水城達は網走へ向かう事になった。
網走監獄にいるのっぺらぼうに会いに行くためだ。
それは金塊というよりは、アシリパの父かどうかを確かめに行く意味合いの方が強い。
水城とアシリパの場合はそうだ。
「谷垣、フチをよろしく頼むぞ」
谷垣は歩けるもののまだ完治にはなっていないのもあるが、何より恩を返したいと村に残ることになった。
谷垣自身金塊に興味がないのもあるし、谷垣は正式に第七師団を除隊したわけではないので厄介ごとになる可能性もなくはない。
アシリパに頷く谷垣はチラリと水城を見る。
水城は一刻の愛息子との別れを惜しんでおり、息子の頬と自分の頬をすりすりとすり寄るその姿は正に母親そのものだった。
その姿に谷垣はチクリと胸が痛めた。
「谷垣、色々頼んじゃって悪いんだけど…坊の事もお願いね」
「あ、ああ…」
谷垣は水城に声を掛けられ内心ビクリとした。
水城から静秋を預かりながら頷く。
そのぎこちなさに気付いた水城は静秋から谷垣へ視線を向け首を傾げる。
「なに?どうしたの?」
「な、なにがだ?」
「なんか様子が変だけど…私達が留守の間に何かあった?」
「何もない!」
「そ、そう?」
『なんか…そう断言されると逆に怪しいんだけど』と怪しんだ目で見られ谷垣はブワッと脂汗が流れる。
しかししつこいくらい何でもないと言ったお陰か水城は納得してくれた。
水城は最後に息子の頭を撫でた後馬に乗ってキロランケ達と共に網走へ向かった。
その後ろ姿を谷垣は見送りながら溜息をつく。
(結局言えなかった…)
言おう言おうと思っても結局は言えなかった。
水城が尾形を警戒しているのなら、言った方がいいのは分かってはいるのだ。
しかし、水城が息子と楽しそうに触れ合っている姿を見ているとその幸せな空気を壊すのが忍びなくて言えなかった。
谷垣はせめて水城の前に尾形が現れないよう、アイヌの神に願いながら彼らを見送った。
◇◇◇◇◇◇◇
まずは武器や爆薬を調達するため、途中の札幌へ寄る事にした。
どっちにしろ一日二日では網走に向かう事はできないため、水城もキロランケの提案には文句はなかった。
キロランケは工兵だったため爆薬も必要で、水城もそろそろ銃の弾も切れかけていたため丁度いいと言えば丁度いいだろう。
小樽から札幌はそう時間のかかる道のりではなかったはずだった。
しかし、途中白石が逸れてしまい白石と合流するだけで時間がかかった。
体力もそれ相応に疲労し、札幌に着いた頃にはすでに疲れ果て、アシリパは器用にも一人馬の上で眠ってしまっていた。
「やっとついた…」
「時間かかったな…」
予定時間を大幅に経った頃に札幌に辿りつき、一先ず武器の到達後宿を探すことにし、キロランケの知り合いの銃砲店に向かった。
その店は個性的な顔の店主がおり、宿がないかと尋ねると『うーん』と難しそうに声を零す。
「いつもは結構どこの宿も空いてるんだけどねぇ?中島遊園地でちょっとした北海道物産の品評会がだが博覧会だがでどこの店も満室状態らしいんだよ」
どうやらタイミングが悪い時に来てしまったらしい。
遊びに来たわけではないので、水城は少し残念に思う。
久々に布団で寝れると内心喜んでいたからだ。
残念そうにしながら購入した銃の弾を弾薬盒に仕舞う。
旅をしているのだから野宿は覚悟の上ではあるが、流石にゆっくり体を休めたいと思ったのは否めない。
しかし、神は見捨てていなかった。
「そうだ!近所に女将一人で管理してる洋風なホテルがあるんだわ!昔は老夫婦がやってたんだけどいつのまにか別の女性にかわっててね…これがなんとも色っぽくて…みんな噂してるよ!」
「なんていうホテルだ!?教えてくれ!」
記憶の端にあった情報を思い出したのか、店主の言葉に水城と白石がぱっと表情を明るくする。
水城は布団のある場所で眠れるという嬉しさ。
そして白石は色っぽいと噂されるほどの女女将目的―――いわば下心だ。
そんな下心満載の白石の問いに店主は答え、弾薬や爆薬を購入した一行は店主から教えてもらった宿へと向かった。
「『札幌世界ホテル』…ここだな」
そこは洋風と言った通り他の宿とは少し変わった作りをしていた。
海外の物が入ってきていた明治時代でも洋風の建物は少し珍しく、一瞬宿泊代が心配になったが、店主曰く他の宿はほぼ満室とのことで、恐らくここも満室なら野宿決定である。
この際宿泊代は聞いてから考えるとして、とりあえず中に入ってみることにした。
と、いうのも…白石が女将目的でとっとと入ってしまったのだ。
しかし中に入ればその美人女将の姿はなく、入り口は人の気配すらなかった。
「すみませーん!誰かいますかー?」
外見だけではなく、建物の作りも洋風の作りをしていた。
物珍しいのが好きな客や、外国かぶれの客なら喜んでいただろう。
