(14 / 274) 原作沿い (14)

食事も済み、水城は子熊を運動させようと外に出ていた。
パンパンと手を叩いて呼べば、その音に興味があるのか水城に向かって来てくれる。
それがまた母の呼びかけにハイハイで来てくれる息子と重なって可愛くて仕方なかった。
ただ、この小熊は成長すると神々の国に戻す事になっている。
神々の国に戻す―――それはすなわち…
アシリパも昔弟のように可愛がっていた子熊がいたが、神々の国に戻すのを嫌がり逃がそうとした。
それを大人たちに叱られた事があり、それからアシリパは連れてきた子熊には触れないようにしているのだとか。
それを聞いた水城はやはりショックではあったが…自分が連れてきた手前、捨て置いてはおけなかった。
息子を産んでから子供が可愛く見え、特に元々動物好きだったこともあって小さな動物がとても可愛らしく感じられた。
成長すれば人をも恐れないあの化け物になるというのに。


「アシリパ!これやって!」


きゃっきゃと楽しむシサムを見ていたアシリパに子供達が声をかけてきた。
手には先が三つに分かれている棒が握られていた。
見たことのないその棒に水城は首を傾げる。


「なんだい、それ…」

「『キサラリ』と言って、意味は『耳長お化け』だ」


どうやらこれは子供達の遊び道具らしく、使い方は窓の外からチラチラと出しながらこの世の者とは思えないほどの声を出して子供を驚かすものだった。
夜泣きをする子供はすぐに泣き止むと言うそれに水城は『それ、面白いの??催促するほど??』と思うが、その感覚は大人になった証拠だろうか。


「杉元、試しにやってみろ」

「私が?」


突然指名された水城は戸惑いながらもキサラリを受け取り、中に入った子供達のために窓に歩み寄り咳ばらいをしこの世の思えない声を出したのだが―――――…


「やめろ杉元…恥ずかしい…」

「…………」


見てられなかったアシリパに止められてしまった。
子供達からも驚く声がなかったためどうやら水城は不合格だったらしい。
まあ確かに?恥ずかしくて?ちょっと?手加減をしてしまったかもしれないけれども??…恥ずかしいはないんじゃないかな…と水城は思いながら悲し気な表情で思う。
『手本を見せてやるから貸せ』というアシリパに、『そこまで言うのだからお手並み拝見と行こうじゃないか』と手渡したのだが――――…


「ゔぇろろろろごうろろあ"あ"あ"あ"ッ!!!」

「「「ギャアアアア!!!」」」


子供達は全員悲鳴を上げた。
それどころかオソマは漏らしてしまった。
水城は無言で立ち上がり、窓の外にいるアシリパに歩み寄り手を差し出した。


「アシリパさん…汚名を返上させて…」

「そうか…分かった」


真剣な表情にアシリパも頷き、子供達にもう一度やらせてやってくれと頼む。
子供達は快く承諾してくれて、水城は咳ばらいをもう一度した後…


「っうわあああ!!!」


と叫ぶが、子供達には見向きもされなかった。


「………」


『うん…うん…子供…子供だから…』そう水城は必死に自分を抑え引きつった笑みを浮かべていた。



◇◇◇◇◇◇◇



その夜。
水城は結局楽しみ過ぎて帰るとは言えなかった。
母の帰りを寂しく待っているであろう息子に夜空を見ながら謝り、帰ったら抱きしめてあげようと決めた。
食事も終え子供が寝る時間、『ラチャコ』と呼ばれるホタテの貝殻に魚やクジラの油が入っている燈明台のみの淡い灯りだけがチセの中を照らしていた。
その傍にはフチが何やら縫物をしており、水城は叔父であるマカナックルと話を弾ませていた。


「聴こえるか?杉元さん…珍しい音だぞ」


そうマカナックルに言われ耳を澄ませば遠吠えが聞こえた。
その遠吠えは一見犬の遠吠えのようだが、太く長いそれは狼の物だという。
狼と聞いて水城は脳裏に熊の時や別れて逃げていた時に見た白くて大きい狼を思い出す。


「大きな白い狼がアシリパさんを守るのを二度見た…どいう関係なんだ?」

「そうか…やはり……あの遠吠えはレタラだったか…」


マカナックルも知っていたようで、狼の名を教えてくれた。
狼の名はレタラと言い、ヒグマに襲われていたのを当時まだ生きていた父と狩りをしている時に見つけたらしい。
その名は小さい雪だるまのようだったから『白い』という意味でレタラと名付けたという。
レタラとはいつも一緒だった。
父が殺された後もアシリパはレタラと二人で狩りに出かけ本当の家族のようだったと言う。
ただ…やはり人間と獣。
生きる世界が違ったのだ。
今夜のような遠吠えがレタラを迎えに来たのだ。
レタラはその遠吠えに反応し、アシリパが止めるのも聞かず泊まっていた小屋から出てアシリパの前から姿を消した。
アシリパは唯一の家族だったレタラをも失ったのだ。
父もレタラも失ったアシリパは祖母や叔父がいたとしても孤独で、あまり笑わなくなったと言う。


「そんな事があってからアシリパは笑顔を見せなくなったが…最近は随分と明るくなった……杉元さんと山にいるのが楽しいんだろう…」


そう言うマカナックルの目は可愛い姪っ子を見守る叔父の目だった。
マカナックルはそのまま娘を抱き上げ家に帰っていく。


「………」


それに水城はただ無言で返すしかなかった。
おやすみなさいも言えなかった水城にフチが声を掛ける。


「スギモト ニシパ…アシリパ アナクネ クエヤム ペ ネ…ネイタ パクノ トゥラノ アン ワ ウンコレ ヤン…」


フチが水城に何かを伝えがっているのは分かった。
だが、水城はまだアイヌの言葉は理解できず、はっきりいって自分とアシリパの名前しか聞き取れなかった。
だが、必死に何かを語りかけているのは理解できた。
水城は目を瞬かせた後、ふ、と笑い手を握るフチの手を握り返した。


「…分かったよお婆ちゃん…アシリパさんはお婆ちゃんに愛されてるんだな…村の皆にも…」


村に来て水城はアシリパの本当の姿を見た気がした。
頼もしい姿しか見てこなかった水城にはとても新鮮で…だからこそ巻き込んではいけないと思った。
きっとフチの言葉は『私から孫を奪わないで』という否定的な言葉ではないのだろう。
フチの人柄も一日で十分伝わり、先ほどのフチの表情は自分に宝物である孫娘を託す祖母の表情だった。
きっと息子を愛さなければその表情に気付かなかっただろう。
だからこそ水城は決意した。

その日の夜、水城はアシリパとフチが眠るチセを後にした。

14 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む