「なんで俺も一緒に行かなきゃなんねーの!?」
白石は朝から駄々を捏ねていた。
情報を話したらおさらばする気だった白石だが、先ほど『お前も来い』という水城の言葉に心底嫌そうな顔をする。
「二瓶鉄造を確認できるのは白石だけだもの」
「いやそうだけどさぁ!だったらなんで子守りもしなきゃならんのよ!!」
水城の言葉は最もで最初から戦力を求められていない分マシだが、子守りまで任せられるとは聞いていない。
そう白石は駄々を捏ねながら背中を水城に向け、背負っている静秋を見せた。
静秋は母の顔にきゃっきゃと嬉しそうに笑いながら手を振り、水城も息子の楽しそうな表情にふと顔が緩む。
「殺人を犯した囚人相手に子供を背負って戦えって?」
「そ、そうだけども!!俺子供の扱い方わかんねーもん!!独身だもの!!」
「静秋は大人しいから大丈夫だって」
「おむつを替えた事すらないんだぞ!?おっぱいも出ないんだぞ!?」
「おむつもおっぱいももうやったしあげたから大丈夫」
『ほら、坊のマフラーが解けかけてるじゃん』と顔に巻いている息子のマフラーを直す。
静秋の顔には雪に反射する太陽の光から目を守り、風の冷たさと寒さから守るため、母である水城のマフラーが巻かれており、寒風を守るため白石はぶかぶかの半纏を静秋に被せる様に着ている。
寒さ対策の意味もあるが、主な理由は静秋の顔を見られないようにするためだ。
二瓶と共に行動している兵士の存在を危惧して水城は息子の顔にマフラーを巻き全身を隠すように白石に半纏を被せる様に着させた。
もしあの兵士が第七師団なら、息子の顔を見てすぐに尾形に似ていると気づくと思ったからだ。
相手が第七師団という証拠はないが、そうではない証拠もない。
息子に対しては回避出来る事は全てしておきたかった。
「行こう!囚人を捕まえてレタラを守る!」
黙る白石に諦めたと察したアシリパははやる気持ちを抑え二瓶と、二瓶と行動を共にする兵士を探しに歩き出した。
水城と白石もそれに続く。
「静秋は大人しいんだな」
歩きながらアシリパはふと思った事を呟きながら相棒の息子を見る。
静秋は目隠しのようにマフラーを巻かれ、寒風を防ぐ半纏のお陰で暖かく、更にはお腹一杯なのもあり眠くなったのだろう…半纏で隠れてアシリパからは見えないが『ふぁぁ』と欠伸をする愛らしい声が聞こえた。
きっと喉の奥まで見えほど大きな欠伸をしているのだろうと想像しアシリパは思わず笑みを浮かべる。
「そうなの…あの子はあまり泣かない子でね…それに助けられているんだけど…だから心配になっちゃうんだよね」
「心配?何をだ?」
「あまり泣かなすぎるのもね…まだ1歳なのに色々我慢させているから…」
緊迫した空気なのに欠伸をする子供にアシリパは『将来大物になりそうだ』と零し、それに水城は笑った。
泣かない事を心配する水城にアシリパは確かにと思う。
アイヌは子供を皆で育てる。
死ぬとき儀式をしてもらえないとあちらの世界へ行けないと信じられており、だからこそ貧しさからアイヌの村に子供を捨てる和人の子供であろうと育てる。
アシリパにはオソマという従妹がおり、よくコタンの子供達の面倒も見ているため中々泣かない子供は珍しく、ここまで大人しい子供もまた珍しく思った。
ただ、幼いながらに何か感じ取っているのかもしれないと思ったが、水城には言えなかった。
言ってしまったら水城を責めているような気がしたのだ。
水城は息子を大切にしていると昨日見て分かった。
水城にとっても息子は宝物であるのだ。
だけど金塊探しに時間を取られ母親らしい事をしてやれない事を気に病んでいる。
アシリパは昨日のやり取りしか見ていないが、水城は慣れない中でも母であろうと必死だと感じられた。
だからきっとそれは水城を、母を、責めている言葉なのだとアシリパは言わなかった。
「でも白石に背負われて大人しいのは驚いたなぁ…坊は私に関わる男の人が嫌いでその人達には愛想も良くないのに」
「え、どういうこと??初耳なんですが???」
