(21 / 53) 本編 (21)
伏黒は仕舞っていた携帯を取り出し、時間を見る。
あれから10分経っているが、少女が目を覚ます気配はない。


(結局…呪詛師かどうかも分からなかったな…)


少女の素性が分からないまま、少女に借りを作ってしまった。
本音を言えば、戦っても勝てないから味方でいてほしい。
しかし、呪詛師であった場合…自分の命は少女が握ることになる。
流石にあの力の差を見せつけられて『勝てるかもしれない』『逃げ切れるかもしれない』なんて考えられなかった。
それだけの力の差が自分と少女にあると、先ほどの特級との戦いで見せつけられた。
恐らく、この少女に対抗できる人物は特級という等級を持つ呪術師だろう。
ただ、一人は呪詛師で現在すでに死亡しており、一人は海外、一人は放浪しており捕まらない。
必然的に特級案件は五条一人に向けられる。
五条は普段軽い性格をしているからあまり実感が湧かないが、それでも、長く彼との付き合いがある伏黒は五条が少女に負ける想像が浮かばない。
少女の力を見せつけられても、六眼と無限術式の抱き合わせで生まれた五条の力は圧倒的ともいえる。


(あいつがいなくてよかったかもしれないな…あいつはきっとこの少女を殺せない)


脳裏に死んだ同期を思い浮かべる。
虎杖は義姉と同じく善人だった。
他人を守るために呪物を食らった善人。
きっと虎杖はこの少女を殺せない。
いや、殺すことはきっとできる。
少女が人を殺し、善ではなく悪ならば、彼も呪術師として対峙するだろう。
だが、いつまでも心の傷としてそれは残る。
伏黒はそれが嫌だった。
もう死んでしまった人間の心を心配するのは自分でも可笑しいとは思うが、まだ、虎杖を亡くしてそう時間は経っていない。
どうしても彼を想うのは仕方のないことかもしれない。
虎杖の姿を思い浮かべていたその時、少女の瞼がゆっくりと開けられた。


「!」


目を覚ました。
それを認識したのと同時に、伏黒は息を呑む。
目の前の存在が不透明という不気味さもあるが、何よりも目の前の少女は特級相当の等級に値する力を持っている。
味方ならば良し。
野良ならば保護者に返し、場合によっては保護をする。
年齢によっては同じ学校に通う事になるだろう。
しかし、呪詛師ならば話は違ってくる。
あの時、少女からの敵意は全て特級呪霊に注がれ、伏黒を助けたのもこの少女だ。
しかし、それは特級呪霊という共通の敵が目の前にいたからだ。
その敵を祓った今、少女がもし呪詛師ならば、少女の敵は伏黒にすり替わる。
自分よりも格下であろう存在に興味を失いここから去ってくれるのなら運がいい。
戦闘になれば、覚悟を決めなければならない。
覚悟とは―――死。
死んでも抗い、死んでも抵抗し、死んでも逃げ切ってやると言う覚悟を決める。
伏黒は敵わないと分かってはいるが、だからと無抵抗で殺されはしないとさりげなく咄嗟に式神を呼べるよう構える。
そんな伏黒を他所に、少女は目を瞬いた後、体を起こし伏黒を見た。


「縛りは破らなかったようじゃな」


周囲に誰の姿や気配もなく、五条悟の姿や気配もない事に、少女は笑う。
少女は何も返せない伏黒を気にも留めず、立ち上がり砂埃を払う。
ぱっぱと砂埃を払う仕草も年相応で、到底特級相当の強さを持っているとは思えなかった。
だが、それは事実である。
味方か敵か、不透明というのもあり緊迫した空気が伏黒から放たれる。
その空気に気づいた少女はその整った顔で笑う。


「安心せよ…妾はお主の敵ではない…まあ、味方でもないが…今のところ呪術師と敵対する気はないとはっきり言っておこう」

「………」


そう言うものの、それをそのまま信じるのは軽率であった。
一応構えは解いたが、警戒はそのまま実行中。
それを察したかは知らないが、少女は『ならば証拠を与えよう』と伏黒に近づく。
それと同時に伏黒の体に緊張が走るが、それすら気にも留めず少女は伏黒の手に触れる。
そこは少女に血を与える際傷つけた手だった。
応急処置として布を巻いている手に触れ、少女は血で汚れている布を取り…


