(26 / 53) 本編 (26)
今回の眠りは小町の生得領域には行かず、意識が沈むように眠っていた。
ふと頭を撫でてくれる手に小雛の意識は浮上し、目を覚ます。
重い瞼を開ければ、聞き慣れた声が聞こえた。


「雛、起きた?」


目を開けてその声の方へと視線を向ければ、五条がいた。
小雛は寝ぼけているのもあるのか、呆けたように五条を見つめる。


「さとるさま…」

「うん、僕だよ…おはよう、雛」


あれほど望んだ人が目の前にいる。
しかも優しい大きな手で頭を撫でられていた。
寝ぼけたままではあったが、小雛は嬉しく感じた。
心がポカポカしたように温かくなった気がした。
まだ眠たかったのに、五条が傍にいてくれていると思うと眠気も吹き飛んだ。
小雛は『おはようございます』と返しながら、ふにゃりと笑う。
心から安心したように笑うものだから、五条は『ン゙ン゙ッ』と声を漏らし顔を手で覆った。
頭を撫でてくれていた手が離れ、小雛は少し寂しそうに五条の手を見送る。
流石に小雛の食事は変わらず与えられていたと言え、一心同体の小町の体調が崩れているせいか小雛にも反映されている。
五条という小雛が最も信頼する人間のもとに戻れたという安心感からその体調不良がどっと押し寄せていた。
しかし、ふと何かを思い出したように起き上がろうとした。
それを五条が止める。


「雛、起きたらだめだよ…体調が悪いんだから寝てなきゃ」

「ですが…小町ちゃんは謝らなければいけません…」


『謝らせる?』と小雛の言葉に五条は首を傾げた。
そんな五条に気づかず、小雛は目を瞑る。
すると気配や雰囲気、更には表情が変化し、五条は撫でるために小雛の頭に添えていた手を放し、小雛が心配でベッドに寄りかかっていた体制もすぐに身を引かせる。
小雛の変化で誰が来るのか分かっていたのだ。
その予想も正しく、五条が女の中で最も嫌う小町が現れた。


「…なに素直に出てくるわけ?…僕と雛のラブラブタイムを邪魔しないでくれる?」

「はあ?らぶらぶ???貴様のようなクズと妾の可愛い雛が?笑えぬ冗談じゃの…貴様、笑いの才能ないんじゃな…哀れなことじゃ」

「はああ???ふざけんなよ…クソ呪霊ごときが僕の雛の保護者面か?それこそ笑えねえ冗談じゃねえか…お前こそ笑いの才能ないんじゃないか?いや、むしろ寒すぎて逆に笑えるのかもなぁ?」


小町も五条を兄と同等に嫌っている。
普段は例え可愛がっている器に言われても素直に出てこないのに、なぜか今日は素直に小雛と交代してきた。
やっと意識を取り戻した小雛といられると言うのに、邪魔者が割って入り、五条の機嫌は更に低くなる。
それは勿論小町も同様である。
いつもなら、お互いの罵倒に舌打ちを打ってそこで会話は終わるだけだった。
しかし、今回は違った。


『――――』


頭の中で小雛が喚く。
いつもは可愛い可愛い器の声だが、今は鬱陶しく思ってしまう。
眉を顰める小町に、五条は怪訝とさせた。
今まで小町と低レベルの言い争いをしてきたが、お互い嘲笑を浮かべはしても、眉を顰め顔を顰める事はなかった。
それが、今、ムッと不服そうに眉を顰める小町に五条は訝しんだ。
そんな五条を気にも留めず、キーキー煩い普段は可愛い器に言い負かされ小町は不服そうな顔をそのままに五条へと視線を向け…


「…先の事、すまなんだ」


そう言った。
その言葉があまりにも非現実的すぎて、五条は言葉が理解できなかった。
目隠しの布で隠れているその目を丸くさせ、呆気にとられる五条を無視し、小町は用は済んだと言わんばかりに小雛の中に引っ込んだ。
瞑られた目が開いた時には、五条が愛する小雛に変わっていた。
小雛は小町と入れ替わったためか、瞬きを数回した後に五条へと見上げる。


