(44 / 53) 本編 (44)
美々子と菜々子は宿儺の指を持って退室した。
このビルには高専から派遣された一級術師と、五条悟が目をかけるほどの才能を持つ二級術師がいる。
顔を合わせるわけにはいかない。


「しかし…千年も経てば色々と変わる物じゃな…世間も、お主達も」


お主、というのは坂部達の態度ではなく、先ほどの美々子と菜々子のことである。
2人がこの教団を知っているのもこの教団にいるのも、坂部の判断だった。
まだ五条に特攻する前に、2人と会い、小町と2人を繋げようとした。
それら全て、小町の許可を一度として取っていない。
小町への恐れが足りない証拠だった。
千年の時間の流れをここで感じるとは流石に小町も思わなかった。
だが、先ほどで教団は元通りになった。
元通り、小町を恐れ羨み崇める――愛おしい我が仔(生贄のストック)に。


「勝手なことをしてしまい申し訳ありません…」

「それは不問にした…それに慈悲をなくすべきではない」


額を床に着ける平伏の形はこれ以上ない気持ちの表れだ。
だが、敬畏を取り戻した坂部にはまだまだ足りない。
ここが土であれば、きっと頭から血が流れ、頭蓋骨が割れても地面よりも更に頭を食い込ませていただろう。
小町は腹を立てていたが、それは勝手に呪詛師を教団の縄張りに入れたからではない。
報告をし、小町と小雛の許可を取らなかったから、小町は腹を立てた。
だが、小町は排他的になるべきではないと考えている。
望むのなら、呪詛師(クズ)であろうと非術師(ゴミ)であろうと呪術師(カス)であろうと呪霊(クソ)であろうと、手を伸ばして救ってやるべきだと小町は思う。
そうしなければ我が仔(備蓄)がなくなってしまう。
別になくても小町の術式に支障はない。
小町の術式の生贄は小町が選ばなければ自動でどこかの誰かが支払うだけだ。
だが―――


(それでは面白くはない)


小町は目の前でゴミが消えるのを見るのを楽しんでいた。
ゴミが消えようが興味はない。
だが消えていくゴミを見ているのは楽しかった。
嬉々として自らの命を奉げるゴミや、嫌だと泣き叫び情けなく汚らしい顔を隠しもせず死ぬゴミを見ると小町の心は躍る。
だが、同じ死でもつまらない死があるのだと小町は知った。
気づかせたのは、愚兄と呼ぶ宿儺だった。
一時期、愚兄に捕らわれた際に愚兄は人間しか食べれない妹のために、人間を用意し目の前で殺しては裏梅に調理させて食べさせていた。
目の前で人間を殺したのは、妹も同じ加虐性があるのだと知っていたからだ。
だが、妹の腕力では人間を仕留める事はできず、愚兄は妹の全てを支配したがっていたから他人の犠牲を必須とする妹の術式を嫌っていた。
だから自分で人間を殺し、与え、妹の全てを管理した
そして、愚兄は妹を血まみれにさせることに興奮を覚える男だった。
確かに目の前で人間が…ゴミが愚兄の手によって命を駆られるのを見るのは楽しかった。
そう、楽しかった。
だが、面白くはなかった。
愚兄に殺された人間達は自分のために死んだわけではないからだ。
泣き顔も、縋るのも、恐怖や怒りや憎しみや暴言を向けるのも、自分ではなく、兄である宿儺だった。
面白くなかった。
つまらなくて面白くない。
面白くなかった。
だから、逃げた。
そう、面白くなかったから、逃げた。
面白くなかったから。


「もう一度問おう…貴様らの神とは誰を指す」


昔を思い出し、兄を思い出し、小町の機嫌は降下していく。
小町は周囲を気遣うことはしない。
だから小町の機嫌の降下を肌で感じた坂部は表には出さなかったが内心冷や汗を流し恐怖に震わせた。
そして、小町の言葉。
一字一句小町の満足いく言葉でなければ、坂部は見捨てられる。
殺されるのではなく、見捨てられる。
教主という贅沢三昧の地位に固執はしていない。
教主から雑用に落とされても構わない。
だが、教主である小町に見捨てられることだけは耐えられなかった。
坂部は許可されていないため平伏したまま答えた。
ただ願うのは声が震えていないかとかではなく…小町の満足する言葉であるようにということだけ。


「我々の神は…――小雛様にございます」


荒い息も、震える声や体も、気にはならなかった。
神に神を問われた坂部は答える―――小雛、と。
それは本心だった。
小町も神であり、小雛も神である。
だが、本来、神と崇めるべき存在は小雛なのだと、小町によって再教育された。
小町は何も言わない。
ゴクリと唾を呑むことも、瞬きも、息さえも、坂部はできず全てが止まる。
数秒、しかし、坂部にとっては数時間だっただろう。
時計の針の音が大きく聞こえるなか、小町がクスリと笑う気配を感じた。


「よろしい…お前の信仰を認めよう」

「あ、ありがとうございます!!」

「これからも小雛のために励みなさい…そうすればお前の信仰心は小雛に届くだろう…そうなれば小雛の守護者となれよう」

「は、はい!小町様の守護者様のようになれるよう毎日励みます!」


深々と平伏した。
しかしその感情は小町ではなく、小雛に向けられていた。
『守護者』とは、『ソレ』の事を指す。
『ソレ』に決まった名前はない。
小町も別に『ソレ』を『守護者』と呼んでいるわけではない。
ただ、教団では混乱しないよう『ソレ』は『守護者』と呼ばれている。
『頭を上げて楽にせよ』と小町に命じられた坂部は恐る恐る顔を上げ立ち上がる。
小町の表情は、満面の笑みを浮かべていた。
それはすなわち、小町の満足いく言葉を返したことになる。
それに坂部は内心深い安堵の息をつき胸を撫でおろす。
『喉が渇いた』と小町が言ったので、慌ててキッチンへと姿を消した。
それを小町はほくそ笑んで見送る。
今、この時代にいる信者達は全て小雛を教主として崇めさせねばならない。
小町のままでは困るのだ。
小町はそっと自身の腹に…小雛の腹に手を当てる。
そこは子宮のある場所だった。


(子が出来る体だと知ることができたのは僥倖…後はどう小雛の体に他者の血を入れるか…あのカスがそれを許すはずもなし…さて、どう交渉すべきか…)


手を当てているのは、小雛と交わした縛りに必要な場所。
小町は小雛が幼い頃に縛りを科した。
小雛が幼いのをいいことに、科した縛りは…


(嗚呼…早く宿りたい)


――小雛の子供になること。
子宮に宿った子供に成り替わって産まれることを、小町は幼い小雛に縛りを科した。

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