食事も終え、店を出た4人はショッピングするために少し歩くことにした。
車で行ってもいいが、車で行くにしては近すぎるのだ。
小雛は11年も屋敷に閉じ込められていたため、歩くことに慣れていない。
ましてや小雛は五条の我が儘で着物を着ており、靴は着物を着ながらも履いた事のない草履。
歩き慣れていない小雛では、絶対に靴擦れが起きるだろう。
「雛は歩き慣れていないだろうから、抱っこしてあげる」
小雛の返事を待たず五条は小雛を抱き上げる。
突然抱き上げられ小雛は驚いた声を零しながら慌てて落ちないよう五条に抱きついた。
五条に抱っこされるのは嫌いではないのか驚いた声は楽しそうな声に変わる。
(すっごい目立つ…)
幼女ならばいざ知らず、小雛は14歳だ。
中学3年生にしては小柄で子供っぽいが、抱っこされて移動するには成長しすぎている。
しかも、小雛は着物姿。
着物を普段着にしている人はいるが、少数派だ。
それも少女が着物を普段着するのは大変珍しい。
そして、何より目立つのは抱き上げた男。
この男は今日オフの姿をしている。
サングラスで目元を隠しても分かるその整いすぎている容姿に、染めたにしては綺麗すぎる銀色の髪。
それでなくても長身は目立つのだ。
美男子に和服少女…これで目立つなという方が無理だろう。
幸いなのは、ここが大通りから奥に入った人が少ない場所だということだろうか。
ただ、五条は小雛を連れて店を回るつもりなので、必然的に大通りに出るだろう。
その時の周囲の目は考えるだけでも恐ろしく感じる。
目立つ二人から離れたいが、護衛としての任務がある以上離れるわけにはいかないだろう。
「帰りたい…顔合わせが終わったんですから帰ってもいいんじゃないですか?」
「私もその意見には同意ですが…一応、今日は小雛様と小町様との顔合わせと護衛が任務ですからね…帰るわけにはいきませんよ」
「護衛って…五条先生がいるのに二人を護衛する必要あるんですか」
ラブラブな二人の背中をげんなりしながら見つめながら、七海は伏黒の言葉に『ないですね』と即答で返した。
二人は五条から今日の任務を変更させられ、小町の器と顔合わせに加えて、買い物の荷物持ちという護衛の任を命じられた。
正直、断りたい。
護衛も何も、五条本人が最強の呪術師なのだから本来なら護衛は必要ないはずなのだ。
しかし、二人の意見など五条が聞く耳を持つはずがなく、今日あるはずだった任務は別の人に押し付けられた。
一応これも任務の形にはなり報酬も発生すが、生死を分ける任務ではないからと言って手放しでは喜べない。
なんたって相手は宿儺の妹であり、呪術界に天元と同等に機密扱いされている存在だ。
そんな存在など面倒臭いに決まっている。
しかし、蓋を開けてみれば、善良な人間らしいことが分かった。
小雛の護衛を引き受ける事には構わないが、特級呪術師の五条も同伴だというのなら果たしてこの護衛に意味はあるのか。
まあ、護衛は形式だけのもので、主な任務は顔合わせと荷物持ちだろう。
だからこそ二人は猛烈に帰りたいと思ってしまう。
「小町様!!」
二人とは離れず歩いていると、前方から小町を呼ぶ声が聞こえた。
その声に、後ろには伏黒が残り七海が五条と小雛の前に出る。
すると、前方から一人の男が駆け寄ってくるのが見えた。
「小町様!ああっ!小町様!ようやくお会いできました!!!」
背中に隠していた獲物に触れるが、一見一般人だと思われる相手がモーションを起こしていないため簡単に抜くことができない。
男はまっすぐ小雛だけを見つめていた。
男の口から『小町』と出たので小町を知っているのは確かだ。
呪術師が…上層部達が特別扱いをし機密扱いとなっている小町を知っているということは、呪力があるようには見えないが非呪術師にも見えない。
何者であろうと五条の許可なく近づいている以上、一般人であろうと同じ呪術師であろうと接触させるわけにはいかないだろう。
