五条は聞き慣れたその声にうんざりした様子でジト目でそちらを見る。
「…なんで今出てくるんだ、小町」
五条はチラリとサングラス越しに小雛を見る。
いや、小雛ではなく、小雛の奥にいるはずの小町を見た。
小雛と交代したようで、閉じていた瞼を開けて五条を見つめており、手でふさいでいた耳で五条や周囲の音を聞いていた。
小雛の体を二人で共用しているのに、小町と小雛では顔つきも声色も違う。
愛らしい小雛の顔が、小町の性格を表すような意地の悪い顔に変わり、それと同時に五条の機嫌は急降下する。
本当はこのまま小町を信者に放り捨てたいが、小町の体は小雛である以上それはできない。
降ろしても勝手に小町が信者の方へ行かれても困るため、嫌だが…本当に嫌だが、心底嫌だが、小町を抱き上げることで拘束するしかない。
五条の恨み事のような呟きを小町は鼻で嗤う。
「妾の仔がカスに虐められているのを見て黙っていられるほど愚かな母ではない」
カス、というのは五条を指す。
というよりは小町の言うカスとは全ての呪術師を指す。
そして、五条を鼻で嗤い嘲笑を浮かべる少女が、小町。
小町が出てくるを初めて見た伏黒と七海はマジマジと小町を見る。
違ったのだ、何もかも。
小雛は暖かく柔らかい善良と言わんばかりの少女だったが、小町は冷たく刺々しい何もかも拒んでいるような少女に見えた。
「我が仔よ、すまないな…こやつは妾の器に惚れておっての…その上嫉妬深いのじゃ…妾を渡すことは妾の器を渡すことにもなる故、それが許せんのじゃろう」
「おいいつから雛がお前のものになった」
「ほれこれが嫉妬に狂う人間の姿じゃ…妾の仔らよ、真似するでないぞ?」
小町の言い方が腹立たしいが、五条も本気で小町と喧嘩をする気はないのか困ったやつだと言わんばかりに信者に話しかける小町に『フン』と鼻を鳴らすだけに留めておく。
「我が仔らよ…せっかく迎えに来てくれたのは感謝するが…妾はまだ仔らの元へと戻ることはできぬ」
「そ、そんな…せっかく小町様が戻られたというのに…」
小町の本心は、仔と呼ぶ信者達の元に戻りたい。
そこが小町の居場所だと思っているからだ。
しかし、今は無理なのも理解している。
五条がいるからだとか、監視の目があるからだとかではない。
この体の持ち主である小雛がそれを望まないのであれば、小町も今はそれに従うつもりだった。
そう、今は。
信者は小町本人から帰る事を拒まれ顔を青ざめ、絶望に涙を浮かべる。
そんな仔に小町は微笑みを向ける。
その表情は慈悲深く、まさに母そのものだった。
「しかし、妾の仔らに悲しい思いだけをさせるのは忍びない…仔らの元には帰れぬが寄らせてもらうことは可能じゃろう」
小町のその言葉に、信者からは『本当ですか!?』、五条からは『はあ!?』と同時に返された。
「おい!何勝手に決めてんだ!そんなこと許せるわけないだろ!」
「フン…そんなこと言ってもよいのか?この提案は妾ではなく雛が出した提案じゃ」
「……待って…もしかして雛…今…」
「バッチリ見ておるし聞いておるぞ」
「お前さぁ!お前…!本当!!お前ってやつはさぁ!!!」
言葉も出ない、とはこのことだろう。
嘲笑を浮かべながらピースをする小町に、五条は今すぐにでも小町を燃えるゴミの袋に詰め込んで直接焼却炉に放り込みたくなった。
勿論、小雛の体から引き離してである。
自分がせっかく小雛に見せず聞かせないよう気を遣ったというのにその気遣いを無駄にされた。
これで二度目である。
腹立たしいという言葉が可愛いと思えるほどの怒りの感情がふつふつと湧き上がる。
そんな五条を見て小町は高笑いを浮かべたくなったが、静かに目を閉じその閉じた瞳を開ける。
それと同時に小町の表情が穏やかに…いや、不安げに変わった。
「悟様…勝手なことをしてしまい申し訳ありません…ですが小町ちゃんの子供達は雛の子供達でもありますから…どうかご慈悲を頂けませんか…」
懇願する小雛の言葉と、不安げな表情に見つめられ、五条は『うぐっ』と言葉を飲み込む。
