(33 / 274) 原作沿い (33)

あの後、キロランケの村で一泊する事になった。
キロランケはアイヌの金塊を奪った事をのっぺらぼうと同国の人間として責任を感じており、金塊の行方を最後まで見届けたいと行動を共にすることになった。


「うちの農耕馬だ…畑を耕す時期までには帰ってこよう」


次の日、キロランケから馬を借り、網走にあるアシリパの村へ戻る事になった。


「……俺の馬、小さいんだけど…」

「悪いな、シライシ…道産子の小さいのしかいなかったんだ」


キロランケと水城が乗る馬は背の高い馬なのだが、白石が乗る馬はロバのように背の低い仔馬のような馬だった。
キロランケ達が乗っているのは、所謂農耕馬や軍馬の増強のため洋種馬との交配で生まれた体格の良い現代ではよく見かける馬だが、道産子は日本固有の馬で、胴長短足の小柄な品種であり、白石が乗っている馬は子供ではなくその大きさで大人なのだ。
仕方なく、白石は自分だけ小さい馬に乗って網走に向かった。
アシリパは水城の前に乗っている。

暫く馬で移動していると、前を塞ぐように二組の男が現れた。
男達は小さな刃物と、銃を持っており、銃を持つ男が銃口を水城達に向け足止めをした。


「有り金と馬をいただく…そっちの兵隊さん、肩の銃を捨てな」


ステレオタイプの山賊が出てきた。
出発早々山賊に出くわした運のなさに白石はうんざりとした顔を浮かべる。
だからだろうか。
水城の表情が不死身の杉元に変わったのを白石は気づかなかった。


「大人しく言う事を聞いた方が身のためだぜ」


恐らく、山賊は軍人を護衛を雇ったアイヌ一家(とそのオマケ)とでも思っているのだろう。
そして戦えるのは軍人姿の水城だけだと思っているのだろう。
でなければ馬に乗っている自分達以上の人数の一行を襲おうとは思わないはずだ。
1人はアイヌの少女、一人は何故か小さい馬に乗っている坊主頭の男、もう一人はアイヌの男だ。
戦えるのが一人だけなら軍人でもどうにかできると思い楽勝だと思ったのだろう。
だが、人は見かけによらないものだ。


「大人しくは出来ねえな」


そう言ってキロランケはある物を獲り出し山賊に向かって投げ捨てた。
足元に転がるそれを見て山賊の二人は顔を青ざめた。


「手投げ弾!?」


それは戦争でも使われた手投げ弾だった。
ヂヂヂと煙草の火で付けた導火線があっという間に短くなり派手な音を立て爆発した。
その音や熱風に馬が驚き暴れ、水城は『どうどう』とアシリパと共に宥めた。
その間にキロランケは素早く馬から降り倒れている銃を持った盗賊の手を踏み潰す。


「ぶっ殺す!!」


仲間を助けるため、ナイフを持っていたもう一人の山賊がキロランケに襲いかかろうとしたが、横から蹴りを入れられ邪魔されてしまう。
その蹴りは山賊の足に向けられ、その力の強さに鈍い嫌な音がし、山賊は強い痛みに悲鳴を上げる。
痛みに体を震わせていた山賊のナイフを握る親指を蹴った主…水城がガッと握る。


「そんな小さい刃物じゃ『日露戦争帰り』は殺せねえぞ」


水城が山賊を冷めた目で見下ろしながらそう呟き、パキッと掴んでいた親指を簡単に折ってみせた。
それだけではなく、水城は山賊の禿げた頭にバチンと平手打ちを送る。
バチンバチンと何度も拓けた頭に平手打ちをする水城。
生ぬるいものの幼い頃山賊にされた恨みを込めて何度も何度も叩いた。
それはもう、手跡がいくつも残るほどに。
もう一人は水城に任せて大丈夫だと思ったのかキロランケも山賊を蹴るのを再開させた。


「も…もうやめなぁ〜??」


二人の暴力は、見てられなくなった白石が止めに入るまで続けられた。
『やだねぇ、戦争帰りは暴力的で…』と山賊を木に縛り付けた水城とキロランケに白石はそう零すが、キロランケからは無言、水城からは鼻を鳴らされて終わった。
弱い癖に相手を見ず襲う方が悪いじゃん、とデカデカと顔に書かれているのを見て『あれ本当に女??』と心底…いや、本気で考えた。


