あれから人が引いた後にホテルの焼け跡に向かい水城、キロランケ、アシリパは牛山と家永の死体を探していた。
しかし二人の死体どころか客の死体も、拷問され死んだ死体もなかった。
そこから牛山と家永は逃げたのだと推測される。
水城は初めて牛山と家永の二人の囚人を逃してしまったのだ。
その悔しさはあれど、逃してしまったのなら仕方ないと前を向くしかなく、とりあえず白石が持って来た情報を元に囚人がいるという日高に向かう事を決めた。
しかし、その前にしなくてはならない事があった。
それは資金だ。
白石がドジを踏んで買ったばかりの爆薬を全て吹き飛ばしてしまったため、まずは爆薬を買い戻さなければならない。
―――街を離れ、水城はアシリパと雪が積もる山の中を歩いていた。
目的があるのか真っすぐそちらへ足を進めるアシリパはふと、視界にソレを収め水城に声を掛ける。
「見ろ水城!獲物がかかってる!」
「本当だ」
ソレは事前に罠を仕掛けていた場所だった。
期待しながら向かえば、その罠にキツネが見事に引っ掛かっていた。
「チロンヌプだ…キタキツネが獲れた」
キツネは油樽に首を突っ込んで前足で必死に引っ掻いて抜こうとしていた。
しかし、樽には三つの三寸釘が打たれておりキツネが底に溜まった油を舐めようと首を突っ込むと引っかかって抜けない仕掛けになっており、以前これと違う罠でキツネを獲ろうと思ったが、白石が掛かってしまい失敗した。
だが、この罠は見事成功し、中々なサイズのキツネがもがいていた。
必要とはいえ、動物好きの水城には少々心が痛い光景ではあるが、もうそこは割り切るしかない。
そのキツネをアシリパが一発殴って仕留め、近くの札幌から約60キロある勇払のコタンに向かう。
コタンにつくとすでに白石とキロランケが獲物を持って待っていた。
「キツネの皮は一枚1円くらいで売れる…カワウソも同じくらいで、ヒグマだと今年は5円くらい…エゾリスはもっと安くて20銭くらい」
「キツネが一匹で酒が6升ってところかぁ」
リスを見て水城は貧乏生活を思い出す。
貧乏であったものの、息子がいたためそれほど苦を感じる生活ではなかった。
安い単価のリスでも生活で来たのは最も貧しい地区だったから家賃も安くすんだのだろう。
あの頃の事を思い出すと無性に離れている息子に会いたくなる。
『坊、元気かしら』とぼうっとしているとニタニタと動物の死体を見る白石の言葉が耳に入り溜息をつく。
「あんたがキロランケの爆薬を台無しにしなきゃ猟でお金作って買い直す必要なかったのよ…」
そう零す水城に白石はコツンと頭を叩いて舌をちょっと出して誤魔化そうとした。
その可愛くもない誤魔化し方に水城は心底『腹立つなぁ、こいつ…』と零す。
「杉元…それにな、この男は札幌で―――」
「〜〜ッキロちゃん!それ言わないでぇ?」
半目でぶりっこをして誤魔化す白石を見ていた水城にキロランケが何かを報告しようとしていた。
それに白石が慌ててキロランケの口を塞いで口封じをしようとしたが、その手をキロランケは掴んで離し、続ける。
「アシリパから金借りて競馬で全部スッたんだぜ」
「きゃはああッ☆いっちゃったああッ!!」
隠し通そうとした白石だったが、それは流石に無理だった。
というよりは今まで知っていて黙っていてくれたキロランケはまだ優しい方だろう。
白石は頭を抱えようとした時、耳にペチペチと嫌な音が届きそちらをちらっと見る。
そこには…
「
あのお金博打に使ったのか…」
「
樽の底の油舐めろ」
釘が出ている樽を手に取ってにじり寄る不死身の鬼神と、凶悪な棒を持ってペチペチと音をさせるアイヌの少女がいた。
