小雛は一食で二度、食事をしなければならい。
人間は基本3食食べるが、小雛は6食も取らなければならい。
それも普通の食事ではない。
「今日は内臓系か」
異形の犬は小雛の隣でくうくうと眠るように丸まっている。
小雛の向かいには五条が座っており、小雛の食事を見守っていた。
使用人が運んできた4皿の上の物を見て五条は何でもないように呟く。
その呟きに小雛は『はい』と頷き、箸を手に取り皿の一つに伸ばす。
箸で摘まんで持ち上げると、赤い液体が滴り落ちた。
「今朝は目と舌でしたので…昨夜はお肉でした」
「そっかそっか…人間は食べることでしか栄養を取ることが出来ないからバランスよく食べなきゃいけないからね」
五条の言葉に小雛はもう一度『はい』と頷く。
小雛が小さな口を開けて真っ赤なソレを体内へと入れ込むのを五条はテーブルに肘をついて見守る。
小雛の目の前には料理が4皿が並んでいた。
しかし、小雛の目の前にある料理は料理ではない。
小雛が今食べているのは…――人間の内臓だ。
明らかに異常でグロテクスな光景でも、五条は平然と、そして楽しそうに小雛の食事を見守っていた。
お人形のような小雛は愛らしい。
容姿で言えば自分の方が遥かに格上ではあるが、小雛の容姿は世間的には整っている方だ。
それでも、五条は惚れた欲目で小雛が自分以上に美しく愛らしく見えた。
まさに恋は盲目という言葉にあたる感情なのだろう。
そんな可愛い可愛い小雛の小さなお口に、吐き気を催すような物が入れられ、咀嚼し、ゴクリと飲み込んで体内に入れる。
そのギャップにぞくりとする。
時々口端から血が垂れるその姿も、五条には色っぽく見える。
小雛はコレを食べている間誰にも見られたくないようだが、五条はむしろ、だからこそ見たいと思った。
とはいえ、元々小雛はカニバリズムや悪食だったわけではない。
小雛が同族の血肉を食さなければならない理由が、小雛の中にあった。
「
小町はどうだい」
感情を動かさず、同じ人間の内臓を何切れか食べていた小雛に五条は声をかけた。
食べやすく切られた内臓…腸を口に入れた小雛は、五条の問いに顔を上げて彼を見る。
彼は目隠ししているが、口元が三日月のように口端を上げているので笑っているのだろう。
食事の時間、五条に時間があるときは一緒に食事をすることになっている。
それは中々会いに来れない五条なりの罪滅ぼしなのだろう。
だが、小雛が人間を食べている時、彼はただ人間だった物を食べる小雛を観察するように見るだけだ。
その後に、小雛用の普通の食事が運ばれ、小雛と五条の食事が始まる。
小雛はもぐもぐと口に入れた腸を咀嚼した後ゴクリと飲み込み、ナフキンで口についた血を拭ってから答えた。
「はい、元気ですよ…今は眠っています」
「彼女はいつも眠ってるねぇ」
はあ、と溜め息をつく演技をする。
そんな五条の演技など小雛が読み取れるわけもなく、いつものやりとりに苦笑いを浮かべるだけだった。
五条は小町と呼んだモノの事など心底どうでもいい。
そう言えるのは最強である五条だからと言えるが、どうも小町と呼んだモノと五条は反りが合わないらしい。
毎回会えば険悪な空気にもなるのだから、会いたいと思わないのも無理もないだろう。
勿論、それはお互い様である。
「彼女、何か言っていなかったかな?」
細かく切り刻まれた腸だった物を箸で挟んで持ち上げようとしたが、もう一度五条に問われ、小雛は皿に戻し再び五条へと視線をやる。
小雛は何かと言われ、"彼女"と交わした会話をいくつか思い浮かべ、五条が欲しい情報は何かと考える。
いや、考えるまでもない。
五条が欲しい情報はいつも一つだ。
「何もありません」
そう答える小雛に、五条は『そっか』とだけ返す。
彼らのやり取りはいつもの事だ。
同じ質問をし、同じ返しをして、そして終わる。
小雛はいつもと同じ返答を聞いて食事を再開させた。
小町、とは小雛の中にいる"人物"の名だ。
