その日、男性は博覧会のために長旅を経てこのホテルに泊まっていた。
食事も終え一息つきベッドに座って着替えて眠りに着こうと洋服のボタンを外したその時―――壁をぶち抜いて二人の男が部屋に乱入してきた。
「な、なに!?」
突然壁を破壊しながら現れた男二人に男性は目を丸くさせ驚愕した。
男の1人は背広を着た大柄、もう一人は軍服を着た軍人―――牛山と水城だった。
牛山と水城は驚きが隠せない男性を気にもせず組手のまま部屋に入り、水城はしっかりと足を地に張り付け、自分の倍もあるであろう牛山の身体を背負い投げで投げ捨てる。
狭い室内なためそのままいけば牛山は壁にぶつかってしまうだろう。
だが牛山はそれさえ利用し、叩きつけられる前に足を壁につけ回避する。
しかし両者共に本気を出し組手をしていたからか、壁の方が耐えられずヒビが入り壊れてしまった。
本来なら壁の向こうは廊下なのだが、家永が使用していたであろ狭い通路が現れた。
しかしその通路も一瞬によって2人の技の掛け合いによって壁を破壊し、二人は廊下に出た。
牛山が技を掛けようとしたのに気づき水城は咄嗟に
腕挫十字固という相手の上腕部を自分の両足で挟んで固定し、相手手首を掴み密着させる関節技を繰り出した。
本来は寝技なのだが、水城は自分に技を掛けられるのを防ぐため倒しきれないままこの技を掛けた。
首に当てられる水城の足首を掴み、牛山は跪いたまま技を掛けられている腕を水城ごと持ち上げた。
「この野郎…ッ!!」
体格差からして腕一本で水城を持ち上げるのは簡単だった。
牛山は水城ごと持ち上げたその腕を思いっきり天井に振り上げた。
背の高い牛山が腕を上げれば絡んでいた水城は思いっきり背中を天井に叩きつけられてしまう。
今度はそのまま床に向かって水城を振り下ろし、床にたたきつける。
だが、丁度そこは落とし穴のカラクリがあったのか、衝撃でカラクリが作動してしまう。
水城は突然の浮遊感に思わず牛山の腕から手を離してしまった。
「え!?うそ…ッ!!!――――っっ!!!」
水城はそのまま落下してしまい、牛山と水城の戦いは一時休戦となった。
声を上げながら落下していく水城を見送りながら牛山は悔し気に声を零す。
「くそッ!これからだったのに…!」
やはり、初対面の時に感じた水城の強さは間違いではなかった。
中々水城ほどの男と出会えず、牛山は女将の事も忘れ水城との戦いに熱中していた。
だからだろうか…その熱も冷め、牛山はある事に気付く。
「あの柔らかさ…まさか……」
牛山は水城が絡んでいた腕を見ながらそう零す。
その感触はまだ腕に残っていた。
やっと男だらけのむさ苦しさから解放され、今日まで多くを堪能したが、腕に残っている感触は今まで触れてきたそれとは比べ物にならないほど柔らかく、その極上とも言えるであろう感触に牛山はゴクリと喉を鳴らし水城が落ちていった穴を見つめた。
◇◇◇◇◇◇◇
一方、落ちていった水城は固い地面に背中を打ち付けていた。
「いったぁ…!もう!!なんなの!!!」
牛山との戦いを自分が逃げたように終わらせてしまった事への苛立ちに水城は地面に八つ当たりする。
だが、地面を叩いた際『パシャリ』と水音がし、叩いた衝撃で水しぶきが上がったのを見て水城は地面が濡れているのに気づいた。
「なにこれ…水?…いや、この臭い……アルコールだわ…」
ランプが灯っており、微かな光に頼って目を凝らして見れば手が濡れていた。
それどころか背中から落ちたため後ろが全体的に濡れていて少し気持ちが悪い。
匂いを嗅げば水かと思ったそれはアルコールの匂いがした。
なぜ、アルコールが地面全体的に零れているのかと疑問に思っているとジャバジャバと水が落ちる音が耳に届く。
微かな光で見える範囲しか確認できないが、それでも視界には上からアルコールらしき液体が落ちているのが写った。
それに再び疑問に思い首を傾げたその時…―――ポン、と音を立て小さな扉らしき場所から火花が散った。
「ま、待って…嘘でしょ…――――ッ!!」
同時に火の玉のような物がいくつも飛び散り、アルコールで濡れた地面へ落ちていくのをスローモーションで水城の目に写る。
水城は顔を青ざめ素早く立ち上がって出口であろう方向へと一目散に走った。
それと同時に火の玉がアルコールで濡れている地面へ落ち、あっという間に燃え広がった。
