(36 / 274) 原作沿い (36)

水城は少し反省し、同室のアシリパも寝てしまったため、大人しく眠りにつくことにした。
疲れもあって横になり瞼を瞑ればすぐに眠気がきた。
眠りにつくため意識が閉じそうになったその時―――水城は人の気配に目を開ける。
水城は小さな足音に開けていた瞼を閉じる。
その瞬間ランプの光が当てられ、瞼の裏を見る様に視界が赤色に染まる。
恐らく水城が寝ているか確認しているのだろう。
それに水城は侵入者だと思う。
キロランケや白石だったら扉を叩くか声を掛けるだろう。
つっかえ棒をしているのにどうやってこの部屋に入ったか分からないが、仲間ではないのは確かだ。
水城が起きているとも知らず、水城に向けられたその光はすぐに逸らされた。
こちらが眠っていると思っているからか、その人物は極力音を立てないよう気を付けながらアシリパの眠るベッドへ足を向けた。


「初めて見た時から『これは…』と思った…なんて綺麗な子…きめ細やかな肌にツヤのある髪……特にこの瞳…深い深い青にうっすらと緑が見える―――欲しい…」


その声に水城は聞き覚えがあった。
この洋館の宿の女将、家永だ。
水城は一瞬なぜ家永が、と思ったがその思考はすぐに消える。
チラリとこちらに背を向ける家永を横目見た瞬間、水城は怒りに燃えあがり気付けば―――家永の顔を蹴り飛ばしていた。


「てめぇ…何でアシリパさんの目ん玉舐めてんだ?」


水城が横目で確認した時、家永は眠るアシリパの片目の瞼を開け、目玉を舐めた。
それを見て水城は考えるよりも体が動いた。
低く唸る声を零し冷たく見下ろす水城に家永は内心舌打ちを打つ。
この部屋にはいつも通り睡眠ガスを流し込んだ。
しかし目的はこの恐ろしい男ではなく子供だ。
子供が死なないようガスを弱くしたため気づかれたと自分の失態に舌打ちを打つ。


「目を舐めるなんてとんでもないッ!!何かの間違いですうぅ!!!先ほどホテルに戻られた時お子様の具合が悪そうだったので様子を見に来ただけなんですううう!!」


なので、家永は偽る事にした。
目玉を舐められたところを見られたが、この部屋は暗く、誤魔化せると思って。
こちらは女なのだ。
油断してくれると思ったのだ。
しかし、水城の冷めた目は和らぐどころか、強まるばかりだった。


「おい『妖怪目玉舐め』…どうやってこの部屋へ這入って来た?」

「え…?」

「つっかえ棒してあったのにどこから入ってきた?」

「…っ!」


水城の言っている意味が分からなかったが、続けられた言葉に息を呑んだ。
家永は相手が軍人とは言え舐めていた。
寝る場所という誰もが無防備になる場所だから、簡単にこの子供を手に入れれるだろうと思っていたのだ。
だがその読みは外れてしまった。
そっと水城に気付かれないよう隠していた"ソレ"を手に取ると、突然ドアが叩かれる。


「杉元!!入れてくれッ!!このホテルはやばい!!」


ドアが叩かれたのと同時に聞こえたその声は白石のものだった。
あれから姿が見えなかった白石は、このホテルにある地下の拷問部屋に閉じ込められていたらしい。
しかもその拷問部屋には死体が山ほどあったのだとか。


「あの女将は刺青の囚人だ!!前に話しただろ!?患者を監禁して肉をどうこうしてた元医者がいたってよ!!!」


以前、囚人の話をした事をがある。
あの酔っ払いや牛山や二瓶のような凶悪とは言い難いが殺人を犯した男達の他にも、鶴見が皮を所有する33人を殺した津山という男や辺見のように本気で危ない殺人鬼も刺青の囚人として交じっているのだと。
その一人がこのホテルの女将、家永だった。
白石の言葉に水城は家永から目を逸らすことなく『ああ、こいつのことか』と呟く。


「同物同治というのを信じて人を殺しまくったジジイ…アシリパさんの綺麗な目にかじりつくつもりだったのか」


水城もその話を聞き思い出した。
同物同治、とは中国の薬膳にあり、体の中の不調な部分を治すには調子の悪い場所と同じものを食べるのがいい…という考え方から生まれた食べ方である。
それを動物を対象とした食材を人間に変えて実行していたのが、この若作りをしている女装した男だった。
水城の呟きに蹴り飛ばされ座り込んでいた家永は立ち上がり、笑みを浮かべた。