小雛がこんな場所に閉じ込められ自由を奪われる全ての元凶でもある。
小町は人間ではなく、呪霊だ。
それも特級呪物の一つ。
その器として小雛が選ばれ、小雛はこの屋敷に閉じ込められている。
そして、小雛が食べたくもない人間を食べなければならなくなった原因でもある。
小雛が同族を食べるのは、小町が人間しか食べれないからだ。
小雛と小町はまさに文字通りの一心同体。
どちらかが不調をきたせば、それは片方にも影響される。
だからこそ、小雛は小町の食事も取らなければならない。
「あっ…」
ほのぼのとしているが、食べている物は決して穏やかなものではない。
それでも穏やかに話せるのは五条悟だからだろう。
本来なら緊迫した雰囲気になるはずの内容だ。
皿に乗せられた最後の腸の欠片を食べようと箸を伸ばした小雛だったが、ふと声を零した。
それに五条が『どうした?』と問えば、血で真っ赤に染まる腸から五条へと顔を上げる。
「小町ちゃんが『とっとと愚兄を見つけて始末しろ』と言っています…あっ!い、言っておりました!!小町ちゃんが!悟様がいらっしゃらない間に!言っておりました!」
あわわ、と小雛は自分のミスに慌てた。
先ほど小町は寝ていると言ったのに、ついポロリと小町が起きていることを零してしまったのだ。
嘘をつくことはいけないと教えられているため、小雛は慌てて箸を置いて口を小さな手で塞ぐ。
はわわと慌てる小雛に五条は机に突っ伏した。
ゴン、と派手な音を立てて突っ伏する五条に気づき、小雛は具合が悪いのかと思い心配そうに声をかける。
「悟様?お加減が優れないのですか?」
「んーん…なんでもない…」
『くッッッッそ可愛い』と思いながら首を振る。
首を振るため、具合は悪くないのだと信じるものの、やはり心配なのか、心配そうな視線を向けていた。
素直であり、優しさを感じながら五条は『あ゙ーーーっっ!ほんっと可愛い!!僕の小雛超可愛い!!』とデレデレになっていたが…五条の耳に、甘い感情を消し飛ばすような声が届く。
「きっっっっしょ…貴様…相変わらずきっっっもいのう…
妾の小雛に近寄るでないわ」
その声が耳に届いた瞬間、小雛の愛らしさに温かくなっていた心が瞬間冷凍のように凍り付いたのが分かった。
五条はゆっくりと顔を上げる。
布越しにその声の主を見れば、そこには小雛がいた。
性格は顔に出る、という言葉があるように、小雛は穏やかで優しい顔つきをしている。
しかし、今は眉をこれでもかと顰めまるで人をゴミを見るような目で見つめ、真ん丸な目は少し吊り上がっている。
小雛ならばその冷たい目はむしろごほう……ゴホン、ではなく、涙が出そうなほど傷つくが、五条は今目の前にいるのが小雛ではないことを知っているため、むしろ嫌悪しか感じない。
「…僕の雛でそんな顔と言葉遣いしないでって言ったよね…」
ポツリと呟かれた声は、苛立ちが含まれていた。
唸るように呟かれたその声に、怯えの一つも見せず小雛は…女は着物の袖で口を隠し五条を見下すように睨む。
「僕のとか真に気色が悪い…雛は貴様の物ではないわ」
「僕は雛の許嫁なんだけどね?僕の物じゃなければじゃあ誰の物なのかな?」
「雛は世界そのものだろうが世界の真理だろうが世界の宝だろうが」
「はあ?何馬鹿な事言ってんの?小雛は僕のなんだからなんで世界にあげなきゃいけないわけ?頭大丈夫?空っぽだからそんな思考になるのかな??」
「貴様こそその頭に詰まっているのはなんじゃ?ただの肉の塊か?」
「はは…君の頭よりは色々詰まってると思うけどねぇ?」
女が現れた瞬間、その場の空気が一転した。
天気がいいのに、この部屋だけは薄暗く重く感じられる。
しかしそれに苦しむ人間はその場にはおらず、ここまで来れる人間は数が限られているため二人は周囲に気にせず殺気を向け合う。
「君にはさ、一応は感謝はしてるよ?君のおかげで僕と小雛は出会えたんだ…そこだけは感謝してる…でもさ、その小雛は自分の物みたいな扱いやめてくれないかな?呪霊のくせして一人前に親愛とか反吐が出る」
