(24 / 53) 本編 (24)
あの後、五条は医師である家入に小雛を診せるために高専に向かった。
伏黒には申し訳…ないとは思わず術式を使用し、伏黒を置いて瞬間的に家入のいるであろう医務室に飛んだ。
丁度休憩をしていたらしい家入は突然現れた同期に、驚いたものの、長い付き合いのため慣れているのかゴクリと飲みかけて口の中にあったコーヒーを飲み込む。
傍から見たら冷静に見える彼女だったが、五条の腕の中にいる存在に気づき、その目を懐疑的に変えて同期を見た。


「…五条…お前…ついに…」


同期の腕の中には可愛らしい女の子が目を瞑って横抱きにされていた。
五条は"見た目"が良い分、目隠しをしていても隠し切れないスタイルの良さに絵になるのが腹が立つ。
呆れたように目を細めながら手には携帯を取り出す家入に、五条は慌てて止めに入る。


「ちょっと硝子!?そのスマホで何するつもり!?」

「何って…通報をするためだが?」

「通報!?なんで!?」

「なんでってお前……そりゃぁ、目の前に誘拐犯がいれば誰だって通報するだろ…」

「ゆ、誘拐犯!?違う違う!この子僕の婚約者!誘拐してないし、むしろ保護したっていうか…」


誤解をしている家入に五条は腕の中で眠る少女、小雛が自分との許嫁だと説明をする。
家入はその説明にもう一度五条の腕で眠る少女を見る。
長身の五条のせいか、小柄の体が余計に小さく華奢に見える。
顔は可愛い系の整った顔をしていた。
年齢は分からないが、どう見ても成人しているようには見えない。
中学生、最低でも小学6年ほどだろうか。
五条はちゃんと説明して解決したと思っていた。
しかし、説明したというのに何故か余計に家入の目が懐疑的に染められた。
そして、テーブルに置いていた携帯に再び手を伸ばし、三つの数字をタップする。
それを見て五条も再び慌てて止めた。


「待て待て待て待て!!!ちょっと待って!!えっ!?なんで!?なんでまたスマホを取るわけ!?僕ちゃんと誘拐じゃないって説明したよね!?この子が婚約者って説明したよね!?」

「なんでってお前…淫行教師をブタ箱にぶち込むのは市民の義務だろうが」

「いん…淫行!?僕が!?なんで!?」

「…28歳にもなって淫行も分からんとか…やばすぎだろ…」

「いやいや!分かってるから!分かってるけど理解できないんだけど!?この子婚約者だって言ってんじゃん!真剣に付き合ってるから合法だから!!!」

「こんやくしゃ……28歳の男の口から未成年を婚約者と呼ぶ絵面…やべえな…」


どう見ても未成年である少女を平然と婚約者だとか合法とか言ってのける元クラスメイトに、家入は遠い目をする。
とりあえず、少女が意識を取り戻した際に事情を聴いて通報するか否かを決めようと、渋々…本当に渋々、携帯をテーブルに置く。
ひとまず通報だけは免れたが、家入は納得した顔はしていなかった。
納得いかないが、小雛も放置できないとぐっと自分を抑えて家入に小雛を診てもらう。
小雛は眠っているため、眠ったままの診察になる。
婚約者とは言え、一応男と女という事でカーテンを引いてその外で五条を待たせる。


「どう?」


小雛がいるベッドの傍に椅子を持ってきて座り、五条は診察が終わるまで待つ。
六眼で見た呪力は安定していて減っていない。
減っていたとしても、小雛の呪力量は五条の知る中で最も最大とも言えるため、クロやブチ達を出しても大した量は減らない。
小町が術式や領域を使ったらしいが、二人はお互いの術式は使えるが、呪力の共有はしておらず、領域も共有はできないらしい。
小町が奥に引っ込んだため、六眼で見れる呪力は小雛のものだ。
呪力の変化もなく怪我もない様子だが、やはり好いた人間を心配してしまうのは無理もないだろう。
しばらくすると、シャッと音を立ててカーテンが開けられる。
長い足を持て余しながら待っていた五条は、その音と共に家入の姿が現れ立ち上がり、すかさず問えば家入は肩をすくめてみせた。


