小町の食事を終えた小雛は伏黒と共有スペースに戻ってきた。
流石に年下の小雛を待たずに何を食べるのか決めるのは釘崎達の良心も痛んだのか『おかえりー』と小雛と伏黒を出迎えながら何を食べるのか決めるようスマホを見せた。
「今の所ピザが最有力候補だ」
「その次に中華」
「おかか」
「デザートはケーキ祭りよ」
小雛を囲ってああだこうだと会話を広げる先輩と同級生を見ながら伏黒はソファに座る。
スマホを初めて触る小雛はどうやって動くのか分からず、釘崎達に教えてもらいスクロールしリストにある店舗を選んでいく。
ただ、店舗のアイコンや名前だけでは小雛には何が何だか分からないので、そこも教えてもらう。
「えっと…ぴざ?…というものを雛はまだ食べたことがありません」
「じゃあ、雛はピザに一票だな」
寿司は五条に連れられて食べたことがあるし、焼肉やステーキも連れていってもらったことがある。
牛丼やジャンクフードはまだ食べたことはないが、分からないし一々聞くのも迷惑かと思い先ほど聞いた『ピザ』の単語を答えた。
ピザに一票入り、後は伏黒だけが残された。
『恵は何するんだ?』とパンダが問えば、全員の視線が伏黒に向けられた。
その全員の視線に動じず、何でもいい伏黒は小雛が食べたことがないというピザを選んだ。
『ピザでいいんじゃないですか』と言う伏黒に、パンダが赤いアイコンのデリバリーのアプリでピザを頼む。
今度はピザの種類やサイドメニューで盛り上がる同級生や先輩達を横目に見ながら伏黒はチラリと小雛を視線を向ける。
伏黒の視線に気づいたのか、バチリと小雛と目と目が合い、小雛は伏黒と目が合ってニコリと笑った。
伏黒が反応を返すよりも前に、釘崎が『雛は何にする?』と聞いて来たので小雛の意識は伏黒からスマホの画面に逸らされた。
注文を終えて待つ。
高専は東京とはいえ、郊外にあるため出前でもそれなりに時間がかかるだろう。
その間DVDを見て時間を潰してやっと夕食の登場である。
「美味しそうです」
初めてピザを見た小雛は目を輝かせてピザを見た。
3歳で小町の器となり、家族から引き離された小雛はまだピザを食べたことがなかった。
虎杖もまだ当時4歳だったのあり、消化器官や消化能力の問題で心配した祖父がある程度の年齢になるまで食べさせないように気を付けていたからだ。
不器用な祖父だったが、それなりに孫達を考えてくれていたのだろう。
記憶にない食べ物に小雛は嬉しそうにピザを取って口に入れる。
初めてピザを食べるという小雛に、釘崎達は『どう?』と問う。
「とても美味しいです」
小雛は釘崎達にニコリと笑って答えた。
その笑みに釘崎達はホッと安堵してそれぞれ好きなピザやサイドメニューに手を伸ばす。
成長期が6人もいれば大量に頼んだピザなんてあっという間になくなった。
「そういえば…雛の寝る部屋ってどこなんだ?」
ゴミを片付けていた真希がふと思った事を呟いた。
窓を見ればもう外は暗闇に包まれる夜となった。
まだ寝るまでの時間ではないが、ふと思ったのだ。
五条がいない間の小雛の世話役は伏黒と七海だ。
七海はその任務のために仮眠を取っており、聞く相手は伏黒しかいない。
「小雛様は寮内にある五条先生の部屋に泊まることになっていると聞いています」
小雛には高専に部屋がない。
そもそもこの世界のどこを探しても小雛に居場所は存在しない。
小町の器になった瞬間から小雛は人ではなく誰かの所有物となった。
所有物となった小雛は、教団から屋敷の主人、屋敷の主人から夏油達呪詛師、呪詛師から五条へと持ち主を変えていった。
だから、小雛の部屋はこの高専内にはない。
そのため、五条の部屋で寝泊まりさせることにした。
「雛って小町様の器なんでしょ?一人にさせて大丈夫なわけ?」
「今日は初日ということで七海さんが見張ってくれることになっている…それに屋敷と似た結界を張るから外部からの侵入は不可能だ」
