水城はキロランケとアシリパと共に白石を連れ戻しにある場所にいた。
そこは金が多くやり取りされる馬を使った賭博場と言ってもいい、競馬場である。
白石は早朝か、それとも昨日の夜か…姿を暗まし、探してみれば競馬場にいると分かった。
それも占いが得意だと言ったあのインカラマッも姿がなく、水城達は『競馬場+インカラマッの姿がない』と知るや否やもはや白石の考えていることが分かってしまい、重い足で迎えに…いや、止めに来たのだ。
「こんなに人の多い所ははじめて来るなぁ」
そう言ってアシリパは辺りを見渡す。
横前後どこを見ても人、人、人で、圧倒されていた。
アイヌとして狩りを主に生活していたアシリパにはこれほど多くの人が集まる場所は初めてなのか、競馬場も初めてというのもあって物珍しく周りを見渡していた。
そんなアシリパを微笑ましく見ていた水城だったが、ここに来た目的を思い出し水城も辺りを見渡す。
「あの馬鹿はどこだ?見つけたら速攻ストゥで撲殺してやる」
そうぼやきながら水城は辺りを見渡した。
しかし人は多くいるが目的の人物は見つからない。
「あ、いた!脱糞王と赤キツネ!」
最初に見つけたのはアシリパだった。
アシリパの声にそちらに目をやればどこかを指さしていた。
指さす方を伝ってみれば見慣れた坊主頭と、目立つ赤い着物を着た女が見えた。
「おい!白石!!お前また懲りずに競馬やってんのか!!!」
「ああん?」
怒鳴りながら声をかければ後ろを向いていた白石がこちらに振り返る。
その姿に水城は怒りが収まった。
収まった、というよりは驚いて不発に終わったと言うべきだろうか。
振り返った白石の頭には白と黒の二色の糸を編んで一つのヒモにしたエカエカというお守りが何本も巻かれており、その間にはイケマの根が何本も挟まっていた。
エカエカは頭だけではなく首や手首にも巻かれており、なんだか顔つきもいつもと違っていた。
白石は水城達の姿を見るとまるでヤクザやチンピラのようにひょこひょこと背中を丸め足を拡げて歩き近づいてくる。
「おう、貧乏くさいのがいると思ったらお前らか」
「白石てめぇ…アシリパさんに借金があるくせに競馬で博打とはいい度胸してんなぁ?あぁ?」
「借金?ああ、いくらだっけ?2円?3円?――ホラ拾いな!」
「あっ!ちょっ!てめ…!なにこいつ…!!」
ハラハラと三枚のお札が散って落ちていく。
白石は相当儲けたのか3円をまるで捨てる様にヒラヒラと散らせた。
水城はお金を粗末に扱う白石に慌てて空中でキャッチしようとするが、三枚の内一枚しかキャッチ出来なかった。
水城が地面に落ちたお金を拾っている間にアシリパは取り出したストゥでシライシの足を思いっきり叩く。
そこは弁慶の唯一の弱点だと言われた、脛だった。
弁慶の泣き所を思いっきり叩かれ白石は涙目になるが、そんな白石をよそにアシリパは怒鳴り声を上げインカラマッを指さす。
「目を覚ませシライシ!!占いで博打を打つなんて必ず痛い目にあうぞ!この狐女に誑かされるな!」
「誰が狐女だ無礼者!インカラマッ様と呼べ!!」
「〜〜ッ息がクサイ!」
ここまで懐が潤ったのは、インカラマッの占いのおかげだ。
だからそんなインカラマッ…否、インカラマッ様を貶すアシリパに白石は顔を近づけ睨むが、イケマの根を葉巻のように咥えていたため口の中は強烈な臭いを放っており、思わずアシリパは顔を背けた。
「次に勝ちそうなのは…3番か4番だな」
そんな一行をよそに、馬好きのキロランケは競馬の馬を見比べポツリと呟いた。
その呟きは水城達にも届いており、まるで結果が分かっているような口調のキロランケに白石は首を傾げる。
「キロランケも占いやるの?」
「俺は小さい頃から馬に乗って育った…馬に詳しいから日露戦争でも工兵部隊の馬の世話を任されていたくらいだ」
キロランケは下見所のパドックで歩く馬の良い所や悪い所を述べる。
水城からしたらどの馬も同じに見えるが、馬好きにしたらどれも違うのだとか。
水城の『馬に勝ち負けが分かるの?』と言う素人な質問も、実際に競走馬が走った後負けた相手の馬をすごい顔で睨みつけていると答えてくれた。
「確かにキツネの頭骨も3番が勝つと示しています」
「3番ですね!買ってきますッ!!」
「あっ!!また…!待てこの野郎!!」
水城はキロランケよりもインカラマッの言葉を信じる白石を後ろから羽交い締めにして止めた。
水城が羽交い締めにして止めている間にアシリパが再び白石の脛をストゥで叩いた。
痛い痛いとぎゃあぎゃあ騒ぐ白石を水城は羽交い締めにしたまま後ろからインカラマッに聞こえないよう耳元で囁く。
「いい加減にしろよ白石…今この場でお前の皮を生きたまま剥がしてもいいんだぞ」
『お前…私が容赦ないの、知ってるよね?』と続けられ、白石は動きを止め、顔を青ざめた。
白石の脳裏に第七師団に捕まった水城を助けに行った際、二階堂という軍人の腸を顔色一つ変えず抜き取った光景が浮かんだ。
低く唸るような声に水城の本気を感じたのか大人しくなる。
