(24 / 274) 原作沿い (24)

水城と白石は逃げ出した後、連れていかれたアシリパを取返しに走っていた。
しかし追いついた時位は既に勝敗は決まっており、レタラが勝ち、二瓶は負けた。
レタラはアシリパと別れたあの日、番を得ていたらしく、今や4匹の親となっている。
その番が二瓶とレタラの戦いに乱入し、二瓶を噛みつき、傷からの出血によって二瓶は死んだ。
谷垣や犬…リュウに二瓶の皮膚を剥がす所は見せられず、水城だけ残しアシリパ達は一足先にその場を離れた。
二瓶の服を脱がせ皮膚を剥がし終えた水城はアシリパ達を追いかけたが、案外早く合流出来た。


「なんだ…待ってたの?」

「白石が疲れたって」

「情けないなぁ…戦場じゃもっと重いもの運ぶ奴もいるんだよ」

「ここは戦場じゃなくて北海道ですぅ〜、お前らみたいなゴリラと一緒にしないでくださいぃ〜」

「いぃ〜」

「あっ、てめえ!うちの坊に変な言葉を覚えさせるな!」


どうやら白石が怪我をし動けない谷垣を運ぶ橇を引っ張るのに疲れたらしく、水城が来るまで休憩と言って動かなかったらしい。
そうなると運べるのは白石か、合流する水城しかいないため、仕方なく休んでいた。
男の身で情けないと言う水城に戦争帰りと一緒にするなとぼやいた。
尻を蹴られる白石をアシリパと、橇を引くため白石と交代しアシリパの背中に背負わされている静秋が笑った。
その笑い声を耳に谷垣は痛みに耐えながらチラリと水城を見る。


(不死身の杉元…)


谷垣も一度水城と会った事がある。
水城は覚えているかは分からないが、復讐のため入った軍で谷垣は水城に会っている。
第七師団よりも前に戦っていた第一師団の水城に食べ物がないか問われ、畏敬の念がわき故郷のカネ餅を一つ渡した。
顔の傷が印象深く後にその男があの不死身と呼ばれる一等卒だと知った。


(いや…女だったな…)


二瓶の言葉を否定しないという事は、アシリパや白石が水城ではなく二瓶を見て驚いたという事は、あの不死身の杉元は女なのだろう。
女の身でなぜ軍人になれたのか、なぜ気づかれなかったのかは分からないが…だが、さぞ怖かっただろう。
戦争というものは、男であっても、女であっても、体験するべきものではない。
それなのに水城は女の身でありながら重傷を負ってはすぐに回復し戦場に何度も舞い戻った兵士だ。
男だとか女だとか関係なく、不死身と呼ばれる彼女に心から畏敬の念が湧く。
まだ蟠りはあったがそう思いながら谷垣は目を瞑った。



◇◇◇◇◇◇◇



水城が合流すれば、女ではあるが軍人である水城の方が体力があるという事で谷垣を水城が運ぶことになった。
手ぶらだと喜んだの束の間…白石は静秋を背負わされる。


「杉元さん、無事だったか…アシリパが心配していたぞ?」

「すみません…お世話になったのに何も言わず出て行ってしまって…」


コタンに帰れば子供達が白石に群がって来た。
白石に向かってオソマが『シンナキサラ』と指さし、見たことのない赤子が珍しいのか興味深々に白石と静秋を見ていた。
オソマの父でありアシリパの叔父であるマカナックルが歩み寄り、声を掛けてきてくれた。
アシリパの様子から異変に気付きマカナックルも心配してくれていたようで、水城は自分の行動で心配を掛けさせてしまった事を詫びた。
マカナックルにアシリパから聞いた事情を話せばマカナックルは谷垣へ目をやる。


「アマッポにかかったって?それは大変だったな」


アマッポとは、水城もかかりかけた罠で、それを助けたのがマカナックルであった。
矢には毒が仕込まれており、場所によっては死ぬが、谷垣のように足などに刺さればその場で毒矢の周りの肉ごと削ぎ落せば何とか一命はとりとめる事が出来る。
谷垣はアシリパを連れて行く時にその罠にかかり足を負傷した。
アシリパが狩った鹿の皮を祖母に渡しているその横を通り谷垣はアシリパの家で介抱することになった。


「本当にいいのか?」

「私の相棒が助けたいというのなら邪魔はしないわ…もし何かあったら今度は私が相手をするまでだしね」


自分の問いに答える水城の声に不穏さを感じた白石はチラリと水城を見た。
水城は顔を険しくし殺気立っており、白石はその表情に顔を引きつらせる。
まだ水城がどういう人間か知り尽くしているわけではないが、やはりこの軍人に恐ろしさを感じた。
中に入ればすでに谷垣の治療が始まっていた。
アイヌの知識で血止めや痛み止めを施し、最後に包帯を巻かれていた。
毒と痛みからか暫くは寝たきりらしい。
それに水城はホッとする。
心配していたとかではなく、ただ単純にまだ信頼できない相手が動けない事に安堵した。