慣れない山歩きと雪道に疲れ大人しかった白石は初めて聞く情報に耳を疑った。
水城は千景をはじめとする母に近づく男に警戒をする話を白石とアシリパにした。
だから昨日何も言わなかったが、お乳を要求する白石に対して睨み一つ向けずギャアギャア騒ぎもしない息子に驚いていた。
それを聞いて白石は『待って、そんな危険物俺に持たせてたの??』と一歩間違えれば大音量で泣き叫ぶ子供を預けられていた白石はそう零し、そんな白石に水城は『誰が危険物だ』と睨んだ。
「ま、白石だしな」
「そうだね、白石だもんね」
「クーン…」
アシリパの言葉に水城も納得と頷く。
白石は貶されしょんぼりとさせ犬のように鳴いた。
そんな白石に坊はきゃっきゃっと笑う。
◇◇◇◇◇◇◇
それから暫くして…アシリパ達は昨日鹿を獲った方へ進んでいると…その方向から天高く煙が上がっているのが見えた。
「昨日私達が鹿を獲ったあたりだ…」
二瓶達ではなく別の人間で偶然にしては出来過ぎており、明らかに挑発に見えた。
真っすぐ立つように煙が上がっているところから見て狼の糞を使った狼煙だ。
恐らくレタラが挑発の意味も込めて排泄をし、二瓶がその糞で狼煙を上げたのだろう。
そのまま進むと…
「いた…」
遠目だが二瓶らしき人物を発見し、水城達は物陰に隠れ白石に確認させる。
しかし確認しようにも相手は背中を向けており、顔を見る事は出来なかった。
「アシリパさんはここから弓矢で援護して…私達はもう少し寄ってみるから」
そう言って水城は白石と共に二瓶に近づく。
だからか、アシリパが移動したことに気付かなかった。
あちらも何かを狙っているのか集中し身動き一つしない。
しかしそれは水城にとって好都合だった。
(もう少し…)
ギリギリまで近づいていくと、静けさをかき消すように銃声が鳴り響いた。
二瓶が狙った獲物…レタラを目掛け撃ったのだ。
撃った後『邪魔が入ったか』と呟いたのが聞こえたので、どうやらレタラは助かったようだが、安堵ばかりしてられない。
白石を少し離れた場所に残し水城は素早く二瓶の後ろを取り、銃を構える。
「銃をこっちに投げろ」
銃を構え後ろを取られた二瓶だったが、焦ることなく睨みつける水城を鼻を鳴らし笑う。
「フン…道理で中々出てこなかったわけだ…そんなに殺気を撒き散らかされては木化けも無意味だな」
余裕の態度は貫禄があり、ただの物取りならば気後れしていただろう。
だが水城の睨むその形相や雰囲気がただ物ではない事を二瓶に語っていた。
「こいつで間違いないか!!」
水城が突然声を上げ、誰かに語り掛ける。
それに怪訝としていたがひょこりと少し後ろから出てきた顔に二瓶は微かに目を丸くする。
「間違いねえ!そいつが二瓶鉄造だ!」
ひょこりと出てきた顔には見覚えがあった。
同じ監獄でのっぺら坊に体に入れ墨を入れられた囚人、白石だった。
そこで二瓶は目の前の男の目的に気付く。
「なるほど、目当ては俺の身体の入れ墨か」
物取りだと一瞬思ったが、空気が違った。
だから何者かと考えてみれば、出てきた懐かしい顔に二瓶はニヤリと笑う。
そんな二瓶に水城はチラリと彼の持つ銃を見た。
その手には一発しか弾が入らない単発銃が握られていた。
「その単発銃…弾薬盒からタマを取り出しボルトを引いて装填する間に私は五発全てお前にブチ込める」
二瓶が手を腰当たりに伸ばすのを見て水城はそう告げる。
相手は一発しか弾が入らない銃だが、こちらは五発入る銃…本来ならこの時点で勝負は決まったも当然だった。
だが、二瓶は不敵に笑う。
「勝負するかね?どちらがこの山で生き残るか」
その強気がどこから来るものなのか分からないが二瓶はこちらが売った喧嘩を買った。
ならばあちらが不利であっても抵抗すると言うのならそれなりの対応をするべきだ。
そう思い銃を撃とうとした時―――犬が現れ水城の銃に噛みついた。
その拍子に水城は犬に銃を持っていかれてしまう。
「でかした!駄犬!!」