即答は流石にできず、小雛の不安そうな視線を受けながら、天を仰ぐ。
五条が顎を引き天を顎ぐ姿を、伏黒と七海は内心目を丸くして五条を見つめていた。
珍しかったのだ。
何を思われ、誰に何を言われても飄々として笑っている彼が一人の少女に簡単に翻弄される姿を、二人は初めて見た。
物珍しさについ見てしまう。
その間に五条は考えがまとまったらしく、はあ、と息を長く吐いた後仰いでいた天から小雛へと視線を向ける。
「ごめん、すぐには答えられないから保留にさせてほしい」
その言葉に小雛は誰が見ても分かるほど落胆した。
しかし、自分の中にいる存在がどれほど五条達にとって大切なのか無知ながらも理解しているのか肩を落としながらも『わかりました…』と頷いて受け入れた。
俯いてしょんぼりとさせる小雛の頬を五条は慰め宥めるように撫でながら『ごめんね』と小雛にだけ謝る。
五条も小町も、お互いがお互いに謝ることどころか罪悪感や同情さえ感じたことがない。
小雛に小町にもそれでいいか聞いてもらえば、小雛がそれでいいのなら構わないと返ってきた。
信者を仔と呼ぶ割には素っ気ない小町の返答を聞いた五条は、手間をかけさせてしまった小雛に『ありがとう、雛』とお礼を言って降ろし、信者と自分たちの間に入って守ってくれた七海に小雛を預ける。
突然『ちょっと雛をお願いね』と言って小雛を渡された七海は『は??』と呆気にとられ、つい反射的に受け取ってしまう。
七海の呆気など気にも留めず、五条は地面に座り込むように跪く信者の腕を掴んで立たせ、腕を引っ張って歩き出す。
「ちょっとこいつと話すことがあるからそこで待ってて」
そう言って唖然としている二人と、『いってらっしゃい』と呑気に笑みを浮かべて七海の腕の中で手を振る小雛を残し、五条は戸惑いが隠せないでいる信者の腕を引っ張り手を振って見送ってくれる小雛に手を振り返しながら近くにあったコンビニに入っていく。
ちなみに、微妙な表情で見送る二人は見て見ぬふりをしている。
「そこで待ってろ」
小雛に向けた柔らかな表情や雰囲気が消え、五条からは凍えるような空気を感じる。
愛しの彼女とのデートを邪魔されては仕方ないだろう。
しかも、憎き姑(小町)が出てきたと思えば、信者を冷遇するような態度を姑は小雛に見せていた。
これで機嫌を損ねないわけがない。
信者は小町以外興味ないのか(そこは五条と気が合いそうだ)、おとなしく他の客の邪魔にならない場所で待つ。
五条は適当に商品を購入しレジに持って行き会計を済ませて戻ってきた。
「これに連絡先書いて」
信者の元に戻った五条はレジ袋からメモ帳とペンを差し出してそう言った。
理解できていない信者がメモ帳とペンを見た後五条を見れば、五条は面倒くさそうに舌打ちを打つ。
「今日はデートだからお前らみたいなのに邪魔されたくないんだよね…それに僕も色々と忙しいし…だから予定とか決めてこっちから連絡するから必ず繋がる人間の連絡先を書いて…一度しか掛けないし僕が出した条件に一つでも異論を出したらもう連絡取らないからな…その時は小町を諦めろ」
そう言われて『なるほど』と信者は納得し、差し出されたメモ帳とペンを受け取る。
正直、信者にだって予定があるため反論や変更ができないのは難しいが、小町と天秤にかけるものではないので無理矢理納得するしかない。
信者はレジ袋が有料となった際に設置されたエコバックに購入した物を詰め込むためのテーブルに向かい、渡されたメモ帳とペンで自分の携帯番号を書く。
『どうぞ』と差し出されたメモ帳を受け取った五条は『じゃあ』とメモ帳とペンをレジ袋に戻し、さっさと信者の元から去ろうと背を向ける。
「必ず!…必ず、連絡をください…必ず…どうか、必ず!」
その背に信者は懇願するように声をかけた。
しかし、五条は何も答えず自動ドアをくぐり店内を出て行った。
冷たい五条の対応だったが、信者は深々と頭を下げて見送った。
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