薄暗い暖房もない一室。
そこは主に物置として使われており、様々な物が置かれていた。
その一室に物ではない生きた人間…水城が仕舞われていた。
水城は椅子に括りつけられぐったりと力なく俯いていた。
その顔には更に怪我が増え、団子の串も二本、頬に刺さっていた。
水城は先ほどまで拷問を受けていた。
しかしどんなに痛みつけても水城は彼らが知りたがっている入れ墨の事を話さなかった。
死んでは元も子もないと今日の拷問は中止し、現在放置されていた。
(ああ、失敗だ……仲間になるフリをするべきだったか…)
幸いだったのは拷問中に服が破れたり乱れなかった事だろうか。
女とバレ、そしてそれを鶴見にも気づかれたらそれをどう利用されるか分かったものではない。
もしかしたら慰め物にされるかもしれない。
それならばまだ痛みの方がマシだ。
だが、水城は失敗したと悔やんだ。
痛い方がマシだ思っていても、痛みに強いといっても、痛い事は痛いし嫌だ。
もう千景と別れたため大怪我は負えないだろう。
できるだけ怪我をしないようにするには仲間になるフリをするべきだったと水城は反省した。
しかしその反省もすぐに撤回する。
(いや…あの鶴見中尉を簡単に騙せるわけがない…鶴見中尉は私が入れ墨の皮を持っていると確信している…仲間になったところで回避できるわけもないし、仲間になったからこそ入れ墨の皮は否応なしに差し出さなければならなくなる…そもそももう軍隊に戻りたくもないし…これでいいんだ…)
確かに軍隊を味方に付けば心強いだろう。
だが、仲間になったからこそ隠し事をすれば怪しまれ裏切り者として粛清されるだろう。
鶴見のあの様子からして水城が入れ墨の入った皮を持っている事はお見通しだ。
でなければここまでしない。
それに入れ墨は追って来た三人組から剥ぎ取った装備と一緒に隠してしまい、仲間になったところで絶対一人では取りに行かせないだろうから三人を殺したと思われる事は確実だ。
ならばこの選択は悪くはないだろう。
(坊…ごめんね……今日は絶対に迎えに行くって決めたのに…
母、ちょっと、失敗しちゃったわ……もう少しだけ…待っててね…)
絶対に死なない…死んでなるものか、と息子の顔を思いながら水城は強く思い意識を保つ。
もう預かってくれた女性は迎えに来ない水城に呆れて施設に入れてしまったのかもしれない。
家だって大家さんが怒って解約したかもしれない。
家は別にいいが、問題は息子だ。
早くここから脱出して息子を迎えにいかなくては…そう水城が思っていると―――鍵が開き、扉が静かに開いた。
意識をそちらに向ければ水城の予想通り双子が入って来た。
「生きてるか?串団子野郎」
水城が拷問されボロボロになっているからか、その声はとても楽し気だった。
中に入って来た双子は興味津々にジロジロと水城を見る。
「こいつが『不死身の杉元』だなんてよぉ…本当に人違いじゃねえのか?なあ、洋平」
「でもよぉ、浩平…昨日俺がここでしこたま殴って顔が倍になってたのにもう腫れが引いてるぜ…不死身の杉元ってのは軍医が諦めるような怪我でも翌日には治ってたらしいな」
双子が喋っているが、水城には全く区別できない。
顔だけではなく双子というのは声も似ているらしい。
浩平だが洋平だが知らないが、片割れが剣を抜き水城に向ける。
「はらわた全部引きずり出しても明日には治ってるのか?」
「殺したら刺青の隠し場所が分からんぞ洋平…それに本当に持っているのもあやしいもんだ」
「いつまでも生ぬるい事をやってないで在り処を吐くまで指を落とし続けりゃいい」
どちらが洋平で、どちらが浩平なのか全くわからなかったが、浩平らしき双子が洋平と呼んだ物騒なこと言う男の声にふと気づき、ぽそぽそと何かを呟く。
「蕎麦屋の前で私を殴ったのは…お前だな…」
「なんだって?」
「――――お前、見分けがつくように印をつけてやる」
相手は椅子に縛られ先ほどまで軍人に殴る蹴るの拷問も受けていた。
本来なら体力消耗で喋る事さえままならないはずだが、手足が出ない相手というのもあって会話からして恐らく洋平と呼ばれた男は強気になっていたのだろう。