突然の襲撃に気が逸れた隙に手を伸ばしていた腰から二瓶は鉈を手に水城に向かって振り下ろす。
だが水城はその鉈を手刀で受け止め自身も腰に差していた銃剣の剣を取りそのまま二瓶に向かって振る。
その刃に二瓶は指ごと鉈を落とされ、無防備になった胸元へ水城は剣を突きつけた。
しかし二瓶はそれを指を切られた腕で庇う。
腕は貫いたが、その腕がクッションとなり胸元の肌まで剣は届かず、二瓶は自身の銃を振り降ろして水城の頭を殴る。
お互い殺し合っているため容赦はなく、水城の額からは皮膚が切れ血がドバドバと吹き出すように零れた。
血を撒き散らしながらこちらを睨む水城に二瓶は口角を上げる。
「獣の糞になる覚悟は出来ているんだろうな?」
そう問う二瓶に水城は何も答えない。
ただ落ちていた二瓶の鉈を手に持つことで返答したも当然だった。
そんな水城に二瓶は不敵な笑みを深めた。
「白石!何やってる!!!早く銃を拾え!!」
猟師といえどあちらもたがが外れ殺し慣れている。
油断はできず、二瓶に目を逸らすことなく水城は声を上げた。
声を上げた方には白石が戦っていた。
「そいつをよこすんだ!!」
声を上げる白石に抵抗するように『ガルルル』という獣の唸り声がした。
白石の対戦相手は犬だった。
しかし犬は犬でも二瓶と共に狩りをしてきた犬である。
躾もされ、主人の敵を判断し、白石に銃を渡さないよう対抗していた。
その間も水城は二瓶相手に戦い、鉈を振り回し、銃を盾にする二瓶の腕から己の剣を抜き取り戻す。
「大人しくしやがれ!二瓶鉄造!!」
犬と白石の戦いは、白石が犬の首輪を掴み投げ捨てたところで決まり、犬から奪い返した銃を二瓶に向けた。
形勢は水城達の方が有利だと思われた。
だが…
「お前らこそ武器を捨てろ!!」
声を上げる白石に続くように、男も声を上げた。
そちらに目をやれば二瓶と行動を共にしていた兵士が立っていた。
レタラを狙っている時に見かけていなかったため、兵士は兵士でどこかに隠れていたのだろう。
水城は銃を向ける兵士を見て、頭に血を上らせた。
「貴様ァ!!!その子を…!!盾に…!!使うなッ!!」
兵士はアシリパを人質にし、水城の動きを封じようとした。
だがそれは逆効果だったらしく、アシリパを人質にされた水城は怒りで目の前が真っ赤になり、唸るような声で叫ぶ。
二瓶から離れ水城は兵士に近づき、持っていた剣を兵士に向かって投げた。
兵士は咄嗟に手で顔を庇えば、投げられた剣がその手を貫通し、頬にまで届く。
「離れろ!!!」
「っ――来るな!!」
水城を案じ、兵士を案じ、アシリパは叫ぶ。
その瞬間横から二瓶が水城に向かって飛びかかった。
二瓶は素早く後ろから水城の首に腕を回し、鉈を持っている手首を掴み、足で体を挟みお互い仰向けで倒れる。
「卑怯だぞ!無関係な子供を人質にするなんて!!」
白石は子供を人質に取る兵士にそう声を荒げた。
だが、兵士とアシリパは一度会ったことがあり、そこで無関係とは言い難いやり取りをした。
アシリパは渡された入れ墨の皮を隠しこの兵士をただのアイヌの子供として欺こうとした。
だが引っ掻けて隠していた枝にリスが乗り、その重みと反動で刺青の皮が落ち、それに気付かれたのだ。
そのためアシリパが無関係ではない事を兵士は知っている。
「あの男にとって私はそこまで価値が無い…最後には撃ってくる…無駄に殺し合うな…ここはお互いに引くべきだ」
「信じるな…女は恐ろしいぞ谷垣」
白石とアシリパは知り合ってまだ数日しか経っておらず、水城ならまだしも白石にアシリパを助ける義理はない。
そう言うアシリパに二瓶が信じるなといった。
「この娘を挟んで撃ち合っても構わんぞ!!俺はッ!!」
脅しではないのだと谷垣と呼ばれた兵士はそう叫ぶ。
その気迫に流石の白石も押されていた。
「白石…」
「…!」
「ごめん…捨てて…」
白石は水城の声にハッとさせた。
そちらに目をやれば二瓶に抑え込まれている水城がこちらを見ているのが分かった。