七海が仮眠を取るために一時任務から外れたのは、学生の伏黒を気遣って見張りを名乗り出てくれたからだ。
天元の結界がある高専内で何が起こるのだと思われるだろうが、何度も言うが小雛は小町の器だ。
本来、伏黒達は小雛とこうして会話するどころか顔を合わせて会う事さえ許されない立場である。
特級術師であっても小雛と会うことは難しいだろう。
五条が簡単に会えるのは、最強と言う理由で小町の器との婚姻を五条家が加茂家と禅院家からもぎ取ったからだ。
結界を重ね、見張りを立たせてやっと小雛は部屋で自由に過ごすことが許される。
見張りを立たせるのも、本来は結界があるため必要ない。
ただ、小町の器の傍には必ず護衛が存在するのだと欲深い人間達に知らしめる必要があるからだ。
釘崎達はその説明を聞き、改めて小雛と小町の重要性を知る。
「あの…」
決して小雛を逃がすものかと雁字搦めにしている高専に誰もが眉を顰めた。
そんな微妙な空気の中、小雛は恐る恐る発言をした。
「あの…ゆうくんのお部屋で寝ては駄目でしょうか…」
その言葉に、その場は静まり返った。
そんな気まずい空気には流石に小雛も感じ取って入るが、小雛は兄の部屋で過ごしたかった。
兄を感じたかった。
いなくなった、兄がいたのだと実感したかった。
兄がそこに存在していると感じたかった。
恐らく、それは伏黒達は気づいている。
とはいえ、小雛は小町を宿しており、天元の結界内だからと言って安全というわけではない。
内部からの接触への危険も危惧しなければならない。
屋敷の主人のような男の方がこの世は多い。
だからこそ部屋に天元とは別の結界が必要なのだ。
「…五条先生に聞いてみます」
できるだけ、伏黒は小雛に嫌な思いや悲しい思いをさせたくない。
死んだ虎杖の代わりに、虎杖の死を見届けた自分が、虎杖の妹である小雛を守るべきだと思っている。
重い感情なのは自覚しているが、守るべき対象と認識してしまったらもうしょうがない。
携帯を手に五条に聞くと言って部屋を出た。
その五条はすぐに出た。
≪どうした、恵≫
「きもちわる…」
≪待って待って、なんでみんな電話出ただけなのに罵るの???≫
五条の電話番号にかけると、ワンコール前に出た。
家入から『あいつ小町の器の事になるとワンコール前に出るぞ…気持ち悪いだろ』と言っていたのを思い出し、思わずポロっと本音が出た。
いつも電話がかかってきたから素直に出たのに、みんな一言目に『気持ち悪い』と罵り五条は心外である。
≪で、なに?≫
「小雛様が虎杖の部屋で泊まりたいと言っているんですけど…」
高専にいるため、呪霊への心配はない。
高専内にいる際の危険とすれば、人間だ。
小町という幸運の壺を手に入れて億万長者や地位を得たい汚らしい人間の魔の手だけが心配だった。
だから天元の結界があっても泊まる際の部屋には天元の結界とは別の結界を張った。
そのため、勿論五条の答えは決まっている。
≪無理かな…小雛を守るためにわざわざ結界を張ったんだし…悠仁の部屋に泊まるのを許したら何のために結界を張ったのか分からないしね≫
「その結界って他に張れる人いないんですか?」
≪希少なものを使用した結界だからそうポンポン作れないんだよね…繊細な結界でもあるからそれなりに力量がいるし…≫
「…そうですか」
分かってはいたが、やはり断られてしまい伏黒の声も落ち込んでしまう。
五条はいつもクールさを崩さない伏黒が感情を乗せた声を出すのを聞き、それほどまでに小雛に懐いたのかと内心驚きながらも納得していた。
(悠仁と仲が良かったみたいだし…雛は空っぽに育てられたと言っても根は悠仁と同じで善人側だからなぁ…そりゃ恵も懐くか)
小雛は意図的に空っぽに育てられた。
そうすることで外界への興味を失くし、五条と小町が動かしやすい人形となるからだ。
五条は小雛を人形にしたいわけではないが、自分以外を知ったことによって自分以外の人間を愛することを嫌がった結果である。