「―――っ!」


伏黒は目の前の光景に目を丸くした。
少女は伏黒の手の平を上に、自身の手を下から支えるように添え、血が止まってぱっくりと開いているだけの傷口を覆うようにもう片手を重ねる。
するとすぐに異変を感じた。
くすぐったさを感じたと思えば、ズキズキとした痛みが消えたのだ。
少女が手を離せば、伏黒の手の平にあったはずの一本線の傷口が綺麗に治っているのが見えた。
伏黒は目を丸くし手の平を凝視するように見つめた。


「反転術式を使えるのか…」


ポツリと呟かれたその呟きに、少女は呟いた主である伏黒に顔を上げ首を振る。


「妾は反転術式は使えぬ…これは反転術式とは別物じゃ」


少女の言葉に伏黒は『やはり』と思う。
反転術式は難しい術式ではあり、術者も限られるが、一人しかいないわけではない。
伏黒が知っている中で家入と乙骨と、自身のみの効果ではあるが五条が使用できる。
貴重な術式ではあるが、少女が使った術式はそれとは別物だという。
確かに、反転術式というものがあるのなら、反転術式とは別の治療術式が存在していも可笑しくはない。


「さて…これで証明できたな?妾はお主と敵対する意思はない…故に、妾の問いに答えよ」


少女の言葉に伏黒は無言で目線を合わせる。
証拠がない言葉をどこまで信じていいのか分からないが、少なくとも多少は信じてもいいかもしれないと思えた。
ただし、治療してくれたとはいえ、完全な味方ではないというのもあり、警戒を全て解いたわけではない。
敵でもないというのは理解したが、まだ得体のしれない存在という不気味さが強く残っていた。
敵ではないが味方ではないということは、行動によって、状況によっては敵にもなるということになる。
警戒が解けないのは無理もなかった。
警戒を解けないことに当然少女は気づいているが、やはり気にも留めていない。
それは伏黒も理解している。
だからこそ、悔しいと思ってしまう。
伏黒がどれだけ警戒してようと、構えを隠さなくても、少女は気にも留めていない。
それはすなわち、伏黒は眼中にない…ということだ。
それほどまでに少女と伏黒の力の差がある、ということでもある。
問いに答えよという少女に、伏黒は頷いて返す。


「お主は五条悟を知っていると言っていたな?どの程度知っておるのじゃ?」

「どの程度、とは…」

「連絡先を知っておるか否か…それを聞きたい」


少女の問いに伏黒は怪訝とした表情を浮かべて見る。
怪訝そうな顔を見て、彼が何を疑問に思っているのか察した少女は続けて『あの阿呆に連絡を取りたい』と言った。
それが更に怪訝さを深める。
五条に連絡するなと言ったのは少女の方だ。
しかし、自分の意識のない場所で好き勝手されるのは嫌だろうな、と無理やり納得することにした。
今のところ、という部分が引っかかるが、一々疑っていては話が進まないと伏黒は考えるのをやめた。
どうせこの少女に対抗できるのは特級呪術師である五条だけなのだ。
2級の自分でどうこうできる案件ではない。


「五条先生は担任だから連絡先は知ってるが…」

「ほう、お主があの阿呆の生徒か…それはそれは可哀相に…」


五条は未来の呪術界のために忙しい身を教鞭を執ることで更に忙しくしている。
特級の仕事もあり、どうしても高専の一年生だけしか担任できない。
二年の先輩も、一年の時の担当は五条悟だった。
そして、今年一年生である伏黒と釘崎、そして今はいない虎杖の担任も、五条悟だ。
それを伝えれば、何故か少女に同情された。
少女と五条がどんな関係か、本当に顔見知りかは知らないが、高専の生徒でもなく野良らしい少女でさえ五条の性格の悪さを把握されて同情された伏黒は複雑な気分になる。
とりあえず言い返しフォローを入れてやるほど五条の日頃の行いは良いわけではないので、何も言い返さず携帯を取り出し五条の名をタップする。


「ああ、そうじゃ…あの阿呆に余計なことは伝えなくてもよい…ただこう伝えよ……『小雛がお主に会いたがっている』とな…そう言えばあの阿呆はすぐに来る」


耳に当てる前にそう言われ、伏黒は怪訝とさせながらも頷く。
内心『そんなんですぐに来るなら苦労しねえよ』と日々微妙な遅刻魔な担任を思い浮かべ愚痴りながら呼び出し音を聞く。


≪はいはーい、皆のグッドルッキングガイ、五条悟でーす≫


親しいからと言って五条のスケジュールは把握していないが、今日は昼から任務があると授業を他の教師に交代したのは覚えている。
今回は本当に特級相当の案件なのだろう。
『どうした〜恵〜』といつもの間の抜けた声に、思わず息をつく。
目の前の得体のしれない特級よりも、性格がクズであっても味方としては信用のある五条の声を聞いて無意識に緊張していた気持ちが和らいだのだろう。
しかしそれを認めるのは癪に障るため、とっととクズな方の特級呪術師(クズじゃない方は留学中)を召喚すようと、少女の言葉をそのまま伝える。