白石は『やだあッ!』と駄々を捏ねるが速攻で捕まり水城には樽を頭から被され首根っこを掴まれ、逃げれない状況に追いやられた白石の足をアイヌの制裁棒であるストゥで思いっきり叩く。
何度も叩かれその度に白石の情けない叫び声がコタンに響いた。
「暫く苫小牧の勇払に滞在するしかねえな…」
白石の情けない悲鳴を聞きながらキロランケは溜息をつきながらそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇
暫く武器調達の資金を得るために狩りを中心に動くことになり、今日はこの村にいるフチの兄弟の1人の家に泊らせてもらう事になった。
大叔父はフチの弟で、6人いる兄弟で一番末らしい。
『思いがけない人達が最近は来るねえ!』
アシリパの通訳を通じてフチの弟の言葉に水城は首を傾げた。
フチの弟曰く、この間も不思議な女がこの村に現れ居つき、女は過去や未来が見えるといい、村のみんながその女のせいで可笑しくなっているという。
そう話をしていると少し離れた場所から一人の赤い着物を着たアイヌの女がこちらに向かっているのが見えた。
それにフチの弟はその女に振り返る。
『ちょうど来た…インカラマッという名の女だ』
近づいてくるとその姿がはっきりと水城達の目に写る。
そのインカラマッという女はツリ目で細面の美女だった。
赤いアイヌの着物に首元にはキツネの毛皮が巻かれており、口元にはアイヌ女性の慣習である入れ墨が入れられていた。
インカラマッと呼ばれた女は真っすぐ水城達の元に歩み寄って来た。
「素敵なニシパ達がいらっしゃいますね」
笑みを浮かべ声を掛けてきた女に水城は警戒する。
しかし、こんな美人を目の前にして奴が大人しくしているわけもないく…
「はじめまして!シライシヨシタケです!!独身で彼女はいません!!」
「アラ、頭から血が出ていますよ?」
「釘のついた油樽を被せられたんです!」
そう…奴とは、白石の事である。
美女に弱い白石はヌッと出て家永の時と同じくキリッとさせながら誰も聞いていないのに自己紹介をし、それを見たキロランケと水城はお互い顔を見合わせ溜息をついた。
水城が被せた樽の釘でついた傷から血が垂れており、それに美女は驚いていたが、何故か白石ではなく水城へ視線を向けた。
その顔はほのかに頬が赤く染められていた。
「私傷のある男性にとても弱いんです…そちらの兵隊さんもとても男前ですね」
「…どうも」
水城は目を丸くして驚いた。
まさか同性にそう意味で声を掛けられると思っていなかったからだが、しかし今自分は男装しているのだと気付く。
軍人時代では吉平がガッチガチに縛り付けていたおかげで、女から声を掛けられることもなく水城は自分はモテないと思っていた。
しかし実際はモテる方だろう。
傍から見れば女顔で傷があるものの水城は整ったイケメンと言われる顔つきをしている。
傷もワイルドさを表現され、そういう男らしさに惚れやすい女性にはたまらないのだろう。
傷にコンプレックスがあるわけではないが、初めて傷を褒められ水城は照れる。
帽子のツバを下げて照れて赤くなった顔を隠するとアシリパがインカラマッに向けてアイヌ語で何かを言った。
「スギモト オハウ オロ オソマ オマレ ワ エ」
「まあ!臭くないんですか?」
「ちょっ…アシリパさん!?今『
スギモト』と『
オハウ』と『
オソマ』並べたよね!?また私がウンコを食べるって言ったでしょ!?」
「言ってない」
アイヌ語は分からなくてもよく聞く単語くらいは覚えている。
それにインカラマッの反応や『臭くないんですか』という言葉からして碌な事を言っていないと誰でも気づくだろう。
アシリパはフイッと顔を逸らし否定するが、水城の予想通り『杉元は汁物にウンコを入れて食べる』と言っていた。