「小町ちゃん、悟様に謝りました?」

「え、あ、うん……え???」


小雛の問いに五条は頷いたが、何のことか分からず首を傾げた。
謝ったことは謝ったが、何に対しての謝罪なのか…そもそも小町が謝罪するという行為に気味悪さを感じていた五条は、小雛に恐る恐る問う。


「えっと…ごめんね、雛…何が何だか分からないんだけど…小町は何に対して謝罪してたのかな?」


今度は小雛が首を傾げる番だった。
きょとんとさせ目をパチパチと瞬かせるその姿はまさに秘宝。
いや、国宝級ともいえるだろう。(五条視点では)
小町の謝罪に吐き気を催していた五条は、小雛の可愛い姿にすぐに全快させる。
なんとも安い男である。
小雛は小町の謝罪の意味を五条に説明した。
その説明に五条は納得する表情ではなく―――顔色を真っ青にさせた。


「え……え???え…待って……待って、雛…」


何故か『え??』と繰り返す混乱しているらしい五条の制止に小雛は律儀に『はい待ちます』と口を閉ざす。
まだ混乱しているらしい五条は小雛から聞いた話をもう一度頭で整理する。


「と、いうことはだよ、雛……あ、あの時…見てたの?僕と小町のやりとり…」

「はい、見ておりました…小町ちゃんが見ておけと言っておりましたので」

(あんのクソ呪霊いいい!!!何してくれてんだ!!!)


頷く小雛の言葉に五条は頭を抱えそうになる。
普段、小雛は小町と交代している間は眠っている。
それはそういう仕組み…ではなく、小町がそう言い聞かせているのだ。
小雛は文字通り箱入り娘である。
世間から隔たれて生きてきた小雛を小町は神聖な存在のように考えている。
何色にも染められておらず、そして疑う事すら知らない無垢な存在。
対して小町は人間だった頃から同族を食べて生きてきた穢れた存在だと自身でも思っている。
そんな穢れた存在の目を通して小雛が外界を見る事を小町は嫌っている。
だから小町は小雛と交代する際は、小雛を生得領域で眠るよう言い聞かせていると聞く。
だから五条は血の気を引かせた。
今までお互いの利のために小町と五条の不仲を黙っていた。
だから小町のその行為は、暗黙の了解が破られ、均衡が崩れた瞬間だった。
小雛は小町と五条の仲が良いというわけではないのは知っている。
だが、殺し合うほど不仲であるとは思っていないだろう。
気まずげに反らしていた視線を小雛に戻すが、小雛は変わらない視線を五条に向ける。
そこに五条は多少の違和感を感じた。


「…雛…その……今まで黙っててごめんね…実は僕と小町は仲良くないんだ…」


誤魔化そうとは思ったが、あのやり取りを見られては誤魔化すのは得策ではないと思いやめた。
観念して素直に話せば、小雛の反応は五条の思った反応ではなかった。
小雛は、しょんぼりと眉を下げる五条が、どこか怒られることを怖がっている子供のようで可愛くて思わず笑みがこぼれる。
笑みがこぼれた小雛に五条は驚いたように目を見張った。


「怒ってないの、雛」


五条は小雛が怒るのかと思っていた。
怒る…というよりは呆れられるとばかり思っていた。
どれだけ性悪でも、小雛にとって小町は心の支えの一人だ。
五条はそこは認めたくはないが、事実、小町がいなければ小雛はきっと餓死していただろうし、孤独に苛まれていた。
小町も五条も、小雛の前では猫を被っている。
小町の性悪さは、可愛い猫の皮では被り切れないが、小雛は彼女の性悪さに気づいていない。
大切に思う姉のような存在を悪く言われるのは、いくら聖女(五条視点)のような人間でも不快に思うだろう。
だから五条は無意識に呟いてしまう。
ポツリと零れた五条の言葉に小雛は笑みをそのままに首を傾げる。