だからか、二人は相手は女だてらに『不死身』と呼ばれた人間だということを忘れていた。
「ああ?寝言言ってんじゃねえぞてめえ」
そう凄みながら顔を近づけたその時―――水城は洋平の顔に頭突きを食らわした。
水城も拷問などで殴られた恨みもあり思いっきり頭突きを食らわしたため、洋平の口から一本の歯が飛んだ。
浩平は倒れてきた洋平を受け止めたが座り込む形で一緒に倒れてしまう。
水城はすかさず息を思いっきり吸い込み前に全体重を前方へかけ椅子に括りつけられたまま双子に目掛けて一回転した。
「――――!!」
双子も流石軍人と言うべきか、それに気づき咄嗟に左右に回避したが落下した衝撃で水城の動きを封じていた椅子は完全に破壊されてしまった。
そのまま水城は後ろに回された手首を足にくぐらせて前に出す。
拘束されるその足はその縛られたままを利用して浩平の首を足で締め、剣を振り降ろす洋平の首元を掴み刺されるのを食い止めた。
だが、距離や剣の長さからして完全に食い止める事はできず、先が水城の胸元辺りに食い込んでいた。
痛みがないわけではない。
だが殺される前に殺す―――ただそれだけで水城は必死に抵抗していた。
ぐぐぐと食い込む剣を水城は力で押し退かしもう一度剣を振り下ろそうとした洋平の首に親指を突きつけた。
一瞬息ができなくなった洋平のその隙に水城は拘束されている両手を横へと向け、思いっきり顔を殴る。
足で首を閉めれた浩平が剣を抜いて雪乃の足を刺すが、水城に殴られ剣を離してしまう。
次に水城はもう一度洋平の顔を殴りつけ、そして次は足で押さえつけている浩平を殴る。
交互に殴る事でどちらかに攻撃される事を防いでいた。
「おい!やめろ!!殺すなと言われているだろうが!!」
物音に気付いた軍人がやっと駆け付けてきた。
軍人が来ても双子が大人しくなる保証はないためまだ交互に殴る水城を後ろから首に腕を回し抑え込み、続いて双子も同じく抑え込む。
「バラバラに刻んで豚のエサに混ぜてやる!!」
「お仲間が来て命拾いしたなァ!!兄弟仲良くぶっ殺してやったのによォ!!」
抑え込んでも水城と双子は言葉で罵り合う。
やっと落ち着いたのは双子を部屋から追い出した頃だった。
イスが破壊されたので直接縄で拘束する事にした軍人二人に水城は苦情を言う。
「お前ら入ってくるのおせえんだよアホ!わざとデカい音たてたんだからすっ飛んで来いよ!暴れなきゃ指を切り落とされるところだったんだぞ!」
抵抗もなく縛られる水城の暴言に苛立つどころか呆れ返ってしまう。
水城が両手足を後ろで縛られ今度は暴れられないよう拘束されている両手と両足をロープで繋げる。
これで先ほどのような動きはできなくなった。
(刺された傷は肋骨が防いでくれたが……あの双子…また来るよね…何とかしないと次は確実に死ぬかも…ああ、坊に会いたい…)
今度は見張りが立っているが、だからといって安心はできない。
あれほどの執着を持たれたのだ…反省はせず次のチャンスを伺っているだろう。
死ぬつもりはないが、この縛り方は少々やりにくい。
息子を思い浮かべやさぐれそうになる心を癒されていると…ぐちゃりぐちゃりと水音が微かに聞こえ水城はそちらに目をやる。
そこには―――
「お邪魔するぜ」
褌一丁の男がぬるりとした動きで部屋に入って来た。
月の光で男の身体をテカらせ気持ち悪いさ倍増である。
「よ…妖怪?」
「脱獄王の白石だ!」
あまりにもその光景が気持ち悪くて水城は妖怪だと思った。
だが言われてみれば確かに人間で見た顔をしていた。
「なんでお前がここに…」
「おっかないアイヌの娘っ子に毒矢で脅されたのさ」
白石とは顔見知りではあるが、危険を冒して自分を助けるほど親しくはない。
確かに生死の分け目を共にしたが、それだけの仲だ。
すでに取り引きは終えており、恩を感じて助けに来るほど白石は男気はないだろう。
しかし聞いてみればどうやって知り合ったのかアシリパが白石を助けるよう
頼んでくれたらしい。
隙間を抜けるため外した関節を戻しながら告げる白石に水城はコツンと床に額を付ける様に軍帽を付け、目を瞑りアシリパの名を呟く。
その声は情けなさやうれしさが入り交じっていた。
「しかしまあ、えらいやられようだなぁ」
