(16 / 274) 原作沿い (16)

水城は手錠を掛けられ怪我の治療もされず第七師団の兵舎に連行された。
てっきり個室で拷問でも受けるのかと思ったのだが、何故か鶴見と向かい合わせに座っていた。
勿論机を間に挟んで、ではあるが。


「さて…改めて、久しぶりだな……水城と、呼んでもいいかね?」

「呼ばれる理由がないので、お断りします」


きっぱりと何の戸惑いもなく断る水城に後ろからカチリとした音が聞こえた。
水城はその音を聞いても目線を鶴見に向け逸らす事はないが、その音が銃から出された音だと理解している。
上官に堂々と逆らう水城に誰かが動揺か腹立たしさに動いたのだろう。
目の前の男は昔から人間を虜にするのが上手いのだ。


(あ…なんか腹立って来た…あの時は参ったもんなぁ…)


鶴見の掌握術を再認識していると、古い記憶が蘇り水城は勝手に鶴見へ腹を立てた。
あの時、とはまだか弱いお嬢様だった頃の事。
鯉登との遠距離恋愛中の手紙に書かれるツルミチュウイという存在。
今でこそそれがこの目の前の中尉だと知って鯉登の心酔ぶりに納得はいったが、何も知らない雪乃だった頃は毎日が不安と嫉妬と腹立たしさで思わず『私とツルミチュウイどっちが大事なの!!』と手紙に書きかけた事もあった。
ツルミチュウイと言ったら即別れようとも思った。
そんな記憶も今や懐かしく古い記憶だと思えるようになってきていた。
即答で断る水城に鶴見は不快に思う事もなく『ふむ』と少し残念そうに呟くだけだった。


「ならば今は杉元と呼ぼう…私は前から君を気に入っていてね、いつか水城と呼べる仲になりたいと思っている」

「そうですか」


水城は『それどっちの意味で?』と聞きかけた。
名前で呼べる仲と言えば普通は『友人のように親しくなった仲』だろう。
だが軍に入ってから同性愛を知った水城はそれが単純に『友人のように親しくなった仲』だけではない事も知っている。
ただ、軍人だった頃から鶴見に抜き合いや同性同士の恋愛の噂話は一切聞いたことがなく、それだけならば『友人のように親しくなった仲』だと捉えてもいいだろう。
だが相手は情報に長けている中尉だ。
自身の情報操作もお手の物だろう。


(そう思うと兄も相当有能だったんだなぁ)


情報に長けているという事は水城が女だと気づいても可笑しくない存在という事だ。
だがあの様子ではまだ鶴見に性別を気づかれてはいないだろう。
ならば兄である吉平は鶴見と同等の能力を持っていたことになる。
水城からしたら変態のイメージしかない兄だが性癖以外では有能だったのだろう。
だが、だからこそ鶴見も吉平もお互い警戒していたのかもしれない。
同族嫌悪同士が協力し合うなどまずありえない。
ふと軍人時代の頃を思い返していると水城は思い出す。


「そういえば…月島軍曹はお元気ですか?」


それは月島の事だった。
第七師団の中で一番懐いていたのは月島だった。
むしろあの軍隊の中で一番心を許していたのは月島だと言っていい。
鶴見の腹心であるのだから警戒しなければならない相手ではあるが、話している内に彼の苦労人ぶりに水城も警戒しきれず情が移ってしまった。
母の日に自分の育てた花を贈り『母の日なんで』と言う水城に月島がお礼を言いながら顔を引きつらせていた記憶がまだ鮮明に残っている。
昔を思い返している内に懐かしくなってつい聞いてしまった。
鶴見はそんな水城に目を細め笑う。


「相変わらず月島に懐いているのだな」


懐かしそうにそう呟かれ水城は表情を変えず内心怪訝とした。
その声色は嬉しそうでありながらも複雑そうなもので、どこがどう嬉しく思わせ複雑に思わせたのだろうかと考える。
だがどう考えても目の前の男を二つの感情を持たせる要素は何もなく水城は怪訝さを強くさせながら月島に懐いているのは自覚あるので『そうですね』とだけ答えた。