「いえ…怒っていませんよ?」

「じゃあ、呆れてない?」

「呆れてもいません」

「…僕、結構酷いことを小町に言ってた気がするんだけど…」


正直、思い返してみても小町に何を言ったのかはっきりと覚えていない。
あの時は、何故小雛が自分ではなく伏黒と釘崎の前に現れたのか疑問に思っていたし、行方不明だった間ずっと探し続けていたが見つからない焦りもあった。
しかも、伏黒からの電話で急いで来てみればそこにいたのは可愛い可愛い小雛ではなく、祓っても祓い足りないくらい憎たらしい小町だった苛立ちもあった。
だから小雛から主導権を奪い好き勝手している小町への怒りで、ほとんど記憶にない。
とはいえ、小雛に聞かせるにはあまりよろしくない言葉を使い、口調も戻っていた事だけは憶えていた。


「ごめんね…」


その謝罪の意味を五条も分からない。
ただ、小町に対してではないのは確かだ。
極力、小雛には小町との罵り合いをする自分を見せないように心がけていた。
小雛の前だけでも五条はかっこいい男としていたかった。
歳の差が14もあり、あどけなさが残る少女に28歳の男が本気になってはいるが、小雛という女は五条悟という男が初めて本気になった女であった。
高給取り、絶世の美男、最強、由緒正しい家柄と血筋、神の最高傑作(性格以外)とも思える男でも、やはり男は男。
好きな女性にはかっこいい男と思われたくて、小町を姉の様に慕う小雛の前で決して小町の事は悪く言わないようにしていた。
それが、小町の裏切りによって気づかれてしまったのだ。
謝る五条に、小雛は首を振る。


「悟様が謝る事ではありません…小町ちゃんも三週間もほとんど食事がとれず悟様につい八つ当たりをしてしまったのでしょう…だから謝るのは小町ちゃんの方です…だから…ですから…どうか…小町ちゃんの無礼を許していただけないでしょうか…」


不安そうに眉を下げ見上げる。
小雛は五条が優しいと、高専や五条を知る呪術師が知ったら病院の通院を薦めるような事を思っている。
小雛は無知だ。
それは五条と屋敷の人間が何も考えないように…箱から逃げないようにと育てた結果だった。
とはいえ、小雛も優しい人間が怒らないわけではないことは知っている。
小町と五条が不仲なのは知ってはいたが、あそこまで仲が悪いのは予想外だったし、正直ショックだった。
だが、それでも二人が小雛にとっての大切な人には変わらない。
出来る事ならば五条に許してほしい。
そう思い、小町のフォローをしたが、五条は謝る小雛に慌てた様子で小雛の手に触れる。


「大丈夫、僕は全然怒っていないから気にしないでね…小町も僕も…あれはお互い様だからね…それよりも僕は小町への態度で雛が僕の事を嫌っていないかって怖いんだ…」

「雛が悟様を嫌っている…ですか?」


小雛としたら五条の言葉は考えもしなかったのか、キョトンとさせていた。
小雛の言葉に『そうだよ』と頷く。


「雛も見ていたから分かったと思うけど…僕と小町は仲が良くない…正直、お互い関係を修復しようなんて事すら思っていない…だから、いくら雛が仲良くしてって言っても僕も小町もそれは出来ない…それほど僕も小町もお互いを嫌っているんだ……これまでは雛に知られて嫌われるのが怖かったから僕は雛にその事を言わなかったけど…」


五条は内心小町の裏切りに強い憤りを感じている。
小町は呪物である。
呪術師として、宿儺と同等の呪物を全く信用してはいなかったが、小雛の事に関しては別だった。
お互い小雛を好み、彼女にだけは嫌われたくないという共通点で二人はギリギリ蜘蛛の糸程度だが繋がっていた。
だから小町が小雛をお互いの仲の悪さを知らせる事はないと思い、そこだけは信用していた。
しかし、所詮は特級呪物。
五条は裏切られた。
それはもう済んだ事だし、よくよく考えれば気づくことだってできた五条のミスだ。
あの時、一瞬意識を失った小町は意識を回復した際『雛め』と言った。
邪魔をするなと言っていた点から、あの時五条を本気で殺そうとした小町を抑えたのは小雛だったのだろう。
強い繋がりを持つからこそ介入も可能だったのだろうそれに、五条は本来気づくべきだった。
それに気付かなかったのは、小町を目の前に怒りで冷静ではなかった五条のミスである。
だからこれ以上小町を責める事もないし、気づかれた以上隠す気もなくなった。
五条は黙って聞いてくれる小雛の瞳を見つめ返し、気持ちの表れか、繋がっている小雛の手をぎゅっと握りしめた。


