(12 / 53) 本編 (12)
その日、偶然真人も漏瑚も夏油も出かけていて姿はなかった。
裏梅も忙しいのか、一度小雛の…いや、小町の顔を見た後すぐにどこかに消えた。
残ったのは陀艮と、花御だけだった。
小雛はこの二人の中では陀艮と仲がいいが、その陀艮は気持ちよく海に浮かんでお昼寝しているので邪魔が出来ない。
花御はビーチチェアに座っていた。
どうやら出かけている夏油に用があるようで、帰ってくるまで待っていた。
動かないので寝ているか起きているのか分からない。
ただ、接点がないため、話しかけても返ってくるか分からない怖さから近寄れなかった。
小雛はチラリと花御を見るが、すぐに視線を外す。


「…………」


諦めたように花御とは二個ほど離れたビーチチェアに座って海を見ていた。
小雛はこの時、眠たかった。
すごく、すごく眠たかった。
満足に人間の血肉を与えられないため、小雛の体は今省エネモードに入っていると言っていい。
気を抜くとすぐに眠ってしまう。
中途半端に質のいい血や肉を与えられる影響だろう。
体調を崩すほどではないが、決して全快ではない。
これはただの飼い殺しに近い。
うとうととしているが、小雛は中々眠りにつけなかった。


(真人様…)


ここ最近はずっと真人と一緒だった。
真人が小雛の傍から離れない時もあれば、小雛が真人から離れない時もあった。
眠るときも真人の上で、彼に抱きしめられて眠っていた。
彼と一緒に寝るといつも以上に深く眠れて、寝起きもいい。
小雛は寂しかったのだ。
いつも眠る時も起きる時も一人だった。
起きている時だってたまに五条が来てくれるが、すぐに帰ってしまうし、使用人は目さえ合わせてくれない。
そんな日々を送っていたから、周りに人がいるだけで嬉しかった。
独りぼっちという寂しさがない事が小雛の心を満たしていた。
真人との『これは』『貝だね』というやり取りに飽きないのも、何か問いかければすぐにいつでも返ってくるのが嬉しいからだ。
はっきり言って、小雛は傍にいてくれるなら誰でもよかった。
それこそ五条でなくても。
そう思っていたのだ。
思っていたのだが…それでも想ってしまうのは彼だった。


(悟様…)


どれだけ満たされても、どれだけ寂しさを埋めても、脳裏にい浮かぶのは五条だった。
だからか、傍に誰かがいるというのに、寂しさで胸が痛い。
五条が忙しいのは分かっている。
あの屋敷に閉じ込められていた時だって、月に数回会えたら運がいい方で世界が平和だという事。
数か月…長くて半年会えない事の方が多い。
会ったとしても顔を見てすぐに帰る事の方が多く、一緒に食事をしたり会話を交わす事の方が珍しいのだ。
小雛は五条が何をしている人なのか分からないし、世界の事情も分からない。
だけど彼が忙しい人だというのは分かっていた。
だから夏油の言葉を小雛は疑いもなく信じた。


(眠れません…)


瞑っていた瞼の裏にも五条の姿が浮かび、小雛はパチリと瞼を開ける。
五条を思い浮かべて寂しいと思えば思うほど、彼に会いたくてたまらなくなる。
彼の自分を呼ぶ声や、頭や肌に触れる温かく大きな手が欲しいと思った。


(駄目です…我が儘は言ってはいけません…雛は真人様達にお世話になっているのですから…迷惑をかけてはいけません…)


ジワリと涙で瞳が濡れる。
目をぎゅっと瞑って寂しさを紛らわそうとした。
だけど寂しさは消えてくれなかった。
それどころか余計に寂しくなるばかり。


「………」


もう無理に眠ろうとするのは諦めた。
目を開けてパラソルの裏側をただじっと見つめる。
ここにいない五条の事を考えても仕方ない。
だけど小雛はもう五条の存在が体中に染み付いてしまっている。
真人達に心を開いてはいるが、その奥底には五条だけが存在していた。
そうさせたのは誰でもない、五条だ。
小雛はのそりと体を起こし、花御を見る。
花御はピクリとも動いておらず、相変わらず寝ているのか起きているのか分からない。
小雛はビーチチェアをそっと降りて転げないように気を付けながらそっと花御に近づく。
花御は特級である。
訓練もせず呪術師でもない素人の小雛の気配や動きなどとっくに気づいているはずなのに、やはり動かなかった。