「だが月島は私の部下だ…私がお前を殺せと命じれば戸惑いもなく殺すだろう…それでもお前は月島に懐くかな?」

「それが軍人の勤めでしょう…軍人というものは上の命令には背けませんから」

「確かにそれはそうだ…では、私の命令ではなく、月島自身がお前を殺そうと判断した時はどうだ?」

「何も思いません」

「ほう…それはなぜ?」


水城は質問攻めに変わった鶴見に何が言いたいのか分からなかった。
先程から月島月島とどうも水城が月島を気にしているのが気になっているようで、水城自身月島に懐いてはいるが女として好意があるわけではないので鶴見の反応は正直面倒臭い。
だがここでの立場は水城の方が弱者だ。
会話で終われるのならそれに越したことはない。
興味深そうに見つめる鶴見に水城は渋々を隠し答える。


「敵にかける情など必要あるのですか」


どんな状況であろうと、どんな事情があろうと、殺そうと襲い掛かったのなら殺す。
殺される前に殺す―――それが女である水城が今日まで生き残って来た方法なのだ。
例え懐いた男でも殺そうとするのなら戸惑いなく水城は殺すだろう。
"一人の例外"を除いては。
ただその例外の1人も息子に危害を加えるというのであれば容赦はしない。
今の水城の優先順位は息子なのだ。
その答えに鶴見は目を丸くし呆けたが、次の瞬間笑い出す。
部屋に鶴見の笑い声が響き水城は怪訝さを思わず隠しきれず顔に出していた。


(ああ…ああ!なんてことだ!!軍を抜けて腑抜けになっているかと思えば!!やはり獣は獣か!!)


水城はこう言ったのだ。
――数秒前に仲間だったのが敵に変わっただけだ、と。
その敵に同情や情けをかける必要はあるのか、と。
まっすぐ自分を見つめるその目は軍を抜けたというのに変わらず鋭く、鶴見の心を掴んで離さない。
心底この目の前の猛獣の首に主人の名前が書かれているネーム付きの首輪を掛けリードを握りしめたいと鶴見は思った。
それは忘れかけた興奮でもあった。
あれから軍を除隊し姿を消したと聞き密かに部下に引き入れようとした鶴見は本当に残念に思った。
だからこそ部下からの報告を聞いた時鶴見は体が、心が、震えた。
手放さなければならないのかさえ思っていた存在が、今、手の届くところにいるのだ。
しかもまだ飼い主が見つかっておらず手綱は地面にダランと垂れ走り回ったせいで土で汚している。
あの男のお古の手綱などとっとと放り捨てて自分の手綱に変えたくて仕方なかった。
そもそもだ。
そもそも、不死身とも言われた男を従わせる事にロマンを感じない男はいないだろう。
あの坊ちゃんでさえ鬼神を跪かせ従わせる事に酔っていたのだ。
男とはそういう生き物なのだ。


(だが――――)


だが、だからといって敵になられても困る。
心底困る事ではないが、不死身の杉元という元軍人が敵になられると鶴見にとって少し厄介だ。
だからここは彼の首に早く首輪をつける必要がある。


「それで…お前はなぜ入れ墨の事を聞いていた?」


突然笑い出した鶴見を訝し気に見ていた水城だったが、鶴見の言葉にその訝し気にしていた表情を濃くし、首を傾げた。


「なぜって…大怪我させられた娼婦の上客に頼まれただけです…妙な入れ墨の男を探してそいつに仕返しをしてくれ、と…その娼婦を呼んでくれと頼んだのに銃を持った連中が囲んできたら訳も分からず逃げ出したくもなるでしょう」


水城は連行中考えていた偽りの事情を話した。
こうしてわざわざ入れ墨の事を聞きに来た男を暴行してまで連行してきたのだから少なくとも第七師団は金塊を狙っているのは確かだ。
それが軍全体なのかまでは不明だが、陸軍最強とまで呼ばれる部隊を相手に一人で立ち向かうほど自分の力を過信していない。
だがそれは流石に情報将校には通じなていないのか、先ほど大笑いしていた人間とは別人のように鶴見はじっと水城を見つめていた。
水城はそれに見つめ返しながら乾いた血がべっとりと張り付いている顎を掻く。


(駄目か…何とかこの場を切り抜けないと…)