「ごめんね、雛…雛は小町の事を好きなのに…」


ピクリ、と握りしめられた小さな手が反応し動いた気がした。
表情は変わらず、小雛はジッと五条を見つめる。
それはまるで真意を確かめるような…五条が嘘を言って本音を隠していないか探っているようにも見えた。


「だけど僕は我が儘だから…雛だけには嫌われたくはないんだ……今すぐじゃなくていいからさ、雛…今は僕を嫌ってもいい…だけど…いつか、僕の事を好きになってほしい…小町を嫌っている僕の事を好きでいてほしい…」


『我が儘で駄目な大人でごめんね』と笑うその表情は弱弱しかった。
自分が弱っていることが分かった。
初めての感情に少し戸惑う。
今までは同期であろうと後輩であろうと、目上の人間であろうと、家族であろうと…どう思われてもどうでもよかった。
流石に親しい人に本気で嫌われるのは悲しいと思う程度の感情はある。
唯一の親友が離反し、その後この手で殺した時だって、人並の感情はあった。
だが、たった一人の少女に嫌われるのがこれほど怖いものなのかと慄く。
今まで付き合ってきた女性から自分の不誠実な態度に軽蔑の眼差し向けられたって心は動かなかった。
だけど、目の前の14年しか生きていない人間に嫌われる事がすごく怖い。
五条は懇願するように繋いでいる手の力を更に強く握りしめた。
そんな五条に気づき、小雛は握りしめられている五条の手の上に手を重ねた。


「雛は悟様を嫌いになんてなりません…確かに小町ちゃんとの仲はショックでしたけど…でも…雛はどんな悟様でも嫌ったりなんてしません」


なぜ、五条を嫌わなければならないのか、小雛には分からなかった。
あの屋敷に閉じ込め、教育さえ満足に受けさせなかった一人である五条だが、小雛はそんなこと知りもしないし、知っていたとしても五条を嫌う事はないだろう。
それはまさに彼らの教育の賜物であった。
五条は小雛の口から嫌われていないことを知り、ホッと胸を撫でおろす。


「ありがとう…雛は良い子だね」


ベッドから見上げるように見つめる小雛の頭を、五条は優しく撫でる。
行方不明だった間、お風呂に満足に入れなかったのだろう…その髪はいつものような柔らかさはなく、汗や埃などで手触りは最悪になっていた。
『お風呂に入らせないと…あと、服とか日用品とかも揃えないとなぁ…』と、これからこちらで小雛が生活をするに辺り、必要なものを頭の中でピックアップする。
五条の頭は楽しい楽しい新婚(同居)生活を思い描いていた。
五条が新婚生活を満喫する気でいるとは知らず、小雛は頭を撫でて褒める五条に視線を落とし、表情を曇らせる。


「…雛は…良い子ではありません」

「え?」

「雛は悪い子なのです」


五条はマスクの上からでも分かるほど、目を瞬かせて小雛を見る。
小雛自身が言った『良い子ではない』『悪い子』という言葉は、まさに五条が思う小雛とは真逆の印象だった。
小雛は悪い子ではない。
あんな場所に閉じ込められて、無理矢理に同族の血肉を食べさせられてもなお、笑顔を見せてくれて文句さえ言わない良い子なのだ。
そう―――良い子すぎるのだ、小雛は。
決して周りの手を煩わせる事のない出来た子供である小雛の口から、正反対の言葉が出てきて五条は呆気にとられた。


