軽やかに奏でられる音楽、楽し気な老若男女の声。
自身の生得領域内に広がるその耳触りの良い周囲の音を聞きながら、小町はむすっとさせてそっぽを向いていた。
しかしチラリと様子を見るように前を視線を向ければ…こちらもまたむすっといかにも怒っていますよと言わんばかりの小雛がいた。
「小町ちゃ―――」
「嫌じゃ」
「…………」
目線が合ったので、もう一度告げようと小雛が口を開いた時、小町が最後まで言わせないと言わんばかりに小雛の言葉を遮った。
ツン、とそっぽを向く小町の態度に、小雛はぷくっと頬を膨らませた。
「雛は怒っているのです!!小町ちゃんは酷いです!悟様にあんな事をして!!目が覚めたら替わりますから悟様に謝ってくださいっ!」
「嫌じゃと言ったら嫌じゃ!あのクソカスに頭を下げるくらいならば舌を噛み切って自害した方がマシじゃ!!」
「小町ちゃんっ!!」
小雛は小町と向い合せに座り、怒っていた。
それは珍しいことである。
閉じ込められたばかりの頃も泣き喚いていたが、怒るというよりは恨んでいた。
本気ではないものの、小雛が怒りを見せたのはこれが初めてだった。
いつもニコニコ笑って五条と小町の言う事を何でも聞くいい子ちゃんの小雛でも、流石に慕っている五条に無体をした事に怒りを覚えた。
可愛い器に初めて怒られ、小町は意地にもなり断固拒否を示した。
それも、その理由が五条悟という気に入らず憎くも感じている男の為に小雛が怒っているのが気に入らないし、五条悟に頭を下げて謝ると言うのも気に入らない。
小雛が言えば言うほど小町は意固地になるのに小雛は気づかず、小町が五条に行った事に頭に血を上らせていた。
「妾は絶対に謝らぬからな!」
「でもでも!小町ちゃんは悟様に酷いことをしました!酷いことをしたら謝らなきゃいけないのですよ!!じゃないと悟様も小町ちゃんもずっとずっと傷ついたままです!」
怒り慣れていないのに、ぷくっと頬を膨らませて怒ってますアピールする器は可愛い。
プリプリ怒りながら小さな手をぎゅっと握りしめる姿も可愛い。
だが、これはこれ、それはそれである。
いくら可愛い器のお願いとはいえ五条に謝るのは意地の他にもプライドが高い小町としては死んでも嫌だ。
「雛は見ておったであろう!!妾とカスはあんな事で一々傷つくほどの仲ではない!そもそもあんな地位と血筋と術式以外良いところがないカスのどこが良いのじゃ!!妾だったらあんなカス選ばぬし選択肢の中にすら入れぬぞ!!」
小町にとって、世の女性たちが見惚れるほど整っている五条の顔は魅力のみ文字もない。
五条に対して小町は一ミリたりとも興味を抱いた事はない。
顔も術式も気に入らないが、何よりも性格が気に入らない。
むしろ五条という存在自体気に入らない。
小町は五条という男が嫌いだ。
小町の術式である褫奪を危険視し、何も分別がつかない頃の小雛を丸め込んで縛りをほぼ強制的に結ばせた。
小町と小雛は、小町が結ばせた縛りによって、より心と体が繋がり文字通りの一心同体となった。
そのためお互いの術式がより精確に使用することができる。
だが、逆にそれを逆手に取られ、褫奪を封じられた。
それが癪に障ったのだろう。
それでも顔と地位と術式しか能がない男を慕う小雛を理解できなかった。
小町の言葉に小雛は更にムッとさせながら小町を睨む。
「小町ちゃんに理解してもらおうなんて思っていませんっ!!悟様の魅力を分かっているのは雛だけで十分ですから!!」
「だからあんな男どこがいいと言っているのだ!!!あんな男を選ぶくらいなら愚兄を選べ!!まだ愚兄の方がマシ………いや…駄目だ…愚兄もだめだ……あの愚兄に雛は勿体なさすぎる……あのゴミ共よりもまだその辺に生えている男(と書いて雑草と読む)の方がマシじゃぞ!!!」