目の前の男がただの出来の悪い中尉だったらどれほど楽だったか。
相手は自分が軍を抜けているのを知っているから誤魔化せると思っていたが無理なようだ。
流石吉平も警戒するだけあると思っているとじっと観察するように見つめていた鶴見がニコリと笑った。


「甘いものは好きか?」

「は?」


笑顔を浮かべる鶴見に水城は身構えたがその言葉に呆けてしまった。
そんな水城をよそに鶴見は部下にある物を持ってこさせる。
それはみたらし団子だった。
みたらし団子の甘い香りが部屋中に広がる。


「さあ食べるといい」


そう言って鶴見は皿にある三本の内一本を手に持ちなぜか水城に向けて差し出す。
それが握る方の何もついていない棒の部分ならいいが、明らかに目の前に差し出されたそれは三つの団子の天辺部分だ。
ややこしい言い方をしたが、簡単にいえば『はい、あーん』である。


「………………」


水城は無言で拒絶した。
何が悲しくて警戒している相手に『はい、あーん』をされなければならないのか。
するなら息子にされたい。
息子ならさぞ目の前の中年よりも可愛いだろう、更にはうまく掴めず鷲掴みしてしまいタレでべっちょべちょの息子の手ごと食べちゃいたいと思うだろう、と少し頭の可笑しい事を思いながら水城は目の前から現実逃避する。
そもそも水城には鶴見にみたらし団子をご馳走される理由はない。


「安心しなさい、これは買って来たただの団子だ…毒なんて入っていないし、私のおごりだ」


『小樽の花園公園名物の串団子なんだぞ』とにっこりと言うが、『だからこそ怪しんでしょうが』と内心毒付く。
だが鶴見の手が引かないとこを見れば恐らく水城が口に入れない限りはこのままなのだろう。
水城は一瞬『ああ、これが拷問か』ともう拷問は始まっているのかと思ったが、流石にそれはないだろうとすぐに否定する。
ニコニコと笑いながら差し出し全く身動き一つしない鶴見に水城は仕方なくその差し出された団子の一つを口に入れた。


「どうだ?美味しいか?」

「……ええ、まあ…甘味は久々だったのでありがたいですね」


ちょっと『まさか食べた瞬間団子を口に押し込めて刺し殺すんじゃないだろうな』と警戒していたが、そんなことはなかった。
『死因が団子の串って嫌だな』と思っていたので安心したものの、拍子抜けしたのもありつい素直に感想を述べる。
それが嬉しかったのか団子を飲み込んだ水城に『ほら、まだあるぞ』とまた差し出してきた。
水城はもう考えるのをやめ、一つ二つと団子を鶴見に食べさせてもらった。
鶴見はそれを笑みを絶えず見ていた。
これは鶴見の『餌付け』である。
『餌付け』されたから仲間に引き入れれるなど思っていない。
ただこれはただの鶴見の趣味である。
このお気に入りの猛獣に餌付けをしてみたかったのだ。
だが案外悪くはないなと自分の手で警戒をしながら食べる水城を見つめながらそう思う。
懐いたら懐いたで可愛いのだろうが、この懐かず警戒する獣も可愛く見えた。


「実はな、川岸で瀕死の部下が見つかりその者は指で文字を書いた」

「そうですか」

「その文字はなんだと思うかね?」

「さあ?興味もありませんね」


水城は覚えがあった。
鶴見の言葉もそうだが、追って来た三人の1人の言葉も思い出す。
鶴見の部下、そして川岸で瀕死の状態で見つかった…となれば『尾形』だろう。
水城は尾形が瀕死で見つかったと聞いてもただ『ああ、生きてたんだ』とだけしか思わない。
息子の父親だというのに。
前はあれほど求め合い肌を重ねた相手だというのに。
尾形は息子を奪うかもしれない存在なのだ。
尾形は子供は育てたい奴に育てさせればいいと言ったが、それが本心かは分からない。
だってそれは息子が生まれる前の、息子が水城のお腹に宿る前の話だからだ。
息子の存在を知って、もしかしたら息子を欲しくなるかもしれないし、要らないと排除しようとするかもしれない。
一番嫌なのは欲しがられる事だ。
経済や立場からしてあちらの方が有利で、こちらは不利だ。
子供の事を考えれば経済的余裕のある尾形の方が幸せなのかもしれない…そう思い納得している自分に腹が立つ。
ただ興味がないのも本心だ。
尾形が死んでいようと生きていようとどうでもいい。
息子を奪いに来なければ父親であろうとどんな人生を送ろうが興味もない。
どうせお互い惚れてはいないのだ。
そんな水城に鶴見は『そうかそうか』と頷き、残っている二つの内一つの団子を手に取ってベチャッと机に付け、『ふじみ』とタレで書く。
それを水城は無言で見つめた。


