まず、車で向かった最初の店は呉服屋だった。
勿論、小雛の衣服のためだ。
「こんにちは」
伊地知を連れては二人きりのデートにはならないため、伊地知は車でお留守番である。
小雛を連れて入店した五条は、すぐ近くにいた青年に声をかける。
青年は五条の姿に慣れたように対応した。
「こんにちは、五条さん…今日も贈られる着物ですね」
五条は何度もこの店を訪れている。
理由は青年の言葉通り、妻…小雛に贈る着物の購入のためだ。
屋敷にいたときに着ていた着物は、主に五条が贈った物だ。
特別の日(子供の日や五条が決めた小雛の誕生日)などには屋敷の主人の妻も五条の許可の元、贈ってくれたが、五条が贈った着物に比べれば微々たるものだ。
青年の言葉に五条は『そう、今回もよろしく』と頷く。
五条に『はい』と返事をした後、青年は五条の傍に少女が立っているのに気づく。
「えっと…五条さん、その子は…」
五条がこの店に初めて訪れてから10年ほど経つが、彼が他人を連れてくるのは初めてだった。
いつも一人で来店し、子供用の着物を購入する常連。
色を抜いたように白い髪に、モデル並みの高身長。
サングラスを掛けて来店してくる時が多いが、時々目元を覆うアイマスクのような物を付けて全身黒一色の服で来店することも多い、謎の多い常連客。
その常連客が初めて他人を連れてきたことに青年は驚いた。
普段は一人で来店する客の連れ添いに興味ありげな青年に、五条が小雛の肩を抱き引き寄せた。
「この子が前に言っていた将来のお嫁さんです」
……はい?、と青年は隠すこともできず、思わず声がこぼれた。
しかし、それは責められない。
五条は成人している男性だと一目見ても分かるが、小雛はどこからどう見ても未成年。
しかも、成長が遅いせいか実際の年齢よりも幼く見える。
彼女にしては年が離れすぎているし、娘にしては年が近い。
姪と説明された方がしっくりくるだろう。
一瞬『淫行』やら『援助交際』の文字が浮かんだが、青年はプロの商売人。
『そうなんですね』と不穏な疑惑は水に流すことにした。
相手の小雛が、嫁と紹介されて頬を赤らませ嬉しそうに笑っているので、事件性はないと思ったのだ。
「初めまして…悟様からお伺いしております…いつも素敵なお着物をありがとうございます」
今時の子供どころか、大人でもすぐには出ない言葉に、青年は驚いた。
五条を見れば、小雛の口調に驚いた様子もなく、『よくできました』と褒めるでもなく、隣に立ち優しい表情で小雛を見つめていた。
「今日は小雛も連れて着物を何枚か揃えたいと思っているんだけど…見て回っていいかな?」
「はい、ご自由に見て回ってくださっても構いませんよ…気になるものがありましたら遠慮せずお声をおかけください」
いつも来店する時、五条は勝手に着物を選んで購入している。
今日に限って声掛けするのに疑問に感じたが、小雛が見て回りやすいように言ったのだろうと気にすることはなかった。
青年の言葉に五条は『雛、気に入った物があれば言ってね』と小雛を連れて店内を歩き始める。
「とても素敵な柄のお着物ばかりで迷ってしまいますね」
「そうだね…ここは僕の好みの柄ばかりだからいつも僕も迷うんだ」
この店は祖父から始めた個人経営で、大手に比べて品揃えはそれほど多くはない。
しかし、着物の柄は五条好みのものが多い。
それも通っている理由の一つではあるが、何より五条家の手が伸びていない、五条悟だけが知っている店というのも通う大きな理由でもある。
昔から五条家が贔屓にしている呉服屋もあるが、小雛の全てに五条家は一切関わらせたくないと考えている五条は、小雛に贈る着物でさえ五条家とは無関係の店を選びたかった。
色々なお店を見て回っていて、気に入ったのがこの店だ。
五条が高校生の頃、そして青年の父親の代からの常連である。
当時青年はまだ中学生くらいだったため、年下だが、彼も彼の父親も深く立ち入ろうとはしないのが気に入った。
小雛は五条の好みの柄ばかりだという言葉に気分が弾む。
好いた女に好まれたいのは五条だけではなく、小雛だって、好きな男の好みに合わせたいと思う気持ちだってある。
(どのような柄を選びましょうか…)
小雛は買い物自体11年ぶりだ。
3歳だった記憶なんて誰もが曖昧で、覚えている人間は珍しいだろう。
だから、実質、小雛は今日が初めての買い物となる。
五条から教えてもらった決められた数枚の着物を選ぶため、自分の好きな、そして五条が好きだったらいいなという柄の着物を選ぶ。
まだ貨幣という概念がない小雛に、金額は理解できていない。
だから小雛が選ぶのはただ好きな柄だけという理由だ。
金額を気にせず選べるのは、五条が高給取りだからだろう。
それでも、気分が上がるのは知識を与えられなくても女の子だからだろうか。
そんな楽しそうな雛を見守りながら、五条は気を遣って別の作業をしていた青年に声をかける。
「一式、着て帰りたいんだけどいいかな」
その言葉に青年は首をかしげたが、『ええ、構いませんよ』と頷いた。
それに『ありがとう』と返しながら、着物を選び終えた小雛と共に髪飾りや帯や帯紐を選び始める。
楽しそうに小物を選ぶ五条を見つめながら、青年はチラリと小雛を見た。
(まあ、あんなブカブカな服じゃ外も歩けないだろうしなぁ…でも、着ている服って五条さんの服だよな…なんでそんな服着て外に出てるんだろう…)
気遣って何も言わないでいたが、やはり疑問に思うことは多い。
五条と小雛の関係もそう。
年の差も昔ほど珍しくなくなったとはいえ、正直、五条と小雛ほど年の差がある恋人は目立つ。
世間にロリコンと言われたって五条は言い返せないだろう。
愛があるからなど世間は関係ないのだ。
それに、小雛の対応もそうだ。
丁寧口調で、大人びており、育ちが良い。
しかし、同時に、それは年相応とは言えなかった。
さらに言えば、その格好だ。
彼シャツファッションが流行ったこともあるが、今小雛が着ているのは明らかにサイズが合わなすぎるシャツだ。
ズボンだってブカブカで、シャツで見えないが何かでウェストを止めているのだろう。
まるで着る物がないため、五条の服を無理矢理着ているようにも感じる。
(駄目だ駄目だ…お客様を疑った目で見たらいけないよな……めっちゃ怪しいけど…あの女の子も五条さんに懐いているようだし……時々目隠しとかして来店してくるけど…流石に誘拐とか援助交際とかパパ活とかないよな………………ないよな?)
考えれば、疑問に思えば思うほど、怪しい。
しかし小雛に嫌がっている素振りもないし、下手に突っついて上客を逃したくなかった。
何より、疑問に感じてはいるが、嫌な気配を感じなかったのだ。
子供の頃から直感力は鋭く、父からその直感力を疑うなと言われていたので、疑問に感じても直感的に嫌な気配を感じなかったら余計なことはしないようにしている。
(まあ女の子は16歳で結婚できる国だし…年の差の恋人なんて珍しくもないか……見た目やべえけど)
とりあえず突っ込むのはやめて、着替えのための用意をしようと青年はその場を離れた。
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