店長に案内されて入室してきたのは、二人の男だった。
金髪でスーツを着た成人男性と、黒髪に黒の制服のような服装を着た少年。
「七海に恵〜!今日は来てくれてありがとうね〜!」
その男達に五条は手を振って笑いかけたが、二人はあまり愛想のいい方ではないのか不機嫌のように眉を顰め手を振り返す素振りはない。
「この子が言っていた小町の器の小雛」
二人が席に着き、すぐに料理が運ばれた。
非呪術師には聞かせられない話題もあるので、コースはやめた。
食べる前に、五条は二人に小雛の紹介をする。
まあ、大半が小雛可愛いで占められているためか、どんどん二人の目線が遠くへと向けられていく。
小雛は五条が他人に小雛の事を話しているところを初めて遭遇したため、自分を可愛い可愛いと褒められ照れてしまう。
その照れ隠しに両頬に手を当てて赤くなった頬を隠す。
しかし、隠しきれずに五条が目ざとく気づいてしまい、『どう?どう?僕の雛可愛くない?可愛いよな?可愛い以外認めねえからな』と無言の笑みで二人に言っていた。
勿論、二人の目は死んでいる。
「雛、こっちの目つきのこわ〜いおじさんは七海建人…学校の先生じゃないけど、同じ仕事をしてる仲間」
「よろしくお願いいたします、小町様」
惚気を終えた五条は小雛にまず七海の紹介をする。
七海は『私がおっさんならあなたは何ですか』という嫌味を飲み込みながら頭を下げ、小雛ではなく小町の名を呼ぶ。
それには訳があった。
勿論、小雛が小町の器として呪術界では大切に扱われる対象だというのは分かっているが、何より五条からは『小町の器』としてしか教えられていないため七海は小町という中にいる呪物の名でしか呼ぶことができないのだ。
下げた頭を上げて七海は改めて小雛を見る。
目と目が合った小雛はニコリと笑みを七海に向け、その笑みに七海は眩しそうに目を細め、小さくだが笑い返した。
「で、その横にいるガラのわる〜いお兄さんは伏黒恵…僕が働いてる学校の生徒で、なんと!僕の教え子でーす!」
伏黒も紹介され『よろしくお願いします』と短く答える。
小雛もそれに答えようと頭を下げかけたが、五条の『教え子』という言葉に目を真ん丸にさせ五条を見上げる。
「まあ!悟様の教え子様なのですね!すごいです!」
「でしょでしょ!もっと言って、雛!」
七海と伏黒、そして小雛の中にいる小町は心を一つにし『何がすごいんだ???』と思った。
何が凄いのかは小雛しか知らない。
まあ、五条と同様に、単純に惚気に分類するものなのだろう。
バカがつくカップルに真面目に突っ込みを入れるのは野暮だ。
小町はそう思い、とりあえず小雛と自分の護衛の顔を覚えたので奥に引っ込み眠りについた。
小町は基本外には興味はない引きこもり体質だった。
小雛の頬は紅潮し目をキラキラとさせ、愛する少女から尊敬の眼差しを向けられて調子に乗らない男はいない。
小雛からボキャブラリーの少ない誉め言葉を贈られて五条の機嫌は上がっていく一方だった。
「じゃあ、彼らの名前と顔は覚えたかな?次は雛の番だね」
『頑張って!』と応援され、小雛は『はい』と強く頷いた。
深呼吸をして立ち上がり、彼らに向かって頭を下げる。
「初めまして…悟様からご紹介いただきました虎杖小雛と申します…僭越ではございますが小町ちゃんの器をさせていただいております…この度は雛と小町ちゃんのために護衛を引き受けていただきありがとうございます」
下げていた頭を上げ、座り直した小雛は五条を見る。
五条から笑顔で頷きをもらい、ホッと胸を撫でおろした。
五条と練習した通りの言葉を言えたことで小雛は安心したのだ。
そして、続いて二人を見る。
真人達との記憶がないため、実質二人が五条以外と会う初めての人間だった。
そのため、ちゃんと挨拶ができたか反応が気になったのだろう。
