(27 / 274) 原作沿い (27)

辺見は100人以上殺し続けた殺人鬼である。
人の死に魅入られたのはいつからだったか…あれは、確か…そう、幼い頃の時。
辺見は弟がイノシシに生きながら食べられるのを隠れて見ていた。
必死に抵抗していく弟が次第に力尽きて死んでいくあの目が、あの顔が、全てが忘れられなかった。
辺見はその目を思い出すたびに―――誰でもいいから人を殺したくなる衝動に駆られた。
だから、殺した。
逃げながら、捕まえられるまで各地を転々として人を多く殺してきた。
中には期待外れの人間もいたが、中には期待以上の人間もいた。
そう―――今、目の前にいる軍人のように。


「ニシン場での仕事は分業化されていて、完全歩合制なんです…接岸された船からニシンを集積所へ運ぶ『モッコ背負い』も一往復いくらで日当が決まります」


辺見は軍人の男…水城とアイヌの少女にニシン漁の事を説明していた。
辺見には目の前にいる男はとても魅力的に見えた。
女のような顔には大きな傷跡が残り一見恐ろし気に見えるがよく見れば顔つきは穏やかだ。
だが、辺見はその奥底にある自分と同じ人殺しの匂いに敏感に感じ取った。
辺見は一目見て水城をターゲットに選んだ。
この人ならきっと自分を弟のように殺してくれるだろう…と。
白石と行動を共にしているという事は金塊を探しているのだろう。
だが、だからと入れ墨を簡単に見せるのは自殺と同じだ。
自分は弟のように抗い力尽きたいのだ。
都合のいい事に水城は泊まれる場所を探しているようで、ここの親方に泊る分の手伝いをしたいと言い出した。
辺見は親方に頼んでみると言い、なるべく水城と一緒にいられるようニシンを見て回っていた。


「これは何をやっているんだ?」


自分の説明にフムフムと見る水城に辺見はどこか優越感を感じていた。
今、水城は自分の説明を聞いて、自分の説明したモノに興味を持っている。
自分の声が水城の耳を独占し、自分が指さしたものが水城の目を独占しているのだ。
自分が勧めているものに水城は興味を持ってくれるのだ。
誰でもない、自分に。
これを優越感を感じず何というのか。
まるで恋をしているようにドキドキとさせながら説明していると水城の興味を引くモノがあったようで、説明してあげる。


「これは『シメ粕胴』と言ってさっきの大釜で茹でたニシンの油を搾り出す機械です」


水城は辺見の説明に『へえ』と声を零しながら作業している男を見る。
それに辺見は笑顔を浮かべながらもピキピキと青筋を立てた。


(杉元さん…なぜその男を見るんです?僕が傍にいるっていうのに…)


そう思ったところで辺見はハッとさせる。
こんなにも嫉妬を覚えたのは初めてだった。
明らかに今のは浮気しそうな恋人に対しての嫉妬心だ。


(そうか…僕は、杉元さんを…)


辺見はポッと頬を染める。
今まで殺す相手が抗えば抗う程恋のような感情が芽生えたが、その前にこんなにも胸が高まるのは初めてだった。
辺見にとってもはや相手が男だとか、自分を殺す又は自分に殺されるかもしれない相手だからとかは気にならなかった。
自分は、水城に、恋を、しているのだ。
水城は男から興味がなくなったのか自分へ振り向いたので辺見は平然を装いながら内心水城の綺麗な琥珀色の目と目が合いドキドキさせながら次へと案内する。


「絞りたての大きな塊は『粕玉』と言って乾燥させるために細かく粉砕する必要があるんです…粕玉を切断するのにこの『玉切り包丁』を使います…大きい包丁でしょう?ぜひお試しあれ…です」


そう言って辺見はジトっと見ながら水城に玉切り包丁を手渡した。
重みのある包丁を水城は軽々と持ち、並んでいる粕玉の一つの前に立ち辺見を見る。


「これを切ればいいの?」

「はい!ぜひ!バッサリと!!遠慮なく!!力いっぱい!!」

「え、あ、うん…」


確認する水城に辺見は思わず力を込めた声で答えた。
それに若干引きながら水城は言われた通り大きく振り上げる。


「あああ…っ!とってもお似合いですぅ〜!」


振り上げる水城に辺見は声掛けをする。
思いっきり振り上げたその動作でさえ水城に見惚れ、そしてその後を想像すると今からでも"達し"そうであった。
だが我慢をし、辺見は振り下ろすのを今か今かと待つ。
そして『ほっ』と声を零しながら水城がついに玉切り包丁を振り降ろし――――辺見の首を刎ねた。


