(35 / 274) 原作沿い (35)

水城は白石を探しに向かい、その間キロランケとアシリパは下で待ってもらった。
水城は一時彼らと別行動になったのだが、しかし白石は走り回っているのか、中々見つからない。


(いないなぁ…仕方ない、白石なしに食べにいくか…)


頭をかきながら水城は白石がいないのだから仕方ないと諦めた。
後で何か言っても『探したしその場にいなかったのが悪い』、と言えば黙るだろう。
階段に向かい、階段を下りていくと待っていたキロランケとアシリパが大柄の男性と何か話ているようだった。


「シンナキサラ」

「シンナキサラ」

「…なに?」


下りて近づいてみればどうやら耳の事を指していたようで、それに相手の耳を見れば、確かに和人の自分達の中でも少し特殊な耳をしていた。


「それは柔道耳ってやつだよ」


その耳は耳介血腫(じかいけっしゅ)と呼ばれるもので、柔道・レスリング・ボクシング・ラグビーなど格闘技をしている人がこの症状になることが多い。
多くは寝技をする事で皮膚と軟骨の間に血液が溜まって腫れる事が多いが、この耳は体質もあるが、相当練習しなければ滅多にはならない。


「アンタ、相当やってたね?私は体質なのかそんな耳にはならなかったけど」


水城もお嬢様時代護身術として柔道を習っていた。
軍人時代も吉平の計らいで吉平の息がかかった自分を女だと知っている軍人限定だが一緒に柔道の練習もさせてもらっていたためその耳になる人間を多く見てきた。
その人達は人よりも倍の練習をしており、強かったので、この体格の良い男性も柔道をしているのかと思った。
水城の登場で振り返り、背中しか見えなかった男の顔が水城の目に写る。
大柄の身体に、質の良い背広に身を包み、鼻の下には整っている髭が生えていた。
しかし何より特徴的なのは、額にあるはんぺんのような四角いモノだ。
恐らくこの男の特徴を簡単に述べるのならこの額だろう。
男は水城の言葉に興味を持った目で水城を見つめる。


「ほう、心得があるのかね?」


そう言って男は水城に手を差し出した。
その手に水城は無言で握り、お互い握手を交わす。
…が、その空気は異様だった。
握手を交わしているというのに圧倒されるような空気を二人から感じ、なんだか二人はただ握手をしているとは思えなかった。
だが、それは正しい。
類ない武道家が握手によって相手から得られる情報は手の感覚だけではない。
腕のブレから腕全体の筋肉のつき方を感じ取り、さらにはもっと奥の胸や背中、足腰の状態…と様々な物を感じとる事ができる。
今二人は握手一つで相手を知ろうとしていた。
だがお互い強者すぎたのか、思わず組手をし、お互いの襟と肘を掴んだ。
突然組手を始める二人にキロランケとアシリパはお互い顔を見合わせ驚いた様子を見せた。


(すごい、この人…重心が地の底にあるようだわ……まるで地球の奥まで根を張る大木…!)


アシリパとキロランケ達の反応など気にもとめず、水城は真っすぐ男を見つめた。
お嬢様の時は女性同士で組手をしていたが、軍人になれば同じ軍人の男を相手をしていた。
相手が吉平の息のかかった男達だと思うと負けるのが悔しくて多くは勝利を収めた。
幼馴染の寅次にも負けないほど水城は強くなった。
だからか、水城はこの男が只者ではないと知る。
しかしそれはあちらも同じだったようだ。
暫くギリギリとお互い一歩も引かず睨み合っていると、引いたのは男の方だった。


「このままでは殺し合いになる…こんな強い奴ははじめてだぜ……気に入った!おごってやる!飲みに行こう!!」


そう言って水城の襟と肘を握っていた手を離し、先程気迫ある表情を一変させ笑顔を浮かべた。
気に入ったと言って笑顔で肩を叩く男に水城は拍子抜けされ、先ほどの殺気も萎んでいく。
まあここで争う事にならなくて良かったかと水城も深追いせずキロランケとアシリパの了承を得て4人で男のおごりで食べに行くことになった。

案内されたのは、水風体と看板に書かれた洋食店だった。
洋食店ということもあって中に入ればテーブルやイスは日本風ではなく洋風で、ほぼ満席だった。
中は案外狭く、数席しかなかったが雰囲気はとても落ち着いていて良かった。
物珍しさもあるだろうが、店内の雰囲気がいいから繁盛しているのだろう。
奇跡的に最後の一席が空いており、そちらに案内され男に勧められるメニューを頼む。


「エゾシカ肉のライスカレーだ!」


それはカレーだった。
エゾシカ肉のライスカレーを4つ頼み、その注文通りに4つのカレーがテーブルに置かれた。
食べなくても美味しいと分かる匂いが水城の鼻をかすめ、お腹も一気に空いて来た気がした。
水の入っているコップの中にあるスプーンを取ってカレーと白米を掬い水城は口に運ぶ。