「は、花御様?起きていらっしゃいますか?」


ツンツン、と気づかない程度の弱弱しい力で花御の体を突っつき、聞こえない程度の声で花御に声をかける。
気づかないでほしい、起きないでほしいという本音からくるものだ。
しかし、花御は動かない。
花御は真人や漏瑚のように『目玉』はなく、目玉の代わりに木が生えている。
そのため、小雛には起きているのか寝ているのか分からない。
とりあえず、反応がないところから寝ていると思う事にし、小雛は花御を起こさないようゆっくり花御の上に乗る。


「お、お借りします…」


そして、そっと体を倒し、花御の胸元に顔を寄せ、身体を丸めた。
前は一人で寝るのが当たり前だったのに、人の温もりを知ってしまうと寂しさで眠れなくなっていた。
小雛は真人としているように、花御の上で眠ろうとしていた。


(おやすみなさい、悟様…)


ここにはいない、瞼の裏に焼き付いている五条にそう声をかけ、小雛は静かに目を閉じた。
花御は真人のように人間の姿をしていないが、それでも温もりは感じた。


『………』


すうすうと寝息をたてる小雛の背中を、花御はそっと優しく撫でた。







しばらくして、三人はそれぞれ別行動だったが、最初に漏瑚が戻り、その後夏油と真人が同時に戻ってきた。
真人は戻って早々小雛を視線を配らせて探す。
花御と小雛はそれほど仲がいいわけではないので、小雛は一人でビーチチェアに座っているのだと思っていた。
しかし、意外な組み合わせが真人達を出迎えてくれた。


「あれ、花御と雛が一緒にお昼寝してる!珍しい!」


小雛が寝ているので声を抑えるが、驚きが隠せない。
夏油も『珍しいね』と頷く。
先に帰ってきた漏瑚も珍しい組み合わせに、目を見張ったが(本人は否定するが)小雛を気遣い静かに適当なビーチチェアに座った。
真人が近づき、花御は口元に人差し指をもっていく。


『静かにしてください…雛がお昼寝中ですよ』

「ごめんごめん…でも珍しいね、雛と花御って一緒に昼寝するほど仲がいいってわけじゃなかったのに…」


『ちょっと妬けちゃうなぁ』と呟く真人に、夏油はにっこりと笑う。
以前なら『お?焼きもちかな??可愛がってる子を取られた焼きもちかな??いいぞもっと妬け!そして私の実験に付き合え!』と気になるあの子に友達がちょっかいを出して焼きもちを焼く図にほのぼの(下心あり)していただろう。
だが、今では『犬だもんね??懐いてる飼い犬が他人に懐いてたら面白くないもんね???』という目線になっている。


『妬いてしまう気持ち分かりますよ、真人…雛は可愛いですからね』


花御は真人や陀艮のように積極に小雛と関わろうとはしないし、漏瑚のようにさりげなく気遣う事もない。
小雛と楽しくしている仲間たちを離れて見守っているだけだった。
だが、花御も真人達と遊ぶ小雛を見て絆されたらしい。
ただ今まで切っ掛けやタイミングがつかめていなかっただけである。
しかし、今日は運のいい事に二人きりの状況に遭遇した。
さてどうやって話しかけようかと思っていると、小雛から接触してきたのだ。
花御の言葉に真人も『可愛いもんね』と頷き…


「雛って『犬』みたいで可愛いからね」

『雛は『猫』のように愛らしいですからね』


点、点、点、と二人の間に沈黙が落ちる。
お互いの顔を見合い、真人と花御は黙り込んだまま花御の上でお昼寝している小雛を見る。


「…どう見ても雛は犬だよね」

『…いえ、雛は猫です』


小雛は、真人には犬に見え、花御には猫に見えていた。
ほのぼのとしていた空気が一瞬にして不穏な空気に変わる。
人間でも犬猫論争は終わりが見えない戦争ではあるが、どうやら呪霊達も同じらしい。


(猫…猫か〜〜〜)


夏油は不穏な空気を無視し、ただただそう心の中で呟き…漏瑚は『くだらん』と心の中で切って捨てた。
蕩蘊平線の中はとても平和です。



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身体が回復した漏瑚が別の場所に居たりと、普段は陀艮の領域に集まっているわけではないと思いますが、ここはご都合主義という事で…^^;
アニメから見たので、先入観もあるのだと思います。



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