(13 / 53) 本編 (13)
最近、小雛の様子がおかしい事に真人は気づいた。


「はぁ…」


最近、小雛は溜め息が多い。
貝遊びブームが去り、今は砂遊びブーム中である。
砂で城を作ったり、山を作ったり、絵を描いたりと楽しんでいた。
小雛の絵はすごい。
『えっ…え…うそ…画伯じゃん…』と真人が言うほど小雛の絵はすごい(二回目)。
何がすごいのかと言えば、動物を描けば化け物が生まれ、人間を描けば化け物が生まれ、無機物を描けば崩壊した何かが生まれた。
そう、画伯は画伯でも、駄目な方の画伯である。
真人達も化け物なのに、それ以上の化け物を小雛は砂の上で生み出した。
真人はドン引きを通り越して感激していた。
人間もやればできるじゃん、と感想を述べ、夏油に『いや褒めるとこ違くない?』と突っ込まれた。
そんな楽しんでいる中でも、小雛はふとした時、溜め息をつく。
今だってそうだ。
今日は陀艮も入れて砂の山を作りトンネルを三人で繋げていた。
完成して喜んでいたと思えば、溜め息をついた。


「雛、どうしたの?」

「え?何がでしょう?」

「最近溜め息ばっかりついてるでしょ」


気になって聞けば、小雛は無自覚だったようで『え?』と小首をかしげていた。
しかし真人に言われて自覚したのか、申し訳なさそうに眉を下げて笑う。


「不快な思いをさせてしまいすみません…」

「いや、不快ってほどじゃなかったし…でも、最近心ここに有らずって感じだったし…大丈夫?まだ体調悪い?」


小雛は血しか与えていないのもあって、体調はそれほどいいわけではない。
血はちゃんと貰っている。
下手に上級の血を与えると、小町の回復が早まるため、人間は人間でも真人達が見えず死んでも問題にならないであろうホームレスの血しか与えていない。
溜め息が悪いわけではないが、何度もされると気にはなる。
その程度には真人も小雛には懐いていた。
陀艮も心配しているようで、『ぶぶ』と鳴いていた。
無意識だったとはいえ、二人に心配をかけさせてしまった事に小雛は申し訳なく感じ、眉を下げながら白状した。


「…少し…寂しくて…」


そうポツリと呟く小雛に、真人と陀艮はお互いを見る。
呪霊は基本群れる事はない。
宿儺の呪力や、強力な呪力を感じて集まることはあるが、真人達のように徒党を組んで何かを計画するような仲間として集まるのは珍しい。
しかしそれは思考がない下級の呪霊だけであり、小町や小町の兄である宿儺も過去、裏梅という配下がいた事から、珍しい事は珍しいが真人達が特例というわけではないのだろう。
真人達もお互い仲間として認識しているし、きっとこの中の誰かが祓われたら腹も立つ。
だが、それでも、人間の寂しいという感情はまだ真人達には分からなかった。
意味は分かるのだ。
意味は分かるのだが…真人達にはまだ理解ができずにいた。


「寂しいって?」


何を寂しがることがあるのか、そう真人は問う。
だが、小雛は真人の問いに、ハッと我に返るように気づき慌てた。


「あっ!も、申し訳ありません…お世話になっているのに我が儘なんて…」


手を振って謝る小雛の手首をガシリと真人の大きな手が掴んだ。
小雛は手首を掴まれ目を丸くして真人を見る。
真人は何故か不機嫌そうな表情を浮かべ、不服そうな目で小雛を見ていた。


「俺達がいるのに寂しいんだ」

「あの…」

「誰?」

「え?」

「誰を思い出してたの?」


懐いている犬が飼い主以外に気をかけるのが気に入らない。
真人はむすっとさせながら小雛に聞いた。
小雛は素直に言うべきか迷う。
小雛は本当に夏油の嘘を信じていた。
家を無くした自分を預かってくれる良い人たち、だと思っている。
これ以上迷惑をかけてしまっては申し訳ない…そう思っていたからずっと寂しいという気持ちを抑えていた。
だけど、溜め息をついていたということは、抑えきれなかったのだろう。
もしかしたらあの部屋にいた頃から溜め息をついていたのかもしれない。
真人の手の力が更にぐっと入れられる。
どうやら逃がす気はないようだ。
じっと見つめる真人から逃げたくて、ついビーチチェアの方へ視線をやる。
そこには漏瑚と花御はおらず、夏油だけがいたが、夏油は助ける気はないようで動きもしない。
夏油に助けを求めたのが気づかれたのか、更に力を入れられた。
小町の器とはいえ、小雛は普通の人間だ。
真人も流石に力加減はしてくれてはいるが、それでも小雛にとっては痛みを感じた。
それでも壁が発動しないのは、器である小雛が真人に心を許しているからだろう。
小雛は逃げ場を失い、白状するしか道はなかった。