「ん〜〜っ!とってもヒンナ!」


もう美味しいがヒンナと勝手に翻訳されはじめた水城は頬が落ちそうなほどの美味しさに、思わず頬に手を当てて一口目を堪能していた。
キロランケからも『確かにこれはヒンナだな』と賛同を得て水城は『でしょう!』と頷いた。
二口目を口に運ぼうとしていた時、アシリパが動かないのを視界の端に写し、そのアシリパの口が『オソマ…』と動いたのに気付く。


「アシリパさん、それ、『食べてもいいオソマ』だから…味噌と同じで騙されたと思って食べてみな?」

「…………」


そう水城に言われアシリパはまず匂いを嗅ぐ。
匂いは臭くはない。
独特な匂いではあるが、オソマのように吐き気がするような匂いはない。
水城だけではなくキロランケや大柄の男も美味しそうに食べているのを見て害はないと判断したのか、恐る恐るオソマ…ウンコ色のそれを口に運ぶ。
その瞬間、アシリパは気絶したように額をテーブルにぶつけ、突っ伏する。


「どうした?」

「ヒンナすぎるオソマ…ッ!!」


あまりの美味さにアシリパの声は震えていた。
そんなアシリパに水城は『そっかぁ』とだけ呟き食事を再開する。
注文していたビールも次々届き、大柄の男はまるで飲み水のようにビールを瓶ごとがぶ飲みしていく。


「札幌ビール飲み比べ勝負だ!!じゃんじゃん持ってこい!!」


すでに酔っている大柄の男は大人の水城とキロランケに飲み勝負を挑む。
しかし水城は息子の事もあり酒や煙草は極力避ける様にしており、断った。
ならば、とアシリパが水城の代わりに飲むと名乗り出て止める者もおらず3人は気分よく酔っていく。
それを水城はカレーを食べながら見守っていた。(止める気ゼロである)


「知ってるか?札幌のビール工場を作った村橋久成っていうお侍さんはなぁー、箱館戦争で土方歳三と戦った新政府軍の軍監だった!土方の野郎…戦争に負けたのは悔しいが奴の作ったビールは美味いってよ!」

「土方歳三が?それを言ったの?」

「!―――、もしも生きてりゃそう言うだろうなって話よ!」


土方歳三は新選組の副長として名を轟かせ、最後は様々な説を残しているが死んだとされている。
だが、白石が嘘をついていないのなら、土方歳三は生きていることになる。
普通の人間ならば土方歳三の話を酔っぱらいの戯言だと思って流すだろう。
だが、実際水城は会ったことはないが、囚人の中に土方歳三も入っているのを知っている。
それに酔っ払いが口を滑らせてくれたお陰で金塊の存在を知る事が出来たのだ。
水城としては、酔っ払いの戯言と流す事はできなかった。
水城の問いに大柄の男が大笑いをし、その場を流そうとした。
まだ水城が酔っていたのなら流されていただろうが、水城は素面である。
疑いの目の色を隠していると突然アシリパが特徴的な額の四角いそれを掴みかかった。


「ふぬぬぬ!!みんな手伝えッ!!」

「コラコラ、とれないよ…こぶとり爺さんじゃないんだから」

「もうアシリパさんってばやめなぁ??」


大柄の男が怪しく思えたが、アシリパによってその警戒が吹き飛んだ。
酔ったアシリパは大柄の男の額にあるソレが気になっていたのか、酔っ払った勢いでソレを取ろうとした。
ついには遠慮なく大男の顔を足で踏みつけ力ずくで取ろうとしはじめ、警戒し始めていた水城だったがアシリパを止めるため羽交い締めする。
意外と小さい体でも力強いアシリパを引き離すのは大変だった。
やっと大人しく席についてくれた時には水城の疲労感は強く、出された水を一気に飲み干す。
水城以外完全に酔っ払っているので大柄の男は子供というのもあるのかアシリパの失礼な行動に怒る事はなかった。
…が。


「お嬢ちゃん、いい女になりな…男を選ぶ時は―――チンポだ」

「あんた何言ってんの!?」


突然のセクハラ発言に水城は思わず叫んだ。
周りの目線を受け、叫んだ事を恥じたが、一人の女として、そして一人の母として、セクハラ発言は見逃せない。
しかしセクハラされた当の本人は『フフフ』と笑う。


「チンポは…見た事あるけど……なんか…フフ」

「もう!アシリパさんも何言ってるの〜もうやめてよ〜〜こっち素面なんだからさぁ〜!!」


大柄の男とアシリパの差がありすぎるが、これに突っ込む人間は今はいない。
アシリパが見たチンポとは、恐らく白石だろう。
イトウを獲る際に川に落ちた時に見たのだろう。


「あと男はね、寒いと縮むんだよ…伸びたり縮んだりするの…だからそれ、白石には言わないであげてね…」


とりあえず白石へのフォローをしてあげた。
水城は白石の白石は見た事はないが、アシリパの反応からして……そういう事なのだろう。
山賊の時はもう流石に覚えていないが、19歳の水城を襲った男達、吉平、そして尾形達と行為をしたが、少なくとも小さいとは思わなかった。
彼らと同じ男として少女に鼻で笑われるサイズの白石には同情した。
大柄の男は酔っ払いすぎているのか新たな登場人物の名に何の反応も示さず、水城のフォローをチッチッチッと人差し指を立てて左右に揺らす。