水城は意地でも持っていた鉈をすんなりと離し、体の力を抜く。
「その子には見せるな…遠くへ連れて行ってくれ」
「…いいだろう…谷垣、縛るものを投げろ」
抵抗しなくなった水城を信じたのか、最後の願いに二瓶は頷いた。
谷垣はカバンから縄を取り出し、二瓶に投げる。
完全に信用しているわけではないのか二瓶は恐る恐る水城の拘束を解く。
水城が何もしないと分かると起き上がる水城から離れ紐を手に取る。
縛ろうとした時、その異変に気付いた。
「!―――おいおい…こりゃぁ…子供か?」
白石が背中に何かを背負っているため、縛るのに邪魔だから降ろせと命ずると腕の中に抱くそれに二瓶と谷垣は驚いた表情を浮かべた。
そこには顔にマフラーを巻いた子供がいたのだ。
「白石、お前…拵える相手いたのか」
「失礼だな!いるに決まってんだろ!」
冗談めいた言葉に白石は噛みつくが、勿論相手は娼婦であり、そこに愛はない。
ただの見栄である。
「こんなチビの目の前で殺すのは忍びないな…谷垣、このチビも…―――」
連れて行け、と言い白石が抱く子供に手を伸ばしたその時…
二瓶の腕をガシリと掴んだ者がいた。
そちらへ目をやれば無抵抗になったはずの水城がおり、殺さんばかりの目で二瓶を睨んでいた。
「この子に触れるな」
叫んではいない。
声を荒げてはいない。
だが、低く唸るような声に静かな殺意を感じた。
そんな水城に二瓶は納得したように頷く。
「やはりお前…女か」
その言葉に二瓶と水城以外の人間が息を呑んだ。
白石とアシリパは簡単に気付かれた事に驚き、谷垣は男だと思っていた者が女だと知り驚いた表情を浮かべていた。
水城はそれに焦りもなく肯定も否定もせず、手を引かない二瓶の腕をギリギリと締め付ける。
二瓶は水城を抑え込んだ際に気付いた。
最初は男にしては線が細く柔らかい体だと思ったが、水城の目を見て女だと結びついた。
水城の目は怒りに燃える母の目をしていたのだ。
それはかつて、自分との間に子を儲けた妻の目にも似ていた。
「子に親の死を見せるつもりか?」
「この子は私が産んだのよ…生きるも死ぬも一緒よ」
「まだこんな小さいのにか?」
「あんたらの手に渡るよりマシだわ」
二瓶は結婚し多くの子供を作った。
だからか、子供まで殺すほど冷えた心を持っていない。
水城と二瓶の考えは全く異なり、睨み合う両者に白石はゴクリと喉を鳴らす。
しかし、意外にも折れたのは二瓶だった。
「分かった…だが俺は子供まで殺す趣味はないんでね…悪いが餓死させるつもりだ…それでもいいならお前さんから放さんが…」
「…それでいいわ…この子の親は私だけだもの」
頷き腕を放す水城に二瓶は良い感情は浮かばなかった。
子供の事を考えていそうだが、しかし、水城は自分の気持ちしか考えていない。
そうでなければ子供を道連れに死ぬなど考えないだろう。
自分が子供を手放したくないから殺す。
そう言っているのだ。
木を挟むように二人を背中合わせに座らせ、水城の膝の上に子供を乗せる。
水城と白石を縛り二瓶は水城に指を切られた手に布を巻く。
「谷垣よ…その子を連れて行け…悲鳴が届かないくらい遠くへ」
二瓶も囚人の前に人の親だ。
子供に見せていいものではないと分かっていた。
谷垣はそれに頷きアシリパを担いで歩き出した。
少女という事もあり二瓶は幼い頃の娘を思い浮かべながら見送り、振り返る。
しかし…―――そこには誰もいなかった。
「脱獄王…すっかり忘れておったわ…」
縄しか残っていないその光景に怒りすら覚えない。
水城と白石に逃げられたのだ。
水城が白石に銃を置くよう言ったとき、白石に目配せをした。
それに察した白石も投降するように銃を捨てたのだが…それら全て逃げ出すための芝居だったのだ。
まんまとやられたと呟きながら二瓶は『だから女は恐ろしいんだ』と先程の水城のあれも演技だと思うとますます女は信用できないと思う。
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