マスク越しなのに女には冷たく凍り付くような目で睨まれていると分かる。
女…特級呪霊である小町は普通ならその殺意と怒りに口さえ利けなくなるであろう五条の殺気を一身に受けても平然としていられた。
慣れているというのもあるが、彼女と彼との力の差がそれほど変わらないという事だろう。
「貴様に感謝してほしいから小雛を器として選んだわけではないわ…気色の悪い……最初は小雛をどうとも思っていなかったくせして今になって夫面か?小雛に愛されていると勘違いでもしておるのか?貴様がどのような力があろうが貴様の面が人間にとってどれほど好ましかろうが…夫を選ぶのは小雛…貴様でもこの屋敷の人間でもないわ」
小町にどれほどの憎しみや嫌悪を向けられても何も感じない。
どれほど顔を顰められても冷たい目や表情を向けられてもだ。
だが、それが小雛の顔ならば別だ。
小町などどうでもいい。
だが、小雛の顔で言われるとやはりダメージはある程度は受ける。
「小町さ、いい加減引っ込んでてくれないかな?僕は任務や教師として忙しい合間を縫って僕の小雛に会いに来てるんだ…君に使う時間はないよ」
五条は忙しい。
最強と自他共に名乗り言われているが、それは決して嘘ではない。
彼が最強だからこそ、他の呪術師には荷が重い特級呪霊を宛がわれる。
しかも、彼は教師として呪術師を育てている。
そのため、小雛といられる時間は以前よりも少なくなっている。
だからその貴重な時間を小町に邪魔され苛立ちが積もっていった。
それが分かっているから小町は時々戯れと嫌がらせに出てくる。
それは五条も分かっており、『似た者兄妹だな』と思う。
五条の言葉に小町は鼻で笑ってやった。
「妾に傷一つつけられぬ男が何を言う…小雛を私物化したいのならまずは妾に傷一つつけてから言うべきではないか?」
「それはこっちのセリフかな…そちらこそ小雛の保護者面したいなら、まずは僕に傷一つどころか指の先の先くらい触れられてから言ってくれないかな?」
五条の言葉に小町は鼻を鳴らし、そっぽを向く。
小町は特級に分類されてはいるが、その実力は4級程度しかないとされている。
しかし、それでも彼女は特級として選別されている。
その理由は彼女の特殊体質にある。
その一つが『壁』と呼ばれる術式。
小町は誰であろうと小町に傷一つ、それどころか触れる事はかなわない。
それが例え最強と言われている五条であっても…だ。
その理由は壁にある。
小町の周りには、彼女を守る壁が存在している。
原理は全く異なるが、五条の無限と同じと思ってくれた方が分かりやすいだろうか。
五条の力をもってしても、小町の壁を破壊することはできない。
しかし、同時に、小町もまた、五条の無限を破ることはできない。
二人の実力は天と地の差ではあるが、お互い触れることができないのだ。
それゆえに、小町は最強を目の前にしても強い態度でいられる。
だからこそ、小町は高飛車でいられる。
小町は心底嫌っている男からの言葉に顔を顰める。
「妾とて貴様と話とうないわ……貴様と話していると愚兄を思い出す…気分が悪い…さっさと帰れ…妾と小雛の時間を邪魔するでない」
「それはそれは光栄の至り…君は嫌味で言っているだろうけど残念ながらそれは誉め言葉にしかならないよ…なんて言っても君のお兄さんは両面宿儺だしね」
嫌味を嫌味で返された。
小町には兄がいる。
それが、呪いの王と呼ばれ恐れられた両面宿儺だ。
元々人間だった彼には妹がいた。
その妹が小町だ。
理由は定かではないが、小町は兄である宿儺を毛嫌いしていた。
だから五条は嫌がらせに嫌っている兄の名を言った。
兄の名が出たのもそうだが、なにより何を言っても五条の薄ら笑いを崩せないと思った小町は舌打ちをし、『その人を虫けらだと思っている顔を小雛に見られて嫌われて死ね』といつもの捨てセリフを吐き、小町は目を閉じ小雛の奥へと戻っていった。
