一方、残された三人は―――
「…………」
「…………」
「…………」
三人の間に痛いほどの沈黙が落ちていた。
五条から小雛を…呪術界きって極秘扱いされている小町の器をポイっと突然渡されて戸惑わない人間などいない。
しかし、任務は任務。
戸惑いながらも護衛の任務はきちんとやり通すため、降ろした小雛を挟んで七海と伏黒は立つ。
(これ会話してもいいやつか?今小町様じゃないんだよな…っていうか14歳って何を話したら喜ぶんだ?)
(今の14歳の女の子の間では何が流行っているのでしょうか…)
二人は心の中で声を揃えて悩む。
伏黒は年が一つしか違わないが、歩んできた道の道中に年下で善良な少女と会話を広げたイベントが発生したことはなく、善良な人間との接触だって姉と同級生のみ、その性格も相まってどういう話題が盛り上がるのか全く分からない。
七海は社会に出てはいるが、小雛とは年が離れすぎて今時の子供の間に何が流行っているのか全く分からい。
いわば正月の集まりでしか会わない親戚の叔父と姪みたいな感じである。(伝わらない例)
((助けて(くれ/ください)…虎杖(くん)…))
二人の脳内に浮かんだのは明るい笑みを浮かべる小雛の兄、虎杖悠仁だった。
脳裏に浮かんだ彼は『がんば!』とウィンクをして素晴らしい笑みを向けてくれるが、助けてはくれなかった。(当然である)
「あの…お二人は小町ちゃんのお食事のことはご存じでしょうか…」
14歳の子供が喜ぶ話題…この際喜ばなくてもいいので嫌な思いをしない話題はなんだ…、と二人が悩んでいる時、小雛が話を振ってくれた。
しかし、その振られた話題に二人は息をのむ。
ただ、隠す事でもないと思い、二人は口を閉ざしたまま頷いた。
それを見た小雛は下唇を噛んで俯くが、すぐに笑顔を張り付けた。
「雛は小町ちゃんの食事をしているところを人に見られたくはないのですが…悟様がどうしても一人にはなるなと仰られて……お二人にはどうしても食事に同席させてしまいますが…その…我慢していただけないでしょうか」
五条が小町の食べ物を二人に教えたのは、食事中に同席させるためだ。
小雛は小町の器として多方面から狙われている。
そのため、五条から一人になることを禁じられている。
高専内なら多少の自由はあるが、基本は誰かのそばにいることを言い渡されている。
だから、人肉を食べる光景を二人に見せる罪悪感を感じていた。
仕事とはいえ、人が人を食べる光景を見せられる二人に申し訳なくて小雛は頭を下げる。
護衛対象であり、呪術界にとって誰よりも慎重な扱いをしなければならない相手に頭を下げられた二人は慌てだす。
「あ、頭を上げてください小町様!俺達は気にしておりませんので安心してください!」
「そうです!五条さんからあなたが小町様の食事をとらなければならない理由も聞いております!それに関して理解しておりますし気持ち悪いなんて思ったことありませんからどうか頭を上げてください!」
慌てて小雛に頭を上げさせようとするが、触れる事ができなかった。
壁があったからではなく、五条が『僕の雛に触るなよ』と嫉妬丸出しに言ったわけではなく、小町の立場上触れることができなかったのだ。
上層部はおらず、いるとしても色々緩い五条ならば小雛に触れても咎められないだろうが、如何せん二人は根が真面目だった。
頭を上げろと何度も頼み込む二人に小雛は恐る恐る頭を上げ、願いが聞き届けられた二人はホッと安堵する。
「俺も七海さんもお二人のご事情は存じあげています…なのでお二人を蔑むなど絶対にありません…お二人にとって小町様のお食事も小雛様のお食事も大事だというのは分かっておりますから…」
「そうです…それに私達はお二人の護衛役として選んでいただき嬉しく存じているのです…ですから、どうか小町様も小雛様もご無理はせず何かあれば私達に遠慮なく仰ってください…私達は護衛もそうですがお二人が窮屈な思いをなさらないためにいるのです」
「建人様…恵様…」
小雛と小町の食事のことは五条から聞いて知っている。
人間が人間を食べる行為は正常者が見れば異常者の行動だ。
だが、小雛と小町は人間を食べなければ生きていけないのを二人は理解し受け入れている。
小雛は二人の言葉が心に響いた。
ジンと目じりが熱くなり、溜まった涙を袖で拭い笑みを浮かべる。
「ありがとうございます…雛も小町ちゃんもお二人のお気持ちに感謝しいます」
心からの言葉だった。
五条だって彼らと同じことを言ってくれたのだが、何も五条の言葉を信用していないわけではない。
五条にも感謝しているし五条の気持ちを嬉しく思っている。
なんだったら五条との関係から二人の言葉より嬉しく感じている。
だから、だろう。
五条のように親しいわけではない二人からの言葉だからこそ、小雛は嬉しく感じた。
頭を下げてお礼を言う小雛に、七海も伏黒も慌てる。
小雛と会ってから、五条と親しい関係のわりには五条に比べられないくらい礼儀正しい子供だと分かった。
伏黒は嬉しそうな小雛の笑みを見て、一瞬目を伏せた。
しかしすぐに意を決したように小雛を見つめ、1つ問う。