しかし、二人の反応に小雛は首を傾げた。
「あの…どうかいたしましたか?」
二人はジッとこちらを…小雛を見つめていた。
見つめていたというよりは、凝視していた。
小雛は『失敗』という文字が脳内に浮かび、冷や汗を流す。
ちゃんと練習したのに、練習通りの言葉が言えなかったのだろうか。
しかし、五条からは合格をもらっている。
小雛は五条が小雛に一番甘いのを知らない。
不安になり、小雛はチラリと五条を見るが、五条は二人の反応に満足げに笑みを浮かべるばかりで助け舟は出してくれなかった。
「今…虎杖…と、いいました?」
一人の男…伏黒がそうポツリと呟く。
その隣にいる七海は固まっているように動かない。
伏黒の呟きに小雛は小首をかしげて頷いて肯定する。
頷く小雛を見た後、伏黒は静かに五条を見た。
五条は悪戯が成功したように笑みを深め、彼と長い付き合いの七海と伏黒は深い…それはふかーーい溜息をつく。
「先生…これは一体どういうことですか…虎杖の妹がなんで小町様の器に……あいつからはそんなこと一言も聞いてないです」
七海は『本当、性格が悪い』と五条に呆れた。
伏黒が言いたいことはよくわかる。
伏黒は初めて同い年の友人を得た。
それは根明で善良である虎杖だからこそ、気難しい彼の中に入ることができたのだろう。
友人である虎杖から妹がいることは伏黒も釘崎も聞いている。
正直、話を聞いて『もう死んでるんじゃないか』と思うのが普通だ。
ただ、赤の他人がそう思うのだから身内で家族の彼が『妹が死んだ』と思わないわけがない。
それでも死体がない以上、1ミリでも生存していることに彼が希望を見ているのなら、伏黒も釘崎も何も言えなかった。
時々暇なら二人も虎杖の妹を探す手伝いもしていたくらい、二人は彼を気にかけていた。
それくらい、彼は心から妹の行方を捜し奔走していたのだ。
それがまさか目の前に現れ、更には小町という呪物の器であることを本人の口から聞かされることになるとは思っていなかった。
黙っていたであろう五条を伏黒はギロリと鋭い目を更に鋭くさせ睨む。
容姿は整っているが、目つきの悪い伏黒に睨まれても五条は自身の強さの余裕もあり、そして幼い頃から伏黒を見ていたのもあり平然と笑っていた。
常識は知らないが、空気は感じ取れているのか、小雛は一触即発のようなピリピリした空気を伏黒から感じ、困惑した様子で伏黒と五条を見る。
そんな不安そうな視線を向ける小雛を安心させるように、五条は優しく頭を撫でてやる。
「悠仁が恵達に言わなかったのは悠仁も雛が生きてることも、小町の器になったことも知らないからだよ……理由は分かるよね」
教師としての一面を見せる五条に、伏黒は舌打ちしたくなりながらも答える。
その解答に五条は教師のように伏黒を褒め、更に伏黒を不快にさせる。(実際教師である)
小雛が小町の器として紹介されて、なぜ今まで虎杖が妹を探しても見つからなかったのか伏黒は理解してしまった。
小町は呪物ではあるが、その扱いは呪物ではなく国宝に近い。
それは呪物となり果ててもなお、小町の幸運を呼ぶ体質が健在だからだ。
小町を所有する人間とその一族には繁栄が約束されている。
だからこそ、同じように血が流れる。
だからこそ、小町を所有する人間は必死に隠す。
呪物だった頃だってそうだったのだから、その呪物を宿した人間など監禁、軟禁されるのが当然だ。
恐らく、虎杖が後悔していた祭りで手を放してはぐれた後に小雛は小町の器となりそのまま監禁されていたのだろう。
それも、五条悟という最強も関わっているとなると鉄壁レベルで囲われていたに違いない。
だから虎杖が探しても見つからなかったのだ。
しかし、だからこそ伏黒は睨むのをやめない。