「小雛という方が五条先生に会いたいと言っているんですけど…今、大丈夫ですか」


少女の名前が小雛という事でいいのだろう。
大体の人間は生まれる前から親が考え決められている。
そのため、顔に似合わない名前を持っている人も多い。
少女は顔が整っており、小雛という名に違和感を持つ人間はそういないだろう。
しかし、伏黒は違和感を感じた。
どこか…別人の名前のように思えた。
五条と連絡ができたという安心感からか、どうでもいいような事を思いながら五条の反応を待っていると…


≪…小雛?恵、今小雛って言った?≫


五条の珍しい本当に驚き戸惑っているような声に伏黒は『はい』と返答しつつ、首を傾げた。
どうやら五条の反応からして、小雛らしい少女と五条は本当に知り合いらしい。
チラリと少女を見ると、興味なさげに手持ち無沙汰に立っていた。
そんな少女を見ながら頷こうとした時―――


「はあ?なんで小町が出てんの?」


電話越しではない五条の声。
一瞬思考さえも固まった五条だったが、すぐにハッと我に返る。
そちらに視線をやれば電話を片手に持つ五条の姿があった。
五条の任務は日本の端。
ここまで術式を使って移動したらしい。
慣れていても突然現れれば驚くもの。
伏黒は思わず一歩後ろに下がってしまう。
驚く生徒を他所に、五条はマスクの下で眉を顰め雛と呼んだ少女を睨む。
その視線は、マスクで隠されていても分かるほど露骨だった。
伏黒は五条の登場に携帯を切り、彼の邪魔にならないように離れる。


(珍しいな…あの人が上層部以外で露骨に嫌そうな顔を隠さないのは…)


五条の機嫌が悪い。
それは彼が隠さないため、伏黒はすぐに彼の機嫌の悪さを察した。
腐った人間しかいない上層部を除いて、五条をここまで露骨な態度を取るのは実は珍しい。
伏黒は内心驚きながらも、『やはり呪詛師だったか』と思う。
そんな周囲を気にも留めず、少女は不機嫌さを隠さない五条を鼻で笑った。
その態度は明らかに五条を軽視しており、伏黒は五条の事は心から尊敬していないが少女の態度に流石に不快感を感じた。
しかし、そんな不躾な態度を向けられた本人である五条は、慣れたように気にもしていないようだった。
五条は携帯を仕舞いながら伏黒を見た後、隠すことのない不快感をそのままに少女を見る。


「…お前、縛りを破ったのか」


低い、唸るような声。
その声に混じった殺気に直接向けられていない伏黒でさえ身がすくみ、あまりの恐怖に鳥肌が立った。
五条と長い付き合いの伏黒でさえその殺気にグッと拳を握ったが、殺気を向けられている当の本人である少女は愉快そうに笑う。


「阿呆か貴様…縛りを安易に破るわけがなかろう…その年で痴呆になったか…それは好運…愉快なことじゃ」


『妾の子らと祝杯をあげねばな』と続ける少女に伏黒は『これ以上あの人を煽るな』と叫びたかったが特級同士の間には入れない。
五条は少女に向ける殺気を隠さないが、少女も愉快そうに笑っていてもその小柄な体からは殺気が混じって五条に向けられていた。
お互いにお互いを殺さんばかりに腹を立てているのだろう。
隠すことも抑える事もしない二人に伏黒は巻き込まれているのだ。
伏黒は内心『誰もいないところでやってほしい』と同じことを思っていることは五条も少女も知らないだろう。
少女の煽りに、現在沸点の低すぎる五条は『あ"?』と叩き売られた喧嘩を更に低価で買う。
強くなる五条からの気配に、巻き込まれた伏黒は息苦しく感じた。


「特級呪霊の残穢が残っていた…だが、特級相手に恵が無傷というのは無理がある…交戦する前にお前が来て祓った、というのなら別だが…当然残穢も確認済み……―――お前…恵に褫奪(ちだつ)を使ったな」


五条の言葉に伏黒は悔しそうに顔を顰める。
しかし、五条の言葉は何一つ間違ってはいない。
現に特級相手に体はボロボロだった。
そもそも特級という存在が可笑しいのだ。
だが、悔しい。
脳裏にまた虎杖が浮かぶ。
少女は五条の言葉に厭らしい笑みを浮かべた。


