「真人様、これはなんですか?」
「これはねー、『貝』だよ」
「ではこれは?」
「これも『貝』だよ」
「では、これも?」
「うん、『貝』だね」
夏油はビーチチェアに座りながら先ほどから繰り返されている光景を、『適当だなぁ』と思いつつ生暖かい目で見つめていた。
さきほどから小雛は貝殻を拾っては真人に問いかけ、それを真人は毎回『貝』で終わらせている。
(まあ、仕方ない…ずっとあの屋敷に閉じ込められていてはな…)
海自体が初めてなのだから、何もかもが初めて見る物ばかりなのだろう。
とはいえ、ここは本物の海とは違う。
ここは陀艮の領域で、死累累湧軍という式神はいるが、ここには本物の海のような生物はいない。
そのため、小さな生き物は別として貝しか見る物がなかった。
あの後、食事も終え少し休憩した小雛は真っ先に砂を聞いた。
その後広大に広がる海を教えてもらい、ビーチチェアに、パラソルと、目につくもの全てを聞く勢いで問いかける。
その為、恐らくもう聞くものが無くなったのだろう。
では聞かなければいい、とは思うが、あれが二人にとっての遊びなのだ。
なんでも知りたがるのは、無知のまま育ち閉じ込められていた反動なのだろう。
「雛、雛、おさんぽ」
ちゃぽちゃぽと海から陀艮が近寄ってきた。
陀艮達にはすでに挨拶しており、陀艮に『素敵な場所ですね』と頭を撫でたら懐かれた。
水から生まれた呪いではあるが、陸地に上がることも出来、海から上がり陀艮は小雛に海の散歩に誘う。
「はい陀艮様、お散歩しましょう」
小雛も10年も一人ぼっちだったためか、好意を向けてくれるのが嬉しかった。
陀艮の誘いに真人の傍を離れる。
「陀艮、雛を濡らしちゃ駄目だよ」
真人もそれを黙って見送り、陀艮が返事をした後夏油達のいビーチチェアに戻ってきた。
ゆっくりゆったりとしながら真人と小雛を見ていた夏油は、隣に座り本に手を伸ばす真人を見る。
「陀艮も真人も漏瑚も…あの子のどこが気に入ったのかな?」
真人を見た後、夏油は再び小雛へと視線をやる。
脳裏でこの場にいない漏瑚が『儂は気に入ってなどおらんぞ!!』とツンデレていたが、無視である。
小雛は陀艮の死累累湧軍の一匹である大きな魚に乗って海を陀艮と泳いでいた。
小雛は魚の上に乗っているので一緒に泳いでいるとは言えないが、二人は何が楽しそうに海をすいすい泳いでいる。
『何が楽しいのだろうか』と思うが、二人は幼い子供のようなものなのだ。
それを問うのは少し大人気ないのかもしれない。
夏油の問いに、真人は読み途中だった本を開きながら『うーん』と考えるような、適当に返すような声を零す。
「なんだろう…なんか可愛くない?」
開いたページの文字を追いながらなんでもないように言う真人に、夏油は黙り込む。
会話を切った夏油を見向きもせず、真人の左右異なっている色の瞳は文字を追うため上下に動かしていた。
夏油は遠くにいる小雛を見た。
遠すぎて顔は分からない。
なので、脳内にある記憶を呼び起こす。
「まあ…可愛いな」
この体の持ち主である夏油傑の友人、五条悟に比べれば小雛は霞む。
いや、あれは別格だ。
あれに比べるとどれだけ美女であろうと霞む。
比べること自体間違いだろう。
それほど五条悟の容姿は整いすぎている。
五条と比べたのがいけなかった。
一般的な考えでいけば、小雛の容姿は整っている方だ。
超絶美少女でもないが、可愛い寄りの美少女だろう。
服も適当に購入し渡しているため、今は着慣れていないであろう洋服を身に包んでいる。
この体の仲間だった女呪詛師に小雛の背格好を伝えて服を買いに行かせて正解だったかもしれない。
恐らく自分が買いに行ったらサイズが合わなくてブカブカだっただろう。