その空っぽな小雛でも、やはり根本は変わらないらしい。
小雛は兄である虎杖同様、根本は善人だった。
だからこそ、小雛はあそこまで何も入っていない人形になれたし五条と小町の下心には気づかず純粋に信じ込む。
だからこそ、伏黒は小雛に心を寄せる。
≪それに悠仁が可哀想だしね…まあ、でも…入るだけならいいよ≫
伏黒は五条の言葉に怪訝とさせるが『死んだとしても身内に自分の部屋見られたくないよな』と無理矢理納得する。
虎杖は死んだ。
死んだ男の部屋を使用することが悪いわけではない。
伏黒の部屋だって過去死んだ男の部屋だったこともあるだろう。
例え身内だとしても、勝手に部屋に入られて見られるのはいやだろう。
ただ、なぜ五条は虎杖の部屋を撤去しなかったのかが謎だ。
五条の事は伏黒が子供の頃からの付き合いだったが、五条に人の死を悼む感情があったのかと驚いた。
『先生って虎杖のこと気に入ってたしな』と唯一五条のノリに乗ってくれる虎杖の事を気にかけている様子はあった。
そこは根明の善人だからこそ面倒くさくて誰も相手にしない五条を相手してあげていたのだろう。
「なら…先生の部屋で真希さん達が泊まることって可能ですか?」
≪ん?雛の部屋でお泊り会ってこと?≫
「はい…流石に俺達男は泊まりませんが」
≪いいよ…屋敷で1人で寝るのに慣れているけどやっぱり僕がいないと雛は寂しがっちゃうもんね≫
惚気る五条に伏黒は『ソーデスネ』と適当に返しながら、用件も終えたので電話を切る。
飄々と軽いノリの男ではあるが、部屋に他人を入れて笑っていられるかどうかは別だ。
断られるのを覚悟で、五条の部屋に真希と釘崎を入れて泊まらせても大丈夫かと聞くと意外と許可が出た。
高専外にある自宅ならまだしも、高専内にある部屋だからだろう。
小雛が寂しがらずにすむと安堵しながら部屋に戻ると、小雛が恐る恐ると伏黒を見つめていた。
きっと小雛も答えは分かっているのだろう。
落ち込むと分かって小雛に伝えたくはないが、何かあってからでは遅い。
やはり、伝えると小雛はしょんぼりとさせたため、伏黒は慌てて入るだけならという許可とお泊り会なら許可が出たと伝えた。
それに喜んだのは小雛ではなく釘崎だった。
「せっかく許可が出たのなら、さっそくお泊り会しましょう!」
釘崎も釘崎で虎杖の妹を気にかけてくれているのだろう。
高専に甘い恋物語は存在しないが、小雛に執着する五条がそれを許すはずもないことを短時間だがパンダたちは理解している。
だから泊まるのは、女子の2人だけ。
とはいえ寝る前は許されることにしよう。
―――その前に、小雛は兄の部屋へと案内された。
『その前に兄ちゃんの部屋に行くか?』という問いに、小雛はすぐに頷いて返した。
いくら生徒数が少なく男女の恋に発展しないとはいえ、一応性別の括りはある。
女子寮と男子寮は当然分けられており、出入りは禁止されている。
パンダたちも、虎杖とは顔を合わせたことがないため知らない人が勝手に部屋に入られるのは嫌だろうと、虎杖は死んだというのに配慮してくれた。
その為、虎杖の部屋への案内は伏黒に一任されている。
「ここがゆうくんのお部屋ですか?」
「はい」
「お隣は恵様のお部屋なのですね」
『仲が良かったのですね』と部屋が隣同士だからどうして仲が良いということに繋がるのか不思議だが、仲は悪くなかったと思っているので(というより思いたい)頷いて返す。
兄と懐いている伏黒が仲が良いと嬉しいのか、小雛は頷いた伏黒に嬉しそうに破顔した。
「あの、この方はどなたですか?」
兄の部屋を物珍しそうに見渡すと、ふとある人物と目と目が合う。
その人物は肌が白く、金髪で、大人の女性…虎杖が張った水着を着た女性のポスターである。
これが写真でポスターなのは小雛も知識にあるが、兄がわざわざ壁に貼っているのが気になった。
