(11 / 274) 原作沿い (11)

水城はアシリパの村に案内された。
アイヌの村は大きな川や河口付近に集落をつくっており、アシリパが村に入れば子供達が寄って来た。
子供達はその傍にいる水城にも近づいてきて興味津々に水城と子熊を見つめていた。
大人たちも遠目だがこちらを見ているのが分かる。


「皆怖がらないんだな」

「アイヌは好奇心旺盛だ…『新しい物好き』なんだ」


そう言われてみれば確かに子供達は怖がっておらず、その表情は喜々としていた。
水城よりも小さな子供達は当然だが息子よりも大きく、水城は『こんにちは』と挨拶しながら『あの子もこんな大きくなるのか』と母として息子がいつか見せてくれるであろう成長した姿を思い描きジーンと感動していた。
因みにどう転んでも父親にそっくりになるのだが、水城にはフィルターが掛かっているのか凛々しく明るく爽やかに成長している図が描かれていた。
その想像図は父親とは別人で、それは無意識にも水城が子供には父親は要らないという強い想いと、男への拒絶である。


「フチ!」


するとアシリパが嬉しそうな声を零し駆け寄る。
それに水城もついていけば、口元に大きな入れ墨を入れた老婆が立っていた。
それはアシリパのフチ…祖母である。
帽子を取って挨拶すると、水城は早速本題に入る。


「お婆さん、私はこの子を預けに来ただけだから…長居はしないよ…すぐにここから出ていきます」


水城はアシリパがせっかく案内してくれたが、ここから早く出るつもりだった。
息子の事も気がかりだが、何よりアシリパやあの酔っ払いから聞いた話からして和人を意味するシサムにアイヌの人たちはあまりいい感情を持っていないと思ったからだ。
しかし…


「フチはシサムの言葉が分からない…飯を食って泊って行けと言っている」


水城はどうしてもその好意を無にする事は出来なかった。
もし本当にシサムに嫌な思いを持っているのなら、去った方が彼らにとっていいかもしれない。
だが、だからこそその好意を断るのは逆効果な気がしたし…何より、フチの誘いが嬉しかったのもある。
二人が中に入ったので水城もおずおずと続く。
その背には恐らく大人達なのだろう…視線が刺さっていた。


「私がここにいて2人に迷惑がかかるんじゃないか?」


中は水城が借りている家よりもうんと立派だった。
いや、それは当たり前なのだが…
正直借りた家は寝るために借りているようなものなので気にする事はないがアイヌの家は初めて入り水城は興味津々に辺りを見渡した。
しかしあまり人様の家を見て回るのは失礼かと水城は心配していることを告げる。
せっかく招かれても周りの顰蹙を買ってしまい村八分にされてしまっては心が痛い。
だがそれは杞憂だったようだ。


「大丈夫だ、死んだ祖父は村で一番偉かったからフチに文句を言う奴はいない」


そう言われ水城はホッと胸を撫で下ろす。
周りはどう思っているかは分からないが、とりあえずアシリパやフチとアイヌの人達の関係が悪くなることはないようだ。
そんな水城にアシリパはフチの後ろから頬を伸ばす。


「見ろ!この入れ墨〜!偉い奥さんほど大きな入れ墨をするんだ!それにみんなお前に興味があるようだぞ!」

「えっ?」


そう言われ指さされた方へ振り向けば大人から子供まで窓一杯に集まっており、興味津々に水城を見つめていた。
なんだか動物園の動物のような気がして水城はただただ引きつった笑みしか返せなかった。


「そういえば…この家に他のご家族は?」

「フチだけだ」


料理をするフチを見ながら水城はふと少し疑問に思った事を聞く。
父親は死んでいるのは知っているので母親や他の兄妹の姿がない事に疑問に思ったのだ。
しかしどうやらこの家にはフチとアシリパしか住んでいないようで、アシリパの祖父は病気で、母もアシリパを産んですぐに病気で亡くなったのだとか。
少し悪いことを聞いてしまったと思ったが、アシリパはそれほど気にしていないようで安堵した。


『アシリパは山に入ってばかりで女の仕事ができない…縫物や織物も、女の仕事ができない女はアイヌの夫を持つこともできない…もうすぐ入れ墨すべき年であるというのに嫌だと言う』

「入れ墨を嫌だって言ってる女の子は他にも沢山いる!フチは古い!」


水城にはなんて言っているのか分からないが、アシリパの反応からして女の子には耳が痛い事なのだろう。
確かに一緒に行動して頼りになるが、アシリパは活発な子のようである。
そんな2人を水城は微笑ましく見つめる。


(もし次の子を産めるなら…女の子もいいなぁ)


産むのならというが相手はいないし、これから作るつもりもない。
ただ男の子も可愛いが、きっと女の子も可愛いのだろうなと思う。


「杉元ニシパ」


川畑家に居た頃の、まだ吉平の本性を知らなかった親子の記憶を思い出していると、フチに呼ばれ水城は意識をそちらに向ける。
ニシパ(旦那)、という聞き慣れない言葉は分からないが、苗字を口にしていたのだから名前を呼ばれたのだろう。


「タンマッカチ エトゥン ワ エンコレ…タン クミッポポ クエポタラ ワ モシリクホッパ カ コヤイクシ」


名前を呼ばれたのだから自分に何か用でもあるのだろう。
だが残念ながら水城にはアイヌの言葉は分からず何を言っているのか分からない。


「お婆ちゃん、私になんだって?」


唯一通訳してくれるであろうアシリパに聞こうとするも…


「……うんこ食べちゃダメだって」

「うんこじゃないですよ〜お婆ちゃん、味噌なんですよ〜」


水城はその誤解だけは何とか解こうと通じないと分かりつつも訂正した。
だからか、アシリパが頬を赤らめなが俯いているのに気づかなかった。

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