「目立った外傷はない…ただ、触診だけじゃ分からない事もあるから後は本人が目を覚ましてからだな」


五条に、持病や前に会った際に気づいた異変などを聞くが、完全に管理されていた小雛は風邪一つ引いたことがない。
首を振る五条に、家入は『そうか』とだけ答えた。
五条はチラリと小雛を見る。
家入がかけてくれたのだろう…小雛は布団を肩までかけてありぐっすりと眠っていた。
こうして見てみるとただ眠っているだけにしか見えない。
小雛の傍にいてやりたい気持ちが強いが、やる事も多い。


「じゃあ、僕は雛の事を学長とジジイ共に伝えてくるから…その間雛をお願いね、硝子」


首にかけてあった聴診器を外す家入に五条は声をかけ医務室を出ていこうとする。
それを見て家入は『は?』と五条へと振り返る。


「ちょっと待て…もし目を覚ましたのが小町だったらどうするんだ…相手は特級呪物だぞ」


『しかもあの宿儺の妹だ』と出ていこうとする五条を止める家入に、五条は『大丈夫大丈夫』とあっけらかんに言い手を振るだけだった。
その軽すぎる態度に家入は眉を顰める。
家入の術式は、治療のできる反転術式のみ。
それに対してこの少女はあの宿儺の妹である特級呪物の器。
その呪物が目を覚ました場合、対処できる術式は家入にはなかった。
本来なら、護衛が必要なのだ。
それは、同期だった五条が誰よりも分かっているはず。


「小町もそこまで馬鹿じゃないさ…彼女は雛の意志を尊重し呪術師に保護されるのを選んだ…そんな彼女が簡単に呪術師や非術師を殺すことはないと思うよ…それに宿儺と違って彼女は人間には寛容だし、人間を食べるって言っても襲う事はないから安心していいよ」


『雛はすっっっっごく良い子だけどね』と惚気た後、家入の返答を聞かず小雛と小町の事を報告しに医務室を出ていった。
それを聞いても納得と安心なんてできるわけがない。
五条を見送るしかなかった家入は呆れ半分疲労半分の溜め息をつき、改めて小雛を見る。


「この子が小雛…小町の器か」


小町の存在は家入も知っている。
小町が器を得て表舞台に現れた時、五条が呼ばれ、その器と婚約した。
当時まだ3歳だった器の事を家入は五条からよく聞いていた。
最初は『面倒くさいガキを押し付けられた』『なんで俺があんなガキと婚約しなきゃならねんだ』と愚痴を言っていたが、気分屋の彼が時々会いに行く度に絆されていることに気づいた時、家入は一人爆笑した。
文句を言っていた割には次第に幼い少女に骨抜きにされていく最強に笑いがこみ上げたが、同時に安堵もしていた。
"あの事件"以降、同期は何やら思いつめた表情をするようになった。
上を潰すだけでは駄目だと言って、同期は教師の職に就いた。
如何せん何でもできる(性格以外)完璧人間なため、忙しくてもこなせるのが腹立たしい。
だが、あれ以来何かに執着を持つことがなかった男が、唯一の楽しみを見つけることが出来たのは喜ばしい事だ。
それが、呪物の入れ物であろうと、一回りも年下の少女であろうと…同じ机を並べて学んだ身として…身近で彼を見てきた人間として、小雛の存在がどれだけあの男にとって大きいのかを理解していた。
家入は寝ている小雛を見つめ続ける。


「…やはり…幼いな…」


思わず声に漏れてしまった。
人によるが、寝顔は人を幼く見せる。
だが、それを抜きにしても小雛は幼く見えた。
疑ってはいなかったが、本当に14歳の少女だと認識させられる。
それと同時に、手の早い同期がまだ手を出さないのが疑問だったが、その理由も納得した。
流石のおモテになられるナイスガイ(笑)も一応常識は備わっているらしい。


(小町と言えば反転術式とは違う治療系の術式が使えるらしいが…)