「雛は良い子だよ…決して悪い子じゃない……誰かな、そんな嘘を雛に言わせたのは」


だから、五条は疑った。
誰かに言われたのだと。
でなければ良い子の小雛が自分を悪い子だと言わないだろう。
あの屋敷の主人は小雛にも小町にも興味もなく、小雛の世話をしていた屋敷の使用人達は小雛と目を合わせただけで酷い折檻を受けるため、あの屋敷の人間は除外となる。
と、なると…小雛を自分の手から掻っ攫った誘拐犯しかいないだろう。
怒りが声に出てしまったのか、低い声に小雛はビクリと肩をすくめた。
それを見て五条は慌てて怒りを抑え込み、安心できるよう笑みを見せる。
いつもの優しい笑みを向けられ、小雛は安堵したのか体の力を抜けていき、首を振る。


「誰も言っていません…雛がそう思うのです」

「雛が?…それはなぜか聞いてもいいかな?」


なぜ、誰でもない小雛自身が悪い子だと思うのか。
小雛はあんな環境で成長したとはいえ、その思考は決して後ろ向きではない。
それがなぜ、自分を悪い子なのだと至ったのか…
それが知りたくて五条は問う。
小雛は気まずげに五条から視線を反らした。


「雛は悟様に会いたいと思ってしまったのです」

「僕に?」

「はい…悟様がお傍にいらっしゃらない事が寂しくて…我慢していたのですが我慢できなくて悟様に会いたいと我が儘を言ってしまいました…」


あの時。
誰だったか覚えていないが、確かに小雛は五条への寂しさに我が儘を言った。
それを思い出したのか、小雛は後悔の念に駆られた。
小雛は小町と五条の言う事を聞く良い子だ。
しかし、小雛は自分を良い子に見せたいわけではなかった。
良い子でいなければ…良い子を演じなければならなかったのだ。
悪い子でもあの屋敷の人間は小雛への対応が変わることはない。
例え、小雛が性悪であろうと、人殺しであろうと、彼らからの態度は変わらない。
彼ら…あの当主にとって重要なのは、小雛という人間や、小町という特級呪物ではなく…"幸福を呼ぶ小町を宿した器"というだけだ。
その器が何を思い、何を考え、何をしようが、あの当主は興味すら湧かない。
あの当主にとって小雛は人間ではなく、物にすぎなかった。
だけど、小雛はそうは思えなかった。
小雛だって悪い子だったらとか、良い子だったらとか、考えてはいない。
ただ、閉鎖的な生活から生まれた『良い子でいなければならない』という自分自身に課せた呪いのようなものだった。
それは一種の強迫観念だったのだろう。
良い子でないから、こんなところに閉じ込められてしまったのだ、と。
だって、そうだろう。
小雛は駄目な子供だったのだ。
器になる前、小雛はあれほど注意されたというのに兄の手を離してしまった。
記憶を取り戻した今でも、なぜ兄と祖父の手を放してしまったのか朧だ。
呼ばれた気がしたのだが、それが誰なのか、どんな人だったのかも覚えていない。
兄と祖父の約束を破ってしまったから、小雛は小町の器になり、あんな屋敷に閉じ込められてしまった。
それは自分が兄と祖父の約束を破った悪い子だったから。
だから、良い子でいたらいつかきっと家族の許に帰れるかもしれない―――小町に家族の記憶を封じられても無意識にそう思う事で小雛は地獄でしかない毎日を乗り越えてきた。
小雛が良い子でいたのも、自己防衛でもあったのだ。
勿論、知らない大人達に囲まれて怖がっていたのもあった。
しかし、小雛はどれほど良い子でいようと努力し自身を殺そうとも、結局、性根までは偽れなかったのだ。
五条と離れて暮らす事なんて日常であったのに、小雛はあの時はなぜか五条が恋しくてたまらなかった。
下手をすれば一年に一度しか会えない時だってあったというのに、だ。
環境の変化と見知らぬ人間に囲われたストレスからくるものだったのだろうが、小雛の記憶に彼らはいない。
五条は自分に嫌われるのが怖いと言うが、小雛こそ自分の本性を知られて五条に嫌われるのが怖かった。
小雛は目を瞑って五条の反応から目を反らした。
怖かった。
五条に軽蔑な眼差しで見られるのが。
我が儘だと呆れられ見捨てられるのが。
しかし…


「それ本当!?」


五条は小雛を軽蔑ではなく、嬉しさに輝かせた瞳を向けた。

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