水城は待っても誰も来ないため声をかけることにした。
暫くすると二階からパタパタと音を立て一人の女性が降りてきた。
「いらっしゃいませ、女将の家永です」
そう迎えてくれたのは、美人と噂されている女将本人だった。
どうやら広さのある建物を持っているが従業員はいないようで、水城は『確かに噂になるな』と女将を見て納得した。
女将は黒く長い髪を一つに纏め、同じく黒い洋風のドレスを身に包んでいる。
その容姿はとても美しく、口元にあるホクロが女将の色っぽさを引き立てていた。
噂も馬鹿にはできないと水城が納得していたその時、白石が前へ出て女将へ手を差し出した。
「シライシヨシタケです!独身で彼女はいません!付き合ったら一途で情熱的です!!」
そう言って白石は飛び切りの(自分としては)イケメン顔を作り挨拶する。
握手を求められ女将である家永はそれに応じてくれた。
『流石女将…』と突然自己紹介をはじめ握手を求める白石は不審者そのものなのに嫌な顔一つせず握手に応じるところはプロだなと感心した。
「4人なんですけど、部屋空いてますか?」
「はい空いております…どのようなお部屋をお望みでしょうか?」
「そうだなぁ…2人部屋ずつでいいよね?」
白石の様子からして美人女将に惚れたらしい。
水城は『絶対フラれるな』と確信を持ちつつ部屋が空いていると聞いてホッとした。
値段を聞けば至って普通の金額だった事も安堵する。
男の白石とキロランケ、女の水城とアシリパと別れる部屋割りを提案する。
キロランケはアシリパの村で水城が女だと知ったため、その部屋割りに異論はないらしく、全員その部屋割りに頷いてくれた。
「ではご案内します」
さっそく空いている部屋へ案内してくれるらしく、その部屋は二階にあるのか一行は階段を上がる。
だが、洋風の建物は珍しいものの、それにしては通路は入り組んだ作りになっていた。
「随分と入り組んだ作りのホテルだな…」
「古かったので私が引き継いでからも改築に改築を重ねまして…」
家永の言葉に水城は一先ず納得する素振りを見せるが、どこか違和感を感じた。
しかし、どこのどこが疑わしいのかはっきりしなかったため深くは聞かなかった。
「家永さん!下のお名前は…?」
「カノと申します」
「カノさん…素敵な名前だ」
『名前も愛らしい』とうっとりと家永を見つめる白石を水城は肩をすくめた。
あれで家永も脈ありなら応援するが、どうみても白石の行為は川を流れる葉っぱのように優雅に流されている。
あれではいい迷惑だろうなぁ、と思いながら水城は家永の名前を聞きチラリと家永の後姿を見る。
家永は『あの子』のような幼くはなく、大人の女性として成熟した美しい後姿だった。
それが水城に現実を突きつけているようで、水城は家永から視線を逸らした。
「この二部屋が2人部屋になっております」
そうしている間にも部屋に到着したらしく、水城とアシリパ、キロランケと白石と別れて部屋に入った。
先に水城が部屋に入り後にアシリパを入れる。
これはもう水城の職業病に近い。
たかがホテルでも水城の警戒の高さが中々消えてくれなかった。
その警戒の高さをそのままに水城は閉めた出入り口の扉に銃剣の剣を立てかけつっかえ棒にした。
こうすることで侵入されれば音で気づく仕組みである。
「はぁ…久々に布団で眠れる〜」
水城は荷物を置いた後真っ先にベッドに座りそのまま横になる。
それに習ってアシリパもベッドに座るが、座った瞬間柔らかい物を踏んでいるような感触に眉間にしわをよせた。
「なんだか落ち着かないなぁ…」
「山じゃ松の葉を敷いて地面で寝てるもんね」
水城はどちらかと言えばアイヌの寝方に違和感を感じていた。
アイヌの寝方に文句があるわけではない。
アイヌの寝方でも眠れるが、如何せん元々水城はお嬢様育ちでふかふかの布団、軍人時代も戦場にいた時以外は吉平のおこぼれで吉平のベッドで眠っていたためあまり地べたで眠る事はなかった。
(まあ、あの頃と比べちゃうと何でも下に思えちゃうんだけどね)
そう思いながらお嬢様時代の頃を思い出す。
金持ちというのもあって、周りのモノ全てが高品質な物で囲まれていた。
質素だと思われる毎日贈られていた鯉登からの花の中にはこの時代では庶民には手が出せない花だってあった。
今思えば養父である秋彦に拾われた瞬間から水城は恵まれた人生だったのだろう。
とはいえ、だからこそ吉平に目を付けられこうして傷だらけの体で男に扮しているというのもあるが、それでも幼少期は恵まれ過ぎていた事を水城は実感する。
「家永カノ、か…」
水城は思いに耽っていたからか、つい声にして呟いてしまった。
その呟きはアシリパの耳にも届いたのか、首を傾げてこちらを見ていた。