小雛しか見えていない男だったが七海の『これ以上近づかないでください』という言葉に従い、その場に立ち止まった。
七海の言葉が届いているのだから周りが見えていないわけではないようだが、その目は小雛しか見えていないようだった。
いや、小雛ですら見ておらず、小雛の奥にいる小町を見ているのだろう。
五条は突然現れた男に困惑を見せる小雛に安心させるように笑みを浮かべ、『良いって言うまで目を閉じて耳を塞いでくれるかな?』と柔らかく言った。
戸惑いながらも小雛は五条を疑うこともなく、目を瞑り、手で耳を塞いだ。
それを確認した五条は改めて男を見る。
だが、それは冷たく刺すような視線だった。
「お前、小町の信者か」
五条の言葉が七海と伏黒の耳に届く。
ポツリと呟かれたような言葉に七海も伏黒も男を警戒しつつ五条をチラリと見た。
五条は小雛の抱きしめる力を強くし、小雛を庇うように立つ。
それはまるで突然現れた男に小雛を取られないようにも見えた。
男を見下ろすその目は冷たく、声色もいつもと違い温かみは感じられなかった。
冷たい凍るような視線を一身に向けられても男はただただ小雛を…小町を見つめていた。
五条の問いに男はコクリと頷き、跪き五条を仰ぐ。
「はい…どうかお願いします!どうか!どうか小町様を帰してください!!小町様の居場所はそちらではありません!!私達は小町様の子供!小町様がお帰りになられる家は私達子供の所です!ですから帰してください!母を!私達の神を!!!」
信者と言われ肯定した男は懇願した。
心からの懇願だ。
だが、きっとこの場にいる人間にそれに同調や同情は向けないだろう。
この国は宗教は自由だ。
だから男が何を信教するにも自由で、その対象が小町であろうと誰も彼を咎めることはないだろう。
だが、自由だからこそ、多神教だからこそ、人間が作った宗教にそこまで関心はなかった。
それどころか、過去の事件から宗教への警戒心は高い。
五条も誰が何を信仰するかなどに興味はない。
好きなものを信じればいい。
だが、小町だけは渡すことはできない。
小町を渡すことはそれはイコール小雛を渡すことになるのだ。
あの屋敷と同じく、小町の信者達は小雛ではなくその中にいる小町しか見ない。
また小雛を閉じ込めるのだろう。
五条は自分も同じ小雛を囲う気なのを棚に上げ、信者の男を拒む。
「小町を渡せば器となったこの子までお前たちに渡すことになる…小町はどうでもいいがこの子だけは渡すことはできない…それに僕はこの子を君たちと関わらせるつもりは一切ない…悪いが諦めてくれ」
小町ならば、好きにすればいい。
五条は小町を嫌っており、目の前の男に小町だけを渡すことができたのなら喜んで引き渡すだろう。
だが、小町と小雛は文字通り一心同体。
二人が交わした縛りによって、小雛の中から小町を祓うことはできなくなった。
小町を庇うのは心底嫌だが、仕方ないと諦めるしかない。
五条の言葉に男は顔を青ざめ絶望の表情を浮かべる。
「そ、そんな…小町様は私達の神であり母です!元々私達と共におられた小町様をあなた方が攫ったのではありませんか!!私達に母を帰してください!!」
「…相変わらず話の通じない連中だな」
小雛が見ておらず聞いていないのをいいことに、五条は舌打ちをし顔をしかめる。
懇願する男を見下ろすその顔は嫌悪を表したような酷く冷たい表情だった。
それは、決して小雛に向けず見せない表情だ。
男はそれでも小町のことしか見ていないのか、何度も何度も小町を帰せ、小町は母だ、神だ、と喚き懇願していた。
その声が耳障りで五条の苛立ちは深まる一方だった。
「妾の仔を虐めるでない」
いい加減に男が鬱陶しくなり無視してやろうかと思った時、五条が最も忌み嫌う声がその耳に届く。
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