すぐに瞼が開かれると、釣り目だった目は穏やかに優しい大きな瞳へと変わる。
目を覚ましたように瞬きを何度かした後、小雛は五条を見る。
「小町ちゃんと会えました?」
「うん、会えたよ」
小雛が戻ってきたのと同時に、五条から放たれる苛立ちに張り詰められた空気が一転し、いつものおちゃらけた空気へと戻す。
『ありがとね、雛〜』と言って席を移動して小雛をギュッと抱きしめる。
うりうり、と頬擦りしてくる五条に小雛はくすぐったそうに愛らしい声で笑った。
その笑みや小雛のぬくもりや香りが、五条のやさぐれた心を癒していく。
小町と交代している間小雛の意識は沈んでいる。
そのため、小町と五条の仲はあまりよろしくはないとは分かってはいるが、殺し合わんばかりの不仲だとは思っていない。
お互いの悪口を言いたいが、小雛が悲しむのでお互い暗黙の了解でお互いの悪口は言わないようにしている。
悪口を言って相手が嫌われたらいいが、悪口を言った自身が小雛に嫌われるリスクを冒してまで言うほどでもない。
「小町ちゃんのお兄様はまだ見つからないのですか?」
小雛の言葉にぐりぐりと頬ずりしていた五条は『うん』と答え、小雛がまだ食事中だったので邪魔してはいけないと席に戻る。
五条が離れたので食事を再開させようとしたが、小雛は端に手を伸ばしたまま五条を心配そうに見つめる。
「早くお兄様と小町ちゃんを会わせたいです…悟様でも見つけられないのですから行方不明の方を見つけるのは難しいのですね…」
兄との再会をさせたい小雛のしょんぼりと寂し気な笑みを見せる。
五条は『そーだねー』と感情を乗せず相槌を打ちながら、『しょんぼりとする雛も可愛いなぁ』と別の事を考えていた。
小雛は呪霊を宿しているが、何も知らない。
己の中にいる小町が呪霊と呼ばれる存在なのも。
会わせたがっている存在がどれほど恐ろしいのかも。
何も知らず何も考えられないように屋敷が縛り付けたのだ。
小雛は死ぬまで外から隔離される運命なのだ。
あと二年経てば、小雛はこの胸糞悪い屋敷から離れられるが、それは外との関わりが持てるわけではない。
閉じ込められている場所が、この屋敷から五条のいる場所に変わるだけだ。
呪力を持っていても、五条は術師にするつもりもなければこの世界に巻き込むつもりはないため、五条はあえて胸糞悪い屋敷の人間同様小雛には何も教えていない。
(小町と宿儺を会わすのは危険すぎるしね…ごめんね、雛…)
これでも一応愛している女に嘘をついているという罪悪感というものくらいはある。
実は、宿儺はすでに見つかっている。
元々高専では6本の宿儺の指を保管していた。
それさえ小雛は知らない。
そもそも、小雛は小町のように宿儺も"そのままの姿"で残っているのだと思っており、教える理由も見当たらないため五条はその誤解を解いていない。
とはいえ、小雛は滅多に我が儘を言わない。
我が儘を言えない立場だと本人も何となくわかっているのだろう。
だからこそ、本当なら滅多に言わない小雛の我が儘をかなえてあげたいと思っているのだ。
しかし、こればかりはその我が儘を聞けないだろう。
相手は両面宿儺…呪いの王だ。
腰抜けジジイ共が二本しか飲んでいない受肉体を今すぐに殺せと騒ぐほどの呪霊である。
それでなくても五条も警戒するほどの力の持ち主。
小町は兄である宿儺を嫌っているようすではあるが、もしも共闘されでもしたら厄介な存在になる。
小町の壁は小町とその器である小雛しか守れないが、それでも兄を庇われたら手も足も出せない。
そして、小町には"狂信者ども"がいるし、何よりも更に敵に回れば厄介な術式も持っている。
(ほんと…こんな呪物…さっさと祓いたいなぁ…)
小雛に好意を持ってからずっと思っていた本音と殺気を、五条は笑顔で隠しながら心の中で呟いた。
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