(31 / 274) 原作沿い (31)

水城達はシャチとクジラのお土産を手に帰るため山の中にいた。


「私達が持っている入れ墨は5人分…鶴見中尉は白石が見た一枚だけなのかな…」

「さあ、どうかな…」


アシリパと水城と白石が所有している刺青人皮は5枚。
白石の入れ墨の写し、水城に金塊があると口を滑らせた酔っ払いの男、尾形に撃ち殺された男、二瓶鉄造、辺見和雄の5枚だ。
金塊は自分達だけではなく第七師団も狙っているとこの間捕まった際に鶴見から聞いた。


「入れ墨を追っているのは後…前にあんたが言っていた土方よね……他の囚人を集めて仲間にしてるんだっけ?見つけられれば一気に入れ墨を集められるかもしれない…」


『土方歳三、一体どんな男なんだろう』、と呟く水城は土方の話になり顔を強張らせた白石に気付かなかった。
白石が上手く隠しているというのもあるが、まさか白石が水城を裏切り土方のスパイになっているとは思っていないからだろう。
―――白石は、スパイとなっている。
スパイと言っても望んだわけではない。
情報収集のため別行動していた時牛山と鉢合ってしまい、追われた事があった。
その後は何とか牛山から逃げ出す事が出来たが、リュウを使って居場所を突き止めたまでは良かったものの見つかってしまい捕まってしまった。
そこに土方歳三がいたのだ。
どうやら牛山は土方と手を組んでいるらしく、新選組で鬼の副長とまで呼ばれた男と、不敗と呼ばれた男を相手に白石が勝てるわけがなく白石に残された選択は…降伏以外ないだろう。
結局白石は逆らえずあちらのスパイとして潜入するはめとなったのだ。
ただ、白石は水城達の持っている入れ墨の事は話していない。
入れ墨は持っているかと問われた時、白石は持っていないと答えた。
それが正しい判断かは分からないが、白石は完全に水城とアシリパを裏切っていないのだ。
ただ、だからと言ってたがが外れている水城が許すかと言えば…当然NOだ。
あの第七師団の兵舎でのいかれっぷりを見てしまうとどうも裏切った自分を許すイメージが湧かなかった。
とりあえず『この間目の前にいたんだけどな』と内心冷や汗をかきながら不自然にならないよう土方の印象を述べた。


「とても70を超えてるとは思えねえ若々しさがあったな…人魚の肉でも食ったんじゃないかって囚人たちから言われてた」


白石は今でも素早い動きで人間を切り殺していく老いた男の光景を思い浮かべる事が出来る。
それほど驚きや衝撃的な光景だったのだ。
あの動きは70を超えている人間の動きではない。
白石にとって牛山や水城も敵に回したくないが、土方はもっと敵にしたくはない存在だろう。
そんな白石をよそに話を聞いていたアシリパは振り返り首を傾げた。


「人魚?」

「上半身が人間で下半身が魚のバケモノだよ…私達の間ではその人魚の肉を食べると永遠の命と若さが手に入るっていうお話があるんだよ」


アイヌには人魚は知られていないらしく、首を傾げるアシリパに水城が説明する。
それに続けて白石が休憩と言わんばかりに足を崩して座り込む。


「八百比丘尼っていう伝説があってな、人魚の肉を食べた娘が不老不死になるんだが……永く生きると愛する者の最後を見送るばかり…娘は何百年も生き、尼となってついには世を儚み岩窟に消えた」

「死すべき時に死ねないつらさか…」


白石の聞いた伝説の話をアシリパは興味津々に聞く。
色々アイヌの伝説や神様の話を知っているのもあって、そういうお話も好きなのだろう。
水城は白石の話の中にあった『不老不死となったが、周りはその娘を置いて死んでいく』部分に自分を重ねた。
不死身とつくほどの豪運と回復力のおかげで上官から後輩まで…そして幼馴染まで水城を置いて逝ってしまい、反対に水城は今日まで生き抜いてしまった。
水城は不老でも不死でもないが、似た境遇に共感してしまう。