小雛に対して過保護となった伏黒は目にもとまらぬ速さでポスターを剥がし丸めてポイした。
「小雛様がお気になさることではありません」
「え、でも…」
「気に、しないで、ください」
「あ、はい」
思春期少年の部屋に水着姿の女のポスターが貼ってあるのは健全の証拠ではあるが、無垢な小雛に見せるものではない。
頑なになかったことにする伏黒の迫力に押され、小雛は頷いてしまった。
結局誰なのか教えてもらえず(教えようにも伏黒も女性が誰か知らない)、部屋を見て回ることにした。
見て回ると言っても、寮の部屋は一人暮らしには十分な広さなため探索するほどの広さはない。
それでも、つい最近まで兄がこの部屋で生活していたと思えば十分連れてきてもらった価値はあった。
「このお部屋でゆうくんは生きていたのですね」
「…はい」
ピョコピョコと狭い部屋を見て回る小雛は、最後にベッドに座った。
五条の家にある小雛用のベッドと違い、寮の部屋のベッドは安物だ。
ギ、と小雛が体重を乗せるとベッドが軋む。
それを聞きながら小雛はこのベッドで兄が寝起きしていたと思うと感慨深い。
そっと兄に触れるようにベッドのシーツを撫でる。
その姿を伏黒は何とも言えない感情で見つめていた。
「ゆうくんの服を頂いてはいけないのでしょうか」
小雛の手にあるのは、一着の服。
その服はよく虎杖が着ていたフード付きのパーカーだった。
死んだ日のまま残された部屋は、まだ兄の気配を感じることができた。
それは匂いも同じだ。
でも、この部屋から出れば兄の気配も匂いも消えてしまう。
それが寂しいと思った。
だから一着の服を貰っては駄目かと、伏黒に許可を求める。
問われた伏黒は少しだけ驚いた様子を見せた後、コクリと頷いて見せた。
「大丈夫だと思います」
「ありがとうございます…変って分かってるんですが…ゆうくんを少しでも感じていたくて…」
「はい…小雛様のお気持ちは十分理解しています」
小さい事だったら伏黒と七海の各々で判断してくれていい、と伝えられたので、服の一着程度だったら五条の許可はいらないだろうと承諾した。
小雛も兄の服を貰っていくのは変だとは自覚しているが、小雛にある虎杖の記憶は4歳の兄の姿だ。
もう温もりも匂いも忘れてしまったほど、祖父と兄と離れ離れになってしまった小雛は今の兄を感じていたかった。
「あの…我が儘ついでで申し訳ないのですが…」
「はい」
「恵様も野薔薇様達のように接していただけないでしょうか…」
伏黒は小雛の言葉に目を瞬かせる。
小雛はおずおずと上目づかいで伏黒を見つめていた。
一瞬、小雛の言葉の意味が分からなかったがすぐにこの改まった態度の事だと理解する。
伏黒は戸惑う。
真希や釘崎達はもう小雛への態度を崩しているのだから伏黒だって態度を崩しても誰も咎めないだろう。
だが、伏黒にとって小雛はもう虎杖の妹だとか小町の器だとかの次元ではなく、なぜか高潔にも等しい存在に進化していた。
無自覚の本人以外が知ったら『なんでそんなんなったん???』と思わず突っ込みたくなるだろう。
そんな相手に砕けた対応を求められ戸惑った。
「雛は小町ちゃんの器だから…簡単に親しくできないのは知っています…でも…ゆうくん…兄のお友達に会えたのに距離のある対応されるのは…少し…その…寂しいと言いま―――」
「――分かった…これからは雛と呼ばせてもらう」
もじもじ、と指を絡ませる小雛の『寂しい』という言葉に、伏黒は即行で態度を改めた。
どこまでも強火担な伏黒であった。
言葉を遮ってまで前のめりになる伏黒に、小雛は目をパチパチと瞬かせていたが、砕けた言葉に『ありがとうございます』と笑顔を浮かべた。
ニコッと笑うその顔が虎杖と似ているような気がして、伏黒は眩しそうに目を細めた。
49 / 53
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む