最上階にある別室に案内された伏黒は、まずソファに腰を下ろした。
七海は電話できる場所はあるかと信者に問うと、この部屋で電話してもいいと許可を貰い窓際に移り携帯を取り出して五条を呼び出す。
小町が自ら縛りを科した以上、彼女が戻ってくるのは約束されている。
虚言、というのも曖昧だ。
もっと細かく指定すればよかったと思うが、後悔先に立たず。
縛りを科してしまった以上、七海と伏黒は待つことしかできない。
≪雛に何があった≫
電話はすぐに出た。
家入曰く、小雛関係の五条への電話はワンコール前に出るぞと言われたが、流石に任務中だったためかワンコール後に出会た。
ワンコールだけでも早いには早いが、本気を出した五条はこんなものではないのを七海は知らない。
『ワンコールで出た…気持ちわる…』と思いながら、まずは説明する。
小町とのやり取りを黙って聞く五条に、七海は申し訳ない気持ちが積もる。
五条が飄々としていても、頼まれた護衛の任務すら満足に随行することができない自分が情けない。
だが、意外と五条はいつも通りの様子で『OKー』と返し、七海は拍子抜けした。
≪教団なら小町の器になった雛に危害は加えないから大丈夫でしょ…七海達は教団にある菓子全部食べて待っててやりな≫
「…すみません…小雛様の護衛を任されたというのに…」
≪まあ、相手が小町じゃあね…あいつの『アレ』は僕にとっても厄介な相手だし…雛の術式はモノによっては特級相当だからね…あいつは雛の術式が使えるし1級と2級のお前らじゃ歯が立たないから気にしないでいいよ≫
「………」
時々、五条は血筋に恵まれ、術式に恵まれ、才能に恵まれたからこその率直な言い方をする。
それでも彼は彼なりに気遣ってくれるのは分かるので、言い返すことはしない。
小雛の見た目では気づかれないが、小雛が等級に当てはめられるのなら、『特級』に分類される。
クロやシロやブチなどだけを見せられれば、その便利さから最低でも二級に当てはめられるだろうが、小雛の術式には雌雄以上の特級相当の呪霊が存在するのだ。
七海達の前に現れた炎の虎は残念ながら1級だ。
とはいえ、特級の呪霊は五条さえも見たことがない。
五条が見せてほしいと頼む前に、先手を打たれ小町に口止めされてしまったのだ。
≪雛が帰ってきたら何があったか聞いて、分からないって答えたらそれ以上聞かないようにね≫
「理由を聞いても?」
≪何があったかというよりも、小町が記憶を消したかを知りたいからね…あいつは自分の都合の悪い記憶を雛から消す癖があるから…だから、あいつは雛から悠仁達を奪った≫
虎杖と祖父から小雛を奪った、と聞き七海は無意識に眉を顰めた。
先ほどのことがなければ、七海も伏黒も、ここまで小町に対する印象を変えることはなかっただろう。
ただの気難しい呪物だとしか認識していなかった2人は小町への危険度を改めた。
『分かりました』と言って五条との連絡を切ると、覗き見していたのではないかと思うほどの良いタイミングで信者がお茶菓子を持ってきた。
恐らく盗撮、盗聴されていると見ていいだろう。
(アレは正しく宿儺の妹だ…なのにあんな善良な子が器として選ばれるとは…)
形だけの心のこもっていない礼を告げながら、七海は思う。
小町はその性質性から特級に分類されていたが、やはり兄と同じ血を受け継いだ人間だった。
そんな凶悪な鬼にあんな善良な人間が器として選ばれてしまった。
それも、2人も。
そして、2人は生き別れの兄妹だった。
まさに世も末である。
五条からお茶やお茶菓子に盛られている心配はしなくていい、と言われてはいるが、2人は気分的にどうも手が出ない。
あれから数時間。
カチカチと時計の音が大きく聞こえる静かすぎる部屋でずっと待っていた七海と伏黒の部屋の扉が開けられた。
そちらへ振り向くと、やっと待ち人が現れる。
「小雛様!」
真っ先に小雛の下へと向かったのは、伏黒だった。
伏黒は虎杖の死を目の前で見てしまったため、余計にその妹である小雛を気にかけていた。
小雛の傍には坂部と1人の信者の幹部が控えていた。
彼らは教主である小町と話すことが出来たからか、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
それに不快感を感じながら七海も腰を上げ、伏黒に続く。
「何かございませんでしたか、小雛様」
「いえ…お二人のおかげで小町ちゃんも雛も小町ちゃんの子供達とおしゃべりができて楽しかったです…雛と小町ちゃんの我が儘を聞いてくださってありがとうございます」
小雛の言葉と笑顔に2人は胸を撫でおろす。
縛りを科したからと言っても、縛りにも穴がある。
それを掻い潜って小雛に余計なことを言って教団側が小雛を奪うのではないかと心配だったのだ。
そこにあるのは、小町が奪われることへの心配ではなく、純粋に小雛が心配だったからだ。
五条から言われた記憶を消した様子もなく、安堵する。
教団側と高専側で静かな戦いを行われている中、それに気づかない小雛は『あっ』と思い出したように手に持っていた紙袋を広げて七海と伏黒に見せる。
「坂部様が皆さまにってお土産を渡してくださいました!」
中を見てみれば、宮城県の土産が何個も入っていた。
『小雛様のご出身地の土産を持ってくるとは狡い真似を』と七海は思いながらサングラスの奥で目を細める。
『皆様で食べましょうね』と嬉しそうに小雛が言っていたためチクチクとした嫌味で済ますことにした。
「では小雛様…どうかご体調にお気をつけてお過ごしください…」
「はい…短い間でしたがお話ができてよかったです…楽しかったお時間をありがとうございました」
教団の信者達が3人を入り口まで見送ってくれることになった。
最初こそ断っていたが、小雛の前というのもあって強く出れず結局大勢の信者が小雛を見送ることになった。
楽しかった時間、とは小雛の本心なのだろう。
この教団は小雛を小雛として、小町は小町として両者を見てくれた。
それが嬉しかった。
この教団の表向きの教主である坂部が近づき、それを見た伏黒と七海が小雛の前に出る。
そんな警戒する彼らに、坂部はそれ以上近づかず真っ直ぐ小雛を見つめて言った。
「離れていても私達は小雛様の味方でございます…何かございましたらお気兼ねなく私達を頼ってください」
そう言って坂部は深々と頭を下げた。
それを、七海と伏黒は内心驚く。
(どんな心変わりだ…)
この教団の本来の教主は小町だ。
小町に心酔し、小町を信じて生まれた教団だ。
その為、教主の器である小雛はオマケにしかならず、小雛への信仰もついでしかなかったはず。
それが、今になって小町ではなく小雛を彼らは信仰しているような素振りを見せる。
あれほど小町しか見ていなかった狂った信仰者達が、だ。
伏黒は都合がいい人間達に不快感を感じた。
今更になって小雛を神と仰ぐ人間達から、善人である小雛を早く遠ざけたくて伏黒は小雛が返事をする前に背中を押して外に出た。
それは七海も同じなのか、何も言わず伏黒と小雛の後に続く。
そんな2人を小雛は不思議そうに見上げ、信者達は小雛のために頭を下げて見送った。
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