「こんな感じでいいの?」

「はああああ……ッ!!」

「おーい…辺見さん??」


と、いうのは辺見の妄想である。
実際は粕玉を真っ二つにしており、辺見はその刃が自分の首を刎ねた妄想をした。
感激のあまり体を震わせる辺見に水城は声を掛ける。
何度目かの声かけにやっと気づいてくれた辺見に水城は玉切り包丁を返す。


「次はこれを体験してみてください」


そう言って『粕くだき』を見せた。
水城が中を覗けば鉄製の棒に無数の棘のようなものがあり、おそれがいくつも備え付けられている。
この中にニイン粕を入れてハンドルを回すと粉砕できる機械である。
勧められるままに水城はハンドルを持つ。


「これを回せばいいの?」


案外重くて両手で回せば中のトゲのある棒がそれに合わせ回転する。
辺見はそれを見て体を震わせた。


「こんな感じ?」

「もっとゆっくりです!!」

「このくらい?」

「じわじわとッ!!」

「じ、じわじわ?」


果たして効率を求められる仕事にゆっくりやらじわじわやらは必要なのだろうか…
そう思う水城だが、まあ仕事も早ければいいというわけではないかと疑問に思う事もなかった。
辺見が望むようじわじわとゆっくりハンドルを回す水城を見て辺見はまたも妄想する。
今、水城の手で回されている機械に己がセットされた想像だ。
くの字になり尻から少しずつ、ゆっくりと、じわじわと、苦痛を持って削られぐちょぐちょにされる自分…そんな自分を水城が静かにゆっくりと殺していく…思わず辺見は――――…。


(すごい…っ)


アシリパが見ているのも知らず…というか気にもせずまるで賢者タイムのように一息をつく。
さて、と辺見は今度は大きな包丁を取り出した。


「お次はこちら…二人用の玉切り包丁です…二人の息の合った動きが必要です…杉元さん、ぜひお試しあれ…です…」

「えっ(まだあるの??)…うん…」


なんだか断れきれず辺見の持つ二人用の玉切り包丁を手にとった。
二人用なので、両端には持ち手が付けられているが、普通の包丁とは大きさから違うものの、その持ちては横棒がついていた。
片方は水城が、もう片方は何故か辺見が持ち、粕玉を切るため二人で粕玉に近づく。


(杉元さんが…杉元さんが僕を切るために僕と一緒に…はあ…なんて素晴らしいんだ!!)


もう粕玉が自分にしか見えない辺見は水城と初めての共同作業にテンションが上がっていた。
もう周りの音も風景も見えず水城しか見えない彼はハアハアと息を荒くし水城を凝視していた。


「いいですか?杉元さん!せぇのでいきますからね?いいですか?いいですか?」

「せぇので一気に切るの?」

「ゆっくりです!!じわじわと!!!」

「なんで?」


またしてもゆっくりと、じわじわと切るよう指示され水城は首を傾げる。
アシリパはジッと辺見を見ていた。
アシリパの目にはハアハアと息を荒くしている辺見が映っており、なんだか興奮しているようにも見えた。
しかしまだ幼くそして良識あるアシリパはそれが『性的』興奮しているとは分からなかった。
とりあえず言われた通りじっくりゆっくり粕玉を切ったのだが…


「ああああッ!はぁんッ!切れちゃったッ!!切れちゃったねぇ!?切れちゃったねぇ!!?」

「え?切れちゃダメだった?」


あっちからじっくりじわじわ切ってくれと指示したのに切ったら突然声を上げ、水城は内心冷や汗をかく。
これは立派な商品だ。
その商品をダメにしたとなれば弁償となり、そんな金いくらなんでも水城にはない。
チラリと辺見を見るも辺見は頬を赤らめ何かに耐える様に体を震わせていた。