そう言いながら白石は褌一丁で水城の手錠を解こうとした。
しかし外から馬の鳴き声が聞こえる。
それも何かに怯える様に何頭もの馬が鳴いていた。
「まずい!問題発生だ!」
「いいから!とにかく手錠を外して!」
水城も焦っているのだろう。
男言葉が抜けており、しかし白石もそれに気づかず、言われた通り口に仕込んだ物で手錠を外す。
しかし…――扉が開いた。
白石は咄嗟に物陰に隠れ水城はゆっくりと開く扉を睨むように見つめた。
そこから出てきたのはやはり双子だった。
双子は床に転がっている水城を見てニヤついた顔で見る。
もう椅子は壊され今度の縛り方では殴る事も蹴る事も抵抗する事もできないだろうという余裕だろう。
「浩平は外で見張ってろ…誰も入れるな」
浩平の名を読んだということは入ってきたのは洋平だろう。
どうやら浩平より洋平の方が水城への恨みは強いらしく、『逃げようとしたから止む得なかった』と言い訳をしようとしているのを聞く限り今度こそ水城を殺そうとしているのだろう。
浩平も殺す事に反対はないのか、扉を閉める際洋平に音が出る銃は使うなよと忠告した。
それに不服そうにしながらも洋平は浩平に銃を渡し、受け取った浩平が扉を閉める。
「あれ…?」
腰にある銃剣の剣で水城を刺し殺そうと思い手を伸ばした。
だが、洋平の手に触れたのは握り慣れた剣ではなく…ホルダーの感触だった。
それに不思議に思ったが…―――――背後に剣を握りしめた水城が迫っているのに気づいた。
洋平が声を上げる前に水城は剣を持っていない手で首を絞める様に鷲掴む。
「歯抜け野郎…!!」
声を抑えながらも低いその声は殺意が感じられた。
そして水城は洋平の首をそのまま――――…
「………」
―――物陰に隠れた白石はその光景を見てはいない。
だが男の声も争う音も聞こえなくなり白石は見なくてもどちらが死んだかは分かった。
だが白石の耳にカチャカチャという金属音が聞こえ、気になったのか恐る恐る顔を覗かせる。
そこには絶命して動かなくなった男のズボンのベルトを外しているのが見えた。
「な、なに…してんだ…?」
「はらわたを抜く」
「は、はらわたをぬく?何でそんなことする必要があるんだよ!さっさと逃げようぜ!あの鉄格子、錆びてるから馬で引っ張ってそこから逃げる手口になってんだよ!」
「どうせ物音で見つかるし多分鶴見中尉がこっちに向かってるはず…中尉が傍にいるなら多分逃げられない」
「じゃあどうするんだよ!」
「だからこいつのはらわたを抜き取るんだ」
「はあ??」
白石は人を殺して捕まったわけではない。
だから死体を怖がるわけではないが、見慣れていないし、不気味さは感じる。
それを平気で触れれるのも恐ろしいが、何よりその死体からはらわたを抜こうと考えつくことが恐ろしかった。
「な、なら俺はあそこからとんずらさせてもらうぜ?手錠を外してやったんだ…俺の役目は終わっただろ」
殺人を犯した頭の可笑しい囚人達も恐ろしいが、この戦争帰りの軍人も白石は恐ろしく感じる。
そんな奴の傍にいたくねえな、と逃げないなら自分だけ逃げようとした。
もう役目も終わったし本人が逃げないならアイヌの娘も文句は言わないだろうと、とっととこの恐ろしい男から逃げようとした。
だが…
「いや、お前にはまだやってもらう事が山ほどある」
その言葉に白石は思わず『はあ!?』と声をあげそうになった。
だがそれに気づいた水城が口を塞いで気付かれるのを防ぐ。
白石は冷や汗を流す。
捕まった際アイヌを貶した時と同じ方法で口を塞がれたため、あの氷のような目と地をはうような声が蘇っていた。
しかし今は白石を味方と認識してくれているからか、怖かったもののあの時に比べてそれほど恐ろしくはなかった。
やはり人間最初に恐ろしい体験をすればそれなりに耐性がつくらしい。
「いいか、お前には軍が集めた刺青人皮を探して持ってきてもらいたい」
だが、耐性があろうとなかろうと、恐怖感はそう変わらないらしい。
有無を言わせない目に白石はガクリと肩を落とした。
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