「使ったが、それは妾に血を与えるため傷つけさせてしまったそこな呪術師に使用しただけじゃ…その怪我も軽傷…縛りに触れるものではない……そもそもアレは貴様が小雛を丸め込んで使えなくしたであろう…妾とて縛りを破った事で起こりうる罰は恐ろしい」

「丸め込んだ?褫奪(ちだつ)の条件を聞けば誰だって縛りを結ばせるだろ…俺は小雛を人殺しにするつもりはない」

「人殺し?心外じゃのう…あれは対価じゃ…"只より高いものはない"と貴様ら人間も言っておろう?妾の術式を貴様らのようなちんけな術式と一緒にするではない…たかが死者の蘇生すらも出来ぬ貴様らのカスのような術式と妾の術式を同等に扱うでないわ」


褫奪(ちだつ)とは、小町の治癒術式の事である。
真人の改造人間を人間に戻した術式も褫奪である。
褫奪に不可能はない。
だが、只より高いものはないという教えの通り、不可能がない代わりに代償が高すぎるのだ。
その悪質的な対価に五条は軽傷以外の治療を禁ずる縛りを小雛と交わした。
だから、小雛は真人に集められた怪我人を全員治すことはできなかった。
あれ以上治療を行えば、五条との縛りを破る事になるのだ。
その中で、褫奪は死者を蘇生させる事すらも可能である。
『死者の蘇生』と聞き、伏黒が反応した。
やはり、考えるのは虎杖悠仁。
蘇生とは、文字通り死者を蘇生する事。
死んだものを生き返らせるのだ。
だが、非現実的な世界である呪術界でも死者を生き返らせる術式は存在しない。
そもそも怪我を治療する術式ですら希少扱いなのだ。
人間が死者を生き返らせる術式を持つ事など天と地がひっくり返してでも無理な話。
それが、目の前の少女はできると言った。


「駄目だよ恵…なんの見返りもなく死者を生き返らせることは不可能だ」


五条の言葉に伏黒は我に返る。
そして、五条の言葉で少女を縋るように見ていたことに気づいた。
少女は笑みを深め、五条は少女に視線を決して外さず伏黒に硬い表情を浮かべていた。
伏黒は無意識に少女に縋ったのだ。


「死者を蘇生するなんて小町にとって容易だけど、当然対価がある…小町の蘇生に必要なのは、多くの命だ」


五条の言葉に伏黒は息を呑む。
同期である虎杖悠仁の死は伏黒と釘崎の心に傷をつけた。
だからこそ、死者を蘇生できるかもしれないという少女に光を見いだしてしまった。
伏黒は一瞬でも少女に縋りそうになった自分を恥じ、固く目を瞑る。
そんな伏黒に、少女は楽しそうな声を零しながら笑った。


「愛いのう…いつの時代も人は愛い…まあ、安心せい…少々領域を使って治しただけじゃ…縛りは破ってはおらん」

「領域を使った?…お前の術式に犠牲の出ない術式なんて存在するわけがないだろ…何を犠牲にした」


小町の術式のほとんどに人命が使われる。
小町は人間を消耗品としか思っておらず、故の術式…故に不可能がない。
人を人とも思わない人間だったからこその術式である。
小町に人の情も良心も一欠けらも存在していない。
疑り深い五条に小町は隠すつもりはないのか、教えた。


「対価はクソから貰ったから安心するといい」

「そんな話信じろと?俺はお前の性格の悪さを知ってんだぞ」


小町の術式を理解している五条だからこそ信じられなかった。
小町の術式の対価は人の命だ。
特級相手ならば中傷ではなく重症だったのだろう。
中傷だとしても下手をすれば死に繋がる代償を要求され、重症ならば一人につき一人の命を要求される。
その代償や対価に等級どころか、人間か呪霊かなどは関係ない。
重症ならばきっかり一人に一つの命が使われる。


「あの…五条先生…彼女の言っていることは本当です…目の前で呪霊が祓われた後俺の怪我も治ってました」

「………」

「貴様に封じられた褫奪と違い領域では蘇生であっても一人の生贄で済むからのう…妾の体を守ってもらう必要があった故、妾と雛を守るためならば万全でなければならない…だから、領域を使った…それが気に入らないのであれば領域をも封じなかった貴様の愚かさを呪え」