今は洋服を着てはいるが、着物であればまさに可愛らしい日本人形そのものだ。
素直にそう感想を述べれば、真人はページをペラリと捲りながら『でしょ』と答える。
「雛にとって俺達って誘拐犯だし、雛の態度次第で殺すつもりだろ?…それなのに俺を信用しているのかくっついてきてさ…初めて会った時なんて漏瑚が雛を連れ出そうとした人間を目の前で焼き殺したのに怯えもしないし…その時雛、なんて言ったと思う?自己紹介してきたんだよ?もう大笑いしちゃったよ…その後雛の腕にくっついてた人間の手を取ってあげたんだよ…指をポキポキって折って…なのに雛は全然無反応だったわけ…あそこまで怯えない人間って初めてだったしさ興味湧いたんだよね…抱き上げた時だってぎゅって抱き着いてきてさ……人懐っこい馬鹿犬ってこんな感じなのかなって」
「は?犬?」
「ん?うん、犬」
「…いぬ……」
長々語っておいて、辿り着いたのは…犬だった。
夏油はついに真人も恋を覚えちゃったかぁ〜、と誰目線かと突っ込まれるようなことを思っていた。
まあ恋人関係となればそれはそれで小町を取り込めるし、自由人の真人の手綱を握れて主に漏瑚の苦労も報われるかもしれないとは思った。
だが、答えは、犬。
しかも馬鹿がついた犬。
確かに、馬鹿な犬は可愛い。
日本には馬鹿な子ほど可愛いという言葉があるほどだ。
夏油は、ハハ、と乾いた笑いを漏らしながら背もたれにもたれた。
「なに?どうした?」
「いや…なんでもないよ…」
真人は呪霊である。
それも人から生まれた呪いだ。
人間である小雛を弄ばないだけ珍しいだろう。
別に恋愛物語は期待していない夏油は真人の問いに笑って答えて首を振った。
期待はしていないが、興味はあった。
呪霊は、人間に恋心を抱くのか…という興味。
結果は愛玩動物程度の情だったが。
いや、それでも人間から生まれた呪いが人間に対して好意を持つだけでも奇跡に近いのかもしれない。
夏油の返答に真人は『ふーん』と言って興味をなくしたように読書に戻った。
(犬…犬か〜〜〜)
期待…はしていない。
していないが…少し残念に思う。
それは決して人間らしい感情からではない。
(器と呪霊の間に子は生まれるのか……"あの娘"のように器の身でも子が孕めるのか試してみたかったんだがな…)
遠くにいる小雛へと視線を向ける。
小さすぎて分からないが、何となく楽しそうに笑っているように思えた。
ふと、夏油はある女の姿を脳裏に浮かべる。
その女は特殊体質であった。
その娘のように器である小雛も呪霊の子を孕めるのか実験してみたかった
そう思うのは義務なのかもしれない。
"この手で作った物"がどこまで機能するのかを確認する製作者の義務。
本来なら人間と呪霊がまぐわっても受胎はしない。
だが、小雛に関しては可能性はゼロではないともいえるだろう。
(まあ、相手が真人である必要はない…人間とも試してみたいし…それに今あの子は私の手の中にあるのだから焦る必要はないか…)
呪霊ならばその辺にいる。
この体の持ち主の術式もある。
人の形をした方が小雛も抵抗はないだろうという気づかいはない。
あの娘を愛したのではなくただの実験に使った男に、"我が子"への愛情があるわけでもない。
それに、呪霊だけではなく人間との間にも器の身で孕むのかという実験もしたい。
時間は有限だが、無限でもある。
これはただ単純に興味からくる実験であり、呪霊と組んでまで行おうとしている計画とは無関係だ。
焦る必要はないと判断し、夏油は小雛を見つめながら薄く笑った。
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