「あの…1つ…小雛様にお聞きしてもよろしいでしょうか」
二人の言葉に安堵していた小雛は伏黒の問いに快く頷いて返す。
それが逆に言いにくさを出していたが、伏黒はどうしても小雛に聞き、謝らなければならないことがある。
「虎杖の事はご存じでしょうか」
その聞きたいこととは、兄である虎杖の事だった。
伏黒が聞きたいのは虎杖が死んだことが小雛に伝わっているのかというもの。
伏黒の問いに、小雛の顔が一瞬強張ったのを見て、伏黒も七海も、小雛が何かを言う前に答えを察した。
「…存じております…ゆうくんが任務中に亡くなったのも…それが小町ちゃんのお兄様のせいなのも…全て…」
「…っ」
五条は、まず兄の死を知らせるために簡単な呪術界の事を説明した。
11年頭を使わずに生きて来た。
それは五条と小町が仕向けたことだが、何とか簡単なことは理解した。
兄が小町の兄である宿儺の器となったこと、それを機に呪術界に足を踏み入れたこと、ある任務中に呪霊と戦った後、宿儺に心臓を抜き取られ亡くなってしまったこと。
五条に聞いた時に思いきり泣いたため、気分は落ち込んでしまうが涙はまだ我慢できる。
しかし、まだ家族を亡くしたと知って日が浅いため涙をためてしまうのは許してほしい。
しかしその涙はすぐに引っ込んだ。
「め、恵様…?」
伏黒が頭を下げたのだ。
突然話していた相手が頭を下げたことで、驚いて涙が引っ込んだ。
七海も伏黒の行動に驚いた表情を浮かべており、そんな二人に気づきながらも伏黒はグッと拳を握りしめ、小雛に謝罪した。
「申し訳ありません…小雛様…自分は虎杖を助けることが出来ませんでした…」
「………」
「自分も虎杖と同じ任務に出ていたんです…自分が弱かったから虎杖は宿儺を出さざるを得なかった…ですがその宿儺も自分では力不足のせいで体内に戻すこともできなかった…虎杖を殺したのは自分です」
謝っても虎杖は戻って来ない。
小雛からしたら、謝ったからなんだという話だ。
だが、謝罪するべきだと伏黒は感じた。
そこに伏黒はいたのだ。
力があれば、宿儺から治療された虎杖はここに立っていたはず。
自分ではなく、ここに、虎杖が。
本当は、虎杖がいたはずなのだ。
それを思うとどうしても小雛に謝罪しなければならなかった。
その間、小雛は黙って伏黒の言葉を聞いていた。
痛いほどの沈黙が続いた後、小雛はゆっくりと伏黒に歩み寄る。
それを感じた伏黒は小雛が望むのであれば無抵抗で頬を差し出すつもりだった。
当然、小雛にはその資格はある。
小雛は自分を罵っても、呪っても、当然だと伏黒は思っていた。
しかし小雛は伏黒を叩くのでもなく、恨み言を告げるのでもなく、そっと、静かに彼の握られている手に触れた。
「恵様、顔を上げてください」
小雛のその言葉に伏黒は恐る恐る顔を上げた。
泣いているのか、怒りの表情を浮かべているのかと思っていた小雛の表情に笑みが浮かんでいた。
一切負の感情がない小雛に、伏黒は驚いたように目を丸くする。
「恵様は兄のお友達だったのですね…」
「…はい」
本当なら兄は一般人として死ぬ危険のない平和な日々を送るはずだったのだ。
兄がこの世界に足を踏み入れた切っ掛けの事は五条から聞いていた。
「恵様…謝らないでください…兄は自分がしたいことをしたのだと思います…死にたいとか死にたくないとかではなく…恵様達を助けたい一心だったのだと思うのです…雛の記憶にある兄は幼いままですが…あの頃も兄は人のために動けた人でした…きっと、兄は後悔なんてしていないと思うのです…ですから…恵様が兄を思ってくださるのであれば…謝らないでください…」
「小雛様…」
「恵様は決して弱くはありません…悟様が雛と小町ちゃんを守るために選んだのですから弱いはずがありません」
『ね?』とコテンと小首をかしげる小雛に、伏黒は何も答えられなかった。
しかし、小雛の言葉は彼に届いていた。
本当なら、小雛の言葉に頭を下げたい。
だが、それをしても小雛は喜ばないのは分かる。
小雛は繋がっていた伏黒の手を少しだけ力を入れて握った。
「今度…お時間がありましたらゆうくんのお話を聞かせてくださいね…雛は幼い頃に離れ離れになってしまいましたから」
小雛は兄の記憶が少ない。
長い間記憶を封じ込められて、突然思い出したからか、祖父と兄の記憶がまだ鮮明に覚えている。
だけど、頭の中にある祖父と兄の記憶は若く幼いまま。
祖父のことはもう誰も聞けないが、兄は違う。
年相応となった兄を伏黒は知っている。
教師だった五条とは全く違う距離感の兄を、彼は知っているのだ。
それを知りたいと、小雛は思った。
笑顔を伏黒に向ける小雛。
無理をしているようには見えないが、兄を失くして悲しいはずなのに友人…それも短い間の付き合いの兄の友人を気遣ってくれた。
伏黒はそれに答えたい。
「はい…いつか、必ず…」
伏黒は小雛の願いに答えるように触れられた手を握り返した。
伏黒のその言葉に、小雛は本心から嬉しそうな笑みを浮かべた。
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