(21 / 274) 原作沿い (21)

あれから一夜を過ごし、水城は鹿を追っていた。
だが仕留め損ねた鹿と戦争の時の自分が重なって見えた水城は結局鹿を仕留める事はできず、アシリパとレタラが仕留めた。
解体中、レタラがやけにアシリパを急かすため何かあると水城とアシリパはその場に暫く身を潜めていた。
すると二人の男が現れた。
男達は先ほど水城とアシリパがいた場所に向かい何かを調べる様にアシリパとレタラが仕留めて解体した鹿の死骸を見つめていた。


「遠くて顔はよくわからないけど一人は兵士の装備のようだったわね…私達の足跡を追ってくる素振りはないからただの猟師かもしれない」

「…………」


遠すぎて顔は分からないが水城の記憶にはなかった。
背中から小さいくしゃみが聞こえ水城は後ろに腕を回してポンポンと優しく叩く。


「もう帰るからね、もうちょっと待っててね」

「あい」


水城の背中には息子…静秋がいた。
水城はあの騒動から暫く町には寄れなくなり、家も息子を迎えに行った日に女性に頼んで解約してもらった。
もうあのあたりに寄る事はないだろう。
母の言葉に返事をしじっと待つ息子に笑みを浮かべていると考え事をしているアシリパが見えた。


「アシリパさん?どうしたの?」


もうアシリパと白石には男だと偽る必要もないため自然体に接することができ、アシリパと水城の絆は更に深まったと言っていいだろう。
その証拠にアシリパは水城を呼ぶ際杉元と呼んでいたが名前呼びに変わった。
不思議そうに声をかける水城にアシリパはハッとさせ『なんでもない』と言って水城と共に静かにその場を去っていく。
小屋に戻ればないやら人の気配を感じ、水城は咄嗟に銃を構えた。
小屋からひょこりと出てきたのは…


「待ってたぜ」

「なんだ、白石か」


顔を出したのは白石だった。
白石は町に降りられない水城とアシリパの代わりに情報収集に向かっており、帰って来たらしい。


「どうして私達がここに来ると分かった?」

「ここしか知らねえもん」


特別指定した場所も時間もなかったため、なぜこの小屋にいるのか聞くと納得した。
確かに昨日ここで寝泊まりしここから別れたため白石がアイヌのコタンなど知るわけもないだろう。
白石はアシリパの問いに答えながら、彼女が降ろした鹿の毛皮に気付き表情を明るくさせる。


「丁度いい時に来たようだな…手土産に酒を持って来たんだ!新鮮な鹿肉にうまい酒!今夜は宴だな!!」


町に降りた時に持って来た酒を片手に来たらしい。
そんな白石を見て水城はにっこりと微笑み…


「ほんとうにいい時に来たな、白石」


と言った。
その言葉に含まれている意味に気付かない白石は首を傾げきょとんとさせるが、その意味を理解するのは案外早かった。


「どうした、食え、白石」

「……………」


ぐいっと押し付けられるその物に白石はぐぬぬと唸る。
鹿を狩って来たのはいい。
アシリパ達が狩る肉類は新鮮だから美味しい……が、脳みそまで食わされるのは聞いていない。
アシリパは水城にしたように脳みそに塩を振って掬った後白石の口元にも向けた。
流石に1歳児には食べさせなかったが、ぐぐぐと押し付けられる脳みそに白石はチラリと水城を見る。


「うまいか?水城、うまいか?白石」

「ヒンナヒンナ」

「なーなー」

「…肉は?」


隣にいる水城を見ても水城は遠い目をしてひたすらヒンナと言っていた。
結局食べたが、何とも独特な食べ物…としか感想は述べれない。
それから生系が続き…


「次はチタタプを食べさせてやる」

「チタタプ?」

「出ました!チタタプ!」

「ぷー!」


昨日は馬肉ですき焼きをしたため、アイヌの料理ではなかったため白石は今日が初めてのチタタプだった。
母の真似をして静秋も楽しそうにはしゃぐ。
鹿のチタタプは『セウリ』といい、主に気管を使う。