後ろから熱風を感じながら水城は後ろを振り返る暇もなく無我夢中で走った。
そのお陰か、階段を上がればホテル内へと戻ることが出来た。
丁度そこは自分達が案内された部屋の近くだったため、水城はこれから燃え広がるであろう建物から逃げるためキロランケ達の元へと向かう。
するとキロランケがアシリパを抱えて部屋から出るのが見えた。
「杉元!!一体何が起こってるんだ!?爆発音に目を覚ましてみれば白石もお前もいないしアシリパは気を失っているぞ!!」
「訳は後で話すからとりあえず荷物全部まとめて逃げるわよ!!地下は火の海だからここももうすぐ燃え広がるわ!!すぐに脱出しないと死ぬ!!!」
アシリパを受け取りながら十分な説明もできないまま水城はキロランケに荷物を持ってもらいこのホテルから脱出を試みる。
「白石は!!あいつを置いていくのか!?」
「今はアシリパさんを外に逃がすのが先!!あいつは後で私が連れ出すから!!」
このホテルに到着して以来白石と合っていないキロランケは水城の後ろを見るも白石の姿はなく、そう水城に問う。
水城はまずアシリパを外に連れ出し、キロランケにアシリパを任せてから白石を探しにこの燃えるホテルへ戻るつもりだった。
水城の優先順位はアシリパである。
それに納得したのか、肩、両手一杯に三人分の荷物を持ちキロランケは水城と共に脱出しようと出口に向かった。
入り口へと繋がる階段を下りようとした時、姿を消していた白石が慌てた様子で駆け込んできた。
「逃げるぞおおお!!!爆薬を袋ごと火の中に落としちまった!!!」
無事な姿にホッとさせるものの、白石の言葉にギョッとさせた。
しかし白石が水城達の元へ駆け寄り階段に足を踏み入れたその瞬間――――階段の段差が無くなる仕掛けが発動し、水城はまるでコントのように滑り落ちる。
幸い白石以外は壁にぶつかる事もなく止まったが、水城はまるでカラクリ屋敷のようなホテルに驚く。
「もう!!なんなのこのホテルは!!!」
「文句言っている暇はないぞ!はやく立て杉元!爆発に巻き込まれる!!」
家永の襲来から災難続きの水城は怒りの声を零す。
そんな水城に起き上がったキロランケがまだ座り込む水城の腕を掴んで立ち上がらせる。
子供だからと流したガスも弱かったのもあり、また騒動もあって、やっとアシリパの意識が戻り4人は急いで入り口へと向かいホテルから脱出しようとした。
その際アシリパは起きたばかりというのもあってうまく状況が把握できないようだが、水城に腕を引っ張られる。
もうすぐ入り口だと思ったその瞬間…―――白石の落とした手投げ弾の導火線が完全に燃え尽きたのか派手な音を立て建物全体を包むような爆発が起こった。
爆風に押されるように水城達はホテルの外へと投げ飛ばされた。
ケホ、と水城がまるで漫画のように黒い息を吐き出す。
爆発でアシリパの意識もはっきりしはじめたのか、ハッとさせ弾かれたようにホテルへ振り返る。
「チンポ先生は!?まだ出てきてない!!」
「え、チンポ先生??」
白石は牛山と会ったのも燃え広がるホテル内だったため、水城達がその前に牛山と合っていた事は知らない。
そのためチンポ先生=牛山と知らない白石は下ネタ先生の名に首を傾げた。
アシリパが振り返ったその瞬間、爆発によってホテルが倒壊してしまう。
「チンポ先生〜〜〜〜〜ッ!!!」
大きな音を立て崩れるホテルに向かってアシリパは叫んだ。
それはもう、思いっきり。
しかし、彼女の視界にあるものが写り、それにアシリパは駆け寄る。
「チンポ先生…っ!」
「それ、ハンペンだよ」
駆け寄りそっと手に取ったソレ…はんぺんをアシリパは牛山の名を呟いた。
それに水城は疲れたように突っ込む。
「警察や軍も集まってきてるぞ…面倒になる……ひとまず、ずらかろう」
やはり爆発が何度も起これば周りにも気づかれる。
キロランケの言葉に水城は頷きながら集まる警察や軍人達から隠すように帽子のツバを下げる。
「ますます網走ののっぺらぼうに会わなきゃいけなくなったわね……あの不敗の牛山が吹っ飛んでいなければの話だけど…」
牛山は無理にしてもせっかく刺青が一枚増えそうだったのに、逃した悔しさがあった。
溜息交じりにそう言いながら、4人は軍から逃れるようにその場を去っていった。
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