競馬の結果―――キロランケが乗る6番が勝った。
同時に3番に賭けていた白石は大負けした。
しかし密かに6番の券も買っていたインカラマッのお陰で爆薬を購入するお金は入手でき、一行は再び旅立った。
「ア"ア"ア"ア"〜〜〜ッ!」
水城はその悲鳴を聞きながら遠い目で海の境界線を見つめていた。
「
トッカリを仕留めた!みんな出てきていいぞ!」
「………」
先程の悲鳴はアザラシの絶命の悲鳴だった。
アシリパに言われたのでのそのそと重い腰を上げて重い足で向かう。
ピクリとも動かないアザラシをアシリパが解体していく。
「アザラシの肉って真っ黒なんだ」
先ほどの心を痛めたのに初めて見るアザラシの体内に水城は興味津々に見ていた。
そんな水城にキロランケが日高ではそんなにアザラシが獲れず鹿と同じカムイとして扱われ、樺太では密接な生き物だからヒグマと同じくらいの重要な海の神様として大切にされていることを教えてくれた。
それに水城は神様にも地域差があるのか、と感心した声を零す。
「白石ー!脳みそ食べていいってさー!」
遠くにいる白石にそう言うが、白石は聞こえていないのか遠い目で海を見つめていた。
そんな白石に水城はアザラシの頭部を持ちながら白石に近づき肩に手を置いてにっこりと笑う。
「シライシくん、脳みそ、食べて、いいってさ」
「アッハイ…」
にっこりと笑う水城に聞こえないフリをしていた白石は頷くしかなかった。
水城はもう洗脳済みだからいいが、白石自身はまだ脳みそを食べるのに戸惑いがあった。
だから聞こえないフリをしたのだが、やはり無駄だったらしい。
アシリパがアザラシを捌いている間、キロランケが即席の自在鉤を作り、鍋を吊るし火をかけてアシリパが料理をする。
「アザラシの肉は血の臭いが強いけどしっかり煮込むことで血が抜けて美味しくなる…肝臓も肺も煮込んで食べる」
アザラシは癖の強い動物らしく、煮込むことで食べやすくなるらしい。
アシリパはアザラシを鍋に入れながらカバンを開けた―――その瞬間、ドテッとアシリパが仰向けに転がった。
「うわああ!!」
「どうしたの!?」
「プクサキナが…!去年採って干しておいたニリンソウがもう無い…ッ!」
突然倒れたアシリパに水城が慌てて声をかければ、何ともない…ただの品切れである。
しかしアシリパからしたら大袈裟に倒れるほどの事らしく、跪いてダンと地面を思いっきり叩く。
「肉料理に入れれば肉の味を何倍にもするだけでなくお互いの味を引き立てるニリンソウが…!!こんな時に無いなんて!!」
「オヤジがのっぺらぼうだって言われた時より落ち込んでるじゃねえか…」
そのニリンソウとやらの美味しさは水城は知らずどう反応したらいいのか分からない。
とりあえずスンッと真顔に戻し静かに座り直した。
白石はキロランケに仇だと思っていたのっぺらぼうが父親だった時よりも落ち込んでいる様子にポツリと呆れたように呟いた。
「みんな食べろ…アザラシの肉を塩ゆでしただけのものだけども…」
そう言うアシリパの声はとてつもなく…声に張りがなかった。
そんなアシリパをよそに初めてアザラシを食べる二人は『いただきまぁす』と肉にかぶりつく。
「んっ!美味しい!このまんまでも充分美味いわ!柔らかくてヒンナよ、アシリパさん!」
「魚と牛肉の中間って感じの味だな!臭みも無いしこれ美味いよアシリパちゃん!」
「二人とも美味しいってよ、元気出せ」
「へっ」
お世辞ではなく、二人の口には合ったようで水城は猫舌だからはふはふ言いながらも美味しそうに食べ、白石も食べる口が止まらない。
そんな2人にキロランケはニリンソウがなく捻くれたように落ち込むアシリパに声をかけるが、アシリパからは鼻を鳴らされて終わった。
結局食事中アシリパの機嫌が直ることないまま食事は終わった。
海を離れ山に再び入り、川沿いに進む。
あと少し上流に進めばアイヌのコタンがあり、そこにフチの姉が住んでいるため今日はそのコタンにお世話になる予定だった。
「水城、ニリンソウを見つけたら教えてくれ」
「どんなものなの?」
「これだ…さっき少し見つけた…きっと日当たりがいい場所なら沢山あるはずだ」
そう言ってニリンソウを知らない水城に先ほど獲ったニリンソウを見せる。
水城はそれを見つめ覚える。
「ところで白石が札幌で遊女から聞いた囚人の情報だが…どんな外見か聞いたか?心当たりはあるのか?」
キロランケは白石が遊郭で得た(ということにした)情報にあった囚人の見た目などを問う。
白石はスパイをしているため、急に話を振られ一瞬ドキリとさせたがそれを悟られないように遊女から聞いた風に話す。
「札幌の可愛子チャンから聞いた話では…ある日、若い男と中年の男が客で来たそうだ」
札幌の遊女―――いや、家永から聞いた話はこうだ。
家永が乗っ取り隠れ蓑と同時に狩り場として経営していたホテルに2人の男が泊まりに来た。
その一人は中年の男で、もう一人は若い男だった。
同物同治を信じ、人間を食べ続けていた家永は当然若く美しい男の方を獲物として得た。
だが、拷問の末男は気になる事を話した。
それは返り血を浴びてもいいように裸で作業をしていた家永の入れ墨を見て、連れの中年も同じ入れ墨を入れているという話だった。
その若い男は美味しく頂いたが、朝方に中年が泊まっている部屋を見に行くともぬけの殻だったらしい。
「雑居房の入れ替えは時々あったし入れ墨の囚人全員が同じ房にいたわけじゃねえ」
逃亡の計画阻止のためか、時々雑居房の入れ替えが行われていた。
それに同じ入れ墨を入れられた囚人と言っても全員が顔見知りなわけではないらしい。
脱獄した際もお互いの顔をしっかり見る状況ではなかったため、白石が知らない囚人も当然いる。
「とにかく札幌の可愛子チャンが言うには…その男は日高へ行って『ダン』と言う名のアメリカ人に会うと言ってたらしいぜッ!!」
勢いをつけすぎたのか、走れという命令と勘違いしたのか突然白石の乗る馬が走り始めた。
突然走り始めた馬に白石は『なんで走るの??とまってぇ??』とお願いするも言う事を聞かず…
水城達は一人で爆走する白石を黙って見送った。
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