「あーあ!不老不死なら金塊なんかもういいじゃんなぁ〜」


どさりと雪の上に寝ころび愚痴る白石だったが、ふと頭上に愛らしい花がちょこんと顔を覗いているのが見え、仰向けだった体をうつ伏せにし肘を立ててその花を見る。


「ねえ見て杉元〜!福寿草の花が咲いてるヨ〜?」

「ヤダかわいい〜春が近いんだね〜」


それはまるで現実逃避にも見えた。
水城も娘に同調したのもあるが、何より愛らしい花を純粋に愛でていた。
花を見ていると母を思い出すのだ。


「チライ・アパッポ…私達は『イトウの花』と呼んでいる」

「イトウって川魚のあれ?」

「そうだ…イトウは春になると現れる…チライ・アパッポが咲くのはイトウが川を上ってくる合図なんだ」


そう説明しながらアシリパ達は再び歩き出す。
川沿いを歩いていると白石の視界に何かが映りそちらに目をやる。
そこには人口的に作られた足場と川を塞き止める壁のようなものがあった。


「川を塞き止めてる」

「魚を取るためのアイヌの仕掛けだ」


それはアイヌの仕掛けだった。
川を塞き止めているのも魚が先へ行かないようにするためだろう。
白石は丁度空腹を感じていたのもあり、その足場に乗って川を覗き込んで魚を探した。


「イトウも結構美味いらしいな…マグロに似てるって話を聞いたぜ…この川で獲れないかな?」

「簡単に言うな…―――イワン・オンネチェプ・カムイだったらどうする」

「な、なんだい、それは…」


恐ろし気に語るアシリパに水城が不安そうな表情を浮かべ、アシリパに問う。
アシリパ曰く、昔猟師に追われたヒグマが川を泳いで逃げた。
暫くするとヒグマが消えたのでそれを船で猟師が見に行くと川の中から巨大なイトウがおり、その口の中からクマの前足が出ているのが見えた。
アシリパの言うイワン・オンネチェプ・カムイというのは、イトウの主なのだとか。


「へぇ、主ねぇ」


感心したような声を零しながら白石は足場に乗り、川を覗き込む。
よほどお腹が減っているんだなと思ったが、そう言えば丁度昼食の時間帯だと気づく。
それに気づいてしまうと不思議と食欲を感じ、水城もお腹が減ってきたような気もする。
イトウって美味しいのかなぁと思いながらお腹辺りを擦っていると…――白石が乗っている足場が崩れ、白石が川に落ちた。


「ここすげえ深い!助けて!冷たい!」

「何やってるの!ほら、捕まって役立たず!」


意外と深かったのか、バシャバシャと水しぶきを立てながら溺れかけ助けを求める白石に水城とアシリパは駆け寄り手を差し出そうとした。
しかし水城の手を取るその前に白石は突然川の中に沈んでしまう。
覗き込めば巨大な魚が白石の足を大きな口で咥えていた。
白石は沈んだのではなく、引きずり込まれたのだ。
それを見てアシリパと水城はギョッと驚愕する。


「イワン・オンネチェプ・カムイだ!!」

「白石が食べられた…ッ!!」


白石の姿は水面から消え、水城とアシリパは静まり返るその場に立ちつくしていた。


「白石…」


水城は呆然としながらも白石の名を呟き…手と手を合わせた。
水城の中ではすでに白石は亡きものとなっており、水城は手を合わせながら『成仏してね…白石…』と拝む。
アシリパもそれに習うように手を合わせ白石の成仏を願う。
そんな薄情な二人の前に突然巨大なイトウが水しぶきを立てながら飛び跳ねた。
そのイトウの体に抱き着くように一人のアイヌの格好をした男性がしがみ付いており、その男性によってイトウは陸に上がり、男性も華麗に雪の上に着地する。


「白石!!」


陸に上げられた巨大なイトウに水城とアシリパが駆け寄る。
そこで二人が見た物は…


「に、人魚だ…」


下半身が魚で上半身が白石の人魚だった。
正確に言えば、イトウに食われかけている白石である。
なんとも不気味な怪物(?)を見たアシリパだったが、白石を助けてくれた男性が立ち上がったのが視界の端で見え、顔を上げてそちらに目線を送るとパッと表情を明るくさせた。


「キロランケニシパ!」

「!―――アシリパか!」


水城はお互いの名を呼ぶ二人に首を傾げ、アシリパに『知り合い?』と声を掛ける。
その声かけにアシリパは頷いた。


「あの人は父の昔からの友人なんだ!」


嬉しそうな笑みに水城は眩しそうに目を細めた。

31 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む