五条から色々聞いている中で、治療の事も聞いている。
反転術式とは違い、万能の治療術式を所有しており、万能の裏にはエグイ数の犠牲者が存在し、反転術式とは違うモノだというのも聞いている。
同じ治療術式を使う者として、それに興味が湧かないわけがない。
小町が使用する術式と、反転術式がどう違うのか興味があった。
勿論、反転術式が術式ではないのを理解した上だ。


(死者を蘇らせる事が出来る術式…まさかそんな術式が存在するとはな……)


小町の術式は、神のような術式だ。
リスクを考えなければ最高峰ともいえる。
だが、素直に褒め称えるには被害が大きすぎた。
ふと、死者を蘇らせる事ができるのだと思い出した時、家入の脳裏に一人の男が浮かんだ。
しかしすぐに奥へと消す。
考えても仕方のないことだと思ったのだ。


(まあ…反転術式を使う身としても、医師としても…見てみたくはあるがな)


ただ、興味があった。
小町の術式は高リスクが付き物。
だから五条は小雛を通して封じた。
五条曰、虎杖は呪力を持っていないが時間が経つにつれいずれ宿儺の術式が刻まれるのだという。
虎杖よりも11年も早くその身に呪物を宿した小雛はすでに小町の術式が刻まれている―――と思われている。
はっきり言わないのは、五条がはっきりと断言しないからだ。
五条の言葉には、『恐らく』、『と思われる』…とはっきりとしない言葉が使われた。
小雛は懐いている五条にも言わなかったが、五条は秘密裏に小町と小雛の間で何らかの縛りを結んでおり、その縛りは命に関わる物だと読んでいる。
だから小雛はまるで小町のように小町の術式をそのまま使用できる。
だから、小雛と縛りを交わすと自動的に小町も縛られる。
それが正しいか読み間違いかは家入にも分からないが、確実に言えるのは小町と小雛はまさに文字通り一心同体というわけだ。
その為、宿儺だけを祓う事ができる可能性がゼロではない虎杖とは違い、小町を祓うならば小雛も死ぬということだ。
だから気難しそうな小町ではなく、小雛の方が簡単に術式の事を教えてくれそうだと思ったのだが…


(いや…やめよう…まだ生きていたいしな…)


小町の術式に興味はある。
小町よりも小雛の方が聞きやすいかと計算するもやめた。
口止めされているかもしれない、というよりは小町と同期が煩そうだと思ったのだ。
五条はどうもこの14歳の少女に本気なのだという事は、日々惚気られてもう嫌って程分かっている。
隠れて聞いても、バレた後が面倒になること必須である。
藪蛇を避けるためならば、面倒ごとを避けるのならば、自身の興味などとっとと蓋をするのが一番である。
そう思い小雛から視線を逸らし、残っていた事務仕事をしようと背を向けた時…家入は視線を感じた。
すぐに振り返れば、ベッドに横になったままこちらを見つめる少女の姿があった。


「目を覚ましましたか?…私は五条に頼まれて―――」

「あの男に伝えよ」

「――!」


小雛の話は聞くが、小雛の写真は見せられたことはない。
色々バレてはいるものの、一応小雛は機密扱いされている。
それを無視して五条は好きな女の写真を遠慮なく撮っているようだが、親しい人間の部類になる家入にも小雛の写真を見せる事はしなかった。
それは機密だからではないことを家入は知っている。
そもそも機密と言うのであれば元から小雛の事はいくら信頼を寄せる同期にも話さない。
機密であろうとなかろうと、あれは単に惚気である。
以前機密扱いなのに自分に話していいのかと本人に聞いた事があった。
五条曰く『だって、あまりにも雛が可愛すぎて誰かに言わないと僕、耐えられなくて…あっ!だらかって写真は見せないからね!写真見せちゃったら勿体ないじゃん!写真見せちゃったらさ、もう僕だけの雛じゃなくなっちゃうじゃん??』と真顔で言っていたので、どうやら五条の中で見せるのと喋るのとでは違うらしい。
『こいつ本当に気持ち悪いな…』と本気でドン引きしながらも家入は慣れているので適当に流した。
そのため、話はよく聞くが、小雛の顔は今日初めて見た。
だから、目の前にいるのが小雛なのか、小町なのかなど家入には分からない。
しかし、家入の言葉を遮るその声からは威圧感を感じた。
家入は気づけば背筋を伸ばし、小雛を見ていた。
それほどまでに目の前の少女から送られるプレッシャーは重い。
家入は目の前にいるのが小雛ではなく、小町だとすぐに認識し、『はい』と頷き聞く耳を立てる。