「随分と物騒なものを持ってるな…巻き添えは困る」

「さっきのは火薬を少なめに調節してある…俺は工兵でね、二〇三高知では即席の手榴弾を大量に作ったり…ロシア軍の堡塁に地面を掘って近づいて爆破したもんさ」

「なるほど…それは頼もしい道連れが出来たな…」


出会ったとき、第七師団にいたと聞いていたため軍人だというのは頭に入れていたが、工兵だったとは初耳だった。
いや、言えとは言わないが、これで水城の警戒はますます高まってしまった。
アクシデントがあったが、木に括りつけた山賊をそのままに再び小樽にある村へと帰るため馬に乗った。



◇◇◇◇◇◇◇



馬で移動すればあっという間だった。
歩いていた時間よりも早く帰る事ができ、水城はチセにいるであろうフチに事情を説明するからとキロランケには待ってもらう事にした。


「坊〜ただいまー!(かか)が帰ってきましたよー」


キロランケを警戒していた水城だったが、愛する我が子に真っ先に帰宅を知らせる。
先程の刺々しい空気を出していた水城とは真逆にデレデレな水城に白石はもはやドン引きである。
しかし中に入ればその光景に目を疑った。


「え?うそ…谷垣??」

「軍服は目立つからアットゥシを着るようにした…着心地は意外といい」


呆気にとられたように白石が谷垣を指さした。
水城達が海へ向かった時、谷垣は寝たきりだったが回復したのか座っていた。
それもアイヌの服、アットゥシを身に包んでいた。
トンコリと言われる五弦琴の楽器を奏でる姿は正にアイヌの男だ。
その隣にはムックリと呼ばれる楽器を口にくわえて奏でているオソマがおり、その傍では子熊と共に水城の愛息子である静秋が音に合わせて手を叩いて何か言っていた。
もしかしたら歌を歌っているつもりなのかもしれない。
それを見て水城は驚く白石の肩を叩く。


「ちょっ…!し、白石!!白石!!見て!!あれ!!!」

「いった!痛い!痛いから杉元!!自分がゴリラだって常に自覚して??」

「誰がゴリラだゴラ!ってそうじゃなくて!あれ!坊!坊を見て!!」


叩いているといってもそう力は入れていない。
だが自称非戦闘員である白石には強かったのかもしれない。
白石は水城の息子を見ろと言われて見てみれば、ただ座って手を叩いて意味の分からない何かを発しているだけだった。


「天才じゃない!?私の腹から出てきてまだ1年しか経ってないのに歌ってるんだよ!?天才じゃない!?将来有名歌手になるよ絶対!!」

「あっ…うん…とりあえず腹から出てきてっていう表現やめよう??」


ただの親馬鹿だった。
どうでも良すぎて何を言われたか理解できなかった白石はとりあえず女どころか母らしくない表現に注意した。
『お前何しようとしてたか覚えてる?忘れてないよね??』とわざわざキロランケを外に待たせた意味を失いつつあった水城に白石は声をかけ、それに水城はハッとさせる。


「そうだった…ねえ、谷垣ちょっと来てくれない?」


白石のおかげで思い出した水城は谷垣に手招きをして窓から外にいるキロランケを確認させた。
谷垣は水城の姿に内心冷や汗ものだった。
尾形と二階堂との戦闘は勝利はしていないものの、あちらが逃亡し何とか納まった。
もう自分を追う理由も、現れた鶴見の姿からこの近くも寄りつかないだろうと思い戻ってこれたのだ。
だから尾形が来た事も静秋が息子だと気づいた事も言わなければと思い、どう伝えようかとずっと考えていたのだ。
いつか帰ってくると分かっていながらも水城の反応からして尾形に対して強い警戒心を持っており、伝えるのが怖かった。
そんな水城が戻ってきたのだ。
言わなければ…言わなければ…と考え悩み苦悩していた谷垣はタイミングがつかめなかった。
とりあえず頼まれた外で馬の世話をしていうという男の顔を見ようと外を覗き見る。
しかし…


