(7 / 29) 少女時代 (07)

トメは先祖代々川畑家に仕えていた。
母や祖母と同じく女中として仕え、今や祖母と母の後を継いで女中を纏める席に置いている。
トメは女中のまとめ役ということで当主が東京へ移住を決めた際付いて行ったのだが、数年前に戻って来た。
理由は川畑家の新たな家族、雪乃である。


「お嬢様、トメです」


あれから数年経っており、トメは時間となりいつもの日課である雪乃の部屋へと向かう。
襖の前に座り声を掛ければ返事が返ってきた。
その返事に静かに襖を開けるとすでに布団を仕舞い制服に着替えていた雪乃がいた。


「お嬢様…片付けは私がいたしますのに…」

「今日は早く目が覚めたからね…ついでだよ、ついで」


『今日も、でございましょう?』、と零せば雪乃はにっこりと笑った。
笑って誤魔化した雪乃にトメも釣られたように笑みを浮かべ、鏡の前で髪を梳かしていた雪乃の後ろへ歩み寄り雪乃の代わりに髪を整える。
ふと視界に愛らしい一輪の花が映り、つい顔がほころんでしまう。
しかしあえて何も言わず、雪乃の後ろへ移り召し使いとしての役目を果たそうと雪乃の髪に触れる。


「今日はどうなさいますか?」

「トメさんに任せるわ」


今日は学校があり、リクエストと言っても学校の決まりもあって限りがある。
特に雪乃の通っている学校は、お嬢様学校で所謂女子校とやらなため特に身なりは厳しい。
だがその分教育はしっかりしており、皆まだ見ぬ未来のため勉強に勤しんでいた。


「最近、学校はどうですか?」


トメは今日の髪型のイメージを浮かべ、髪の毛に触れる。
雪乃の髪は手入れしているというのもあってトメのしわくちゃな手でも引っかかる事無く指と指の間をさらりと滑り落ちるほど柔らかくさらさらとしていた。
痛くしないよう気を付けながら髪を結いながらトメは雪乃にそう問いかけた。
所謂世間話である。
雪乃はトメの問いに『そうだなぁ』と考える素振りを見せるが、特別これといった事件もないのかその表情は曇ることなく笑みを浮かべる。


「楽しいよ…前じゃ体験できなかった事が沢山あって毎日が楽しくて仕方ないわ」

「それはそれは…ようございました」


トメは雪乃の言葉に目尻を下げた。
トメは雪乃が養子になった事情を知っている。
庶民の出だというのも知っており、雪乃の過去も知っている。
だが、今や雪乃はトメにとっても大切な川畑家の長女であった。
先々代の頃からこの家に仕えたトメにとっても雪乃は孫のような存在なのだ。
だからつい笑みがこぼれてしまう。


「そういえば…この間音之進様とお出掛けになられたようですが、どこにいかれたのです?」


トメの問いに雪乃は息を呑んだ気配を漏らしたが、目を伏せた。
しかしそれは悲しんでいるわけでも気まずく思ったわけでもない。
トメは鏡に映る雪乃を見ると、雪乃の頬はほのかに桃色に染まっており、雪乃は照れていた。


「甘味のお店とか…散策とか…かな…」


この時代、開国し外国の物が入って来たと言っても現代ほど便利でもなければ娯楽は少ない。
だけど雪乃も鯉登もこの不自由さが気に入っていた。
お互い…特に鯉登の時間が限られている中で一緒にいる時間はどんなに娯楽や遊びがあろうと霞むほど楽しくて嬉しい、輝かしい時間でもあった。
ただ歩いているだけでもいいのだ。
お互い照れて会話が進まなくてもいいのだ。
ただ、隣にお互いがいたのならそれで満足だった。
雪乃は照れながら、しかしトメに気付かれないように普通に装いながら話していたが、鏡越しにトメと目と目が合い思わず熱くなっている頬を両手で隠す。
そんな初心で愛らしい反応を見せる雪乃にトメは夫と恋人同士になる前の甘酸っぱい記憶を思い出し、微笑ましそうに目を細めた。

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