問わずとも何が言いたいのか分かる水城は口に出してしまった失態と共に苦笑いを浮かべる。
「いや、昔ね…知り合いに似た名前の子がいたからつい思い出しちゃったの」
「どんな子なんだ?」
暇なのか、それとも単純に興味があるのか…アシリパの質問に水城も懐かしくなったのか答えた。
「名前はカナって子で…今はもう14歳になってるのかな…アシリパさんよりちょっと年上かな」
思い出そうと使用人だったカナの姿を浮かべるも、水城の脳裏には10歳の少女しか浮かばなかった。
あれから4年経ち、10歳のカナはもう14歳になっているだろう。
アシリパは13歳だからカナの方が年上だ。
まだ鯉登と仲が悪いのかな、あれからカナは使用人として頑張っているのかな、と普段思い出さないようにしていた水城は懐かしそうに思う。
しかし思い出話をアシリパにしていた時、隣のベッドにいたアシリパが寝転んでいる水城のいるベッドに上がり、水城に抱き着いて来た。
「アシリパさん?」
突然胸元に顔を埋めぎゅっと抱きしめるアシリパに水城は首を傾げ、優しく頭を撫でながら声をかける。
その声かけにアシリパはうーうー言いながら顔をこすりつける様に振る。
「なんだか泣きそうな顔をしていたから…水城…辛いならもう話さなくていいんだぞ…」
(泣きそうな、顔…?)
アシリパの言葉に水城自身、ショックを受けた。
水城からしたらそんなに悲痛に感じるように話したつもりはなかったし、悲しい想い出を語っているわけでもなかった。
楽しい、懐かしい、思い出をただアシリパに話していただけだった。
しかし、水城がそう思っていても彼女の表情は違った。
アシリパから見た水城はとても懐かしそうに笑っていた。
しかし、同時に泣き出しそうなほど悲し気な目で語り、アシリパは見てられなかった。
(知りたくない…あんな顔をさせてまで…水城の過去なんて知りたくない…)
水城を相棒と認めてから過去が気になっていた。
なぜ息子の父親と別れたのか、なぜ息子の父親を夫と認めないのか、なぜ女の身で軍人となり、なぜそれがバレなかったのか…そして、水城の幼少期はどんな子供だったのか、どんな家族がいて、どんな人達に囲まれ育ったのか。
ずっと気になっていた。
アシリパはよくアイヌの伝説や父との思い出を話すが、それに対して水城はあまり自分の事は話さない。
全くではないが、こちらが聞かない限りは話そうとはしない。
話すとしても、愛息子の事ばかりだ。
だから気になっていたが、いざ聞けば水城は悲し気に笑う。
無理をしているように見えてアシリパは止めた。
過去は過去だ。
もう変えられないし、悲しいけれど辛いけれど過去があるから今こうして水城とアシリパは出会えたのだ。
だったら、それでいいではないか。
過去がどうであれ、水城は大切な相棒で、大切な家族のような存在だ。
今更過去を聞いたって何も変わらない。
ぎゅっと抱きしめるアシリパに水城は戸惑うものの、優しく頭を撫で抱きしめた。
「ん?今何か変な音しなかった?」
彼女は子供扱いを嫌うが、なんだか抱きしめてくるのが甘えてくれているようで愛しさを感じ、息子にするようにアシリパの背中を軽く叩く。
アシリパは水城の胸元に顔を埋めながら『子供扱いするな』とぼやいたが、身をよじらせたり、体を起こしたりしないところからして嫌なわけではないのだろう。
久々に二人で過ごす貴重な時間。
お互いの体温を感じていると水城の耳に何かの音が届いた。
疲れもあって二人は穏やかな時間にうとうととしていたが、その音に水城は目を覚める。
「きっと私のお腹の音だ」
うとうととしていてもアシリパの身体は欲望に忠実だった。
そう言っている間もグウとお腹の虫が鳴き、水城はプッと笑う。
「そういえばご飯まだったもんね」
笑う水城にアシリパはホッと安堵する。
水城の顔から悲しみが消え、楽し気な笑みだけが浮かんでいたからだ。
『キロランケニシパと白石を呼んで食べに行こう!』と明るい声でそう提案し、水城の手を引っ張って部屋を出る。
しかし…
「え?白石いないの?」
「ああ、女将を口説くって言って出て行ったきり戻ってこない」
キロランケと白石の部屋へ向かうとキロランケは出てきたが、白石はいなかった。
どうやら女将に本気で惚れたらしく、口説きに部屋を出ていった以来帰ってこないのだとか。
「白石も子供じゃないんだし放っておいてもいいだろうけど…一応探して声をかけてみるよ…2人は下で待ってて」
「頼む」
白石を放っておいても飢え死にはしないだろうが、一応仲間なので声くらいはかけようと水城は白石を探しに向かう。
34 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む