伏黒が小町を手助けするように説明し、伏黒の言葉に五条は黙り込む。
そこに偽りがないか見極めているのだろう。
伏黒を疑ってはいないが、相手が小町というだけで怪しさ満点である。
小町は嘘は言っていない。
小町の術式である褫奪は不可能のない治癒をする代わりに生贄という代償と対価が要求される。
それは主に対象者と小町以外の全てから貰う事になっている。
しかし小町の領域である刻刻供犠(こっこくくぎ)は多少別となる。
治療に犠牲者が必要なのは変わらない。
だが、褫奪と違い、領域であれば一人に必要な犠牲者は一律。
中傷であろうと重傷であろうと蘇生であろうと、一人につき、一人の生贄が与えられる。
重傷に関しては褫奪よりも領域の方が被害が少ないが、その代わり、領域で軽傷を治療したとしても一つの命が犠牲になるのだ。
そして、褫奪との違いの一つに犠牲となる存在の違いがある。
褫奪は人間のみだが、小町の領域は、供犠(くぎ)という名の通り、その領域にいる小町以外の全てが生贄として認識される。
それが呪霊であろうと呪物であろうと、一つの命として計算される。
そして、もう一つ。
例外が小町の領域に存在する。
それが小町の言う『妾の子』である。
妾の子、すなわち、我が子であり、小町の子でもある彼らは一つの意味ではない。
いくつもの子らが存在しており、その存在は一応五条も知ってはいるが、その全てを五条は把握していない。
領域内にいる我が子は式神ではなく、攻撃する手段もなく、攻撃を受ける事もない。
ただそこに存在しているだけの影だ。
しかし、我が子は小町の判断で生贄にする事も可能である。
その我が子とは、伏黒が不気味と感じた領域内にいた影である。
修復対象が1人に必要なのは、1体の生贄。
五条や宿儺などの実力者でない限り、小町が指名した生贄は絶対だ。
その生贄の命を使って伏黒の怪我に対する対価を支払ったのだ。
五条がこれ以上何も言わないという事は一応は納得したのだろう。
とはいえ、全てに納得できるわけがない。
小町が自分に素直に答えるとは思わないので、これ以上時間を無駄に使うわけにもいかい。


「一応、それで納得してやるよ……それで、なんでお前が出ているんだ?雛は……いや、違うな……お前、雛に何をした」


五条は小雛が心配だった。
あの屋敷からいなくなった後もちゃんと食事を与えてもらっていたかという心配もだが、何より小町に無体をされていないか心配になる。
小雛と一緒にいられた時間はそう長くはない。
だが、虎杖同様、器に主導権がある以上、小町もそう長い間小雛の体を乗っ取ることは出来ないはず。
ここまで長く小町と話したのは初めてと言っていい。
それはただ小町が隠していたからか、それとも五条の心配するように小雛の体調が本当に悪いのか分からない。
だが、今現在、体の主導権を小町が奪っているのは分かる。
静かな殺意に小町は薄く嗤い、誤魔化す様に肩をすくめてみせる。


「なぜ妾が雛に危害を加えねばならぬのだ?貴様ら人間と一緒にするでないわ」

「だったらさっさと雛に変われよ…俺はお前を相手に優しくしてやれるほど優しい男じゃねえんだよ………それとも、変われない理由があるのか?」


五条の苛々が伝染しているように、肌を刺す。
口調が昔に戻っている事をもう隠す気はないらしい。
身長差故ではあるが、五条は不快感を隠さず見下すように見下ろす。
少女もそれに答えるように見上げているがその瞳は蔑んでいた。
その彼らのやり取りを聞いてるだけで…いや、彼らの態度だけでも不仲だと分かる。
二人とも伏黒がいる事を忘れているかのようにお互いに向けて殺気立ち、その場の空気は一変して張りつめていく。


「雛がの、貴様のところに帰りたがっておるのじゃ…じゃが、妾は貴様が嫌いじゃ…心底嫌いじゃ…それこそ愚兄と同等にな……そもそも妾は貴様でなくてもよいし、御しやすい男にしてほしいと思っておる…じゃが、雛は頑なに貴様を心酔しておる…理解できぬし、理解する気すら起きぬ……貴様こそ雛の尊厳を奪った男だというのになぁ……妾はそこが気に入らぬ」


―――だから、殺すことにした。
そう呟いた瞬間、少女の後ろに沸き上がったように影が空中に現れた。
その影は二つに別れ、形を成型していく。
黒色の影に色が混じり、影は二匹の金魚に姿を変えた。


「『非形之誂(ひぎょうのあつらえ)雌雄(しゆう)』――――貴様を消せば雛も諦めよう」


二匹の金魚を従わせ、少女―――小町は美しく嗤った。

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