そんな白石を水城はゆっくりと解放する。
急に大人しくなった白石にアシリパとインカラマッが首を傾げていると…
「おい、お前ら俺に賭けろ」
男性に声を掛けられ全員振り返る。
そこには見ず知らずの騎手がいた。
一同誰だと疑問に思っていたが…よく見ればキロランケだった事に気付く。
「ええ!?もしかしてキロちゃん!?」
「髭が…」
キロランケはいつものアイヌの着物ではなく、赤と白のボーダーの服と帽子、白のズボンという騎手の格好をしていた。
普段見慣れていない服に身を包んでいると別人のように違和感はあるが、何より立派に生やしていた髭がなかった。
それもあって最初は別人に見えた。
「どういうわけ?」
「細かい話はあとだ…最終レース3番の馬に乗る…――俺が勝つぜ!」
水城の疑問に詳しい話は後に回し、何も言わず自分が乗るらしい馬に賭けろと言う。
キロランケはどうやら逃げた騎手の代わりをさせられるようで、水城達がわちゃわちゃしていた間にレースに出ることになった。
そんなキロランケに水城とアシリパはお互いの顔を見合わせたが、キロランケの言葉に頷く。
しかし白石はインカラマッに駆け寄る。
「インカラマッさま!!占ってくださいませ!迷えるワタクシめをお導きください!!」
「わかりました」
白石は仲間のキロランケを信用せず、水城があれだけ止めたというのに再び占いで儲けようとしていた。
しかし今回はゆっくりと頭を下げて落とした下あごが白石の顔に当たってしまう。
その結果、歯が下に向けて落ちた。
「シラッキカムイが3番は勝たないと示しています」
その結果に白石は黙り込む。
そんな白石を水城は溜息をつき、アシリパは静かに声をかける。
「白石…もうそこまでにしておけ……占いというのは判断に迷った時に必要なものだ……私たちのこの旅に迷いなんか無い…だから占いも必要ない」
確かに占いだけでここまで儲けられたのはすごい。
だが、いい事が永遠と続く事はない。
世の中はそう出来ている。
アシリパは占いを信じないが、完全に否定しているわけではない。
アイヌにとって事の大小は占いはこだわらず迷った時に占いで決める。
だが、この旅に迷いはない。
だからアシリパは占いを必要としていないのだ。
その言葉に白石も言い返せず黙り込んでいたのだが…
「シラッキカムイは6番が勝つと示しました」
「6番ですね!!全額賭けてきますッ!!!」
「シライシこの野郎!!!」
あれだけ水城が脅し、あれだけキロランケに自信があり、あれだけアシリパがいい事を言ったのに、白石は仲間ではなく会ったばかりの占いが得意な女を全面的に信用した。
インカラマッが述べた6番の馬に全額賭けるため走り出す白石を水城は追いかけ掴みかかって止めた。
「この馬鹿!!爆薬のお金くらい残しておけッ!!」
「ヤダッ!!俺は勝負するんだ!!―――インカラマッ様!買ってきて!!」
「わかりました!」
『お前ほんと懲りないな!!』とあれだけ脅したのに駄目男の復活に金や欲望と言うものの恐ろしさを知る。
後ろから首に腕を回され再び拘束された白石は苦しさに震える手でインカラマッに全財産を渡し6番の馬に賭けるよう頼む。
インカラマッは面白そうだと笑顔で全財産を受け取り走って人ごみの中に消える。
「アシリパさん!!彼女を追って!!この馬鹿は私が仕留めとくから!!!」
「分かった!私の分も息の根を止めておいてくれ!」
冗談に聞こえない事を言い合いながらアシリパは水城に頼まれインカラマッを追いかける。
白石が暴れるため水城はそのまま足を引っかけうつ伏せにさせ、肩を地面に押し付ける様に抑え、手首をしっかりつかんで関節技を決める。
「杉元!!おまえはカネが必要だから北海道に来たんだろ!?いくら必要なんだ!?金塊二万貫じゃないだろ!!命なんかかけなくても稼ぐ方法が目の前にあるじゃねえか!!」
ギリギリとゆっくりと締め上げ痛みを与える水城に白石は吼える様に叫んだ。
その言葉に水城はギリッと奥歯を噛みしめ顔を歪める。
「必要な額のお金が手に入ったから『いち抜けた』なんて…そんなこと……―――私があの子にいうとでも思ってんのかッ!!!」
確かに水城は金が必要だ。
幼馴染の為に200円もの大金を求め、そして金塊争奪戦に辿り着いた。
金塊なんて静秋を想うのなら本来なら諦めて職を探すべきであろうおとぎ話だ。
だが、幼馴染の為でもあるが…それ以上に今はアシリパのためでもあった。
アシリパは自分を相棒と認めてくれた。
そして、自分はそんなアシリパのために網走に連れていくと決めた。
軍人になってから誰も信用が出来なかった水城が、初めて…鯉登以外に心からの信頼を預けたのがアシリパだった。
金が出来たからあとはアシリパだけでやってくれ……なんて今の水城には考えられなかった。
水城の中ではすでにアシリパは息子同様かけがえのない大切な存在になっていた。
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