「小町ちゃんのお兄様でもダメなのです!!その辺に生えていらっしゃる方でもダメなのです!!雛は悟様でなければ嫌なのですっ!」
「なぜカスじゃなければならぬのだ!!男はカスだけではないぞ!!妾が人間だった頃の千年前とは違い現代にいる男など腐るほどいるじゃないか!!!そこまでなぜあんなカスを選ぶ!!妾はカスなど嫌いじゃ!!!」
「〜〜〜〜ッッ」
五条の良いところは自分だけが知っていればいい。
それは小雛の独占欲であった。
例え姉であり母でもある小町でも、五条の良さに気づいてほしくない。
小町は素敵な女性だと小雛は思っているのだ。
そんな魅力のある小町がライバルになったら、小雛は自分では太刀打ちできないと思っている。
だから、言いたくはなかった。
だが、それ以上に語彙力の無さから小町に言い返す事も言い負かすこともできず、小雛は叫ぶしかなかった。
悔しい。
小雛はあの屋敷に囲われてから諦めしか感じたことなかった感情が久々に動いた。
言い返すほどの言葉が浮かばず、だが小町は意固地になったように五条に謝る気はない。
小雛は11年間も蓋をし続けた反動から、沸き上がる感情を制御できず、悔しさにポロポロと大きな丸い瞳から涙が溢れていく。
小雛の涙に、怒り心頭だった小町はぎょっと目を剥いた。
「な、なぜ泣くのじゃ…」
小雛が泣く姿なんて10年以上見たことがない。
最後に見たのは帰りたいと癇癪を起した時だった。
何をしても無駄だと分かると小雛は防衛のために考えるのをやめた。
それ以来小雛は泣かなくなった。
可愛い器に泣かれ、小町は柄にもなく動揺してしまう。
あわあわとさせる小町を余所に、小雛は完全に涙腺が決壊したように涙がぶわっと溢れていく。
「もう小町ちゃんなんて知らない!!!小町ちゃんのばかぁ!!!!」
わああ、と小雛はその場でうずくまって泣き始めた。
小雛の泣き声を聞き、小雛の感情を感じ取っているのか、楽しそうな声や音楽を奏でていた影達からはどよめきが生まれ、いつの間にか音楽も消えた。
それに気付いた小町はチラリと影達に視線を向けた。
影達に助けを求めたのだ。
小町は何不自由のない生活をしてきた。
そう言ったら少し語弊があるかもしれない。
だが、最強を誇る呪いの王である宿儺に溺愛され、我が子達に尽くされ生きてきた。
当然宿儺や我が子達には叱られたことなどない。
こうして駄々をこねられた事などもなく、むしろ、小町は駄々をこねる方であった。
だから、今、小町は、どうしたらいいのか分からなかった。
影達に助けを求め、影達は己の神のために小雛を慰めようとする。
言葉を失くした影達だが、小町と深く繋がっている小雛にも影達が何を伝えたいのか理解できている。
影達は小雛を説得しようとするが、小雛も小雛で断固として譲らず顔を上げる素振りすらない。
影達に慰められ説得されても微動だにしない器に、結局影達は全員小町に向かって首を振るしかなかった。
どうやら折れるべきは小町だと言っているらしい。
愛すべき我が子達の判断に小町はぐっと唇を噛み、顎を引く。
嫌だ。
ぜっっっっっっっったいに折れたくない。
いくら札束を詰まれようが、いくらこの全世界の人間全てに頭を下げられようが、世界の実権を握るのを許可されようが…あのカスに頭を下げるなど死んでも嫌だ。
小町も小町で、蝶よ花よと育てられた超絶箱入り娘であった。
そんな小町の心情など我が子らにはお見通しであった。
近くにいた影が一体、小町に近づき耳打ちをした。
その言葉に、小町は更にぐっと唇を噛みしめた。
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