「――――ふじみ、と書いたそうだ」

「……………」


そう言って水城へ視線をやる鶴見に水城も机に書かれている『ふじみ』という文字から鶴見へと向ける。
バチリと目と目が合うも2人の間に先ほどのほのぼのとした空気はない。
表情を変えもしない水城に鶴見は目を細め…


「尾形上等兵をやったのはお前だな?不死身の杉元」


そう言い、4つの内2つを一気に口に入れる。
もぐもぐと食べる鶴見に水城は見つめ返していたが、間を置いた後鼻で笑い立ち上がる。
それに合わせて後ろにいる鶴見の部下が水城に向ける銃口を高くするが水城は気にもとめず鶴見に背を向けた。


「馬鹿馬鹿しい…これ以上は時間の無駄のようなので私は帰らせてもらいます」


『ごちそうさま、出口はこっちですか?』と白を切ろうとした。
だが、水城の前に二つの同じ顔が立ちはだかった。


「座れ」


低い声には恨みが込められていた。
よほど飛び蹴りがお気に召さなかったらしい。
水城はそんな2人を交互に指さす。


「おまえらそっくりだな…銃で私を殴ったのはどっちだ?印をつけとけよ…おデコとかに」


馬鹿にしたような言い方だが、勿論水城は馬鹿にしている。
というよりは挑発だろうか。
その挑発に乗り、双子の片割れが『殺してやる』とぼそりと聞こえる。
当然水城もそれは耳に入り、だからこそ聞こえていないフリをして更に煽った。
銃を持つ相手、それも軍人の寝床で暴れるほど馬鹿ではなく、当然ではあるが帰してくれる気のないため水城は座り直す。


「悪いですが人違いでは?私は確かに一等卒の身で『不死身』と呼ばせていただてはいますがなぜ尾形上等兵殿を瀕死に追い込まなければならないのでしょう?軍を敵に回すほどの得はないと思いますが」


軍を辞めたからこそ、軍の恐ろしさは理解している。
鶴見のような心を掴む上官が率いる部隊は厄介だ。
妄信的で、疑う事を知らないというのは恐れを知らないと言ってもいい。
尾形がそんなタイプには見れないが、尾形がまだ軍に所属しているのならそれはすなわち軍に喧嘩を売った事になる。
それをして自分のどこに得があるのか…水城はそれを訴えた。


「なぜ尾形上等兵は不死身の杉元に接触したのか…それはお前が金塊の在り処を示した入れ墨の暗号を持っていたからだ…―――と、ここまで話が繋がることを恐れて我々から逃げようとした」


水城は黙ったまま話を聞くもその表情はピクリともしない。
それでもこちらを見つめてくる水城に鶴見は声を落とし、まるで水城と自分の内緒話のように囁く。


「刺青人皮を持っているのだろう?どこに隠した?」


その言葉にも水城は反応しない。
それもまた鶴見の気に入っているところでもあった。
水城が金塊を狙い、入れ墨の入っている皮を持っているのは明らかだ。
だがそれを水城は隠し通そうとしている。
水城はただの脳筋馬鹿ではないのだ。
水城は鶴見の言葉に肩をすくめてみせた。


「金塊?刺青?何を言っているのかさっぱりですね…私の荷物はもう調べたのでしょう?そこになかったのでしたら私はそんなもの持っていない事になります…アタマ、大丈夫ですか?」


