(15 / 274) 原作沿い (15)

水城は森を下り町に戻った。
夜に抜け出したため一睡もできなかったが、不思議と眠くはなかった。
町に戻れば水城は息子のところではなく、町での聞き込みを始めた。
そこで水城は信じられないものを見た。


「ッ、梅ちゃん!?」


人力そりとすれ違ったとき、関東地方にいるはずの幼馴染がいた。
咄嗟にその人力そりを止め梅子に駆け付けるが―――


「ど、どうしたの…?お兄さん…怖い顔して…」

「ぁ…い、いや…すまない、人違いだ…」


しかし、梅子だと思った女性は別人だった。
その女性を乗せた人力そりを見送りながら水城は軍帽のツバを摘まんで目元をまで下げ、下唇を噛む。


(そうだよね…梅ちゃんが北海道にいるわけがないもんね…)


梅子は水城の出身地である関東地方にいるはずで、ここ北海道にいるわけがない。
いたとしても自分が水城だと認識してはくれないだろう。


(もう数十年もなるんだ……梅ちゃんが私に気付くはずもなかったんだ……もう…人を殺し過ぎて…昔の匂いなんて…)


一度、水城は梅子に会っていた。
息子を産んでチヨ達と別れた後生まれ育った村に向かった。
久々に帰れば変わっていなくて安心したが…当然、水城の家はなくなっていた。
恐らく村人が感染を恐れ水城を追い出した後すぐに焼いたのだろう。
あの家には水城が着ていた着物も、大好きだった人形も、家族の思い出も沢山あったのだ。
なのに今はもう跡形もない。
梅子との再会も悲しく終わった。
梅子はもう水城の匂いも分からなくなっていた。
否…水城の匂いが硝煙の匂いや血の匂いで掻き消えてしまったのだ…分からないのも無理はないと頭では分かっている。
だが幼馴染から『誰ですか』、と怯えながら言われるのは案外くるものがある。
心が潰されそうだった。
家は無くなり、幼馴染には名乗れず、水城は完全に帰る家を失ったのだ。
静かに抱かれる息子だけが水城の唯一の家族であり、存在意義でもあった。


(坊…坊…ごめんね…もうちょっと待っててね…(かか)、もうちょっと頑張ったら迎えに行くから…また、二人で頑張ろうね…)


この聞き込みが終われば息子を迎えに行き、また一からやり直そうとした。
アシリパを巻き込まないように、アイヌ達をこんな騒動に巻き込まないように、水城は一人で金塊を見つける旅に出ようと決めた。
それがアシリパへの裏切りになろうと平和に静かに暮らす彼らを巻き込みたくなかった。
軍が関わっている以上、危険は付き物だ。
いつアイヌの村に軍が来るかも分からない以上、彼らとは一線を引く必要があった。
足は息子の方へ向かいたがっていたが、それを無理矢理ある方へと向ける。


「おい、デカブツ」

「あ?…なんだ、あんたか…」


水城が向かった先は蕎麦屋だった。
尾形に殺された囚人の情報を話してくれた男を見つけたのでダメ元で声を掛ける。
男は水城を見て一瞬身構えたが、『何か最近変わった事ないか?』という問いにホッと安堵をしながら考える。


「ああ、そうだ…知り合いの店の女がよぉ、客に大怪我させられたんだよ」

「それのどこが変わった話なんだ?」


騒動はあったようだが、売春婦に暴力を振るう男など多い。
水城はそれのどこが変わった事なのか分からずそう問うと…


「いや、その客ってのがさ…変わった入れ墨をしてたんだってよ」


その言葉に水城はすぐに入れ墨の男が暗号を持つ囚人だと分かった。
男はその男を探しているという。
何でも男は娼婦館で生まれ育ったらしく、だからこそ娼婦に乱暴する者が許せないらしい。
だから水城にその話を教え、犯人が見つかったら礼をすると言った。
水城はそれに『まあ、その店に行って詳しく聞いてみるよ』と言い、店を教えてもらいそちらに向かった。
ここでは蕎麦屋=売春宿ではあるが、一階は食堂となっており食事も出来る。
あの男に頼まれて調べているので、乱暴された娘の話が聞きたいと言えばすんなりと納得してくれた。


「今あたしがその娘を連れて来るからさ、蕎麦でも食べて待っててよ…うちは蕎麦も絶品だから」


そう言われ出されたのはにしん蕎麦だった。
ニシンは甘露煮にされ、女性の言う通りこの店の蕎麦は美味しく水城の胃を満たしてくれた。


「ふぅ、これはヒンナだなぁ」


ついアシリパに教えてもらった言葉が零れ、水城は苦笑いを浮かべる。
もう会わないとはいえ、随分と感化されたのだなと、まだ離れて一日も経っていないのにそう思う。
お腹も満たされ後は女性が乱暴された娘を連れてきてくれるのを待とう、と思ったその時…ガラリと扉が開きその中から瓜二つの顔が覗いた。


「どの男だ?入れ墨のことを探ってる奴は」


その二人は男で、そして軍人だった。
その軍服からして一等卒らしい双子のような男は店を見回し誰かを探しているようだった。
入れ墨という単語があり、そしてその傍にいる女性が『そこにいる軍帽の兄ちゃんだよ』と言っているのが聞こえたので、水城は自分を探しているのだと分かった。
どうやら蕎麦を出したのも軍人を呼ぶ時間稼ぎだったらしく、水城はあの女に売られたらしい。
それを瞬時に理解した水城は勢いよく男達に向かって飛び蹴りをくらわした。
理解した瞬間、そして軍服を見た瞬間、水城はすぐに敵認定したのだ。
そのまま外に飛び出した水城の前に仲間の一人が飛び出し銃底で殴りにかかり、水城は避けた後屈み腰に抱きつきそのまま持ち上げ地面に叩きつける。
更には仰向けになったその相手の顔を軍靴で思い切り踏みつけ、その相手の血が飛び散り白い雪に赤い斑模様を描いた。


「動くな!!」


そんな水城に複数いた軍人達が囲み、水城に銃を向ける。
人数を確認していると後頭部に銃口が当てられ水城は動きを止める。


「ひざまずけ…この状態で撃つとお前の顔から飛び出した弾が誰かに当たるかもしれん」


銃口を押し付けてきたのは先ほど外から顔を覗かせていた双子の1人だった。
しかし水城は跪くつもりはなく立ったままでいると…片割れに膝裏に銃を叩きつけられ水城は仰向けに倒れた。
その顔を膝裏を銃で殴った片割れに床尾板で何度も何度も殴りつける。
その間水城は悲鳴どころか声一つも上げることなく銃で殴りつける男とその片割れをジッと見つめていた。
覚えるためだ。
敵の顔は覚えていればいるほどいい。


「下がれ…殺そう殺そう」


片割れを男がとめたが、男は銃を水城に向ける。
片割れが水城を殺すのを止めたわけではなく、水城を殺すため片割れを止めたらしい。
それでも水城は二人から目線を外さない。
鼻血や口内を切り溢れ出た血が口に集まり息と共に『ブブブ』と水音も出た。
そんな緊迫した空気の中、一発の銃声が辺りに響く。


「そこまで、まだ殺すな」


その声に水城は聞き覚えがあった。
水城はゆっくりと上半身を起こし口から血を吐き出しながら振り返るとそこには…


「久しぶりだな、杉元一等卒…いや、元、一等卒か……元気そうでなによりだ」


最も会いたくない一人でもある鶴見中尉が立っていた。
表情を変えず口元を己の血で赤く染める水城に鶴見は懐かしそうに…そして嬉しそうにニッと笑った。

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