「水城…やっぱり白石達を追った方がいい…私たちだけでここにいても意味が無い」

「そうだね…アシリパさん、行こうか」


辺見の態度も可笑しいが、やはり白石と叔父達も気になりそちらに行こうとアシリパは水城に言う。
アシリパの言葉に水城も頷き白石達を追いかけて海へ出ようとした。
そんな水城に辺見は慌てた。


「(まだ行っちゃヤダ…!!) あ…あの!食事だけでもどうですか?命を救っていただいたお礼にと言ってはなんですが親方に話したら温かい白米を用意してさしあげろと…」


水城が離れてしまう…そう思うと胸が苦しくなる。
せっかく(辺見の中では)運命の人と出会えたというのに、殺し合う前に己の手から離れてしまうのは失恋したも同然である。
どうにか引き留められないか…そう思い食事を誘えば、水城ではなくアイヌの娘が釣れた。
しかし、そのお陰か、水城は辺見から離れることなく、辺見はまだ水城と一緒にいられるとホッと胸を撫でおろす。



◇◇◇◇◇◇◇



場所を移り、アシリパは目の前に出されたキラキラと光る如く輝く白米に目を輝かせていた。
この時代、白米は贅沢品とされ一般の人の口には入らなかった。
そんな贅沢品が目の前にあるのだ…食に忠実なアシリパが喜ばないわけがない。


「こちら身欠きニシンにきゃべつ、だいこん、にんじんを米麹で発行させた『ニシン漬け』です」


おかずとしてニシン漬けも出せば、二人は喜んでくれた。
辺見は水城の笑顔を見て釣られたように自分もついほころんでしまう。
ほのぼのとした空気が流れていた時、アシリパが立ち上がる。


「オソマ行ってくる」

「アシリパさん、『お手洗い』って言いな?」


女の子らしからぬ言葉使いに水城は苦笑いを浮かべる。
そんな水城を辺見はジッと見つめ、アシリパがトイレへ消えると問いかけた。


「ところで…旅順へ出征なされたんですか?どうでした?」


白米を口に運び噛んでいると辺見に問いかけられ水城は口の中の白米を飲み込む。


「どうって?」

「僕は事情があって出征できなかったんで興味があるんです…――――人は殺しましたか?」


辺見の言葉に、そして問いに今まで楽しい気分だったのがあっという間に沈んでいくのを感じる。
人を殺したかという直球な質問に水城は少し俯き帽子で目元を隠す。


「…そりゃ戦争だから……」

「何人殺したか覚えてますか?」

「……………」


戦争から帰って来た人間は戦争に行ったことがない人間からしたら英雄だ。
根掘り葉掘り聞かれる事は多い。
だから辺見も先ほど言った通りただ単に興味あるのだろう。
だが水城は辺見の問いには他の人間とは少し違うように思えた。
チラリ辺見を見るがすぐに逸らした。


「顔だって忘れないよ…顔が見えるほど近くで殺した奴はね…」


その言葉を聞いて辺見はますます水城に興味を持った。
自分と一緒だと感激し、思わずゴクリと喉を鳴らし今にも襲い掛かりそうな気持ちを抑えるためギュッと手を握る。


「忘れられないのは罪悪感なのでしょうか…」

「せめて忘れないようにいてやるのが私の償いだと思ってる……私には私の殺さなきゃいけない道理があった」


水城は本来戦争など向かわなくていい身であったが、理由がどうであれ戦場に立った以上死ぬつもりはなかった。
国の為とは言わないが一日を生きるために必死だった。
きっとあちらの兵士も同じだろう。
だが、それでも黙って殺されるほど水城はお人よしでもないし、小心者でも優しくもない。


「必要ならば鬼になる覚悟だ…その代わり……私が死ぬ時は安らかに死なせてもらおうなんてつもりは毛頭ない」


自分が生きるためなら、息子のためならば、水城は鬼にだってなれる。
だが多くの命を消した罪は償うつもりでもいた。
死ぬ際、きっと自分は兄や露西亜兵達のように安らかに死なないのだろう…そう覚悟している。


(ああ…――この人に殺されたい…)


辺見は真っすぐ見つめる水城の覚悟を決めた強い瞳と、言葉にそう思いうっとりと水城を見つめた。
それは心からの言葉だった。
そして決めた。

―――よし、この人を殺そう

と。

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