水城は荷物を調べられたが、体は調べられていない。
勿論服の中や体の中に隠す事も考え調べようとしたが、それを水城が拒否した。
無理に抑え込もうとした鶴見の部下に力いっぱい抵抗し、暴れていると報告にきた鶴見が来るまでその部屋には気を失った部下が転がっていた。
それを見た鶴見は水城が軍を抜ける事になったあの日の事を思い出し、やはり興奮した。
日露戦争の時でさえ服を脱がされ肌を見せるのを異様に嫌がっていたのを知っていたため鶴見はあえて調べずにいた。
そこに贔屓があるのは否めない。
ただ服に隠していようと吐かせるだけだ。
水城の言葉に鶴見は気分を害したわけでもなくおどけてみせた。


「脳が少し砲弾で吹き飛んでおる」


そう言う鶴見に部下が笑い、水城も別になんにも面白くはないが笑っておく。
しかし、はははと笑う水城の頬を鶴見は…――――串で刺した。
その瞬間周りの空気は凍り付くように静まり返った。


「大した男だ…瞬き一つしておらん…やはり、お前は不死身の杉元だ」


串から手を離しても完全に左右の頬を貫通しているため床に落ちることはない。
本来なら男でも悲鳴を上げるであろう痛みが体に走っているというのに水城はまつ毛の先さえピクリとも動かずただ無言で睨むように鶴見を見つめていた。


「だがな、お前がいかに不死身で寿命のロウソクの火が消せぬというのなら…俺がロウソクを頭からボリボリ齧って消してやる」


鶴見は水城を見下ろしながらガチガチと歯を鳴らし、齧りつく素振りを見せる。
それでも水城の表情は変わらず鶴見をじっと無言で見つめていた。
その表情一つ変えないその姿に表情に出さず鶴見はうっとりとさせ口角を上げる。


「この場を生き延びる方法はひとつだけある―――私の下に付く事だ」


鶴見の言葉に水城はただじっと見つめていた。
無反応を貫く水城など気にも止めず鶴見は続ける。


「私は部下を戦争で沢山失った…人手が足りん……100名弱の人員が北海道各地に散らばり活動しているに過ぎない」

「…金塊を山分けするにはお仲間が多すぎるのでは?」

「金塊は軍資金だ…旭川からちょろまかした武器弾薬では心もとない」

「……あんたら…一体何をする気だ?」


水城なら金塊を探すメリットはある。
だが、軍にそんなメリットがあるとは思えない。
日露戦争が終わったと言ってもまだ日本が戦争をしないという確信はない。
資金を得ると言う点では金塊探しは悪くない話ではある。
だがそのための人員、そしてその人員を動かし食べさせるだけの資金や食料などを考えればそこまで得はない。
なら別の事で軍資金を稼いだ方がマシだろう。
たかが一等卒でさえそう思うのに鶴見程の男が夢を見ているわけもないのだ。
鶴見は簡単に応えてくれた。
理由としては下手に隠すより話した方が相手も心を開きやすいから、だろう。

鶴見は言った。
―――アメリカ人から武器を買うのだと。
世界中から集めた最新式を購入し、そして手始めに第七師団を乗っ取り、最終的には北海道も手に入れるのだと。
あまりの壮大な計画に水城は内心『はあ?』と思ったのは否めない。
恐らく相手もそれをお見通しなのだろう。
誰だって県を丸ごと乗っ取るなど、妄想もいいところだと思う。
それでも鶴見は本気だった。


「戦場では英雄だったのに故郷(くに)に帰れば放浪生活…何か報われたか?失ったものの方が多くないか?」


鶴見の演説じみたその言葉を聞いて水城は息子を思い出した。
だが、失ったもの、報われたか、と聞かれ多くを思い出した。
家族、家、幼馴染、居場所…水城は息子という宝物を得たが、それ以上に失ったものが多かった。
表情こそ変わらないものの鶴見はその空気を感じ取ったのか、畳み掛ける。


「私はお前のような勇猛な兵士が欲しい…我々と共に戦ってくれ」


一等卒なれど、過去に上官や仲間を半殺しにしたなれど、正しく扱いさえすれば水城は素晴らしい護衛犬となるだろう。
鶴見にはもう一人、血統書付きでお気に入りの薩摩の犬がいるが、そちらと競い合わせてお互いの能力を更に伸ばすのもいい。
気分は既に調教師であった鶴見だったが――――


「付き合ってられん」


そう串を引き抜きながら断る水城の言葉に目を細めた。

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