(51 / 53) 本編 (51)
「…あ゙?」


釘崎の口から出たのは、ドスの利いた声だった。
その手には術式に必要な金槌が握られておりトントンと肩を叩き、ニコニコ顔の五条をまるでゴミを見るような目で睨みつけている。


「おいエセ教師よぉ…てめぇ、もういっぺん言ってみろや」

「雛〜!野薔薇が怖いよぉ!ぎゅってしてぇ!」

「14歳下の子供に甘えてんじゃねえよ淫行教師がよォ!!てめぇに恥はねえのか!!!」

「ないでーす!そんなのあったら14歳も下の子と婚約しませーん!」

「確かになぁ!恥がありゃ浮気しねえよなぁ!!」


ヤンキーのように凄む釘崎をダシに五条は隣にいる小雛をぎゅっと抱きしめて甘える。
そんな五条に小雛は笑みを浮かべてはいるが、大好きな人の腕にいるのに、小雛のその笑みは弱弱しい。
それが釘崎の苛立ちを強くさせる。


「浮気してないって何度も言ってるじゃん!」

「はあ?雛以外に婚約者がいる時点で浮気は浮気なんだよクソが…あんた当主なんでしょ?なんで当主になったときに解消してないのよ」


五条はあのまま直に任務だったのだが、婚約者を小雛に合わせるために高専に寄った。
小雛を外に出す場合、必ず2人以上の護衛を付けると決めている。
爺どもは1級以上は認めないと喚いていたが、五条は気にしていない。
小雛自身強いのもそうだが、小雛は絶対に五条から離れないと知っているからだ。
呪術師側に非協力な小町も、可愛がっている小雛が五条に懐いているため無理に引き離すことはないだろう。
とはいえ、小町の食事のこともあるため、伏黒と七海と家入の一人は必ず付けていたい。
たまたまその日は伏黒の任務がなかったが、七海はすでに任務に向かった後だった。
その為、たまたま伏黒と一緒にいた釘崎に七海の代わりを頼んだ。
だが、小雛とは別の婚約者が小雛に会いたいから護衛でついて行ってあげてという頼みに釘崎がキレたのだ。
当主になった時になぜ婚約解消しなかったのかと問われた五条は肩をすくめた。


「まあ、それは色々事情がありまして」

「その事情を話せっつってんだよ…場合によっては去勢してやっからよ」


五条の頃もそうだが、高専では恋愛フラグは立たないようで釘崎は一年の紅一点なのに彼らの間にあるのは恋心ではなく友情であった。
周囲が死んだだのなんだのと言われ続けても妹を探す虎杖の姿を間近で見ていたから余計に雛に肩入れしてしまう。
更には思春期も入っているため、男女の爛れた関係には潔癖なくらい毛嫌いしているようだった。
『えー?えっとねぇ』と渋々話そうとしたその時―――


「ふるべ…ゆらゆら…」

「あ、待って待って、ストップ、恵」


五条の耳に不穏な音が聞こえた。
そちらへ視線をやれば、今まで黙っていた伏黒がグッと拳を握り締めブツブツと何かを唱えていた。
その瞬間、ぞわっとした何かが背中に走り五条は慌てて止めた。
自分や小町がいるから対処できるだろうが、時間も迫っているため止めた。
伏黒がヤバイ奴を召喚しようとしていたのに気づかない女子2人は首を傾げたが、その止められた本人は不服そうに五条を見た。
…いや、見たというよりも睨んだ。
釘崎の凄みも普通ならば腰を抜かすほど細ロしいのだろうが、やはり元ヤンは格が違う。
とはいえ、格が違うのは五条だって同じだ。
人の1人2人を殺してそうな伏黒のハイライトのない目で睨まれてもヘラヘラしていられるクズである。


「先生…俺は虎杖と同級生なわけで…」

「うん、お友達だね」

「目の前で虎杖の最期を見た身として雛を守るのは当然なわけで」

「うん、ちょっと重いけど友達思いだね」

「先生は28歳児で、雛は14歳…社会人と中学生なわけで」

「歳児ってなに???ねえ歳児ってなぁに???」

「先生には大人としての常識を持っているとミジンコほど期待していたから年齢差とか見逃していたわけで」

「ミジンコって(笑)ちっっさ(笑)」

「…先生」

「うん」

「ふるべっていいですか?」

「いや普通に駄目だろ」


笑っていた顔がスンッと真顔になった。
『ふるべって略すの若者らしいなぁ』と思いつつも、禪院家相伝の最終兵器を普通に出そうとする伏黒の頭にチョップを入れる。
せめて調伏してから出しなさい、と明後日の方向へ注意する五条に突っこむ奴はこの場にはいない。
構えを解いて大人しくなった伏黒を見て話を終えたと釘崎は『おら、とっとと吐け』とゴミを見る目を変えず促すと、素直に五条は答えた。


「いやー、本当なら僕と雛が両想いになった時に破棄してもよかったんだけどさぁ、アイツの家庭の事情からできなかったんだよね…ま、詳しい話はアイツから教えてもらいな」


『両想いって意味を辞書で引いて1万回書いてもらっていいですか?』と言う伏黒を無視し、五条は『時間もないし、雛をお願いねー』と言って生徒達の反感をヒラヒラと交わして任務へと向かった。


「………」

「………」

「………」


残された3人に沈黙が落ちる。
伏黒と釘崎はチラリと小雛を見る。
五条を手を振って見送る小雛の後ろ姿しか見えなかったが、背中には寂しさと…悲しみが見えるような気がして仕方がない。
小雛はいわば虎杖の忘れ形見だ。
友人の大切な妹が、会った時には手遅れだったとはいえ淫行教師に目をつけられた挙句に、今回の浮気。
小雛とは違い、家同士の婚約者。
それが例え五条に気持ちがないとしても、思春期であり虎杖兄妹贔屓の2人からしたら浮気認定余裕である。
だが――


「恵様…野薔薇様…参りましょう」


五条の姿が見えなくなり振り返った小雛の表情を見て、2人は何も言えなくなった。
小雛は覚悟を決めた表情を浮かべていた。
伏黒達や五条の前ではいつもと変わらない様子を装っていたが、五条に自分以外の婚約者がいると聞いて落ち込んでいるようにも見えた。
五条はそれに気づいているが、愛しさ余ってフォローせず放置し、小雛の嫉妬心にうっとりとしている。
それが手に取るように分かるから余計に腹立たしいが、小雛がもう一人の婚約者と立ち向かうのを決めたのなら伏黒達はただ小雛を支えるだけだ。
虎杖と異なる丸く黒く愛らしい瞳なのに、今こちらを見つめる小雛の強い眼差しが伏黒達には虎杖と重なって見えた。

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