- どうして虎杖に妹のことを教えてやらなかったんですか -
そんな愚痴が出そうになる口を、唇を噛むことで飲み込んだ。
そんな言葉が出ても、『機密』という言葉が出てくるだけなのを伏黒は知っている。
本来なら小町やその器は門外不出であることが厳密に決められており、こうして外に出し所有者以外と面談させるなど正気を疑われるほどの事なのだ。
だから、五条を責めるのはお門違いだし、そもそも五条が所有しているわけではないのだから彼を責めるのは間違いだ。
それは頭では理解してはいるが、東京に来ても周囲に負けず健気に妹を探している虎杖の心情を思うと納得できなかった。
「………」
「………」
唇を噛み悔しそうにする伏黒の心の中は、五条には丸っとお見通しだ。
きっと伏黒が自分の立場だったら同じく、相手に対して不快感を感じていただろう。
それでも、五条は笑みを崩さない。
嫌味でもなければ、強がりでもない。
彼は自分が想像通りの反応をしてくれる彼らが楽しいのだ。
室内はまさに一触即発。
この場にいる誰かが動けば二人の戦闘が始まる。
そう思わせるほどこの場は威圧感に満ちていた。
「恵様…悟様を責めないでください…悟様が悪いのではないのです」
七海でさえ息も詰まるほど張りつめていた空気を小雛が一変させた。
そのおかげか、七海は周囲に気づかれないよう止めていた息を吐く。
五条を睨みつけていた伏黒は小雛の声にハッと我に返り、五条から小雛を見る。
小雛はまるで祈るかのように胸元で手を組み、不安げに伏黒を見つめていた。
「悟様が雛とゆうくんが家族だということを知ったのは昨夜なのです…それまで雛はゆうくんやおじいちゃんの事を忘れてしまっていたので悟様は知らなかったのです……ですから…悟様は故意で黙っていたわけではないのです…どうかお二人を騙すつもりはない事だけは分かっていただけないでしょうか…」
不安の表れか、胸元に組んでいた手をぎゅっと強く握りしめる。
隣にいる五条が『雛…!』と小雛が庇ってくれたことに感激してつい声を漏らしてしまう。
伏黒は五条の軽薄を理解しているから、軽口としてはっきりと苦情を言えたが、小雛のような善人のまっすぐな目に弱かった。
そのせいか、五条なら更に文句も言えるようものだが、小雛には『そうなんですね』としか言えなかった。
そんな五条の周囲の関係など知らない小雛は、伏黒が理解してくれたとホッと安堵の息をつき、笑みを伏黒に向ける。
「分かっていただきありがとうございます」
小雛のその笑みは、純粋で裏のないものだった。
それは姉や虎杖と重なるものがあり、だからこそ、余計に何も言えなかった。
伏黒は純粋に五条をフォローしている小雛に『いやこの人は知っていても教えないですよ、性格悪いんで』とは流石に言えず、笑みを返すもその顔は引きつっていた。
「さ!お互いの顔合わせも済んだし、せっかくの料理が冷めてしまうから食べよう!」
『いやなに何事もなかったようにしとんねん』と二人の心の中の突っ込みが聞こえた。
緊迫した空気を作り出したのは誰でもない五条だ。
それも親しい二人だから気づいているが、五条は自分たちを揶揄っているだけだった。
けしかけたのは五条だというのにその本人はまるで伏黒が空気をピリつかせたと言わんばかりに他人事だった。
それに腹も立つが、小雛が『そうですね、とても美味しそうです』とにこやかに目の前に出されている料理を見ていたので、伏黒は突っ込み損ねてしまう。
小雛の善良さと虎杖の妹というのもあってか、すでに伏黒は小雛に甘かった。
七海も五条にこれ以上言っても無駄だと理解しているためか、食事を始めた二人に習うように食器に手を伸ばした。
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