車はエンジンを付けたままだったので、すぐに出発することが出来た。
七海と伏黒の雰囲気と小雛のニコニコ顔を見た伊地知は何となく察し、これから向けられるであろう五条の八つ当たりを予想したせいか、胃の辺りがキリキリと痛んだ気がした。
小雛だけは教団への印象はそれほど悪くはない。
小雛は勘違いしているが、教団は自分を個として見てくれていると思っているからだ。
重い空気に気づくには機嫌が良すぎる小雛を乗せた車は、あっという間に高専に着いた。
「悟様?」
高専の正面入り口の門に近づくと、小雛はある人物を発見した。
本来なら今日明日とここにいないはずの五条悟だった。
小雛は嬉しそうに破顔するが、伊地知と七海と伏黒は堅い表情を浮かべる。
そんな複雑な雰囲気を乗せたままの車に、五条は小雛に向けて手を振り、それに小雛も嬉しそうに振った。
車が止まり、降りると小雛は五条の下へと駆け寄った。
「悟様!なぜこちらに?お帰りになられるのは明後日だったとお聞きしたのですが…」
「仕事が早く終わったからね、雛に会いたくて帰ってきたんだ〜」
五条は両手を広げて駆け寄ってきてくれた小雛を抱き上げる。
小雛が嬉しそうにしてくれると、五条も釣られて機嫌が上がっていく。
ガサッと紙の音を耳にした五条は、小雛の手にある物を見る。
「これなぁに?」
トントン、と小雛の持っている手を軽く優しく指で叩く。
相手が小雛だから、五条は甘い声で問うが、その実、苛ついているのが伏黒達には分かった。
彼にとって本気にさせた女の手に、気に入らない男達からのお土産が握られているのを見るのは相当癇に障るのだろう。
教団に歓迎された小雛の機嫌は良く、五条の微かな機嫌の違いに気づかず嬉しそうに話した。
それを『そっか〜』と聞くフリをしたが、その内心は苛ついていた。
小雛でなければ、このお土産はその場で呪力を消費してでも消し炭にしていただろう。
「じゃあ、真希達と食べよっか!」
『七海と話すことがあるから恵と先に行っててね』と五条は小雛を降ろして伏黒に渡した。
伊地知も誘われ、この後しばらく仕事もないということで参加させてもらうことにした。(五条の許可は得ている)
とりあえず車を置くため、伊地知は小雛達と別れる。
お土産を手に伏黒と高専内に入って行く小雛を、五条は笑顔で手を振って見送る。
「で、何か報告ある?」
小雛の姿が見えなくなったのを皮切りに、五条は傍にいた七海に振り返り問う。
五条の機嫌はそこまで悪くはないが、良くもないだろう。
「報告というよりは気づいた事が一つ」
「なに?」
「恐らくですが…教団の信仰対象が小町様から小雛様に移行しました」
「…………」
教団の態度は小雛に対して丁寧で小町同様に扱っていた。
だが、2人を全く同じ態度で接することは難しい。
注意深く見ていた七海と伏黒だからこそ2人への微かな対応の違いに気づいた。
ただ、はっきりと言えないのも事実だ。
憶測、とつける七海に五条は考え込む素振りを見せる。
「僕も憶測だけど…恐らく、雛は小町と何かの縛りを科している…教団の信仰対象が雛に移ったのはそれが関係しているんだろう」
「縛りですか…」
「悠仁も宿儺と何かしらの縛りを科しているみたいだし…呪物と器との間に縛りを科すことは可能なんだろうね」
縛りは便利であり、不便だ。
縛りがあるから術式効果が上がるが、縛りがあるせいで行動の制限を余儀なくさせられることも多々ある。
だからあまり縛りを安易に使うのは控えたほうが良い。
それを知っていながらも、小町は縛りを簡単に他者と科す。
律儀なのか、それとも相手を舐めているのか。
恐らく後者だろう。
「…それが何か知っているんですか?」
七海の問いに五条は首を振る。
縛りの内容は人に話せるものもあれば、話せないものもある。
虎杖の場合は、縛りの中に『忘れる事』が入っていると五条は予想した。
そして、小雛。
「雛は忘れる事が縛りじゃなく、口約束だろう」
「口約束でしたら…五条さん相手でしたら話してくださるのでは?」
「ダメダメ…聞いたけど『小町ちゃんと内緒にするって約束しちゃいました』ってぜーんぜん話してくれなかったんだよね」
ハア、と溜息をつく五条に、七海は口をつぐむ。
小雛の世界は小町と五条で成り立っている。
その五条が聞いても口を閉じるということは、誰が何を言っても小雛は小町と交わした縛りを話すことはないだろう。
「ま、所詮は大した術式も持ってない呪霊だからね、大丈夫でしょ」
七海はそう零しながら小雛の下へと向かおうとする五条の背中を見送った。
「大した術式、か…」
きっとそれは小雛の術式も含まれた言葉だろう。
五条にとって、小雛の術式も片手で払えるものなのだろう。
だが、七海にとっては違う。
あの炎の虎ですら祓えない。
改めて五条との力の差を感じた七海は、諦めの溜息をつき高専の門を潜った。
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