「大きさの話じゃないぜ〜?その男のチンポが『紳士』かどうか…抱かせて見極めろって話よ」

「そのとーり!」

「キロランケ!お前なに同調してんだ!ああもう!この酔っ払いどもめ!!」


ずっと一人で飲み続けていたキロランケが大柄の男の言葉に大きく頷いた。
一応アシリパの父親の友人というこの中で一番アシリパの保護者に近い立ち位置のはずなのに下ネタを男と共に言い始めるキロランケに水城は思わず頭を叩いた。
加減しているので『あいたっ』と小さく零しただけだった。


「アシリパさん!いい!?女は簡単に抱かれちゃ駄目だからね!!ちゃんとお付き合いを重ねて相手が信用できるかどうかを見極めるの!チンポの見極めはそれからだから!!まずは心だよ!心!」


妹のような存在のアシリパがこの酔っ払い二人に感化されて清らかさを散らしてしまうのは我慢ならない。
水城は自分を棚に上げていた。
そんな水城に異論を唱えたのは、大柄の男だった。


「表面だけなら誰だって猫を被れるだろ!やっぱり直接相手が紳士か見極めるには抱かれるのが一番だ!!表面よりもチンポが一番いい!チンポは素直だ!!」

「いーや!表面だけなら誰でも猫被れるのは同意するけどチンポが紳士だから相手が信用できるとは別問題だ!!チンポが紳士だろうとなんだろうと本性を隠してれば意味ないわ!そんなの抱かれ損じゃない!!」

「何を言う!その人物=チンポだ!チンポを見ればそいつがどんな奴か分かる!!」

「その理屈は可笑しいわ!私が経験したチンポで紳士だった奴は一人いたけど全く紳士じゃなかった!!尾形は優しかったけどあいつ(私もちょっと(?)やり過ぎちゃったけど)抱いた女の目を指で突いたのよ!?結局は心なのよ!心!!体を重ねていなくても想いは通じ合うし絆だって強く結ばれるのよ!!」

「いーや!チンポ以外ありえない!!好いた女を抱かない男は男じゃねえ!!やっぱりチンポで抱いてこそ絆は生まれるんだ!!」

「いーーや!そんな事はない!!私と音之進は体を重ねていなかったけどお互い絆は深かったし想い合っていたわ!!!チンポが全てじゃないのよ!!男も女も心なの!!!体じゃないの!!――――そうよね!!キロランケ!!!」

「ファ!?お、俺!?」


酔っていないのになぜかヒートアップする水城に突然意見を求められ、キロランケはギョッとさせる。
水城が我を忘れ女言葉に戻っているのに気づき、キロランケは二人の言い合いを聞きながら少しずつ酔いが醒めていった。
キロランケはギロリと睨む水城を見ていると『グルル』と犬のように唸る声が聞こえた気がした。
女がする顔じゃねえな、と凄む水城の顔に若干引いているとガッと両側から肩を掴まれた。


「キロランケは奥さんいるし子供もいるから分かるわよねぇ?愛する人との絆は体を重ねるから生まれるんじゃないって!心よね!!心!!!思いやり!!気遣い!!優しさ!!そうでしょ!?」

「あー…いやぁ、まあ…確かに思いやりも大事だが…それだけじゃないと思うが…」

「ほう、アンタ妻子持ちか…なら分かるよなぁ?夫婦円満の秘訣はチンポだ!俺の経験上チンポで妻を満足させることができない旦那はすぐ愛想を尽かされ弟子に寝取られるぞ!!夫婦円満とはそういうことだよな!そうだよな!!」

「うーん…まあ、そうともいうが…それだけじゃ円満には…」

「「どっち(なんだ)(なの)!!!」」

とりあえず俺を巻き込むのはやめろ


すでにもう酔いはどこかへ行ってしまった。
周りを見れば迷惑そうにこちらを見ており、そろそろ店員の特攻も来そうなので二人を宥めた。


「店に迷惑かかってるからもうその話はやめようか、な?」


水城もその言葉にハッと我に返り、熱くなっていた事に気付く。
一人の息子持ちの母親が『チンポ』と連呼していた事に恥ずかしく思い、頬をカッと赤らめ、熱くなる頬を手で覆って隠す。


「そ、そうね…仕方ないわね……ち、ちん…―――そ、それも大事って事でいいわ…」


『体の相性も大事だしね』と零す水城に大柄の男も冷静になっていったのか頷いた。
今更だが、恥ずかしすぎて『チンポ』と言えていない。


「それもそうだな…チンポも大事だが心も大事だ…それで落ち着こう」


正直まだ納得いかないが、ジト目で見てくる女の店員に負けた。


「よしッ!帰るぞッ!!チンポ講座終わりッ!女将が部屋で俺を待っているッ!!」

「「先生ごちそうサマー」」


アシリパもすでに寝落ちしており、若干水城だけ気まずい中この場は解散となった。
後で水城はキロランケに『杉元、お前はもうちょっと自分が男装してるって自覚を持とうか、な?』と優しく諭されてしまい、優しく諭された事で逆に落ち込んだ。

35 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む