「器が目覚めた時…妾の食事をすぐに用意できるようにせよ…血だけでも構わぬゆえ1級以上を用意せよ、とな」

「畏まりました…必ずお伝えいたします」


小町は余裕がない。
もう3週間以上も碌に食べておらず、真人達から与えられた血も一部は上級ではあったが、基本蝿頭さえも見ない人間の血肉だったためこうして表に出る事でさえ体力が奪われていく。
それでなくても保護される前に領域と雌雄を出して温存していた体力や呪力も空となってしまっている。
温存していたものを全てつぎ込むほど、小町は五条を毛嫌いしていた。
人間を取り込むことでしか生き永らえない自分の体が腹立たしい。
必要なことだけを伝えて小町はすぐに眠りについた。
顔をこちらに向けたまま静かに瞼を閉じると、向けられたプレッシャーも同時に止む。
威圧感が消え、家入はホッと胸を撫で下ろす。
伸ばしていた背筋もそのままに家入は傍にあった椅子に座り、背もたれに体を預け体の力と共に姿勢を崩した。


「何だかんだ言っても特級呪物なんだな…」


目の前にいた小町と、五条から聞かされる小町は全くの別人だった。
五条の話は大半が惚気だったため、小町の実力は不明なままだった。
可愛らしい器の見た目に騙されたと言ってもいいだろう。
眠っている顔があまりにも幼げだったため、最初は警戒していたがいつのまにか絆されていたらしい。
しかし、見た目が幼くても特級呪物は特級呪物。
小町の威圧感は本物だった。


「硝子〜雛、起きた?」


気分転換にテーブルに置いてある飲みかけのコーヒーを飲もうとした時、五条が戻ってきた。
戻ってくる時間が異様に早いので、お得意の押せ押せ作戦で勝利したのだろう。
ジジイ達はどうでもいいが、元担任である学長の夜蛾に同情だけしながら先ほど小町の伝言を五条に伝える。
すると五条の表情が曇り、家入は『おや?』と片眉を上げて五条を見る。


「小町は他に何か言ってなかった?何日も食べてないとか…小雛が食べるのを拒んでいたとか」


家入は首を振りながら、『そういえば』と思い出す。
昔…まだ小雛が器となってあの屋敷に閉じ込められていたばかりの頃。
まだ五条が恋心を自覚していなかった頃。
小雛が4週間以上も食事を拒んでいたことを思い出した。
そこで小町の伝言の意味を理解する。
小町は何らかの理由で食事を与えられていない状況らしい。


「病院に行って小町の食事を用意してくる…その間に小雛が目を覚ましてお腹空いているようだったらとりあえずこれ食べさせて」


そう言って五条は家入に袋を渡す。
袋を見ると高校近くの個人が経営しているコンビニのトレードマークが印刷されていた。
中身を見ると、中には鮭のお弁当と、きんつばとお茶のペットボトル1本が入っていた。
どうやら小雛の食事らしい。
高専に近いコンビニと言っても街から距離がある。
あの腐った蜜柑共がそう簡単に五条を解放するわけがない。
それでもこの短時間にコンビニの袋を携えて帰ってきたということは、確実に術式を使用した瞬間移動をしたのだろう。
相変わらず力の無駄使いもいいところだ。


「戻ってくるまで雛のお世話お願いしていいかな?雛はコンビニ弁当を食べた事がないから何か分からない事があったら教えてあげて…あと嫌いな物とかはないけど食べたがらなかったら食べさせなくていいから」

「分かった」

「あと献血の準備もしといて」

「献血?」


小雛が世間知らずなのは、ある程度ではあるが家入も知っている。
とはいえ、コンビニ弁当も食べたことがないというのは、自分が当たり前すぎて考えもしなかった。
色々と世話を焼く必要があるな、と考えていると続けられた言葉に首を傾げた。
怪訝とさせる家入に五条は何でもないように『そう、献血』と続ける。