「どこだ?いないぞ?」


外を見てもそんな男1人もいない。
いたとしても顔見知りのこの村のアイヌの男だけだった。
水城がそれに『は?』と呆気にとられそう零したその時…


「そのトンコリ…懐かしい、アシリパの父親が樺太で手に入れたものだ」

「「―――!!」」


入り口からキロランケが現れた。
外で待っているとばかり思っていた水城はハッとさせ弾かれたように振り返る。


「おや?お前は…」


驚く面々をよそにキロランケは谷垣を見て反応を示した。
水城はその呟きに肩にかけていた銃をさりげなく手に取った。


「知り合いかい?」


その呟きは何気ない問いかけだったが、白石とアシリパには低く唸るような声に聞こえた。
その場の空気は二人には冷たくて刺すように痛々しかったが…


「アシリパの叔父だっけ?あれ?でも耳が…」


その言葉に一気に空気が変わった。
勿論、良い方向へと。
二人の安堵の息と共に水城もそこでやっとキロランケが鶴見の手下ではない事を信じ、少しだけ警戒を解いた。
銃を握る手を離し、荷物と共に壁にかけようと思ったその時…


「!―――ッ水城!!白石!!見ろ!!!」


アシリパが驚いた声を上げた。
何かあったのかと慌ててアシリパの方へ振り返ればそれを見た水城が悲鳴に似た声を上げた。


「見ろ水城!!静秋が立とうとしているぞ!!!」

「えっ…うそ…っ!!坊が…!あの坊が…立つの!?立っちゃうの!?」


何故かアシリパと水城は白石の肩を叩いて『見ろ!』やら『ええ!?うそ…!やだ!』と騒ぐ。
それに『いたっ!痛いって!!』と悲鳴を上げながら白石も静秋の方へ目をやった。
そこには傍にいた子熊につかまって立とうとしている静秋がおり、つかまり立ちを三人に見せてくれた。
その瞬間水城とアシリパから喝采が上がった。


「流石だ静秋!!流石は天才だぞ!!」

「静秋〜っ!やっぱり静秋は天才だわ!!」


女2人がきゃあきゃあ言う中、男達は置いてけぼりだった。
というか、谷垣はすでに披露されていたので驚きもなかった。
静秋は傍に座って拍手喝采を送るアシリパと母に向かって『かぁ〜!アパー!しぃ!』と呼んだ。
因みにアパは"ア"シリ"パ"。
しぃは"し"ら"い"しである。
こっちに向かって手を伸ばし、子熊を掴んで一歩また一歩と歩く静秋にアシリパと水城は息を呑む。


「え…待って…ねえ、アシリパさん…待って…これって…」

「あ、ああ…これはあれだぞ水城…」


二人はまるでシリアスのような空気を出す。
ゴクリとアシリパは喉を鳴らし、水城は衝撃のあまり口元に手を当てていた。
母とアシリパが見守る中、静秋は何かにつかまる事なく―――自分の足だけで立った。
だが歩くのはまだ無理なのか尻もちをつくように座る。
息子が立ったその瞬間水城の目に涙が浮かんだ。


「流石だ静秋!!やればできると私は分かっていたぞ!!お前のような者こそ真の天才というやつだ!!」

「うっ…し、静秋っ…もう(かか)はどうしたらいいの…っ!なんであなたはいつも(かか)を喜ばせる事ばかりしてくれるの…っ!」

「泣くな水城!しっかりと見るんだ!!静秋の大きな一歩をその目に焼き付けるのだ!!母として見守らなければならない!!」

「ええ!アシリパさん!ちゃんと見るわ…私、母としてこの子の第一歩をちゃんとこの目で見る!!」

「それでこそ母親だ!私も父として静秋を誇りに思う!!」

「アシリパさん…っ!そこまで静秋の事を…っ!!」


もう二人の世界である。
白石は遠い目で『いやいつから杉元の旦那になったのよアシリパちゃん…』と思い突っ込もうとしたが、やめた。
言っても聞く耳持たないのを知っているのだ。
とりあえずついていけない男性陣はとんだ茶番劇を見せられ突っ込むこともなく終わるまで待っているしかできなかった。


「母親…?杉元、お前女なのか?」


しかしキロランケは気になった言葉があり、怪訝とさせ呟く。
その怪訝とした目線や呟きに水城とアシリパは…


「「あ…」」


自分達の失言にそう声を揃えた。

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