「悟様にお会いしたいです…」

「さとる?…ああ、五条悟…」


真人の確認のような呟きに、小雛はコクリと頷いた。
弱音は一度吐き出されると歯止めが利かなくなる。


「会いたい…会いたいです…会って、抱きしめて、撫でてほしいです…いつものように雛の名前を読んでほしいです…悟様に会いたい…」


小雛にとって五条は親のような存在だった。
小雛は自分が閉じ込められている理由も小町の器だからという理由以外には知らない。
それに関して深く考えた事はなく、寂しい日々の中、唯一会いに来てくれる五条に小雛は依存していた。
屋敷と五条から離れ、真人達という話し相手がいるのに、小雛の心は満たされなかった。
寂しさに心が押しつぶされそうで、小雛は視界が揺らぎ、ポツリと黒く美しい瞳から涙が溢れてきた。
目をぎゅっと瞑るとポロポロと涙が零れ落ちる。


「泣かないで、雛」


ポロポロ泣く小雛を真人はそっと抱き上げる。
膝の上に乗せて抱き上げる小雛は真人の首に手を回して肩に顔を埋めた。
じわりと服が濡れたので、まだ泣き止まないのだろう。
こういう時、人間ではない真人達はどう泣き止ませれば分からない。
陀艮など小雛が泣いている姿を見て、自分も泣きそうに瞳をうるうるとさせていた。
とりあえず抱っこして頭を撫でた。
だが、小雛の瞳からは透明な魂の汗が流れるばかりで、魂の汗は止まらなかった。


「そんなに五条悟がいいの?俺達よりも?」


今まで小雛は楽しそうにしていた。
自分とも陀艮とも楽しそうに遊んでいたし、花御ともあの昼寝以降話す機会も増えた。
漏瑚の不器用な優しさも分かるようになったし、遠くから見守るような距離にいる夏油とも会話を広げる事も多々あった。
食事だってちゃんと運んでいるし、外に出れないのは同じだがあの屋敷では小雛は一人だった。
自分達がいるのに、それのどこが不満なのだろうか。
真人の問いに小雛は肩に埋めていた顔を上げて真人を見る。


「真人様達には感謝しております…真人様達との日々はとても楽しくて…雛は雛の部屋にいた時よりも真人様達と一緒にいる時が幸せに思えます…」

「なら寂しがることないだろ?もっと遊び相手が欲しいっていうなら外から人間を連れてくるよ…どんな奴がいい?何人がいい?同い年?同性がいい?子供がいい?大人がいい?ここは簡単に外には出れないからそいつが逃げる心配をしなくていいし他の奴に見つかる心配もしなくていい…そいつが飽きたら別の奴連れてくるしさ……だからさ、雛…悲しまないでいいよ…雛はずっと俺達とここにいればいい」


人間を領域に連れてこれるかは分からない。
そんな事小雛と会う前は考えもしなかった。
夏油もこの領域に行き来できるし、小雛だって領域に留まることが出来ているのだから、外にいる人間だってこの領域に居られるだろう。
だが、夏油は、夏油と小雛は、人間ではあるが呪詛師と呪物の入れ物だ。
普通の人間とは違う事を真人は頭から抜けていた。
まあ、無理だとしても呪霊を連れてくればいいだろうし、それも無理なら真人の改造人間を与えればいいと思っていた。


「ありがとうございます…ですが…真人様は真人様…悟様は悟様なのです…真人様は悟様ではありません…悟様も真人様ではありません…」


小雛は自分が我が儘だと気づいた。
真人達とも友達でいたい。
だけど五条にも会いたい。
みんながいればもっと幸せだ。
小雛は自分がこれほどまで我が儘な子供だとは思っていなかった。
出てしまった我が儘はもう訂正は出来ない。
駄目だと思ってはいるが、抑えられた気持ちを一度でも開放してしまうと止める術を小雛は知らない。
止まりかけていた涙がまた小雛の大きな黒い瞳からポロポロと零れ出る。


「雛は我が儘な駄目な子です…真人様達は雛を預かってくださっているのに…真人様達に良くしていただいているのに…雛は悟様に会いたいと我が儘ばかり…ごめんなさい…」

「でも会いたいんだろ?」

「はい…会いたいです…悟様に会いたい…」


本当に、こんな寂しい気持ちを知るくらいなら、非人道的でもいいから人の温もりや温かさや優しさを知らないまま育った方がよかった。
五条に会いたいと思えば思うほど自分が我が儘になっていくのが嫌だ。
真人達はこんなにも優しくしてくれるというのに、その優しさに甘えて我が儘ばかり言う自分が嫌いだった。
小雛の涙に真人は『うーん』と悩んでいるような声を零す。