「頑張れよ!俺の友人にも第七師団で日露戦争に行ったアイヌが何人かいる…お前達の強さは聞いている…きっと良くなる!」


マカナックルがそう励ませば少し谷垣の表情が和らいだ気がした。
その表情を見て水城はやっと谷垣から視線を逸らす。


「鹿肉もまだ沢山あるし、食事にしよう!」


そう言うアシリパに白石は喜んだが、水城は食事の時間だということを思い出す。


「そういえばそろそろ坊もご飯の時間か…」


色々あって時間の感覚がなくなっていた水城はアシリパの言葉で思い出した。
白石の背中を見れば、静秋はすやすやと眠っており起こすのが少し忍びなかった。


「ねえ白石、悪いんだけど坊が寝てるからもうちょっと背中貸してくれない?」

「別にいいぜ、子供体温で暖かくて丁度いい湯たんぽだしな」


静秋を背負った後ブカブカの半纏を被すように着ているので、白石の半纏に下から手を入れて息子のお尻に触れる。
排泄はしていないようなのでこのまま寝かせておこうと白石にまだ背中を貸してほしいと頼む。
他人の子供を湯たんぽ呼ばわりする白石だが、水城はそれを否定しない。
子供の体温は高く、この厳しい寒さの中、子供はとてもいい暖房代わりでもあった。
水城も息子を抱いて湯たんぽ代わりに寝ているのもあり、白石に甘える事にした。
本当は横にして寝かせてやりたいが、そこまで息子を無防備にするほど谷垣を信用していない。
水城は谷垣という男よりは、その奥にいるであろう尾形をとにかく警戒していた。


「鹿肉の鍋『ユクオハウ』だ!プクサキナ(ニリンソウ)プクサ(行者にんにく)も入れて栄養たっぷりだ!」


怪我人もいるということでオハウにし、中に栄養のある物を入れて煮込んだ。
この冬に暖かい物が食べられるというだけで身も心も穏やかになれる。
水城は猫舌なのでハフハフ言いながら美味しそうにユクオハウを頬張っていた。


「うんうん!ヒンナ!鹿肉は煮込んでもヒンナ!!」

「確かにヒンナ!」


鹿の生肉を食べていたからか、水城の言葉に白石も完全に同意する。
ヒンナヒンナ言いながら食べる二人…主に水城にアシリパが突然クックックッと笑い始めた。


「どうしたの?」

「水城…またオソマ入れなきゃいいけど…」

「え?」

「水城…この鍋にまた…オソマ入れなきゃいいけど……」

「え…あっ…ああ、うん…味噌ね…」


アシリパはチラッチラッと水城を見た。
その言葉に一瞬ハテナしか浮かばなかったが、察した水城は顔を引きつらせカバンからオソマ…味噌を取り出した。
最近知ったオソマの美味しさに虜になっているらしいアシリパは素直になれず要求した味噌を見て額を叩く。


「ええ〜〜??またか?水城〜!お前…オソマ好きだなぁ〜〜」

「…………」

「水城は本当にオソマが好きだなぁ??」

「…………」


もはや素直ではないアシリパの言葉に水城は無の境地となる。
美味しそうに味噌を入れて食べるアシリパを見た後水城ももはや何も言うまいと食べるのを再開する。
出来た鍋を少し冷ましてからフチとオソマが怪我人の谷垣に食事を与え、それぞれ楽しんでいた時―――ガブリと白石の頭に何かが噛みついた。


「いでででで!!なにこれ!!」

「あ、こらこら…白石なんか食べたらお腹壊しちゃうからやめな〜」

「酷くない!?」


その何か、とは水城が保護した子熊だった。
子熊はガジガジと白石の頭にかじりついており、その騒ぎで夢の国にいた息子が帰って来た。


「う〜…」

「ああ、ほら白石が騒ぐから坊が起きちゃった…」

「え??それって俺のせい??」


谷垣に顔を見られないようにしながら白石から息子を返してもらい、愚図る静秋を抱っこしお尻あたりを叩いてやると愚図りがなくなりまだ眠たいのかうとうとし始めた。
母にもたれて眠る息子の顔を意識的に谷垣とは反対の方へ向け水城はぐっすり眠り始めた息子のため体を揺り籠のように揺らす。


「その子供は杉元さんの子供か?」


母に抱かれて眠る静秋を見てマカナックルが声をかける。
それにそういえば事情を話してなかったなと思い軽く事情を話した。
勿論自分が女だというのも。
マカナックルや通訳してもらったフチも水城が女だと知って驚いていた。
フチは少し残念そうに何かを言っていたが、それにアシリパが『別に結婚だけが全てじゃない、私が男の仕事をし水城が女の仕事をすればいいだけの話だ』とちょっとよくわからない事を言っていた。
その言葉に何故かフチは納得するように頷き、白石にはポンに肩に手を置かれた。
白石の顔は悟ったような表情を浮かべており『なに』と言っても『頑張れ』としか返ってこなかった。
するとまたフチが何か言い、今度はちゃんと伝えてくれた。


「水城、フチが行き場所がないならここにいるといいと言っている」

「えっ!?そんな…今でもお世話になっているのにこれ以上迷惑はかけるのは…」

「しかしお前はこの間の騒動で暫く街には行けないのだろう?ここなら私と狩りをして得た得物が家賃代わりになるし、いいじゃないか」

「でも…坊もいるし…」

「だからじゃないか…いつまでも子供を根無し草にしておけないだろう?それにこの家は私とフチしか住んでいない…私は外で狩りする事も多くフチ一人では寂しい思いをさせていると心配していたんだ…静秋がいてくれればきっとフチもこの家も明るくなるしここには子供も沢山いるから遊び相手も多い…どんな奴か分からない近所に預けるよりは静秋にとっていいと思うぞ」


二瓶が子供を殺すような男ではなかったから良かったものの、これが冷酷な囚人だったのなら静秋も死んでいたかもしれない。
だから水城は早く静秋が安心して過ごせるところを探そうとしていた。
とはいえもう街には暫く行けそうになく、住む場所もない。
只今絶賛ホームレス中である。
だからフチとアシリパの申し出は、正直飛びつきたいほどなのだが…迷惑ではないだろうかと思ってしまう。
揺れる水城にフチが近づき手を取って何かを言った。


『杉元カッケマッ(女性の敬称)、あなたは私達の家族、遠慮はいらない』


アシリパが訳してくれたが、その言葉で水城は悩んでいた気持ちが晴れた気がした。

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