どう聞いても自分はウンコを食べる変人に仕立て上げられ、水城は若干インカラマッに引かれながらアシリパに『もう!めっ!だよ!!』と叱り、そんな2人…特に可愛い嫉妬を見せるアシリパをキロランケはニタニタとニヤけながら見ていた。
「ちょっと待って………あなた達は…小樽から来たんじゃないですか?」
「ええ!?どうしてそれを!?」
インカラマッの言葉にいち早く反応をしたのは白石だった。
水城もフチの弟と会ったばかりでこの村の人達とは顔を合わした事がないのにどこから来たか当てられ驚いた表情を浮かべた。
だが、アシリパが内緒話のように耳元で言う。
(大叔父の親戚が小樽に多いと誰かに聞いたんだ、きっと)
(なるほど…)
信じてないわけでも、信じているわけでもなく、ただ単純に驚いていた水城もアシリパの言葉に納得する。
それでもインカラマッは次々に当てていく。
「私見えるんです……あなた達は誰かを…あるいは何かを探してる…」
「嘘でしょ!?すごい!その通りです!!」
しかし、白石は信じてしまい喰い気味に近づく。
インカラマッは『私、占いが得意です』と言って水城達の未来を占ってくれることになった。
どうもアシリパはこの女性をあまり好きではないようで、水城としては断っても良かったのだが、白石がその気になってしまったので付き合う事にした。
インカラマッの一族は占いに長けた一族らしく、代々キツネの頭骨を引き継ぎそれを使用して占うらしい。
茣蓙を敷きその上に座って頭に頭骨の下あごを乗せる。
下あごを乗せたままゆっくりと頭を下げて下あごを落とし、下あごの骨が落ちた具合によって物事を占うものだ。
「あなた達の探し物が見つかるかどうか…占いましょう」
そう方法を軽く説明した後、インカラマッは頭をゆっくりと下げ下あごを落とす。
下あごはポトッと落ち小さくバウンドさせ…
「歯が下に向きました…希望は持てません…不吉な兆候を感じます、予定は中止すべきでしょう」
下あごが下を向いた。
占いの結果で、歯が上になれば良い兆候だが、下を向けば逆にあまりよろしくない兆候を示すという。
その良くない結果に一同黙り込む。
特に白石は深刻な表情を浮かべていた。
「何にでも当てはまりそうなことをあてずっぽうで言ってるだけだ…私は占いなんかに従わない…私は新しいアイヌの女だから」
否定的なアシリパの言葉にインカラマッは笑顔を絶やさなかった。
占いをして各地を回っていると、こういう占いを全く信じない者や嫌う者も多く、慣れているのだろう。
むしろ占いをしながら各地を転々とし落ち着きのない生活をしているインカラマッの生き方に心無い言葉を掛ける者も少なくなく、アシリパのような考えはまだ可愛い方だろう。
「そうですか…あくまで占いであって指示ではありませんから」
にっこりと笑いながらインカラマッは占いの道具を鞄に仕舞う。
立ち上がりその場を去ろうとしたインカラマッだったが…ふと、アシリパを見つめ…
「ところで…探しているのはお父さんじゃありませんか?」
「…!!」
そう声をかける。
その言葉にアシリパはドキリとさせた。
その反応はインカラマッにも分かり、笑みを深め、『あてずっぽうですから、お気になさらずに…』と零しながら水城達の前から姿を消した。
「イカッカラ・チロンヌプめ…」
小さくなっていく姿を見送りながらアシリパはそう小さく呟いた。
イカッカラ・チロンヌプとは、キツネ女という意味だ。
大叔父は村のアイヌ達を惑わすインカラマッの姿が消えホッと安堵した後、アシリパ達を言えに招き入れた。
アシリパ達は大叔父に歓迎されながら一晩を過ごしたのだが…
―――翌朝、白石の姿が消えた。
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