「坊もチタタプしようねぇ」

「ぷー、ねぇー」


アシリパから回され、水城もチタタプをした後、水城が静秋の手の上から刃物を握りトントンと二三回軽く叩いてチタタプの真似をさせる。
それでも静秋は楽しいのかきゃっきゃっ楽しげな声を零していた。
今度は白石の番となり、刃物を渡された白石は二人がしたように叩く。


「チタタプって言いながら叩くんだぞ白石」

「…肉が食いたいんだけど」


暖かい肉を想像していたのに、出された肉は生の脳と生の肺だった。
シサムにはあまり生で肉を食べる習慣がないからか、暖かい焼いた肉を胃が求めていた。
ぶつくさ文句を言う白石にアシリパがドンと音を立て声を上げる。


「チタタプって言えぇ!!」


そちらに目をやればその手には白石が持って来た酒瓶が握られていた。
真っ赤な顔といい呂律が回っていない口調といい、どう見ても酔っ払っている。


「あ!勝手に飲んでる!!」


空ではないが、勝手に飲まれたので少し量が減っていた。
『あーあ』と言いながらチャプチャプと瓶を揺らす水城を気にもとめず、飲みながら作業していた物をドンと二人の前に差し出した。


「白石がウジウジ煩いから鹿の背中の肉を食わせてやる!!鹿の肉で一番いい部分だ!!お前らみたいな都会のもやしっ子でも食えるように塩を振って少し炙っておいたぞ!!食えオラ!!」


完全に酔っているが、アシリパの優しさに甘え、水城と白石は出された肉を食べる。
やはり脳や肺よりも焼かれた肉が一番うまい…そう白石は思う。


「かぁ、ぱいぱい、ぱいぱい」


白石がそれを肴に酒を飲み始め、少し出来上がって来た頃、トントンと静秋が水城の胸当たりを叩き始めた。
静秋の方へ見れば『パイパイ』言いながら訴える様に水城を小さな手で叩いていた。
それに『はいはい、ぱいぱいねー』と水城はあぐらをかいた上に乗せていた静秋を少し前に座らせ上着と中の着物を脱ぎ始めた。


「お?なんだなんだ!景気づけに全裸で踊ってくれるのかぁ〜?」

「アホか、坊のご飯の時間なの!いいから後ろ向いてくれない?」


突然脱ぎだした水城に白石がストリップをすると勘違いしヒューヒューと音を鳴らす。
セクハラ発言なのだが、あまり頓着していない水城は怒る事なく呆れ返り、白石に後ろを向くよう言うもののほんのり酔ってる白石は聞く耳持たなかった。


「いーじゃんいーじゃん!俺の頭坊主じゃん?俺も赤ちゃんじゃん?だったら俺にもお乳飲ませてよ〜」


おぎゃー、と赤ん坊の真似をしながら水城に近づく白石に水城は呆れた顔を浮かべた。
水城は今は『女』というよりは『母』という意識が強く、セクハラに関してもそれほど嫌悪はない。
ただ相手が白石だからというのもあるが。
『馬鹿言ってないで後ろ向けよ』と言いかけた時…


「お前に飲ませる乳はねぇ!!」

「おぎゃーッ!」


酔っ払いながらも水城に迫っているというのは理解できているのか、アシリパがストゥでその坊主頭を殴った。
何とか危機は逸れ、騒いでいる間に服のボタンを外し、きつく閉めているサラシも解いて息子にお乳を与える。
男もいるため息子がお乳をちゅうちゅう吸っている間に脱いだ上着を息子を覆うように肩にかけて前を隠す。
四日の間溜まった乳はアシリパが寝静まった時にこっそり外に行って出したり、コタンではトイレで乳を出したりとしていたが、やはりそれでも溜まるものは溜まる。
もう息子も1歳なのであまり痛くはないが少し痛みはある。
やっとお乳を息子に与えることができ水城は昨日からホッとしていた。

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