「でもさ…五条悟、教え子を殺したよ?」


小雛は真人の何でもないような言葉に、思考が停止した。
目をパリチと一度瞬きをすると、溜まっていた涙が頬を伝って落ちる。
目を真ん丸に丸めて呆気にとられたように自分を見る小雛に、真人は濡れた小雛の頬を指で拭ってやりながら続ける。


「彼は生徒を殺したんだよ…彼は人間を殺したんだ…人間はさ、人間を殺したら犯罪者になるんだよね?雛はそんな人間に会いたいの?そんな人間の傍にいたいの?」


ガツン、と固い何かに頭を殴られたような衝撃が走る。
真人の言葉を頭の中でうまく処理ができなかった。
真人は今、五条が生徒を殺したと言った。
それは分かった。
だが、その意味を理解する事を小雛の頭が拒否した。


「うそ…」


小雛の中にいる五条は昔は意地悪ばかりだったけど、でもそれでも彼は優しくて、温かくて、頼れる大人の男性だった。
でも、真人は言った―――五条は人殺しだと。
いつも優しく頭を撫でてくれる手は実は血で汚れているのだと。
小雛は信じられなかった…信じたくなかった。


「嘘じゃない…彼は両面宿儺の器だった生徒を殺したんだ」


両面宿儺、という名前に小雛にまたガツンと殴られたような衝撃が訪れる。


「りょうめん、すくな…悟様が小町ちゃんのお兄様を殺した…?」


嘘だ、とまた思う。
だけど口にはできなかった。
両面宿儺。
彼はずっと小雛も探していたのだ。
珍しく五条に我が儘を言って、暇な時でいいから小町のお兄さんを探してほしいと願った。
だって、自分はこんなにも家族と離れ離れで悲しいのだから、小町も悲しいだろうと思ったのだ。
こんなにも家族に会いたくて仕方ないのに、小町は千年も離れ離れになってしまっている。
自分が屋敷に囲われているから、小町と宿儺を会わせてあげれないのだと小雛は責任を感じていた。
なのに、五条にはいつも宿儺は見つかっていないと報告されていたのだ。
それが本当ならば、小雛は五条に嘘をつかれたことになる。


「お兄様…宿儺様は…見つかっていたのですか」

「ん?…うん…見つかってたっていうか…何か月前かくらいだったかな?両面宿儺の器が現れたって聞いた」


器。
その単語は、呪術師や呪霊などの言葉や意味を知らない小雛も知っている。
自分が小町のそれなのだと、五条が教えてくれた。


「小町のお兄様の器…」

「そう、器…名前はなんだったっけ…」

「虎杖悠仁だよ」


人間は玩具程度としか思えない真人は興味のない人間の名前は憶えていない。
なんだったかなぁ、と思い出そうとする真人に、夏油が歩み寄りながら答えてくれた。
小雛の様子に気づき来てくれたらしい。


「いたどり…ゆうじ………ゆうじ…ゆうじ…」


小雛はショックを受けていた。
五条が生徒を殺したという言葉に衝撃を受けたし、宿儺が見つかっていたと知ってショックを受けていた。
しかし、宿儺の器の名前を小雛はボソボソと呟くように繰り返す。
その声は小さく、真人や夏油にも届かなかった。


(ゆうじ……ゆう、くん…?)


パチン、と頭の中で何かが弾けたような音がした。
その瞬間、小雛の視界は一転する。


「真人、あまり小雛を刺激しないでくれ…何事もタイミングっていうものがあるからね」

「ごめんごめん、なんかサトルサマニアイタイって煩かったから」


軽く謝る真人に夏油は溜息をつく。
小雛を刺激したくないというよりは、小雛の中にいる小町を刺激したくない。
五条を求めて泣くくらいだから、まだ小雛を懐柔しきれていないのだろう。
小町を仲間に引き入れるならば、まずは小雛を懐柔すべきだと夏油は判断した。
どうやら小町は兄の宿儺と違い人間である小雛を器として認めているらしく、ならば、御しやすい小雛を手懐けてから小町をも懐柔する算段をしていた。
ただ、簡単に飼い慣らせる相手だとは思っていない。
だからこそ小雛を飼い慣らす必要があるのだ。
非協力的なら小雛ごと祓えばいい。
夏油は宿儺ほど小町を警戒していなかった。


「でもさ、宿儺の器って―――」


本当に死んだの?、と夏油に聞こうとした時…真人は弾かれた。
夏油はすぐには反応できなかったが、夏油の目の前に真人の腕が一本落ちる。
真人の腕が砂の上に落ちた音で夏油はハッと我に返り、真人を見た時にはすでに腕の再生が完了していた。
真人は夏油ではなく、真っすぐとどこかを見ていた。
その視線に夏油は振り返ろうとした。
しかし―――…


「誰の許しを得て妾の雛に触れておる」


その瞬間、その場の空気が張り詰めた。

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