか…脱獄計画を仕切っていた囚人は冷酷で凶暴な怪物だぞ…やつらに比べたら俺なんて小悪党だ…金塊に目がくらんだ屯田兵たちがどんな死にざまをしたか………ウサギでも追っかけてた方が身のためだぞにーちゃん」
男の言葉は恐ろし気だった。
きっと普通の男ならゴクリと喉を鳴らすくらいはしただろう。
だが水城は一ミリとも心が揺らぐことはなかった。
どんなに化け物であろうと、何でもありの生と死が隣り合わせのあの世界や熊に比べたら、可愛いものだ。
水城は奪った拳銃を男に見せつけるように銃口を向ける。
「言いたいことはそれだけか?なぁに…死んでしまえばひん剥かれようが痛みなんてねえさ」
そう言ってカチリと拳銃の安全装置を外し、男に照準を合わせる。
下手と言われていてもこんなにも近いのなら嫌でも当たるだろう。
男はこちらを見下ろす水城の目にゴクリと喉を鳴らした。
水城の目は冷たく無機質でこちらを人間とは見ていない目だった。
本気で殺される―――そう男が思ったその瞬間…
「オイ杉元!殺さないと約束したはずだぞ!殺すなら私は協力しない!」
男にとっての救世主が現れた。
救世主、アシリパの姿に水城は一瞬で空気をガラリと変える。
「アシリパさん、そこは演技してノッてくれないと!脅して色々聞き出すつもりだったのにぃ」
パッと空気を変え、水城は向けていた拳銃の銃口を男からズラし上に向ける。
カリカリと顎を掻く水城の明るい声に男は思わず…
「へ…?」
と声を漏らした。
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