「若さ…強さ…美しさ…充実した生への渇望…結局人は無い物ねだり…欲深い生き物です…でも、見てください…私は正しい!」

「同物同治なんてそんな都合のいい話があるわけがない……自己暗示だろ」


同物同治という食べ方を知ってから家永は狂ったようにそれを実行した。
最初こそ動物だったが、老いていくごとに変わっていく自分を見てその渇望は強くなり、同じ人間を食べればもっと効果があるのではないかと思ったのが始まりだった。
医師である自分の立場を利用して様々な人間を殺し食べてきた。
正しく処理し調理すれば意外と人間は美味しい。
生もいけるし、調理したのもいける。
次第に人間を食べる事への抵抗もなくなった。
むしろ好物になった。
だから脱走した後転々とし、このホテルの老夫婦にすり替わった。
ホテルはいい狩り場だ。
人は眠る部屋では無防備になる。
ホテルは様々な人間が自ら食べに来てくれる恰好の場所だった。
しかし、家永は狩りの対象を間違えた。
水城の完全否定の言葉にギロリと睨むが、睨む際シワが寄り、化粧がパキパキとヒビが入り粉が落ちる。
無言で睨む家永に水城は鼻を鳴らして嗤った。


「でも…確かに人間っていうのは欲深い生き物だ―――私はお前の刺青を引剥がして持ち去るつもりなんだから」


こちらをまるで獲物のように睨みつけ嗤う水城に家永は考えるまでもなく勝ち目はないと判断した。
そもそも自分は牛山や目の前の軍人のような武闘家ではなく、鍛える必要のない医者だ。
武道家に医者が勝てるわけがない。
早々に逃げる判断をし、家永は手に持って水城から隠していたソレを上に放り投げる。


「な…ッ!」


それは水城ではなく、アシリパに向かって投げられた。
それは二本の注射だった。
鋭い針が露わになっている注射はアシリパの顔に向かって落ちていく。
だが、アシリパに刺さる前に咄嗟に手を伸ばした水城の指と手の平に刺さり、アシリパの顔に注射が刺さる事は回避された。
アシリパの顔に少量の水城の血が垂れてしまったが、針がアシリパに刺さっていないのを見て安堵の息をつく。
だが、その隙を狙い家永には逃げられてしまった。


「白石!!女将が逃げたッ!!」

「えええ!?」


先程から返事がない水城に首をかしげていた白石だったが、ドア越しからの水城の言葉に顔を青ざめる。
さきほどまで囚人である家永がそこにいたのだ。
おどおどさせ周りを見渡したが家永の姿がない事に安堵していると扉に向かってくる足音が聞こえ、ギクリとさせた。
だが出てきたのが水城だった事に安堵しつつ、水城はそんな白石をよそに手に刺さった二本の注射を抜きその辺に捨てる。


「キロランケを起こしてアシリパさんと先に逃げてて!!後で私も追うから!!」

「杉元はどうするんだよ!!」

「私は家永を探して皮を剥いでから向かう!!あいつアシリパさんを狙っていやがった…!!!ここにアシリパさんを置いておけない!!」

「わ、分かった…!」


水城はキロランケと共にアシリパを連れてこのホテルから出るよう白石に伝える。
気付かれて家永がもう襲ってこなくなったかもしれないが、家永がアシリパに獲物として興味を持った以上ここにアシリパを置いておけなかった。
その際の水城の表情はギリッと奥歯を噛みしめ険しくさせていた。
本気で水城が怒っていると白石は気づき、水城を怒らせた家永に同情しつつ逆らわずキロランケを起こしに隣の部屋へ駆けこむ。
それを見送った後水城は家永を探しに向かった。
扉を使わず水城達の部屋に出入り出来たとこを見ると、どうやらカラクリがあるようで水城は最初に感じた違和感に納得する。
入り組んだ作りを改築を重ねたからという家永の言葉を無理矢理納得していたが、抜け道やらカラクリやらがあったらしい。
しかし設計した本人でもなければ頼んだ本人でもないため水城がその抜け道を見つけることはできず、地道に探す事にした。
暫く探し回っていると―――大きな爆発音が聞こえ水城はそちらに向かう。


「キロランケの手投げ弾!?」


白石にキロランケを起こすよう言ったので、起きたキロランケと家永が鉢合ったのかと思いそちらに向かった。
しかし煙の中から探し回った家永の姿が現れ水城はすぐに目の前を塞ぐよう立つ。
その後ろをまるでゾンビのように家永に向かって手を差し出し歩くあの大柄の男が続いた。
家永は後ろを気にして走っていたが、前に水城が立ち塞がっているのに気づき自分を追いかける大柄の男へと水城の意識を向けようと叫ぶ。


「こちらのお客様も刺青の囚人でございますよおおお!!『不敗の牛山』様です!!!」


その瞬間、二人の目つきが変わった。

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