「学長は小町の事で対応に追われてるし、七海も任務、他の1級も外に出てるからすぐに一級以上の人間なんて簡単に用意できないからね…だったら僕の血を与えた方が早い」


小町に提供される人間の血肉は、二種類ある。
一つは呪術師の血肉。
高専を利用する呪術師は、まず最初に契約書を提示される。
それは死後、体の一部を小町の食事として提供する事への許可である。
小町は病気持ちであろうと、本人は無害だ。
その為人間を選ぶわけではない。
その契約書は決して縛りではないが、一度でも承諾すれば例え家族や考え直した本人が断ったとしても、高専から抜けない限り肉の提示を断れない。
勿論家入も五条も契約書に署名しているが、流石に生徒達は除かれる。
それは、伊地知達補助監督も同じである。
しかし、契約書にサインしたからと言って必ず死後小町に食べられるわけではない。
小町を逃がしたくはない呪術師側は、小町が術者の血肉を食べる事によって力を取り戻し逃亡することを恐れている。
その為、小町の体調を崩さないように気を付けながら極稀にしか呪術師の血肉は提供されない。
時々小雛が美味しいと感じる血肉は、その極稀にしか提供されない呪術師の血肉だった。
そして、もう一つ。
もう一つは提携している病院からドナー登録をしている一般人の血と内臓が送られてきている。
主に小雛が食べているのは呪霊も見えない一般人の血肉である。
勿論違法ではない…と言いたいところだが、臓器売買となり違法だ。
それでも病院や呪術師が摘発されないのは、警察の上層部も関わっているからだ。
ドナー登録している心優しい人を裏切り、必要な人に提供できない心苦しさはある。
だが、必要な人よりも小町を優先するほど、呪術界にとって小町は特別な呪物なのだ。
家入は五条の言葉に一理あると思う。
病院と提携しているとはいえ、呪術師だけが利用しているわけではない。
小町から1級以上と指定されたため、一般人の血肉だけを提供することは不可能だ。
幸いにも呪術師の死体は現在高専内にはない。
それでなくても現在高専内にいる人間で一級以上など目の前の馬鹿しかいない。
ならば、特級である馬鹿こと五条の血を与えた方が平和的だろう。
だから家入も五条の言葉に否定はしなかったし止めもしなかった。
ただ…


「なんか犯罪臭い…」


14歳の少女に28歳の男の血を与える…この行為は小町だけではなく小雛も救うことにもなるため、本来は犯罪臭はしない行為だ。
しかし、家入は14歳もの年下の少女に劣情を持つ五条の下心を知ってしまっている。
ジト目で五条を見る家入に、五条は笑う。
五条としては妥協案を言っただけにすぎず、下心はない。
そう、下心はない。
ない…はずである。
にっこりと笑って小首をかしげる惚ける同期に家入はこれ以上首を突っ込むのはやめた。(面倒だから)
『ほら、さっさと行け』と言って猫を追い払うように手を振る。
出された五条は、素直に人間の血肉を貰いに病院へと向かうため、医務室から出て行った。
去る際に背を向けながら手を振る五条を見送りながら、家入は深い溜め息をつき机に袋を置いて椅子に座る。


「同じ人間を食べなければ生きていけないとはな…不憫なものだ…」


小町は人間の食べ物では満腹にはならない。
一応食べれるし味もちゃんと分かるらしいが、腹は一切満たされないのだという。
カニバリズムを好んでいる人間でなければ、同じ人間を食べるという行為は幼い子供には相当な重荷だっただろう。
しかも、今の時代同族を食べる行為は違法とされている。
こうして罪を犯さなければ食べることも生きることすらできない。
過去に一度、死を選んだらしいが、それを五条に止められている。
その後吹っ切れたのか、あれほど拒んできたのに小雛は現在まで素直に人間を食してきた。
幼いこの子が、どんな気持ちで死を選んだのか。
幼いこの子が、どんな気持ちで人間を食べる事を選んだのか。
家入は寝顔を憐れみながら見つめ、その感情を飲み込んで押し隠すようにすでに冷えたコーヒーを飲み干した。

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